地図と位置情報
災害時の下水道調査をゼンリン住宅地図とタブレットで効率化、横浜市が訓練を実施
2016年12月8日 06:00
連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」からの派生シリーズとして、暮らしやビジネスあるいは災害対策をはじめとした公共サービスなどにおけるGISや位置情報技術の利活用事例、それらを支えるGPS/GNSSやビーコン、Wi-Fi、音波や地磁気による測位技術の最新動向など、“地図と位置情報”をテーマにした記事を不定期掲載でお届けします。
Google マップやYahoo!地図、マピオンなどさまざまな地図サービスに地図データを提供しているゼンリン。同社は、建物名称や居住者名、番地などが細かく記載された「住宅地図」を全国展開している地図会社としても知られているが、この住宅地図データを、タブレットを使った災害時の施設管理に役立てようという試みが始まっている。
神奈川県横浜市の環境創造局が11月、災害時対応力の強化に向けた「横浜市下水道BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)実地訓練」を実施した。この訓練は、災害時の下水道管の調査を想定したもので、地震などの大規模災害が発生した場合に、下水道管路を迅速に調査し、スピーディーな初期対応を実現するために備えることを目的としている。
電子住宅地図を活用した下水道管理ソリューション
訓練に参加したのは、横浜市職員、災害時に現地調査を行う協定を締結した建設コンサルタントなどの民間事業者のほか、災害時の統括を担う国土交通省の職員、熊本地震において現地で下水道の確認などを行った経験を持つ熊本市の職員も加わった。
地震などが発生した場合に、下水道の管きょ(管渠)が損傷すると、住宅や避難所においてトイレなどが使用できなくなってしまうことから、災害時に下水道の状態を確認することは非常に重要な仕事となる。
ただし、災害時にこのような現地調査を行うのは、日ごろから下水道の調査を行っている担当者だけではなく、周辺の自治体から応援が来る場合もある。従来は、他都市の職員や民間事業者が土地勘のない初めての土地で調査する場合、慣れていないため効率が著しく落ちてしまうという課題があったが、タブレットのGPS機能や、細かいビル名や個人宅名が描かれた住宅地図データを使うことにより、現在地をすばやく把握することが可能となる。また、電子地図ならではのさまざまなメリットも享受できる。
ちなみに横浜市では「行政地図情報提供システム」というサイトでさまざまな地理空間情報を公開しており、この中には公共下水道台帳図情報「だいちゃんマップ」も含まれている。
今回の訓練では、ゼンリンとの連携によるタブレットに搭載した電子住宅地図の活用により、効率的な現地調査の実現を検討することや、現場の全土木事務所、災害協定を締結している横浜市建設コンサルタント協会にも参加してもらい、関係部署との連携を深めることを目的としている。
タブレット班と紙地図の班に分かれて調査を実施
今回の訓練は、横浜市磯子区において震度6強の地震を観測したことを想定したシナリオで、地震発生24時間後に小学校などの地域防災拠点から流れる管路を緊急調査・点検するとともに、その他の管路を地震発生4日目以降に調査することを想定した。調査員はA~Iの9班に分かれて、B・D・F・H・I班はタブレット、A・C・E・G班は紙台帳を使用した。
各班は地図を見ながら道路上のマンホールを確認し、調査票のチェック項目に基づいてさまざまな調査を行う。調査内容は、計測棒による深さの測定や、隆起・陥没・亀裂などが起きていないかどうかのチェック、隣接した複数のマンホールの蓋を叩いて他のマンホールから音が聞こえるかをチェックする打音調査など、さまざまな側面から行う。また、調査と同時に写真撮影も行う。マンホールは車道の真ん中にあることが多く、調査中はパイロンを立ててドライバーに注意を喚起するとともに、交通整理などを行う必要もあり、かなり大変な作業だ。
タブレット班の場合は、マンホールの位置確認をディスプレイに表示された住宅地図上で行えるほか、調査結果の記載を調査用アプリ上で入力できるほか、タブレットのカメラで撮影した写真をそのまま位置に紐付けて保存できる。これが紙台帳の班の場合は、紙の地図を見てマンホールの位置を確認し、調査結果も紙に記述する必要がある。また、カメラも単体のものを使うので、どのマンホールの写真なのかを区別するために、毎回、ボードにマンホールの台帳番号などを記載したボードなどが写り込んだ写真を1枚撮影しておくなど、タブレット班よりも作業内容が多くなる。
災害時でも利用可能なスタンドアローンのシステム
なお、タブレットのアプリはゼンリンと横浜市の共同開発で、地図データは前述した通り住宅地図データを使用。その上に横浜市が保有する下水道台帳のデータをレイヤーとして重ねた上で、調査内容の記入や写真撮影機能などを盛り込んだ形となる。OSはAndroidで、住宅地図データはインターネット経由ではなくタブレットのローカルストレージに保存されている。
これはセキュリティを配慮した措置であるとともに、災害時にインターネット回線が不通になった場合でも使えるというメリットがある。スタンドアローンのシステムのため、調査結果のデータはクラウドに保存するのではなく、事務所に戻ってからPCに転送し、災害状況の集計データをExcelファイルとして出力できる。このような書類整理がすばやく行えるのも紙台帳との大きな違いだ。
調査員にタブレットの使い心地を尋ねたところ、「住宅地図には居住者の名前や建物名が細かく入っているので、現在地を把握しやすい」「調査済みのマンホールはリスト上で色が変わるため、どこまで調査したかがすぐに分かる」「写真を撮影して簡単に保存できるため、調査報告書を作るのが簡単」といった感想が聞かれた。
また、筆者が同行したB班では、熊本市の職員がタブレットの地図で現在地を確認しながら、指定された目的地までたどり着く訓練も行われたのだが、横浜市の土地勘がないにもかかわらず、スムーズに現場に移動することができた。前述した通り、災害時には他の自治体から応援に来た人たちが、慣れない街でいきなり下水道調査をしなければならず、このような場合でのタブレットの優位性が示されたかたちだ。
このような訓練は今回が4回目で、今回は初めて雨天の中での調査となった。紙台帳の場合、雨天では紙が濡れてしまい、調査結果をうまく記載することができなくなるものだが、防水タブレットを使用したB班では、特に問題なく調査することができた。
ちなみに過去には、訓練の条件を同一にしてタブレットを使う班と紙台帳を使う班とで調査時間を計測し、比較したこともあり、そのときは調査から報告までの時間が半分以下になったというデータもある。
住宅地図と下水道台帳、ハザードマップを1台に集約
この下水道管理ソリューションの開発を担当したゼンリンの中村敦氏(第一事業本部GIS事業部GISSE課)は、今回のアプリについて、「タブレットをスタンドアローンで使ったGISソリューションはあまり例がなく、災害時に通信インフラが使えなくても利用可能なシステムになっています。また、通信を使わないためバッテリー持続時間が長く、日の出から日の入りまで長時間使えるのも利点です」と語る。
また、ゼンリンの住宅地図を使ったソリューションの中でも、今回のようにAndroid上でベクターデータを高速で動かせるものはなかなかないという。「ゼンリンの住宅地図データと自治体が持つ下水道台帳のデータ、ハザードマップのすべてがこのタブレット1台に集約されている点は新しいと思います」(中村氏)。
ゼンリンは近年、各地の自治体と連携し、防災訓練や災害発生時に住宅地図を利用できる環境構築や、災害発生時に即座に住宅地図を複製し、利用できる環境構築を目的に、270以上の自治体と災害時支援協定を結んでいるが、その中でも全国で最初に協定を締結したのが横浜市である。今回の取り組みもその協定の一環として行っているものだ。
ゼンリンの藤尾元子氏(第一事業本部出版事業部出版企画課)はこの点について、「今回のアプリは、横浜市が過去に行った災害支援のノウハウをもとに仕様を考えています。前例がなかった試みなので開発には苦労しましたが、かなりいいものが作れたと思っているので、このアプリを平常時の業務に活用してもらうことも考えていますし、ほかの自治体にも使っていただくことで、全国的な災害時の下水道調査の効率化につながると考えています」と語る。
このソリューションが今後、どのように平常時業務にも活用され、全国に広がっていくか期待される。