武田一城の“ITけものみち”
第3回:横山北斗氏 - 屋久島ユースホステルマネージャー兼家庭教師
屋久島に移住した「オンライン家庭教師」はユースホステルも経営!? 東大受験も指導するのは関東一高の元ICT担当教諭
世界一周目指すも、コロナ禍で紆余曲折の連続
2021年6月30日 06:00
「IT・セキュリティ業界にいる、尖った人たちを紹介したい!」――
……そう語るのは、セキュリティ企業の雄、株式会社ラックの武田一城氏。
氏によると、“けものみち”を歩み続けてきたような(?)尖った人たちが業界には沢山いるという。
本連載は、
「いろいろあって今はこの業界にいる」
「業界でこんな課題・問題があったけど○○で解決した」
「こんなXXXXは○○○だ!」――
など、それぞれが向き合っている課題や裏話、夢中になっていることについて語り尽くしてもらう企画になる。果たしてどんな話が飛び出してくるのか……?
第3回は屋久島でユースホステルを経営する横山北斗氏が登場。
実は東大出身の元高校教師で、関東第一高等学校(関東一高)では、ICT教育を普及させるために励んできた過去がある。学校のICT環境を整備するだけでなく、東大受験の勉強も指導してきた。
しかし、30歳前半で教務部長に就任するなど、順風満帆なキャリアを歩んだ中で退職を決断。暮らしていたシェアハウスを退去し、世界一周の旅を始めることにした。
だが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより計画は頓挫。紆余曲折あって屋久島で生活を始めることになり、関東一高での経験を生かした「オンライン家庭教師」も手掛けることになった。
東大を出て教務部長にもなった横山氏がICT教育の現場で見てきたこと、そして、屋久島に移住するまでに直面してきた問題についてうかがってみた。
生徒の学習習慣定着のために、iPadの調達や通信環境の確保に奮闘
――私との最初の出会いは、横山さんが高校でICT教育推進に取り組んでいたころでした。そのまま教師としてのキャリアを歩まれるものだと思っていましたが、別の道に……。日焼けもされて見た目も変わりましたね。なにが横山さんをそうさせたのかうかがえればと思います。まずは、高校教師になったきっかけを教えてください。
[横山氏]東京大学(以下、東大)の農学部で勉強をしていたときに、関東一高の特進コースで、学生チューターを経験しました。
そのときに教育の現場を見て、大学院は教育学研究科に変更しています。教師になろうと考えていたわけではなく、文部科学省に入ることを当初は考えていました。しかし、当時の教頭先生に「うちで働かないか」と誘われ、数学と理科の教員免許取得後、高校教師になったという流れです。
数年間働いたあとに違う道に行くことを考えていたのですが、大きなやりがいを感じたので、10年間在籍していました。
就職したときは、関東一高で特進コースが設立されて7、8年が経ったころです。中高一貫校ではなく、歴史も浅い特進コースで、奨学金の給付や特待制度などで生徒を集めている段階でした。
――関東一高でICT教育が導入される前から自分のクラスでさまざまなことを実践していたそうですね。
[横山氏]教員になって3年目の夏ごろに、生徒の成績アップや学習習慣の定着につながるものがないか探していました。
動画を活用した予習を行ったうえで授業に臨む「反転授業」という言葉を知ったのもこのころで、iPadを活用した授業が行われている学校もあると聞いて、勉強会などにも参加して情報を集めていました。
そして自分でもやってみようと思い、iPadを10台程度借り、まずは担当するクラスで試すところから始めました。翌年には学校としての導入が決まり、体育館も含め全校舎に無線LANを完備。端末も学校で購入いただき、ICTを活用した授業ができるクラス数が増えました。
今でこそ積極的に教育分野にICTを導入しようという動きがありますが、当時としては画期的な試みでした。
歓迎されなかった現実、生徒やほかの教員からは反発も
――今でこそ、コロナ禍ということもあり、オンライン授業も一般的になりつつありますが、当時は今ほどICTを用いた教育に理解がなかったですよね。生徒の反応はどうでしたか?
[横山氏]少なくとも歓迎はされませんでした。私が作成した動画を見た前提で授業を進めると伝えると、嫌々、仕方なしに見てもらえるといった感じです。
「授業中、先生が教えてくれない」とか、「隣のクラスはやっていないのに、うちのクラスだけなぜ?」とかいろいろ言われましたね。初めての取り組みで、不安も大きかったのだと思います。
そこで新年度が始まる4月にICTを活用した教育について、目的や意図、やり方を保護者にも届くように丁寧に説明しました。
ただ、ほかの教員からの反発も根強く、生徒1人に1台端末があるようになってからも、使わない先生もいました。
――ほかの教員からしてみれば、どう使うのか分からないというのもありますよね。教育現場でICTを活用しようと思ったときに、使い方を教えたり、ヘルプデスク的な役割を担ったりする情報システムを担当する人がいない問題もあります。
[横山氏]関東一高はマンモス高ということもあって、情報システムの担当者がいましたが、全校生徒が300人程度の規模の小さな学校では難しいでしょうね。情報の先生や理系というだけで理科の先生が無理やりさせられているケースも聞きました。
指導しながら生徒と東大受験&合格(!?)、「Studyplus」で勉強時間の配分をアドバイス
――東大受験の指導もしていたそうですが、生徒と一緒に受験していたとか!?
[横山氏]生徒と同じ立場で参考書を解き、自分が勉強する姿を見せることで応援できればという思いから始めた取り組みです。
私は理科二類出身ですが、あえて自分の得意分野とは違う文系に挑戦したこともあります。日本史や地理は一から勉強しています。
自分も挑戦することで、生徒と勉強の時間配分について共感し合えるんですよね。最終的には文科一類に合格しましたが、「先生がそこまでやると、私は何も言えない」と生徒に言われました。一定の刺激は与えられたかなと思っています(笑
その後、1年間勉強して、東大を再度受験しましたが、理科一類にも合格しました。
当時、学習動画配信サービス「スタディサプリ」を学校では補習的な位置付けで導入していました。これに加えて、私は「Studyplus」を利用して自分の勉強時間を記録・共有しながら時間配分をアドバイスするなどして、生徒のモチベーションアップを試みたりしました。
スタディサプリを授業に活用している先生はほかにもいましたが少なかったです。生徒が復習や受験勉強に自主的に使うことがほとんどでした。
――ちなみに東大を何度も受験し続けているのはなぜですか?
[横山氏]挑戦すること、学ぶこと、成長できることが楽しいからです。教師としては、教える人である前に自分が学ぶ人でありたいと思っています。
また、受験本番の感覚を忘れないためには、実際に受験するしかありません。「いつも解けるはずの問題が解けない」といった感覚は、本番ならではです。こうした本番を踏まえた実践的な解法・戦略を生徒に伝えられたらと考えています。
「世界一周」のために退職したはずが……紆余曲折あって屋久島のユースホステルのマネージャーに
――そんな中、30代で校長、教頭に次ぐ立場である教務部長になりました。順風満帆なキャリアを歩まれているようにも見えますが、なぜ退職されたのでしょう?
[横山氏]教育現場に必要だと感じて、ICTやアクティブラーニングなど、私は比較的早い段階で試してきました。
それでも、学校全体までは広まりませんでした。校長や教頭、理事長は必要な費用は出してくれるものの、「学校全体で積極的にやっていきましょう」と言ってくれるわけではなく、ほかの教員と敵対関係のようになることがあり、それが辛く退職を決めました。
――関東一高を辞めたとき、ご結婚されたタイミングでしたよね。そして気付いたら屋久島でユースホステルの経営に今は関わっています。
[横山氏]新婚旅行のときに世界一周に興味を持ったのがきっかけでした。
退職後、2020年4月から世界一周を実現するために、暮らしていたシェアハウスを退去しました。しかし、新型コロナのパンデミックにより予定通りにはいかなくなりました。
そして、仕事も家もない状態になってしまったわけです。家財道具も処分し、持ち物は、段ボール1箱にスーツケース1個、バックパック2個の状態でした。
緊急事態宣言中は親戚の家にいて、その後、国内のゲストハウスを巡る旅の中、同年7月に訪れたのが屋久島でした。そこで、屋久島ユースホステルのオーナーからマネージャーをやらないかと誘われ、今に至ります。
――屋久島での生活はどのような感じですか?
[横山氏]とにかく自然が豊かです。私は都市部で暮らしていますが、車で10分程度の距離に行けば自然がたくさんあります。山も川も海も豊かで、温泉もあって、食べ物もおいしい、生活しやすい島ですね。
ユースホステルの客層は、コロナ以前は7割が外国の方でしたが、今はほぼ日本のお客さんが多いです。大学生から80代まで年齢の幅は広いです。屋久島は山登りやダイビングも楽しめるスポットがあるということで有名ですからね。
ユースホステルの経営は、ゼロからのスタートなので手探りです。お客さんとは共有ラウンジで話したり、一緒にご飯を食べたりすることもあります。
それ以外の時間では、家庭教師をやっています。屋久島の生徒は対面で教えていますが、島外の生徒はオンラインで教えています。
「東大受験オンライン相談会」も無料で実施、ICT教育の強みは時間・空間を越えた関わり方ができること
――オンラインでの家庭教師はどのようなかたちで始めたのでしょうか。
[横山氏]時代的にオンラインでの個別指導への抵抗が減っており、自分の経験を生かせると思って始めました。
立ち上がったばかりのサービスですが、株式会社おうちピテクスが運営する「おうちプラス」という、現時点では中学受験を対象としたオンライン個別指導サービスに講師として登録しています。講師としてどこで活動するか探していたときに、とあるイベントで知り合った、おうちピテクス代表取締役の川辺洋平さんからお声掛けいただいたのがきっかけでした。
自分の東大受験経験を還元できればと思い、5月の連休中には「東大受験オンライン相談会」も無料で行いました。そのときには、屋久島出身の東大志望生も参加してくれました。需要がありそうであれば、今後も実施していきたいと考えています。
――ちなみに、どのような端末を使っているのでしょうか?
[横山氏]端末はMacBookとiPadPro、マイクはMacBook本体に備え付けられたものを使用しています。
生徒の場合は、PC1台のみの場合もありますが、外付けのPCカメラやスマートフォンのカメラを別途用意していることもあります。
授業はZoom上でiPadの画面を共有し、ホワイトボードアプリ「ExplainEverything」で教材に書き込みながら解説しています。教材や情報の共有にはメールのほかに、Googleドライブ、Slack、メッセージアプリを活用しています。
――オンライン家庭教師ではICT教育がどう生かされていると感じますか? 関東一高時代との違いもあれば教えてください。
[横山氏]ICTの強みである、時間・空間を越えた関わり方ができることが大いに生かされていると感じます。
関東一高では勤務時間の制約がありましたが、今はピンポイントで自分と生徒との時間調整だけで済むため、効率的に指導を行えます。また、当時推し進めてきたICT教育やオンラインでの教材共有を行っていた経験とノウハウによって、「ICTを使ってどんなことができるのか、どんなことができないのか」をある程度分かっているため、スムーズにオンライン指導を始めることができました。
保護者とのやり取りもオンラインで気軽に出来る点も非常に良いです。関東一高のころはさまざまな事情により、保護者との個別のオンライン上のやり取りは避けていたので。
――とはいえ、なかなか思うようにいかなかったこともあるのではないでしょうか? 生徒によって通信環境なども異なりますし。
[横山氏]対面での指導に近い感覚で指導できることは分かりました。しかし、カメラ2台(顔+手元)でないと、生徒が黙っているときに、考えているのか聞こえなかったのかなど、分かりづらいこともありました。
オンライン指導での最大のストレスは、音声が適切に届いていない可能性を常に気にしなければならないことです。また、対面と比べて、生徒の表情や目線、声、感情など、得られる情報が少ないのは確かです。
しかし、現地に行かなくても、日本中あるいは世界中どこでも指導ができる点は非常に大きな魅力であり可能性を感じます。時差の問題はありますが、世界を旅しながらでもオンラインでの指導で、生活の収入を得られる可能性を感じられたのは収穫でした。
理想は旅をしながら暮らすこと、
――オンライン家庭教師としての今後の活動はどのように考えていますか。横山さんなら、教育現場から引く手あまただと思うのですが、再度、現場で教鞭をとることは考えていないのですか?
[横山氏]今のところは考えていないですね。とはいえ、オンライン家庭教師だけで十分な収入を得られるわけではありません。小中高生相手の家庭教師は、年度の切り替えや受験終わりのタイミングにより、3月から4月にかけて大幅に生徒数が減る可能性を常に抱えているため、リスク分散のために別の仕事も同時並行で行うことを考えています。
具体的には、現時点で行っている教材の作成や通信制高校でのオンライン生徒サポート、オンライン学習サービスでのクラスチューター業務などを続ける予定です。また、社会人相手に資格試験に向けた学習の指導や、学生相手のグループ授業・集団授業を行うことも検討しています。
実は屋久島ユースホステルの経営についても近々辞める予定です。旅をしながら暮らせる状態が理想的なため、まずは場所に縛られない仕事だけで生活できるようになること、さらに欲を言えば時間にも縛られない仕事だけで生活できるようになればと考えています。
プライベートでは、資格取得を趣味でやっています。先日はファイナンシャルプランナーの資格を受けに行きましたし、簿記2級や日本語教育能力検定試験の資格も取得しました。最近だとボールペン字講座を受けたり、語学や気象予報士の勉強をしたりしています。
夫婦ともに専門資格を持っているので、これらを生かせるのでないかと考えています。あまり焦りのようなものはありません。
――あらためて、横山さんが世間一般のイメージの東大出身という枠から大きくはみ出している方だったというのをあらためて実感しました。ここぞというタイミングでコロナ禍で世界一周が無くなってしまったというのは、なかなかのハードラックだと思うものの、たまたま訪れた屋久島にさらっと住み着いてしまうというのは、ちょっと予想外のバイタリティを感じました。横山さんの次のステージを楽しみにしています。!
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