武田一城の“ITけものみち”

第4回:江尻高宏氏 - 株式会社シンカ代表取締役社長

全ては“起業”のため! 大手企業2社を渡り歩いてでも実現したかった「会話をクラウドで面白くする仕組み」を作った元プログラマーIT社長

きっかけはWindows 95とインターネットとの出会い

「IT・セキュリティ業界にいる、尖った人たちを紹介したい!」――

武田一城氏。セキュリティ関連の診断サービスなどを手掛ける株式会社ラックのマーケティング戦略担当であり、NPO法人日本PostggreSQLユーザ会理事でもある。セキュリティ分野を中心とした製品・サービスの事業立ち上げに加え、複数のIT系メディアで執筆活動や講演活動も行っている

 ……そう語るのは、セキュリティ企業の雄、株式会社ラックの武田一城氏。

 氏によると、“けものみち”を歩み続けてきたような(?)尖った人たちが業界には沢山いるという。

 本連載は、

「いろいろあって今はこの業界にいる」
「業界でこんな課題・問題があったけど○○で解決した」
「こんなXXXXは○○○だ!」――

 など、それぞれが向き合っている課題や裏話、夢中になっていることについて語り尽くしてもらう企画になる。果たしてどんな話が飛び出してくるのか……?

 第4回は、株式会社シンカ代表取締役社長の江尻高宏氏が登場。

 江尻氏は、Windows 95が発売され、インターネットが普及し始めたIT革命と呼ばれる時期に学生時代を過ごしたことで起業することを決意。

 そのためにあえてとった戦略が、日本有数のシンクタンクである株式会社日本総合研究所(日本総研)への就職と、経営コンサルタント会社である株式会社船井総合研究所(船井総研)への転職だった。その結果生まれたのがクラウドと電話を組み合わせた「カイクラ」と呼ばれるサービスだ。

 電話の着信があると、カイクラ上に顧客情報とこれまでの対応履歴が表示されるため、“言った言わない”問題を防いだり、重要顧客との対応に必要な注意事項を事前に把握することができる。会話内容の録音や音声テキスト化機能、SMS、テレビ通話機能なども備わっており、これらを全てクラウド上で利用できるのが特徴だ。主なユーザーは顧客との電話での会話を重視する地元密着企業になる。

 なぜ、業種の異なる大手2社を渡り歩いてまで起業を実現したかったのか。そして、その結果生まれたサービスがユーザーにどれだけ受け入れられており、今後はどのような戦略を展開する予定なのか、うかがってみた。


会話をクラウドで面白くする仕組み、地元密着企業で使われる「カイクラ」

――「クラウド×音声通信」という特殊な組み合わせで起業された江尻さんですが、具体的にどのようなサービスを展開されているのでしょうか。

[江尻氏]私は2014年に株式会社シンカを起業しました。そして、「会話をクラウドで面白くしよう」をコンセプトに「カイクラ(会話クラウドの略)」というサービスを自社で開発し、販売まで行っています。コールセンターなどで使われているCTI(Computer Telephony Integration)システムで、着信があったときに、電話番号から顧客情報を瞬時に検索し、PCやタブレットの画面に情報を表示します。相手の情報を知ったうえで顧客対応ができるようになり、顧客満足度や売上の向上につながります。

 CTI自体は珍しいものではないですが、専用のシステムをオンプレミスで運用する必要があり、構築や運用に億単位の費用がかかるなど、簡単に利用できるものではありませんでした。そこで、我々はクラウドで開発することで低価格での提供を実現したのです。クラウドには、ニフクラ(旧:ニフティクラウド)を使っています。主な顧客は、コールセンターではなく、お客さんとの会話を大切にし、商圏を決めて事業をやっているような地域密着企業です。具体的には、ディーラーや不動産会社、住宅会社などのB to Cの事業を手掛けている会社の店舗で利用いただいており、3400以上の拠点で導入されている実績があります。

株式会社シンカ代表取締役社長の江尻高宏氏

――コールセンターと地域密着企業で、CTIシステムに求められることって何が変わってきますか?

[江尻氏]コールセンターは電話が多くかかってくるため、CTIシステムに求められるのは業務の効率化です。一方で地域密着企業において求められるのは、カスタマーサポートの向上です。例えば、車のディーラーを例にご紹介すると、電話を取るとPCに誰からの電話なのか、いつ車を購入した顧客なのか、その後どういったやり取りがあったのか、といったデータが瞬時に表示されます。その結果、入社したての社員でも「10年前に車を購入いただいた○○さんですね」と電話に出ることができるわけです。そうすると、お客さんは「えー、覚えてくれていたの!」と驚き、感動が生まれます。これは地域密着企業ではかなりの影響力があり、良い関係の構築に繋がるというわけです。

 カイクラでは、誰が対応したのかはもちろんのこと、会話を自動録音し、これをクリックひとつでテキスト化できます。さらに、状況を素早く把握するために、テキストの内容を要約する機能も備えています。まさに、“会話の見える化”を実現しています。

カイクラはウェブブラウザーから利用できる完全クラウド型CTIシステム。会話内容の録音や音声テキスト化機能、SMS、テレビ通話機能などがある

――クラウドを利用した電話のサービスというと、テレワークの普及とともにクラウドPBXを導入する企業が増えていますが、カイクラとは何が違うのでしょうか。

[江尻氏]クラウドPBXとCTIをセットで提供している会社もありますね。クラウドPBXとは簡単に言うと、電話交換機で、オフィスの代表電話にかかってきた電話を社員がスマートフォンで出られ、内線のように別の社員のスマートフォンに回すことができるサービスです。ただ、クラウドPBXを導入する際に電話番号の変更が必要な場合があります。一方でカイクラは、現在使っている電話番号をそのまま使えるのが特徴です。地元密着企業がお客様ですから、電話番号の変更は死活問題。だからこの点にカイクラはこだわっていますし、電話番号を変えないで導入できるのが強みです。


起業を決意したのは大学時代、Windows 95とインターネットに衝撃

――CTI×地元密着企業の組み合わせで、ITなのにアナログ感もあるカイクラ。そうした発想に至った経緯を江尻さんの歩いてきた軌跡から迫れればと思います。まずは、なぜITの世界に入ったのか教えてください。

[江尻氏]私は元プログラマーでして、プログラミングに興味を持ったのは小学校低学年のころです。任天堂から「ゲーム&ウオッチ」が出て、その後ファミコンが出て衝撃を受けました。

 ゲーム&ウオッチとは違い、ファミコンはカセットを入れ替えると違うゲームができることに大変驚きしました。その後、「ファミリーベーシック」が発売され、BASICで夢中になってゲームを作りました。大学生のころはC言語にはまり、「プログラミングってすごい」と思ったときに、Windows 95が発売され、インターネットに繋がり感動でした。個人情報保護といった話もない時代でしたので、いろいろな人にメールを送って大学教授とも友達になりました。

 Windows 95とインターネットとの出会いは、自分の中で衝撃が大きく、IT企業を作ると決めた瞬間でした。そして、そのためにどこの企業に就職しようか考えて選んだのが日本総研です。


全ては「日本を変える企業を作るため」、業種の異なる日本総研と船井総研にあえて進んだ理由

――日本総研って日本を代表するシンクタンクですよね。独立する人が多いイメージはあまりないのですが……。

[江尻氏]独立した人はあまりいないですね。日本総研を選んだ理由は、1人で作るような小さなシステムではなく、大規模なシステム構築を知り、ビジネスのやり方を学びたいと思ったからです。また、起業するのであれば、日本を変えるような企業を作りたいと考えていたので、名前のセンスに惚れたのも大きかったです。社名に「日本」と付けるのは相当覚悟が必要ですよね。

――まさか、社名が選ぶ理由の1つだったとは(笑) そんな、日本総研では何をされていたのでしょうか。

[江尻氏]エンジニアとして入社して、システム開発の部門で三井住友グループ企業の金融系の基幹システムを開発していました。プロジェクトが2、3年続く、何百人もいるような部門です。もともと3年ぐらいで辞める計画だったのですが、大きなプロジェクトのリーダーやマネージャーをしていたこともあり、結局2000年4月から2007年8月まで在職しました。

――日本総研を退職された後は、船井総研に転職されましたが、日本総研とはまた違う感じの会社ですよね?

[江尻氏]2007年9月に経営コンサルティング会社である船井総研に入社しました。起業のために、大手企業と中小企業、そしてシステムとアナログのどちらも知っておきたいと考えて船井総研に転職しました。また経営を学んで人脈をたくさん作りたいというのもありましたね。日本総研の顧客は大手企業なのに対して、船井総研は中小企業、零細企業が主な顧客になります。現場に行き、アナログな手段で課題を解決します。例えば、店舗の売上を上げるために、新聞の折り込みチラシを作るといったことをやっていました。契約書一つとっても、大手企業と中小企業ではこんなにも違うのか!と勉強になりましたね。

 船井総研は3年で辞める予定でしたが、結局、2013年12月までいました。


約2年かけて雇った社員は2人、奥さんのサポートでお金がない苦しい時代を乗り切る

――船井総研の社内ベンチャーという選択肢もあったはずです。なぜ、大変な思いをしてまで起業する道を選んだのでしょうか。

[江尻氏]船井総研グループとして、リリースすれば最初からある程度評価してもらえるのですが、自分で手掛けるビジネスを色眼鏡でなく純粋に評価してもらい、本当に世の中に望まれているものなのか見たかったため、起業する道を選びました。大学生のときから会社を作りたいという一心で取り組んできたので、どこまで挑戦できるのかやってみたかったのです。

――とはいえ、起業するにはお金も必要ですし、大変ですよね。

[江尻氏]資金は自前で用意したので大変でした。当時、結婚して子どももいたのですが、妻も働いていたため、自分が最低限のお金を家庭に入れられれば生きていけると思えたのは大きいですね。1人で2014年1月に起業して、社員を1人雇えたのが同年11月、2人目を雇えたのは翌年のことでした。お金もなく苦しい時代でしたね。

――奥さんには感謝しないといけませんね! ちなみに、起業までにどの程度、準備をされていたのですか。

[江尻氏]船井総研時代から準備をしていました。クライアントとの関係もあって、辞めると決めてから実際に辞めるまで2年ほどの時間があったのですが、その2年の間にカイクラのベータ版まではできていました。日本総研時代の先輩と一緒に作り、船井総研のクライアントに無料で試してもらい意見をもらっていました。簡単なマーケティングもしていました。


やりたいのは会話の面白さの追求、ITはあくまでも手段

――一般的なIT会社のコーポレートサイトであれば、サービスを前面に出すと思うのですが、シンカの場合、なぜか「PASSION」という変わった項目があって驚きました。このページには「音声テックを使えば会話がもっと面白くなる」など、文字通り、江尻さんのパッションが書かれています。コーポレートサイトにそこまで載せる!? と思いましたが、なぜこの項目が必要だったのでしょうか。

[江尻氏]まず仕事には情熱(=PASSION)が必要だと思い、コーポレートカラーを赤にしました。PASSIONを持って生きている人ってカッコいいですよね。

 シンカは、IT企業ではありますが、テクノロジーファーストではありません。ITはあくまでも手段だと捉えています。地元密着でやっている企業に対して、いろいろな会話をして欲しいですし、それが活性化につながると考えていて、そのためにITを活用してもらいたいというスタンスでいます。やりたいのは「会話を面白くすること」の追求です。

シンカのコーポレートサイトより。「PASSION」のページでは、ビジネスの会話をテクノロジーで面白くすることについて、江尻氏が熱い思いが書かれている

 我々のITサービスを使ってもらいたいというよりも、想いに共感してほしいと考えて、PASSIONのページを作りました。私はよく社員にPASSIONのページに書いてあるような話をしているのですが、それを社員は顧客に伝えているようです。そしてそこに共感してくれて、サービスが広がっています。

――想像以上に真面目な考え方があって作られたページだったのですね! ちなみに、会話を面白くするために、カイクラではどのようなバージョンアップが行われてきたのでしょうか。

[江尻氏]会話のプラットフォームになりたいと思い改良・改善を行っています。具体的には、「お客さんに連絡がしたい。でも、不在でつながらないことが多い」という声があり、ショートメッセージ(SMS)機能を付けました。また、言った言わないというトラブルを防ぐために「音声録音」機能を追加し、会話内容もテキスト化できるようにしております。今はコロナ禍なので、ビデオ通話の機能も付けました。そのようにして、お客さんとのコミュニケーションのあらゆる部分を提供できるようにして、会話の履歴を一元管理しているので、ここさえ見れば分かるというサービスを目指し、進化し続けています。


次は会話のスコアリングと共感度の“見える化”に挑戦

――事業が軌道に乗った今、次はどのようなサービス展開を考えていますか。

[江尻氏]元々ビッグデータの発想でこのカイクラのビジネスを始めました。ビッグデータの解析を行うと、物を購入する瞬間の会話だったり、富裕層のお客さんがどんな会話をしているのかだったり、いろいろなことが分かります。4月と8月はどの業種も電話が減ると言われていますし、雨が降るとマッサージ屋さんの電話が増えるという話もあります。こういうのをもっと細かく見ていくと、さまざまなことが分かりますよね。しかし、個人情報保護法の関係で厳しくなり、分析ができなくなると思い、この構想はなくなりました。

 今、準備している次の構想は、「会話のスコアリング」です。会話の内容をAIが分析すると、クレームに相当する内容の電話を50%の確率で当ててピックアップできます。この精度を高められたら、ちょっとしたクレームでも早めに対処できるようになり、顧客満足度を上げられますね。もう一つは、共感度を算出することを考えています。

 例えば、同じ質問内容に対して「Aさんはお客さんに寄り添って答えたことで顧客満足度が高かったが、Bさんが対応した場合は正しいことを答えても相手は普通の感情で終わっている」といったことが評価できると、良い会話をした人を見つけたり、改善点を見つけることができます。そうして、楽しい関係を作り上げることをサポートしていきたいと思います。

――地域密着企業が求めていることに寄り添い、まさに社名通り「進化(シンカ)」し続けているのですね!2005年ごろはインターネットを活用した事業がたくさん生まれ、何が正しいのか、よく分からない時代もありました。傍から見れば、時代が大きく変わったときで、まさに“けもの道”のようにも見えますが、その中で2社での学びから新サービスを生み出したのは尊敬の思いでいっぱいです。今後のサービスの展開を楽しみにしています。