清水理史の「イニシャルB」

結局、STPはダメなの? UTPでいいの? LANケーブルの専門家に聞く

 2.5Gbpsや5Gbps、10Gbpsの有線LANが登場してきたおかげで、LANケーブルに関する議論が活発化している。

 中でも特に判断が難しいのが「STP(シールド)ケーブル」に関するものだ。「アースをしないとかえって障害につながる」という話は、実際のところどうなのだろうか? LANケーブルの専門家に話を聞いた。

知らず知らずのうちにお世話になっているLANケーブルメーカー

 今回、話を聞いたのは、日本製線株式会社というメーカーだ。

 あまり耳慣れない会社かもしれないが、国内で高いシェアを持つLANケーブルメーカーで、データセンターやオフィス、学校、病院、住宅などの構内配線などでは、名の知れたメーカーとなる。

 同社の辻堅一郎氏(取締役執行役員、営業副本部長兼本社営業部部長)によると、「設立は1938年で、情報配線システムや住宅複合ケーブルが主な事業内容です。近年では、GIGAスクール構想での学校へのCat 6Aケーブルの納入例が多くなってきていますが、大手住宅メーカーの宅内配線やホテルの客室などのLAN配線などにも、弊社のケーブルが使われています。Amazon.co.jpでも一部製品を販売はしていますが、どちらかというと、皆さんが知らず知らずのうちに使っているのが、弊社の製品と言えるかもしれません」とのことだ。

日本製線株式会社取締役執行役員、営業副本部長兼本社営業部部長の辻堅一郎氏

 店頭などで見かけるコンシューマー向けのケーブルよりも、さらに製品の品質が求められる環境でもまれ続けて来た、いわば生粋のLANケーブルメーカーだ。

 そんな同社の中で、LANケーブルの企画開発の中心で活躍しているのが、今回お話を伺った同社の浅香芳晴氏(取締役、開発部Manager)だ。

 同氏は、国内の規格団体や海外の規格団体などでも活躍する人物で、特に国内団体ではLANケーブルに関するワーキンググループで主導的な立場を勤めている第一人者だ。ネットを検索すると、事業者向けのLANケーブルの配線ガイドやQAなどの各種資料がヒットするが、こうした文書の取りまとめにも関与しているという。

日本製線株式会社取締役、開発部Managerの浅香芳晴氏

 同氏によると、「世間で言われているSTPケーブルとノイズに関する伝聞は、あまりにも誤解が多い」とのことだ。

YouTube動画で自ら実践

 LANケーブルには、ケーブル内部にシールド加工を施したSTPケーブルと、していないUTPケーブルの2種類がある。

 1Gbps以上のLANの普及に伴って、Cat 6Aケーブルの需要が増え、STPケーブルがいいのか、UTPケーブルがいいのか? という議論がなされることがある。中でも顕著なのは、STPケーブルではアースが必須で、アースなしでは逆に通信障害につながる可能性があるというものだ。

 この回答の1つとなるのが、浅香氏が自ら実験した以下のYouTube動画だ。アース処理が難しい家庭環境を想定し、アースなしの状態で意図的に作り出した外来ノイズに対して、UTPおよびSTPケーブルでどのような影響があるのかを検証したものだ。

【Cat6Aケーブルを使用した10GBASE-T伝送検証】

 浅香氏によると、この動画を公開した意図について、「在宅勤務の増加によって家庭内LANの通信速度や安定性向上のニーズが高まってきました。こうした中で、Cat 6AケーブルのSTPとUTPによる速度の差や、アースなしの状況でのノイズの影響について、広く知ってもらうため」と語ってくれた。

実験の様子

 結論から言えば、動画でも示されているように、端から端まですべてSTPケーブルを利用したALLシールド配線環境では、「アースなし」でも外来ノイズに対してノイズを遮断する効果が見られた。

 浅香氏によると、「この動画では、意図的に古いラピッドスタート式の蛍光灯を使ってノイズを発生させています。このため、実環境のLEDやインバーター方式とは異なる、あえて作った実験用の環境となりますが、ケーブルの近くでスイッチのオン/オフによる外来ノイズが発生すると、LANケーブルに対してノイズが影響を与えます」という。

UTPケーブルの実験結果
STPケーブルの実験結果

 このとき、UTPケーブルのみを使った配線や、STPケーブルとUTPケーブルを組み合わせた配線では、ノイズの影響を受けて速度が低下する。しかし、ALLシールド配線の場合は、当然ながらシールドによってノイズが遮断されるため、その影響は受けないことが示されている。

 もちろん、STPケーブルはアース処理をしていない状況だ。

なぜアースなしSTPでノイズの影響を受けないのか?

 本当にアースなしでも問題ないのだろうか?

 よく言われるのは、こうしたアースなしの環境では、STPケーブルのシールド部分がアンテナのように作用し、誘導されたノイズによって通信障害が発生するというものだ。

 この点については、同社がノイズの精密検査などを依頼する外部企業の専門家の知見であることを前提にしつつも、アースをつないだからといって必ずしもノイズ対策ができるわけではない点を示した。

 これについては、かなり専⾨的な話になるため、筆者もその概要しか伝えることはできないが、根底にあるのは、ノイズにおけるループ電流への考え⽅だ。

 LAN環境で、何らかのノイズによって通信障害が発生するケースは2通り考えられる。

 1つは、配線のすべてがUTP、またはSTP+UTPの組み合わせで使っているケースで発生する外来ノイズの影響。この場合はUTPケーブル経由で、ケーブル内の信号にダイレクトにノイズの影響が出る。

 もう1つはループ電流だ。

 ループ電流には3つの形態がある。1つめはノイズが電源ケーブルやLANケーブル内を双方向に環流する「ノーマルモード電流」、2つめノイズが電源ケーブルやLANケーブル内を通って機器内部の回路を経由してアースから再びケーブルへと環流する「コモンモード電流」、3つめは接地間電位差などによりアースから金属筐体を通じて再びアースへと環流する「グランド電流」(これは電磁誘導によって2つめのコモンモード電流に変換される)となる。このうち後者2つのループ電流が、アース処理と深く関係する。

 こうしたループ電流によって、ノイズがケーブル内部や機器内部の回路を通過するようになると、それによって通信障害が発生することになる。

 しかし、こうしたループ電流(2つめと3つめ)が発生するには、逆にアースが必要だ。

 アースなしの場合、ループ電流がそもそも発⽣しない。例えば、「ノイズ源→LANケーブル(シールド材)→スイッチ(筐体)」と、ここまでノイズが伝わったとしても、その後の「→アース→地⾯→アース→LANケーブル(シールド材)」という経路に、そもそもつながっていないからだ。

 また、万が一、大地のノイズや電磁誘導によるノイズが電源ケーブルや筐体などから、機器内部にノイズが伝わるようなことがあっても、最近のネットワーク機器はノイズ対策が十分にできているため、内部のシールドやフィルターなどによってノイズがカットされるため、通信に影響を与えるケースは少ない。

 つまり、先に触れたように、何らかのノイズによって通信障害が発生するケースのほとんどは、LANケーブル上の信号がノイズによって直接的に侵略されるケースと言える。

 ループ電流によるノイズの影響は、もちろん可能性としてはあるが、アースされていない家庭では関係ない上、しかもノイズ対策が不十分な古いスイッチなどを使用したケースとなるため、ケースとしては希と言える。

図1:アースしていないSTPがノイズの影響を受けない理由

 なお、データセンターやオフィスビルでは、機器のアースとして保安接地と機能接地(電源のアースとは別に信号などに使う電圧を安定させるためのアース。STPケーブルにまつわるアースの話で「電源のアースとは別」という表現がよくされるが、まさにそれ)があり、この両方を個別に接地するTT接地が日本では主に使われている。この方式が、かえってループ電流の原因になることもある。

では、ノイズはどこに行くのか?

 では、瞬間的にせよ、ノイズ源からLANケーブルへと誘導されたノイズは、どこに⾏くのだろうか?

 まず、先にも触れたように、STP+UTPの組み合わせの場合、ノイズがシールド材上で吸収し切れずにUTPからケーブル内に侵入してきてしまうケースがある。

 一方、ALLシールド配線の場合、浅⾹⽒によると、これはいくつかの考え⽅があるとのことだが、例として次のような事例を教えてくれた。

 「STPケーブルのシールドへと伝わったノイズがスイッチなどの⾦属筐体で反射し、再びSTPケーブルのシールドへと戻り、その間に反発磁界や熱として損失されてしまう」というのだ。

 一般的に、電磁波を防ぐためのシールドは、表面から到来した入射電磁波を反射する反射損失と、シールド材内部で入射電磁波を減衰させる吸収損失によって電磁波(ノイズ)の影響を最小限にする。

 このうち、吸収損失が、上記例に相当するもので、入射電磁波がシールド材を通過する際に発生する過電流によって発生した反発磁界、および過電流自身が生む熱によって入射電磁波が損失となり、ノイズの影響を最小限にすることができるわけだ。

図2:反発磁界や熱による損失

 もちろん、これらは一例であり、実際にノイズがどのように消えてしまうのかは状況にもよるのだが、多くのノイズは、こうした現象によって消えてしまうことが多いという。

 しかも、ノイズは金属筐体(もしくはコネクタの金属部分)が終端になり、それがスイッチなどの回路に直接影響を与えることは、ほとんどない。

 浅香氏によると、「ノイズ源として身近なもので考えられるのは、換気扇やエレベーターなどがあります。しかし、これらもスイッチをオン/オフしたとき(エレベーターが動いたとき)のみ発生するノイズで、特に家庭では、継続的にノイズの影響を受けるものは考えにくい」という。

 つまり、そもそもSTPケーブルがノイズを伝えてしまうという状況が少ないが、仮にアースをしていなくても、UTPが混在しないSTPケーブルのみの環境であれば、シールド上のノイズは消えてしまうことの方が多いため、家庭であれば、それが現実問題として致命的な通信障害に発生するような事例は、あまり考えられないことになる。

ではUTPケーブルでいいのか?

 そもそもノイズ源が少ないのであれば、STPケーブルは無駄なのか? というと必ずしもそうではないという。

 浅香氏によると「YouTube動画でも示したように、UTPケーブルは外来ノイズの影響をまともに受けてしまいます。ノイズがない状況であれば、UTPケーブルを使った配線で全く問題ありません。しかし、⼀度配線してしまうと、ケーブルを交換したり配線経路を変更したりすることは困難なケースがあります。特にオフィスや工場、病院などでは困難です。戸建てやマンションなどではPF配管を使用した配線がなされているため、交換は不可能ではありませんが、それでも工事の時間と費用がかかります。仮に、後からノイズ源が発生した場合、UTPケーブルの場合、『ノイズ源を取り除く』という選択肢しかありません」という。

図3:UTPは信号にダイレクトにノイズが影響する

 浅香氏は続ける。「しかし、STPケーブルであれば、アースの有無にかかわらず、外来ノイズの影響を遮断できます。仮にノイズのループが発生してしまうようなケースでも、片端のみ接地するなど、ループを切る対策でのノイズ対策が可能です。つまり、リスクを減らし、万が一のケースでも対策の選択肢の幅を広げることができます」という。

 最近では、10Gbps回線の登場などで、住宅メーカーでもはじめからCat 6Aケーブルを配線するケースが多くなっているが、こうしたケースでもアースなしのSTPケーブルが採用されることが増えてきたという。

 これは、そもそもアースなしでも通信障害がほとんど発生しない(実際、同社がLANケーブルを納入している住宅メーカーでは数年前からこの方式となっているが、トラブルはないとの)ことが理由だが、仮にノイズの影響を受けるような場合でも、その後の対策がしやすいというのが大きな理由だ。

規格上、Cat 6Aより上のカテゴリーで呼ぶことはできない

 さらに、浅香氏は、ケーブルの規格についても教えてくれた。

 「現状、Cat.7と呼ばれるケーブルが市販されていることもありますが、これらはコネクタの形状が異なっており、正式な規格品と呼ぶことはできません。LANケーブルは、バックワードコンパチブルなので、コネクタがRJ-45なら、ケーブルの構造がどうなっていたとしても、Cat 6Aより上のカテゴリーで呼ぶことはできないのです(浅香氏)」とのことだ。

 さらには、「フィールドテスト(施工現場でテスターを使ったテスト)は可能ですが、コンポーネントテスト(クロストークやリターンロスなどを計測する厳密なテスト)ができる環境(装置)が少ないので、Cat.7に適合しているかどうかを検証することが困難です。実際の利用体制そのものが整っている状況には、まだありません」という。

 現状、市販されているCat.7ケーブルは、筆者としては“相当品”と呼ぶのが妥当と考えていたが、専門家から見ると、そこまでにも至っていないようだ。現状は、マーケティング的なキャッチコピーとして一人歩きしているという印象だ。

 また、浅香氏はこうも話した。「Cat 6Aではエイリアンクロストーク対策が必要ですが、フラット形状のケーブルなどの中には、こうした対策が不十分な製品も存在します」という。

 エイリアンクロストークは、複数のケーブルをまとめたときなどに発生するケーブル間のノイズだ。配管などにケーブルをまとめて配線する場合などに発生する可能性があり、特に10Gbpsなど、500MHz以上の周波数を使う規格では対策が必要とされる。

 「弊社のケーブルでは、エイリアンクロストーク対策として断続的に隙間が空いている特殊な遮蔽テープを使っていますが、こうしたテープは高価なので、ケーブルによっては使っていない例もあります。LANケーブルと言っても、その品質はさまざまで、きちんとした対策がなされているとは限らないという点にも、注意が必要です(浅香氏)」ということだ。

UTPかSTPかはケースバイケース

 以上、LANケーブルの専門家である日本製線株式会社の浅香氏に、かなり掘り下げた解説をしてもらった。

 結論としては、UTPかSTPと言われれば、ほとんどの場合UTPで十分だが、リスクや後々の対策まで考えるなら、STPケーブルを選択する方がいいということになる。

 そして、仮にSTPケーブルを選択した場合もアースなしでも問題はなく、仮にアースをする場合でも片端で十分(むしろループを避けるためには片端の方が都合がいい)ということになる。

 このため、家庭でもSTPケーブルを使うことは、全く問題ない。

 もちろん、データセンターへの施⼯などではアース処理が推奨される。だが、その場合も、正しい⽅法で(つまりループしないように)アースする必要がある。単純にアースをすればノイズを回避できるというものではない。

 また、STPであっても、UTPケーブルと組み合わせるなどの配線方法によっては、その効果が発揮できない場合もある。浅香氏によると、「ほとんどの戸建て住宅やマンションなどの宅内配線は、情報分電盤から各部屋に配線されているケーブルがUTPとなります。このため、壁コンセントからPCまでの部分でSTPケーブルを使っても、ノイズ対策にはなりませんが、アース処理をしていないからといって、アンテナとしてノイズをひろったりすることはありません」という。

 要するに、現状は、あまりにも無条件にアースなしのSTPケーブルが⾮難されるケースがあるが、実際には、そこまで否定されるようなものではないと⾔える。

 きちんと、ALLシールド配線にすればアースなしでも外来ノイズに対する効果が確保できる点をきちんと評価すべきだろう。

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できる Windows 10 活用編」ほか多数の著書がある。