第214回:ルータ単独でのP2Pダウンロードを実現
プラネックスのBitTorrentダウンロードルータ「BRC-14VG-BT」



 ここ最近大きな動きのなかったルータ市場に、プラネックスから久々の注目製品が登場した。P2Pのファイル交換技術である「BitTorrent」を搭載した「BRC-14VG-BT(有線対応)」、および「BRC-W14VG-BT(無線対応)」だ。ルータ単独でのダウンロードを実際に試してみた。





BitTorrentとは

 著作権侵害や独自ウイルスの蔓延など、すっかり悪いイメージが定着してしまった感のあるP2Pだが、この技術を健全な方向に使おうという思想の元に生まれたのが、今回取り上げるプラネックスの有線ブロードバンドルータ「BRC-14VG-BT」に搭載されているP2Pファイル交換技術「BitTorrent」だ。

 ファイルをユーザー間で転送し合うという点は既存のP2P技術と同じ考え方ではあるが、BitTorrentの最大の特徴は匿名性が確保されない点にある。これにより、ユーザーがどのようなファイルを共有しているのかを追跡することが容易になっており、著作権を侵害するようなファイルを共有しにくくしている。実際、海外ではBitTorrentを使って映画やソフトウェアなどを配布していた個人の摘発が行なわれた経緯もあり、透明性の高いネットワークを実現している。

 このような透明性の高さから、BitTorrentは、どちらかというと配布元が多くの利用者に対して、低負荷に巨大なファイルを配布するための仕組みとして利用されることが多い。たとえば、Linuxのディストリビューションでは、通常は海外もしくは国内のFTPサーバーからISOイメージをダウンロードするというのが一般的だが、最近ではBitTorrentでも配布されるようになってきている。また、米Warner Bros. Home Enterteinment Groupとの提携により、映画やテレビ番組などもBitTorrentの技術を利用して配布される予定となっている。


Linuxのディストリビューションやオープンソースのオフィス互換ソフト「OpenOffice.org」などの配布にBitTorrentが利用されるケースが多い

 もともと、P2Pの本質は1カ所に集中しがちなネットワークのトラフィックを分散させて効率化しようという点にあるが、BitTorrentはまさにこのような効率的なファイル配布の仕組みであり、商用的に成功し、社会的に認められる地位を確立しうる数少ない技術とも言えるだろう。

 なお、BitTorrentでは、配布するファイルを断片化し、それを個別に複数のユーザーに配布。各断片を受け取ったユーザーがお互いにファイルを補完するような形でアップロードとダウンロードを行なうという形態になっている。通常のFTPやHTTPのダウンロードの場合、人気のあるファイルほどアクセスが集中してダウンロードが遅くなるが、BitTorrentは逆に「人気のあるファイルほど、高速にダウンロードできる」ようになっている。このあたりの原理をFLASHによるアニメーションでシミュレーションできるサイトなどもあるので、これを参照すると、なぜ効率的なダウンロードができるのかが理解できるだろう。


FLASHで作成されたBitTorrentのシミュレータ。完全なファイルを提供するシーダーをいくつか配布後、そのファイルをダウンロードしたいピアを配置してスタートすると、最初はダウンロードするだけだったピアが配布元にもなり、しばらく時間が経過すると、お互いにものすごい勢いでファイルを転送し合う様子がわかる




BitTorrentクライアントをルータに内蔵

(左から)有線LANルータ「BRC-14VG-BT」と無線LANルータ「BRC-W14VG-BT」

 さて、本題に戻ろう。今回取り上げるプラネックスの「BRC-14VG-BT」は、このようなBitTorrentのクライアントをルータに内蔵した製品だ。本来、BitTorrentのネットワークを利用してファイルをダウンロードするには、PC上で動作するクライアントソフトを利用する必要があるが、このクライアントソフトをルータに内蔵したのがこの製品だ。


 もはや、ルータ、特にコンシューマ向けの有線ルータは目新しい進歩はないだろうと考えていたが、その期待を良い意味で裏切る何とも斬新なアイデアだ。ただし、惜しむべきは、海外では一般的なBitTorrentも、国内ではその知名度が低いことから、そのメリットが理解されにくい点だろう。また、ルータでファイルをダウンロードするというのも、これまでに存在しなかった使い方であるため理解しにくい。このあたりを、実際の使い方を見ながら紹介していこう。


有線LANモデルの「BRC-14VG-BT」本体背面

添付品一覧パッケージにはBittorrent対応のロゴが

 まず、事前の準備だが、WAN/LANへの接続やプロバイダーへの接続設定などルータとしての基本的な設定はもちろんのこと、BitTorrentでダウンロードしたファイルを保存しておくためのストレージを用意する必要がある。BRC-14VG-BTの背面にはUSBポートが2つ用意されているので、このうちの一方にUSB接続のハードディスクを接続。これをファイルサーバーの設定画面からフォーマット(FAT32かEXT2)して利用可能にしておく。


ダウンロードしたファイルの保存先としてUSB接続のハードディスクを利用。あらかじめフォーマットしておくことで、BitTorrentの保存先としてだけでなく、ファイル共有のためのストレージとしても利用できる

 これにより、USBハードディスクの領域がルータから認識可能となり、ダウンロードしたファイルを保存できる。なお、「ファイルサーバー」という設定画面を利用していることからもわかるとおり、このハードディスクはNASとしてネットワーク上で共有することも可能だ。

 ストレージの設定が完了すれば、実際のダウンロードが可能だ。と言っても、どんなファイルでもいきなりダウンロードできるわけではない。BitTorrentならではの“作法”が必要だ。

 BitTorrentでは、ダウンロードするファイルの情報(ファイル配布元へのリンク先など)が「*.torrent」というTorrentファイルに記載されている。このため、たとえば、LinuxのディストリビューションのISOファイルをダウンロードしたい場合、ISOファイルを直接指定してダウンロードするのではなく、このISOファイルのダウンロード情報が記載されたTorrentファイルを入手する必要がある。Linuxのディストリビューションなどであれば、FTPサーバーにISOファイルに加えてTorrentファイルが提供されている。まずは、これをダウンロードするわけだ。


Linuxのディストリビューションなどは、FTPサーバーのフォルダでBitTorrent用のTorrentファイルが提供されている。本体のファイルを入手するための情報が記載されているので、まずはこのファイルを入手する

 ダウンロードしたいファイルのトレントファイルを入手したら、これをルータに読み込ませてダウンロードの準備を行なう。ルータの設定画面からオプション設定の項目にある「BitTorrent」を表示。「Torrentファイルの追加」ボタンを使ってダウンロードしたファイルを読み込ませる。これで、ダウンロードするファイル名やダウンロード先などの情報がルータに登録されるので、リストの「開始」にチェックを付けて「OK」ボタンをクリックすればダウンロードが開始されるというわけだ。


ルータの設定画面にダウンロードしたTorrentファイルを登録。ダウンロードしたいファイルにチェックを付け、開始すれば実際のダウンロードが始まる




現状は速度は期待できない

 気になる速度だが、残念ながら現段階では速いとは言い難い。標準設定では帯域が50KB/sに制限されているが、帯域制限を「0」に設定して制限を解除してもさほど速度が上がるわけではない。筆者が試した限りでは200KB/sが限界であった。また、FTPやHTTPなどのダウンロードと異なり、最初は数KB/sと遅い速度でダウンロードが始まり、時間が経過するにつれて速度が上がっていくのも特徴だ。


実際のダウンロード画面。標準では50KB/sに制限されている帯域の上限を変更してダウンロード速度を観察してみたが、今回のファイルと筆者宅の環境では200KB/s程度が限界であった

 これは、前述したBitTorrentの仕組みが大きく影響している。BitTorrentで高速にファイルをダウンロードするには、同じファイルを協力してダウンロードしてくれる仲間(ピアやシーダーと呼ぶ)が多く必要になる。仲間が多ければ、1人あたりの負担が減り、かつ多く利用者からファイルの断片を転送してもらうことが可能となる。つまり、簡単に言うと、現状、BitTorrentがあまり普及していない国内では、近くに仲間が少ないため、BitTorrentならではのメリットを享受しにくいわけだ。

 では、メリットはないのかというと、そういうわけではない。ルータでのダウンロードの場合、PCは起動しておく必要がない。このため、ダウンロードのためだけに一晩PCを起動させたままにしておく必要がない。ルータでファイルのダウンロードを開始させ、あとは終わるまで放っておけば良いことになる。急いでダウンロードしたいファイルには向いていないが、数日後に使う予定のファイルであれば、50KB/s程度でゆっくりダウンロードした方が気楽なうえ、ネットワークへの負荷も気にせずに済む。実際、50KB/s程度ならダウンロード中にほかの用途にネットワークを利用しても、速度の低下はまったく気にならない。


BitTorrentでのダウンロード中にPCから速度測定を実行。下りで60Mbpsの速度を計測。BitTorrentが消費する帯域は数十KB/s~数百KB/sであるため、ほかの用途に与える影響も心配する必要はない

 個人的には、ここ数カ月、Windows VistaやOfficeなどのベータ版をダウンロードする機会が多く、そのたびにダウンロードのためにPCを放置せざるを得なかったが、こういったケースでBitTorrentが使えたら便利だったのかもしれないと感じた。

 なお、BitTorrentをPC上の通常のクライアントで利用する場合、外部のほかのユーザー(ピア)からの接続を受け付けるためにポート(標準では6881)を開放しておく必要があるが、BRC-14VG-BTではこのような設定を行なう必要がない。初心者でも簡単に使えるのもルータ本体にクライアントが搭載されたメリットと言えるだろう。





BitTorrentの普及がカギ

 このように、BitTorrentのクライアントを搭載したことは非常に良いアイデアと言える。今や単なるルータでは消費者に対価を支払ってもらうことが難しいことを考えると、他社ルータにはない、というよりもほかに類似する機器が何もないオンリーワンの商品を作り上げた点を高く評価したいところだ。

 ただし、一般に普及するかとなると話は別だ。BitTorrentのメリットを活かすためには、より多くのユーザーに利用してもらう必要がある。そのためには、BitTorrentの存在やメリットがもっと理解されるだけでなく、BitTorrentでダウンロード可能なコンテンツも増える必要がある。国内のどこかのコンテンツプロバイダーが採用するとか、大学などの学術機関でもっと積極的に利用するといった普及への活動が活発にならないと難しいだろう。

 個人的には、BitTorrentによるダウンロードだけでなく、FTPやHTTPによるダウンロードにも対応し、ルータでファイルをダウンロードするという行為自体を一般化させるのも普及への1つの方法ではないかと感じた。

 ただし、BitTorrentの普及は、利用者やコンテンツの配布元に与えるメリットはあるだろうが、その反面でデメリットを生む可能性も秘めている。たとえば、海外ではすでに問題になっているが、トラフィックの問題は深刻だ。ネットワークのタダ乗り論ではないが、ISPは自社のサービスでもなければ、何の利益も期待できないBitTorrentによるトラフィックの増加に悩まされる可能性がある。しかも、一極集中より分散するP2Pのトラフィックの方が遙かに管理しづらい。

 しかも、BitTorrentに限らず、最近、次々と登場しつつある動画共有サービスなどでも、コンテンツの配布に同様のP2Pによる配信方式の導入が検討されはじめている。今後は、ISPがこの手の技術にどう対応するのかも大いに注目される。


関連情報

2006/10/3 11:44


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。