10代のネット利用を追う
東京都が“自画撮り要求規制”を開始した理由とは
2018年3月30日 06:00
“自画撮り被害”の防止に向けて、「東京都青少年の健全な育成に関する条例」の一部を改正する条例が2月1日施行された。自画撮り被害とは、だまされたり脅されたりして、18歳未満の子どもが自分の裸体などを撮影させられた上、メールやSNSなどを通じて送らされる被害を指す。
改正では、18歳未満の青少年に対して児童ポルノに当たる画像を不当に求める行為を罰則付きで禁止する規定を新設している。違反すると、30万円以下の罰金が科せられる。
改正に至る背景と課題について、東京都青少年・治安対策本部の鍋坂昌洋氏(総合対策部青少年課健全育成担当課長)に話を聞いた。
罰則を付け、要求段階で相手を特定
自画撮り被害は、SNSなどで知らない人と知り合って、1対1のやり取りをした上で、要求されて送ってしまって起きている。1対1のやり取りなので、誰も止めることができない状態だ。
「現状、刑法では『裸の写真を送れ』と言うだけでは罪に問われない」と鍋坂氏は説明する。「送らないと殺すぞ」と脅された場合は脅迫罪などが適用できるが、脅されてではなく、だまされて送っているのが実情だ。後述するように、SNSで知り合った相手に「顔写真をネット上にアップする」と言われただけで裸の写真を送ってしまっている例もある。
「児童ポルノ禁止法」では、製造・所持など、写真が相手に渡ってからしか取り締まれない。しかし、そうなってからでは遅い。知らない相手の上、その後、画像がどう使われるかも分からないからだ。
「法律ではなくとも条例で禁止すれば一定の抑止力につながるし、特に、罰則を付ける意義は大きい」と鍋坂氏は強調する。今までは、SNSなどで大勢の青少年に接触し、画像を送るよう働きかけても司法の力が及ばない。つまり、多くの青少年が危険にさらされているのに、本人の判断能力に頼るしかなかった。罰則付きの禁止規定により、要求段階で警察が介入することによって相手を特定し、逮捕できるようになるというわけだ。すなわち児童ポルノの一次製造を防ぐ効果が期待できるのだ。
「送らせる方が悪い」という共通認識が必要
「正直、『裸の写真を送る方も悪い』『同意して送っているのだから仕方ない』という意見もあると思う」と鍋坂氏。
しかし問題は、保護者や子どもたち自身までそのように考えてしまっていることだ。そう考えることで、「画像を送ってしまった自分が悪い」「親に言うと怒られ、スマホを取り上げられる」と思い、被害を相談もできない状態となってしまうのだ。それゆえに、呼び出されてレイプなどの二次被害につながっている例もある。
「送った子は被害者」「送らせた相手は加害者」とはっきりさせ、社会全体で“求めることは犯罪”と言えることが大切というわけだ。
増え続ける悪質な自画撮り被害
警察庁によると、自画撮り被害児童数は増え続けている。平成29年の自画撮り被害に遭った児童数は515人であり、前年から35人増。統計がある平成24年から5年連続で増加している。児童ポルノ事犯の被害態様別(製造手段別)の割合では、平成29年の自画撮り被害は全体の約4割に上る。
そのうち約半数が中学生であり、高校生を含めると9割を超えている。増加の背景には、「スマホの普及と低年齢化、自撮りをしたり画像をアップすることが容易で、子どもたちに抵抗感がなくなっていることも影響しているのでは」と鍋坂氏。
子どもたちは、大人から見ると不思議な経緯で被害に遭ってしまっている。例えば中学生女子A子は、男と無料通話アプリで会話していた。A子は男から裸の写真を送るように言われたが、「嫌だ」と断っていた。しかし、男はしつこく催促のメッセージを送ってきて、A子は断ることに疲れ、あきらめた気持ちになり、上半身裸の写真を撮って送ってしまったという。
こんな事件も起きている。大学生と名乗る男とSNSで知り合い、無料通話アプリでやり取りを始めたある10代女子B子。他愛もないことで男から怒られ、それを契機に「胸の写真を送って」「裸の写真を送って」と言われるように。結局、B子は断ると怒られると思い、裸の写真を送付してしまう。1カ月後、B子は男と会うことになり、強姦被害に遭ってしまった。
そのほか、同性になりすました相手から身体の悩み相談を装って写真を送るように言われて送ってしまった例もある。SNSで親しくなった人を信じて裸の写真を送ったらネット上に公開されてしまったり、「画像をアップするぞ」と脅されてレイプなどの二次被害に遭った例も少なくない。
相談窓口「こたエール」でも増える、自画撮り被害相談
東京都は、インターネットトラブル相談窓口として「こたエール」を運営している。そこでも、平成28年ごろから自画撮り被害の相談が増えてきたという。
この問題の解決に向けて東京都は、青少年問題協議会で話し合ってきた。規制は謙抑的とすべきであり、他の対応策を模索した。そこで出た案は、
・子どもに裸の画像を送らないように啓発しなければいけない
・民間企業の技術で警告・注意喚起したり、送れないようにするなどの技術的対応はできないか
の2つだった。
啓発には時間がかかる。送れなくすることは、表現の自由などの問題があり、現実的には難しい。やはり、「要求する行為自体を禁止すべき」とまとまった結果が、今回の条例の改正だ。審議から施行まではわずか1年というスピードだった。
東京都は人口が多いため、自画撮り被害も他の地域より検挙数が多くなっている。「写真が流出してしまうと児童ポルノが生まれてしまう。条例でその前に止めることは、子どもの権利を守るという『児童ポルノ禁止法』の目的と効果にも沿っている」(鍋坂氏)。
啓発の大切さ、ワークショップの効果
被害を防止するため、啓発には特に力を入れている。「裸の写真を送らせることは犯罪」という共通認識が広がることで、子どもが応じなくなると考えるためだ。
東京都では、平成18年より「ネット・ケータイの適正な利用に関する講演会」を開催しており、平成28年度は約500回行っている。性被害防止をテーマにした講演会は、平成27年から年間60回行っている。
最近はグループワークにも力を入れている。「ネット・ケータイの適正利用のワーク」は平成28年度に約80回開催。また、大学生ボランティアをファシリテーターとした性被害防止をテーマとしたグループワークは、平成29年にスタートして5回行っている。「少人数で自ら考えてもらうことは効果があるので、グループワークに注目している。他人事ではない、気を付けなければと思ってもらいたい」。
大学生ファシリテーターはボランティア参加だ。ボランティア系のゼミの学生、法律の勉強をしている学生、メディア系専攻の学生などが参加してくれたという。大人では上からの押し付けのようになり、子どもが素直に受け入れてくれない。一方、「大学生は年齢も近く、気持ちが分かってもらえると思えるのでは」という。「まだ回数は少ないが、今後増やしていきたい」(鍋坂氏)。
講演会やグループワークを開くと、「実際にそういうことが起きていることを初めて知った」という声が多く聞かれる。「子どもたちは、リアルな友だちとネットの中の友だちをほとんど区別していない。やり取りし始めたら、ネットの中の相手にも嫌われたくないと思い、依頼に応じてしまったりする。ネットの先にも悪い人がいることを分かってほしい」。
ドラマ形式の啓発DVDも制作しており、3月末にはすべての高校に配布予定だ。多くの人に見てもらえるよう、その動画はYouTubeなどでも公開予定となっている。
啓発ポスターも都内のすべての中学・高校に配布済みだ。それだけでは保護者に届かないのではと考え、来年度はSNSを使った情報発信も考えている。現在はTwitterで情報発信中だ。「今後は、関心が薄い人にも情報を見てもらいたい」。
広がる“自画撮り要求規制”の流れ
このような動きは東京都にとどまらない。4月1日より、東京都の例を参考に兵庫県でも同様の条例が施行されるという。現在も、他県から問い合わせを受けることは多く、情報提供を続けている。「他の県でもぜひやってもらいたい。全国でできれば、日本中で『青少年に自画撮り写真を送らせることは犯罪』と言える」。そのために、積極的に情報提供をしていく予定だ。
インターネットを使っていると知らない人と出会える。それはメリットでもある。しかし、中には最初からだましてやろうと考える悪い人が少なからずいる。「インターネット上で犯罪行為を受けたら、すぐに『こたエール』に相談してほしい」と鍋坂氏は強調する。「裸の写真を送って」という依頼は犯罪なので応じず、万一送ってしまっても、相談すれば早く回収できるようになる。大人は、被害を防ぐために身近な子どもたちに情報を伝えてあげてほしい。
こたエール
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