天国へのプロトコル

第24回

お墓のデジタル化は受け入れられるのか? メタバース霊園「風の霊」に疑問をぶつけてみた

バーチャル墓地やデジタル故人は「絶対にナシ」か?

 近年はデジタル化やペーパーレス化の動きが方々で見られますが、お墓をデジタル化する試みは、20世紀からすでに行われています。

 米国では世界初のオンライン墓地として「World Wide Cemetery」というサービスが1995年にスタートしており、現在も提供中です。日本でも、1990年代後半頃には立体駐車場と似た仕組みを採用した「自動搬送式納骨堂」とともに、インターネットでアクセスできるバーチャル墓地が複数登場しています。

 さらには、生前の画像やSNSでの投稿内容などをAIに学習させて故人を再現する「デジタル故人」サービスの提供も世界で始まっています。すでに中国では本格稼働しているサービスもみられます。

 ただ、日本での肌感覚としては、バーチャル墓地にしろデジタル故人にしろ、すんなりとは受け入れにくいものがあるのではないでしょうか? 実際のところ、これらのサービスが追悼ツールとして商業的に成功した国内の事例は、長年取材を続けていてもまだお目にかかったことがありません。

 では、これらのデジタル×追悼サービスが文化面やビジネス面において「絶対にナシ」かといえば、そう断言するのも気が早いように思うのです。上に挙げた通り、海外ではある程度普及している例はありますし、自動搬送式納骨堂のように比較的歴史が浅くても、今ではお墓の選択肢のひとつとして挙げられるくらいには一般化したものもあります。

 もし国内で普及に成功するサービスが誕生するとしたら、どんなプロセスを経るのか。長年抱えてきたこの疑問を、9月11日に提供を開始したばかりのメタバース霊園「風の霊」の開発陣にぶつけました。

「風の霊」のオフィシャルサイト

ゴーグルもアプリも不要、課金もなしで霊園を歩ける

 「風の霊」は、冠婚葬祭会社のアルファクラブ武蔵野が、メタバース事業を展開するHIKKY開発のもと、運営するサービスです。

 会員登録して自身のアバターと、特定の誰かを追悼するためのメタバース空間「マイルーム」を設定すると、その空間内でアバターを自由に移動させて壁面などのスペースに故人の写真や動画を飾ったり、家族や友人を招待して一緒に偲んだりできます。いわば、このマイルームがメタバースでのお墓になるわけです。

 ブラウザーベースのためゴーグルや専用アプリは不要で、手持ちのPCやスマートフォンですぐに試せます。2024年9月時点では、有料オプションもありません。

アカウントを取得して、名前や属性の登録とともにアバターを選択する(2024年9月時点では6種類)
次に、追悼の場である「マイルーム」の名前を指定する。この段階で家族や友人を招待することも可能だ

 マイルームはオープンテラスのようなつくりになっていて、壁面やテーブルなどに額縁が用意されています。その前に立って「思い出を飾る」を選択すると、故人の写真や動画がアップロードできる仕組みです。標準では写真を飾れるスペースが18個あり、動画専用と音声向きのポイントが1個ずつ用意されています。

 そのほか、空いた本棚や別の部屋につながっていそうな扉など、将来の拡張を予想させるオブジェクトもちりばめられています。

額縁の前で「思い出を飾る」をオンにすると、端末内に保存している故人の写真や動画を指定して、アップロードできる
故人にまつわる写真や動画をアップした

 額縁を全て埋める必要はなく、制限時間やこなすべきタスクも存在しません。現実のお墓と同じように、好きなタイミングで好きに追悼できるわけです。

 一方で、マイルームにいるときは故人の思い出に関すること以外は特に何もできません。ほかに何もできないし、他事をするのは故人に悪いかもといった思いから、筆者の場合は、数分もすると自然と意識が故人に向かっていきました。このあたりは知人や家族のお墓や、実家の仏壇と向き合った感覚と近いかもしれません。10年前に亡くなった父の写真をアップロードしながら、「メタバースでも故人を偲ぶ場は成立するな」と改めて感じた次第です。

 ひとつのルームの同時接続人数は最大20人。あらかじめ集合する日時をスケジュールすれば、故人の命日に追悼の会を開いたり、お盆や年末年始に集まって故人を偲んだりといった使い方もできるでしょう。ルームのローディングさえできてしまえば動きは十分に滑らかで、操作もシンプルなので、人を選ばず招待できそうです。

 会員登録なしでもオフィシャルサイト下方からエントランス空間にはアクセスできるので、試しに動かしてみてはいかがでしょうか。

招待した人とは、ジェスチャーやチャット、音声などでコミュニケーションがとれる

1年足らずで幕を閉じた旧サービスからコンセプトのみを踏襲

 実は、「風の霊」には前身サービスが存在します。IT企業のテクニカルブレインが同名のネット霊園を2021年11月にリリースしており、筆者は僚誌「シニアガイド」でレビューしています(シニアガイド「『風の霊』で考える、メタバースと供養の関係」)。

旧・風の霊。アバターとして参列者全員で列車に乗って、霊廟に向かうというかたちで追悼儀式が進行するデザインだった

 旧・風の霊は入会費1万1000円、年会費6600円の有料サービスとして提供され、利用には専用アプリのインストールが必要でした。1年を待たずに事業継続が困難になり、「運営・開発に携われる要員調整も困難となりました」と表明して運営を停止しています。

 それでもネット霊園の取り組みはどうにか残したいという思いから、譲渡先を模索。間もなく、新たな追悼手段を探していたアルファクラブ武蔵野に無償で託すことになり、新・風の霊が誕生したというわけです。

 アルファクラブ武蔵野の小川誠取締役はこう振り返ります。

「基本コンセプト以外はゼロから再構築させていただきました。旧作は自動進行型のデザインで、利用するには専用アプリのインストールも必要でしたが、そうした制約を全て外し、オープンな空間をブラウザーベースで実現したく。それが可能なパートナーとして、2023年の秋頃からHIKKYさんとスクラムを組ませてもらっています」(小川氏)

 HIKKYは専用アプリを必要しないブラウザベースのメタバースエンジン「Vket Cloud」を手がけており、その強みを生かして新・風の霊の具現化を引き受けることになりました。

 メタバースの活用は多分野で広がっているとはいえ、追悼の場を構築するのは同社としても初の試み。同社の喜田龍一COOは独特の難しさがあったと言います。

「単にメタバースを使った霊園ではなくて、利用者の方に対して価値提供できる場にすることが大切なプロジェクトです。技術的な問題以上に、文化的な面や倫理的な部分を考えながらかたちにしていくのは、なかなか挑戦的だと感じました。現在も課題に感じている部分を一つひとつクリアしながら取り組んでいます」(喜田氏)

 サービス名と基本理念以外は別物であることは、新旧両サービスを試用した筆者も感じました。卑近に例えるなら、旧作はアミューズメントパークで乗り物に乗る感覚に近く、新作はカフェの個室でくつろぐ感じが似ていると感じです。

 新型は自由に動けるため、没入感も明らかに高まっています。加えて、料金が一切かからない点も新たな強みといえるでしょう。デジタルが不得手だったり、課金制のサービスを強く警戒したりする家族がいても、これなら「試してみなよ」と言えると思いました。

 しかし、そうであってもデジタル墓がすんなりと受け入れられる土壌は日本にはまだありません。喜田氏が語るように、技術的にはクリアできても、文化の定着にはやはり時間がかかるように思います。そうなると、損益分岐の計算をするような段階には簡単には進まないはずです。ではどれくらいのスパンを想定して動いているのでしょうか。

16年後の偲ぶ場を思い描く

 この疑問に対しての小川氏の答えは明確でした。「2040年をターゲットに動いています」とのこと。

 2040年は国内の年間死亡者数が168万人前後でピークを迎えると推測されている年です。世代的にみれば、団塊の世代に属する多くの方が人生を終わらせ、同じように多くの団塊Jr.が喪主や喪家として親を送る年といえます。「その時までに2世代にわたって風の霊を使ってもらって、家族や友人と交流しながら追悼の場を作り上げてもらえたらと思っています」(小川氏)

 最初から照準を16年後に定め、短期間での収益化を急がない根底には、葬送文化が常に移り変わるものだという過去の歩みがあります。

「現在の葬儀にしても、互助会が誕生したのは戦後のことですし、コロナ禍以降は明確に葬儀の規模が小さくなりました。少し長めのスケールでみるとかなり変化しているんですよね。そして今の日本は、亡くなる人が増えて、送る人が減っています。1件あたりの葬儀にあてられるコストも下がっていきますので、故人を偲ぶ新たな枠組みが求められるようになるでしょう。そのひとつの選択肢として育てられればと思っています」(小川氏)

 育てるために重視しているのは、偲ぶ場としての説得力です。

「結局のところ、偲ぶという行為は故人との思い出を振り返ることだと思うんですね。それを促す場として、リアルのお墓や慰霊碑のような存在に育てていくことが重要だと感じています。亡くなった有名プレイヤーのアバターがオンラインゲームの世界でお墓として機能している例もありますし、メタバースでも偲ぶ場を作ることが不可能ではないと思います。問題は、いかにそういう場として成熟させていくかだと」(喜田氏)

 市場に放ち、時間をかけて偲ぶ場として育てていくという方向性には建設的なものを感じます。

 ただ、簡単ではないでしょう。実現するためには収益化まで待ち続ける忍耐力と体力、組織内の理解が欠かせませんし、その上で、少しずつでも習慣的に利用するユーザーを増やしていかなければなりません。世代や性別などの属性が偏りすぎても、世代をまたいで愛用される障壁になります。万遍なく愛されるアプローチが求められるでしょう。

 そのあたりのハンドリングを上手にこなした先に、新・風の霊、さらにいえばデジタル×追悼の将来がありそうです。

 デジタルを使った追悼サービスの浸透は簡単ではないものの、やはり「絶対にナシ」ではないと思えました。追悼のかたちがこれから変化していくことも確実なようです。どんなふうに変わっていき、デジタルやオンラインがどう関わっていくのか。引き続き注目していきましょう。

 なお、風の霊の今後の可能性として、AIを使った故人のアバターを導入するアイデアもあるそうです。現在は倫理学の専門家を招いて委員会をつくり、安全な運用方法を確認しながらオプションしての可能性を探っているとのこと。デジタル故人の動きもあわせて要チェックです。

今回のまとめ
  • ネット墓地やデジタル故人のサービスは、国内で成功した単独サービスがまだ見当たらない
  • 今後の社会の変化によって受け入れられる土壌はあるが、時間はかかると考えておきたい
  • 2040年を見据えて提供を開始した「風の霊」のようなサービスもある

 故人がこの世に置いていった資産や思い出を残された側が引き継ぐ、あるいはきちんと片付けるためには適切な手続き(=プロトコル)が必要です。デジタル遺品のプロトコルはまだまだ整備途上。だからこそ、残す側も残される側も現状と対策を掴んでおく必要があります。何をどうすればいいのか。デジタル遺品について長年取材を続けている筆者が最新の事実をお届けします。バックナンバーはこちら

古田雄介

1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。 近著に『バズる「死にたい」(小学館新書)故人サイト(鉄人文庫)』、『第2版 デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた(日本加除出版/伊勢田篤史氏との共著)』など。 Xは@yskfuruta