天国へのプロトコル
第25回
30年以上前のデジタル遺品――壊れたフロッピーディスクが読める可能性はあるか
2024年11月19日 06:00
事例:「日本語ワープロ用のフロッピーがあるんだけど」
都内在住のAさん(80代)のもとに一人暮らしの弟・Bさんの訃報が届いたのは2年前のことでした。お葬式後、息子たちの力を借りながら遺品整理を済ませたそうです。
Aさんから先日そのときの話を聞きました。「弟の遺品にフタが壊れたフロッピーがありました。昔ワープロで書いていた姿は何となく覚えているんですが、本体は遺品のなかにはなく、フロッピーだけ。一生懸命小説を書いていたようで、できれば読みたいと思ったんですけど、息子に『無理だと思う』と言われたので諦めて廃棄しちゃいました」
もう処理済みのことながら、この話を聞いたときに、「レガシーメディアのデジタル遺品は本当に諦めるしかないのかな?」という疑問が浮かびました。
Bさんが残したフロッピー――おそらくは3.5インチのフロッピーディスクで、「フタ」はスライドカバーのことだと思われます――は、日本語ワープロで使っていたとなると、使われていたのはPCよりも日本語ワープロが主流だった30年以上前で、PCとは異なるフォーマットになっていた可能性が高そうです。加えて、スライドカバーが壊れてディスク部分がむき出しの状態で置かれていたのなら、ディスクに傷がついていることも考えられます。
確かに困難な状態のように思えますが、プロから見たらどうなのでしょうか。フロッピーディスクに限らず、現在あまり流通していないレガシーメディアからデータを取り出すのは可能なのか――データ復旧サービスレガシーメディア事業を手掛ける専門会社3社に尋ねてみました。
「HDDやSSDとはまったく別の技術と設備が必要」
――デジタルデータソリューション株式会社
2017年9月からデジタル遺品調査の窓口を設け、この連載でもこれまで何度も取材に協力してくれたデジタルデータソリューション株式会社は、「文面から見ると症状が重いため、何とも言えないですが、作業できる可能性があります」と言います。
同社は1999年6月の設立以来、約46万件のデータ復旧の相談に対応してきました。そのなかで、フロッピーディスクだけでなく、MO、ZIP、スマートメディア、HD DVDなどの復旧実績もあります。
それでも、高確率で復旧できるといったニュアンスにならないのは、レガシーメディアならではの難しさがあるからといいます。
「HDDやSSDなどのデータ復旧とは、全く別の技術と設備が必要となります。劣化の問題は避けられないのですが、状態の悪いメディアから、どれだけ正しい情報を読み取って抽出できるかが重要です」(同社広報部)
経年劣化によってアクセスが困難になっていても、メディアとしてドライブで認識できる状況であれば、復旧できる余地はあるとのこと。同社でも、再生不能になった20年前のZIPディスクのファイルシステムを修復し、データが拾い上げられた事例があります。
逆に、物理的な破損が発生していたり、メディアとして認識できない状態になっていたりする場合は難易度が格段に高くなるといいます。
Aさんの弟さんが残したフロッピーディスクの場合、ファイルフォーマットの如何ではなく、ディスク部分に傷がついているか否かが復元の可能性を左右するといえそうです。
「費用対効果の面から、必ずしもおすすめできるものではない」
――株式会社GOODREI
第21回でインタビューした、新興のデジタル遺品対応サービス「デジタル資産バトン」を提供する株式会社GOODREIの木村元成さんも、Bさんの事例は、「ディスクに傷がなければ復元できる可能性がある」といいます。
ただし、「費用対効果の面から、必ずしもおすすめできるものではない」とも。
「使っていたワープロ専用機がない場合、ワープロ専用機の独自形式をPCで読めるデータ形式に変換するソフトウェアが必要になります。対応するソフトウェアがないと復旧は難しくなりますし、そこまでの作業費用も高額になる可能性があります」(GOODREI 木村さん)
古いメディアは経年による状態が多様なため、さまざまな検査やシミュレーションをして現物に備える必要があり、どうしても費用がかさむ傾向があるといいます。そのため、後から依頼者との認識のズレが生じないように、最初から最大でかかると見られる費用を提示するよう心がけているとのこと。額は数10万円程度になることが多いそうです。
遺品としてレガシーメディアが見つかったとき、そこまでの費用をかけて取り出したいデータがあるのかという視点で検討していることも重要といえるでしょう。
「フロッピーディスクはちょくちょく売れます」
――株式会社磁気研究所(HIDISC)
最後に、データ復旧を請け負いながらレガシーメディアも販売している株式会社磁気研究所(HIDISC)にインタビューしました。訪れたのは秋葉原にあるHIDISC直営のメディアショップ・MAG-LABです。
同社に依頼されるレガシーメディアのデータ復旧は、VHSのビデオテープに保存した映像をデジタル化するなどのアナログ-デジタル変換の要望が多く、デジタル遺品としてレガシーメディアが持ち込まれるケースは滅多にないそうです。
その上で、HIDISCスタッフでMAG-LAB店長の大谷和広さんは、「正確なことは初期診断をしなければ分かりませんが、フロッピーディスクは磁気ディスクが壊れているとまず読めないので、いただいた状況(Bさんの事例)だと復旧は厳しいと思います」と教えてくれました。やはり、Bさんの事例は相当困難なケースだったようです。
一方で、レガシーメディアを求める人は現在もいます。新品のフロッピーディスクも2024年時点で「飛ぶようにではないですが、ちょくちょく売れます」とのこと。
「ほぼ仕事用です。フロッピーディスクしか使えない機械があって、それしか選択肢がないということで、いろいろ探し回ってウチに辿り着く方が多い印象です」(MAG-LAB 大谷さん)
売り場を見渡すと、DOS/V用3.5インチフロッピーディスクの棚があり、潤沢に在庫してありました。しかし、国内で現在生産している企業はなく、現在は市場在庫を集めてストックしている状況といいます。
同様に、MOやZIP、8mm磁気テープなども並んでいましたが、デジタルカメラの普及期に記録媒体として使われたスマートメディアやxDピクチャーカードなどの取り扱いはすでに終了しているそうです。
「とくにxDピクチャーカードやメモリスティックなど、特定の企業が旗を振っていたメディアは終息となると市場から姿を消すのが早いところがありますね。そういう意味でフロッピーディスクはだいぶ息が長いメディアといえそうです」(同)
3.5インチフロッピーディスクの普及は1980年代初期に遡ります。40年以上も流通しているわけですが、一方で磁気ディスクの寿命は長いもので20年程度が目安と言われています。レガシーメディアは記録媒体自体の劣化と社会の変化によって、静かに確実にアクセスしにくくなっています。もしも家族も大切に思うようなデータを古い環境で保管しているなら、自分もメディアも現役のうちに新しい環境に移しておいたほうがよいでしょう。
今回のまとめ |
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故人がこの世に置いていった資産や思い出を残された側が引き継ぐ、あるいはきちんと片付けるためには適切な手続き(=プロトコル)が必要です。デジタル遺品のプロトコルはまだまだ整備途上。だからこそ、残す側も残される側も現状と対策を掴んでおく必要があります。何をどうすればいいのか。デジタル遺品について長年取材を続けている筆者が最新の事実をお届けします。バックナンバーはこちら。