天国へのプロトコル

第27回

亡き親のサブスクを解約したら借金まで背負うことに!?――相続放棄するなら絶対注意したいデジタル遺品のこと

相続放棄の可能性があるケースでは、まず遺産の全貌把握を優先

 家族を捨てて音信不通になった親の遺品を片付けることになったとします。さて、何から手を付けるべきでしょう。住まいの片付けや財産の調査などいろいろとやることが浮かびますが、この段階で絶対にやってはいけないことがあります。遺品の処分です。

 プラスの財産より大きな借金(マイナスの財産)が残されていた場合、そのまま相続すると思わぬ負債を背負い込むことになってしまいます。回避する手段として「相続放棄」と「限定承認」があります。相続放棄は相続財産の引継ぎをすべて拒否して権利を放棄する方法。限定承認は相続財産の限度内でのみ債務を受け継ぐ、つまりトータルで足が出る負債は引き継がない方法といえます。

 どちらも法律で保証された相続方法ですが、権利を行使するためには、故人が亡くなったことを知ってから3ヶ月以内に家庭裁判所に申し出ることが必要となります。一方で、権利行使までに相続財産の処分といった行為をしないことも必要となります。

 つまり、遺産の全体像が分からないまま遺品を含む「相続財産」の処分をはじめてしまうと、相続放棄などが認められない可能性があるのです。たとえば、親の部屋に昔から使っていた高価な置き時計があって形見として持ち帰った場合には、相続財産の処分行為に該当する可能性があり、相続放棄等ができなくなる恐れがあります。

 今回はそれを踏まえてデジタル遺品について考えてみます。親の所有物がおおよそ掴めていて、相続しても問題ないと確信が持てる状況なら気にしなくてよいことかもしれません。しかし、相続放棄や限定承認を念頭に置いている状態では必ず知っておくべきことといえます。

 デジタル遺品を片付ける必要に迫られたとき、してはならない行為と、しても差し支えのない行為にはどんなものがあるのでしょうか。

その行為が「相続財産の処分行為」に当たるか否かがカギ

 協力を仰いだのは、当連載でもお馴染みの日本デジタル終活協会を運営する伊勢田篤史弁護士です。

 伊勢田弁護士は、相続未確定段階でデジタル遺品を扱う際の判断基準として、民法921条1号の「財産の処分」を挙げます。「デジタル遺品に対する行為が、「相続財産の処分」、つまり『相続財産の現状、性質を変える行為』と評価されるかどうかがポイントといえます」(伊勢田弁護士、以下同)

e-GOV 法令検索による民法第921条のテキスト。アンダーラインは筆者による

 大まかにいえば、デジタル遺品そのものの状態を変えない作業なら問題なく、解約などの現状を変える行為はNGということになりそうです。とはいえ状況によって疑わしいケースが出てくるもの。デジタル遺品全体におけるだいたいのOKとNGの境界線を掴むために、具体的に15のシチュエーションを追ってみましょう。

デジタル機器に絡む遺品整理シチュエーション×5

場面1:
故人のスマホや○×△パソコンのロックを解除するため、候補のパスワードを入力してみる

2~3回程度ならOK
× パソコンやスマホの機種によっては、何度も繰り返すのはNG

「パソコンやスマホ等のデジタル機器に何らの影響がない場合には、『相続財産の処分』に該当せず、しても差し支えのない行動といえるでしょう。一方で、デジタル機器の中には、ロック解除のための候補のパスワードを何度も入力すると初期化されてしまうものもあります。この場合でも、2~3回程度の入力なら初期化されるおそれはないので、差し支えない範囲といえます」

 最近はiPhoneだけでなく、多くのスマホやパソコンがパスワードの連続ミスによるペナルティを搭載するようになっています。(参照:第17回

 場合によっては初期化や、多段階認証を求めるロックがかかることもあるので、状況を悪化させないためにも「パスワードロックの解除は2~3回」と意識するのがよさそうです。

場面2:
故人のスマホやパソコンのロックを解除するため、デジタル遺品解析業者に機器を預ける

要注意な行為

「パスワードのロック解除作業等にあたり機器の破壊を伴う場合には、『相続財産の処分』に該当する恐れがあります」

 デジタル機器の内部に保存されたデータを取り出す目的の場合、機器から特定のチップやストレージを取り出して作業することがしばしばあります。この行為は機器の破壊行為と見なされる(=「処分行為」と判断される)恐れがあると考えておくべきでしょう。

 一方で、手帳や他のサービスのパスワードからパスワードを突き止めるアプローチの場合は、機器の状態に変化はないので安心してよさそうです。

場面3:
故人のスマホやパソコンを廃棄する。もしくは、下取りに出す

× 避けるのが無難

「『相続財産の処分』に該当する恐れがあります。スマホやパソコンが経済的価値を有さない場合には、『処分』に該当しないという解釈も考えられますが、パソコンやスマホ等のデジタル機器については、一般的に経済的価値があるものと判断されるものと思われます」

 古い型番で値段が付かなそうに見えたとしても、廃棄などの行為は相続の意思が固まった後に取っておくのが無難です。

場面4:
長期にわたる解析のため、故人のスマホやパソコンを自分の家に持って帰って解析を続ける

要注意な行為

「故人のスマホやパソコンの『解析』にあたり、機体の破壊を伴う場合には『相続財産の処分』に該当する恐れがあります。機体の破壊を伴わない場合には『相続財産の処分』には該当しないものと思われます」

 自宅に持ち帰ることは問題ではなく、その後に不可逆的な行為をしてしまうとNGに突入すると捉えましょう。もちろん、持って帰ったまま自分のものにしてしまう行為もNGです。

場面5:
故人のスマホやパソコンのデータを(遺族の私物の)外付けHDDなどにコピーする

差し支えのない行為

「故人のデジタル機器に影響のない範囲で行う場合においては、『相続財産の処分』に該当しないものと思われます」

 デジタルデータの複製は元データや元の機材に影響を与えないため、問題視される心配はなさそうです。

契約関連の遺品整理シチュエーション×7

場面6:
故人のスマホの電話番号を解約/承継する

× 避けるのが無難

「『相続財産の処分』に該当する恐れがあるため、相続放棄等を検討している場合にはお控えいただく形がよろしいかと思います」

 毎月それなりの料金が発生するためすぐに解約処理したくなりますが、支払いが数ヶ月続いたとしても、大まかな財産状況を把握することを最優先するのが得策といえます。

場面7:
自宅回線などで故人名義の通信契約を遺族も使い続ける

ケースバイケース

「下手に解約すると『相続財産の処分』に該当する恐れがあるので、利用規約等を確認の上、相続放棄等の手続きまでは通信契約については、放置せざるをえないかと思います。一方で、故人の通信契約をそのまま利用し続ける是非に悩む場合は、通信会社等とも相談の上で、相続人名義で新規契約を行い、それを自宅回線として使用するなどの対応も考えられます」

 まずは、通信会社のサービスに関する利用規約等を確認しましょう。また、通信会社と個別に相談する形も考えられます(相続放棄を検討しているので、「解約」手続はできかねると明言しておくことが重要です)。ケースバイケースの対応となりますが、最善の方法は、やはりいち早く財産の全体像を掴んで相続の可否を決めることだといえるでしょう。

場面8:
故人のサブスク契約を解除する。あるいは名義変更して自分用に使い続ける

× 避けるのが無難

「同じく『相続財産の処分』に該当する恐れがあります」

 サブスク契約は実態を掴むのと、個別に解約に至るまでのプロセスがとても煩雑です(参照:第19回)。解約できる状況であれば先に進みたくなりますが、財産状況の確認を優先しましょう。

場面9:
故人のクレジットカードを退会する

× 避けるのが無難

「同じく『相続財産の処分』に該当する恐れがあります」

 上記のサブスク契約おけるお金の流れを止めるために行うことが多い行為ですが、こちらもNGな行為と捉えておくのが無難です。

場面10:
LINEなどの一身専属性のサービスを退会処理する

× 避けるのが無難

「同じく『相続財産の処分』に該当する恐れがあります」

 一見無料のSNSでも有料オプションに加入していたり、アフィリエイトなどで収入が発生していたりしている可能性もあります。LINEアカウントも有料コンテンツのほか、LINE Pay(2025年4月に終了予定)の残高のように財産そのものが残っていることもあるため、退会はコンテンツの抹消はとりあえず避けるほうがよさそうです。

 なお、LINEアカウントは電話番号とともに消滅する可能性があります。場面07とともに作業の順番を意識しておきましょう(参照:第11回)。

場面11:
ショッピングサイトや行政サービスなどのアカウントを解除する

× 避けるのが無難

「『相続財産の処分』に該当する恐れがあります。行政系のサービスは財産価値云々とは無縁とも思われますが、あえてリスクのあるような行動をする必要はないかと思います」

 ショッピングサイトのアカウント自体は大抵無料で作れますが、そこに購入済みの電子コンテンツなどが連なっていることもあります。場面10と同じく、ひとまずは触れずにおくほうが無難でいえそうです。

場面12:
収入のあるYouTuberアカウントを引き継ぐ

× してはならない行為

「収入のあるアカウントを引き継ぐことは、『相続財産の処分』に該当する恐れが高いといえます」

 収入が発生しているアカウントで、アカウントに報酬が残っている場合、報酬を引き出すことは可能ですが、他の財産の状況が分からないうちに引き継ぐのは危険です。場面10で触れたとおり、アフィリエイト等で収入が発生しているブログやSNS、ホームページなども同様です。

その他のデジタル遺品整理シチュエーション×3

場面13:
LINEやメール、ブラウザのブックマーク、閲覧履歴などを調べる

差し支えのない行為

「故人のデジタル機器に影響のない範囲で行う場合においては、『相続財産の処分』に該当しないものと思われます」

 デジタル機器の中身を調べること自体は問題ないので、財産調査に必要な作業は気にせず進めていけると捉えてよさそうです。ただし、みだりにプライバシーを覗き見するようなスタンスはまた別の問題を招くリスクがあるので、節度をもって行いましょう。

場面14:
故人のSNSに訃報を書いたり、追悼アカウント管理人として管理したりする

差し支えのない行為

「『相続財産の処分』には該当しません」

 FacebookなどのいくつかのSNSは、本人が生前に指定した人物に限り「追悼アカウント管理人」として、故人のアカウントの一部機能を引き継ぐことができます。そうした正式な死後機能がないSNSであっても、葬儀のお知らせや訃報などは財産調査と並行して行っても問題なさそうです。

場面15:
故人がクラウドサービス上に残したデータを、遺族の私物の外付けHDDなどにコピーする

差し支えのない行為

「故人のデジタル機器に影響のない範囲で行う場合においては、『相続財産の処分』に該当しないものと思われます。ただし、クラウドサービスの利用規約違反となる可能性がありますのでご留意ください」

 基本的には場面05と同様で、相続の有無には関わらない行為といえます。ただし、伊勢田弁護士が指摘するとおり、各サービスのルールを違反する可能性はあるので、確認したうえで作業するのが得策といえます。

相続の意向を語る前に遺品に触れるのは異例の状況

 15のシチュエーションの判定をまとめると下の表のようになります。

解説した15のシチュエーションの判定まとめ(タップして拡大)

 総じてみると、パソコンやスマホといったデジタル機器を壊したり状態を変えたりする行為と、契約を変更したり終わらせたりする行為は避けたほうが良さそうです。

 一方で故人のSNSに訃報を流したり、大切なデータを手持ちの機器にバックアップしたりする行為(破壊したり状態を変えたりすることなく実行できる場合)は、差し支えのないことが多いといえます。

 ただし、伊勢田弁護士は相続の意向が固まるまでは「一般論として、故人の財産にできる限り触れないというのが鉄則となります」と警鐘を鳴らします。

 デジタルの持ち物を含め、相続の意思を固める前に故人の持ち物に触れること自体が異例の状態にあると捉えておいたほうが良さそうです。とにもかくにも、相続の意思が定まるまでは「相続財産の処分」とみなされる可能性のある行為はしない、と覚えておきましょう。

今回のまとめ
  • 相続を放棄する可能性がある場合は、デジタル遺品も「できるかぎり触れない」が鉄則。
  • 故人のSNSに訃報を投稿したり、データをバックアップしたりする行為は差し支えないケースが多い。
  • サブスクや携帯電話の契約解除は避けるのが無難。月額料金がかかっても、相続の可否を決めるほうを優先すべき。

 故人がこの世に置いていった資産や思い出を残された側が引き継ぐ、あるいはきちんと片付けるためには適切な手続き(=プロトコル)が必要です。デジタル遺品のプロトコルはまだまだ整備途上。だからこそ、残す側も残される側も現状と対策を掴んでおく必要があります。何をどうすればいいのか。デジタル遺品について長年取材を続けている筆者が最新の事実をお届けします。バックナンバーはこちら

古田雄介

1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。 近著に『バズる「死にたい」(小学館新書)故人サイト(鉄人文庫)』、『第2版 デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた(日本加除出版/伊勢田篤史氏との共著)』など。 Xは@yskfuruta