天国へのプロトコル

第28回

死後にメッセージを送るサービス、人の手を借りずに最速何日で発動できる?

夏目漱石『こころ』(新潮文庫)より

「先生」の手紙のライブ感

 「この手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもうこの世には居ないでしょう。とくに死んでいるでしょう」

 ――とは、夏目漱石の『こころ』に登場する有名な一文です。後編をまるごと占める長い手紙の世界に誘う文章で、書き手である「先生」はこの手紙を主人公に送ってまもなくのうちに自ら命を絶ったことが示唆されています。

 「先生」が手紙を書いてから主人公の下に届くまでの日数は明言されていませんが、明治時代の郵便事情を考えると数日から長くて一週間といったところでしょうか。主人公が受け取った時点では「もうこの世には居ない」にしても、ほんの少し前までは確かに「先生」は存在していた。その体温が感じられるような生々しさ、いわばライブ感が手紙の言葉に重みを持たせ、ぐっと読者を引き込むわけです。

 自分の身に何かが起きたとき、このライブ感をもって特定の相手に何かしらの長文のメッセージを渡す仕掛けは現在なら郵便局を介さずに一人で作ることもできます。

 書き手が亡くなった、もしくは何らかの事情で意思疎通がとれなくなったとき、異常事態を自動で判別して、あらかじめ用意していた文章を指定した相手に送信する。インターネットには、この仕掛けを提供してくれるサービスがいくつも存在するので、それを利用すればほぼ自動で発動できそうです。

 死を含めたトラブルは予想だにしないタイミングで訪れます。そんなときにも、大切な人にお別れを伝えたり誤解を釈明したりできるような文章が届けられたら、自分にとっても救いになりはしないでしょうか。そんな仕掛けを安心して作れて、それでいてライブ感のある発信も期待できる。今回はそうしたサービスを追いかけてみました。

Googleでは発信まで最短3カ月

 この手のサービスでもっともメジャーといえるが、「Googleアカウント無効化管理ツール」です。

 米国では2013年4月、日本では同年5月に提供が始まった無料ツールで、使われなくなったGoogleアカウントの行く末が細かく設定できるように作られています。一定期間アクセスが途絶えると発動し、Google PhotoやGoogle Driveなどのアプリ単位で特定の相手に託したり、10人までのユーザー(10件までのメールアドレス)に自由文のメールを送ったりできます。その後のアカウントの完全抹消も可能です。

Googleアカウント無効化管理ツール。画面に従って、猶予期間や発信先情報などを入力していく
送り先へのメッセージは自由に編集できる。ここに「このメッセージが届いたとき、私は・・・」といった文章を書き込めばいい

 発動までの猶予期間は3カ月/6カ月/12カ月/18カ月の4段階から決められます。猶予期間が残り1カ月となったタイミングでSMSとメールによる安否確認が始まって、期日に発動。以降は3カ月間のダウンロード期間の後に、ユーザーの指示通りにアカウントを抹消したり、そのままにしたりする流れです。

 つまり、Googleアカウントにアクセスできない状態になってから最短でも3カ月は必要になります。死の数日前までAndroid端末に触れたりYouTubeを見たりしていたとしたら、場合によっては財産整理や納骨まで済んでいる期間です。メッセージにライブ感を宿すという点でいえば、いささか無理があるかもしれません。

Googleアカウント無効化管理ツールのスケジュール(筆者作成)

人の手を借りずに最短4日で発信できる「tayorie」

 ライブ感を追求するなら、「先生」と同じく数日~1週間程度で発信できる余地がほしいところです。その観点で死後発動系サービスを探したところ、2024年11月にtayori(東京都中野区)から正式リリースされた「tayorie(たよりえ)」が最短だと分かりました。4日で発信が可能です。

 LINEを使った自動送信サービスで、あらかじめ用意した文章を相手ごとに発信できる仕組みです。無料で利用可能です。

LINEでtayorieを友達追加したうえで、発信したい相手も同サービスの登録を促す
登録した相手ごとに手紙が作れるので
個別のメッセージを用意していけばいい

 発動の仕組みは手動判定と自動判定の2種類があります。

 手動判定はあらかじめ「エンディング申請」の権利を託した人がtayorieに報告することで作動し、48時間以内に本人からのアクションがない場合にメッセージが発信されます。つまり最短2日で発信が可能ですが、今回は手放しでの発動を旨としているのでこの道筋は省きました。

 自動判定は、ユーザーのLINEにtayorieから届く①「げんき確認」メッセージに反応しないと作動します。するとユーザーのメールアドレスに②生存確認のメールが届き、そちらにも一定期間反応しないとユーザーが設定した緊急連絡先に③安否確認が届き、その④猶予期間を過ぎるとメッセージが発信されます。

 ①のげんき確認の間隔は1~90日で指定できます。②の生存確認と③の安否確認が届くまでの時間も調整可能で、幅はともに24~72時間。そして、④の安否確認後にメッセージが発信されるまでの猶予期間も1~30日で指定可能です。

 つまり、最短を求めるなら1日+24時間+24時間+1日=4日で発信できるというわけです。数日間LINEに触れない事態になったら発信しかねないリスクはありますが、ライブ感はしっかり得られるでしょう。

 現実的には最短4日~最長126日の間で調整することになりそうですが、状況に応じて調整する使い方も簡単にできます。

tayorieの自動エンディング判定のスケジュール(筆者作成)

 tayorieは2024年2月からβ版を公開しており、その期間を含めるとすでに発信されたケースも複数あるとのこと。今後は動画や音声、物品なども一緒に送れる有料オプションを提供する計画もあるそうです。

最短4日+5時間、最長でも2週間以内の「Digital Keeper」

 もうひとつ、最短4日強で発信できるサービスがあります。2021年11月設立のデジタル金庫(神奈川県茅ヶ崎市)が提供する「Digital Keeper(デジタルキーパー)」です。

 スマートフォンやPCのパスワードなどの重要情報にメッセージを添えて、いざというときに「デジタル資産継承者」に託すことを目的に開発されました。家族等に託したいデータは利用者が自身の環境で保管し、その鍵をDigital Keeperが預かり、有事に渡すという仕組みです。

 外部サーバーや独自のセキュリティシステムを使うなど、安全性と確実性を重視したサービスで、費用は月額330円、もしくは年額3300円となります。

Digital Keeperの入力画面。項目ごとのガイドに従って必要な情報を書いていく
メッセージはWordなどのファイルを添付するかたちにも対応する

 生存確認の流れはシンプルです。毎週月曜日の朝7時、登録したメールアドレスに「お元気ですかメール」が届くので、本文にある「元気です」ボタンを押すだけです。入院などでメールが受け取れない状況が続く場合は、一定期間配信停止を設定することもできます。

 この「お元気ですかメール」に反応しないでいると、火曜日から木曜日にかけて毎日3回の確認メールが届くようになります。一度でも反応すれば確認メールは止まりますが、全てに反応しないままでいると、金曜日の昼12時にあらかじめ指定していた相手に「デジタル資産継承通知書」が自動的に発信されます。

 曜日に左右されますが、仮に月曜日の早朝にアクシデントが発生した場合、同じ週の金曜日の昼にはメッセージが送信されることになります。最短4日+5時間です。一方、月曜日7時過ぎに倒れた場合でも、11日+5時間強で発信されます。最長の状況でもかなり短期間で情報が届けられる、ライブ感のあるサービスといえるでしょう。

 なお、確認メールを家族や後見人などの関係者に発信するオプション機能もあります。登録できるのは1人のみで、火曜日と木曜日の昼12時に届く仕組みです。見守りツールとして利用する付き合い方もできそうです。

Digital Keeperの「デジタル資産継承通知書」発信スケジュール(筆者作成)

 サービスの提供開始から3年以上が経過し、登録者数は数百人に及びます。通知書が発行された実績もあり、滞りなく機能したとのこと。

最後に仕込む自分のフォロー

 死後のメッセージを発信するサービスをセットするということは、自らを見守るという行為にもなります。

 先々に何があるのか分からないし、そのときに自分の代わりにアクションを起こしてくれる人が期待通りに振る舞ってくれるとは限りません。そんなときに自動発動のメッセージが仕込んであれば、周囲の人の助けになるだけでなく、自分の真意を伝えることで名誉を守るといった最後のフォローができそうです。

 ライブ感を重視するかは人によると思いますが、デジタルを終活に活かす有用な手段といえるのではないでしょうか。

今回のまとめ
  • 元気なときは動かず、死後に発動する自動のメッセージ発信サービスは複数存在する。
  • Googleアカウント無効化管理ツールは10年以上提供を続けている。ただ、発動までが長め。
  • 最短4日~で発動する「tayorie」や「Digital Keeper」といったサービスもある。

 故人がこの世に置いていった資産や思い出を残された側が引き継ぐ、あるいはきちんと片付けるためには適切な手続き(=プロトコル)が必要です。デジタル遺品のプロトコルはまだまだ整備途上。だからこそ、残す側も残される側も現状と対策を掴んでおく必要があります。何をどうすればいいのか。デジタル遺品について長年取材を続けている筆者が最新の事実をお届けします。

古田雄介

1977年生まれのフリー記者。建設業界と葬祭業界を経て、2002年から現職。インターネットと人の死の向き合い方を考えるライフワークを続けている。 近著に『バズる「死にたい」(小学館新書)故人サイト(鉄人文庫)』、『第2版 デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた(日本加除出版/伊勢田篤史氏との共著)』など。 Xは@yskfuruta