イベントレポート
第18回図書館総合展
「OverDrive Japan」導入から1年、潮来市立電子図書館の課題と展望
2016年11月22日 12:00
茨城県潮来市立図書館が導入した電子図書館サービス「OverDrive Japan」についてのフォーラム「図書館への電子図書館導入から1年、これまでとこれからの活用状況をまとめる」が11月10日、パシフィコ横浜で開催された「第18回図書館総合展」の中で行われた。登壇者は、潮来市立図書館館長の船見康之氏。フォーラムの主催は、電子書籍の取次事業者で「OverDrive Japan」を展開している株式会社メディアドゥ。
最初はビジョンもなく安易に考えていた
潮来市は、人口約2万9000人。潮来市立図書館は、2006年5月に市制5周年事業で県内52番目の図書館として開館された。といっても新築ではなく、統廃合で閉校となった小学校の空き校舎を利活用している。蔵書数は約17万7000冊、1日あたりの貸出冊数は987冊、1日あたりの来館者は628名(2015年実績)。シダックス大新東ヒューマンサービス株式会社による指定管理者運営だ。
船見氏が電子図書館サービス導入の検討を始めたきっかけは2013年、当時話題になっていた電子書店のサービスを利用して「素直に便利だと思った」からだという。ただ、最初は「こういう便利なサービスが図書館で導入できたらいいな」という漠然とした考えだったそうだ。図書館の方針は無視、ビジョンもなく、市民に何を提供したいか?もなかったし、「やろうと思えばいつでもできるでしょ!」と安易に考えていた、と振り返る。
2014年になって、実際に電子図書館サービスを導入している千代田区、堺市、徳島市、山梨県立、大阪市、大垣市、下関市、鎌倉市、札幌市、静岡県立、秋田県立、武雄市、有田川町などの図書館へヒアリングを開始。「担当者がいない」と電話を切られてしまうこともあり、末端まで情報がちゃんと共有されてない実態に気付いたそうだ。
誰に、何を、どうやって?
そこで、本格的に検討をするにあたって、誰にどんなものを届けたいのか? 実現するためにはどんなシステムを用意しなければならないのか? 自治体への理解と提案や新たな予算確保、自館スタッフの意識統一が必要だと考えたという。
まず、誰に何を?について。特に子育て中の世代である主婦に、たくさんの絵本や調べもの・学習図書。ビジネスパーソンに、仕事のスキルアップや自己啓発。高齢者に、大活字版に代わる読書機会の提供――と、ターゲットを定めた。つまり、主に非来館者向けに、いつでも、どこでも、誰でも気軽に読書を楽しむことができる環境の提供を目的とした。
システムは当初、日本で最も導入実績の多い図書館流通センターの「TRC-DL」か、講談社とKADOKAWAと紀伊國屋書店が組んで始めた日本図書館サービス(JDLS)の「LibrariE」を検討していた。TRC-DLは、かゆいところに手が届く細やかな作り込みで、今でも「使いやすそうだな」と素直に思うそうだ。
OverDrive Japanに決めたのは、世界トップシェアを築き上げてきた実績、シンプルで分かりやすい画面構成、資料の豊富さ(外国語が中心)などが理由。TRC-DLやLibrariEが悪いというわけではなく、単に国産車と輸入車の違いのようなものだと船見氏。図書館システムとの連動を考えず、一般的な商用データベースと同じ考えで導入できたのも大きかったという。
メリットとデメリット
自治体への提案は、導入が決定するまでに5回行っている。市民や自治体から「電子図書館が欲しい」と要望があったわけではなく、図書館側からの新規提案ということもあり、メリットとデメリットはもちろんのこと、「そもそも電子書籍とは?」「電子図書館とは?」という基本的なところから懇切丁寧な説明が必要だったという。
電子図書館導入によって期待できるメリットは以下の5つ。
1.24時間いつでも図書館を利用できる
2.書籍の紛失や摩耗がない
3.紙媒体として収集できないものを提供できる
4.紙媒体で保管するとともにデジタルでも保管することができる
5.レファレンスサービスの強化向上
特に2番目の「書籍の紛失や摩耗がない」ことや、未返却者へ催促を行う必要がない点は、電子図書館導入を検討する上で大きなメリットだと感じているという。
また、図書館も利用者も、それぞれが所持している一般的なパソコンやスマートフォンで利用可能であること、システムにも膨大な金額は必要ではないこと、事業費用は指定管理費から支出することなどを自治体へPR。なお、当初予算は年額300万円で、電子図書館にかかる費用は消耗費としているそうだ。
逆に、デメリットとして船見氏が考えたのは以下の7つ。
1.読むための端末を用意する必要がある
2.ネット環境が必要になる(図書館にはWi-Fiがある)
3.国内出版社のコンテンツが少ない
4.資料の保存(印刷やダウンロード)ができない
5.他の図書館との相互貸借ができない
6.継続的に予算を確保する必要がある
7.事業者がサービスから撤退する可能性がある
今後の課題と展望
また、今後の課題と展望については、次の5つを挙げた。
1.継続的な広報活動
利用者ガイダンスや、新着コンテンツの紹介など定期的なチラシ発行、メディアミックス的展示でおすすめ本の紹介などを行っていく。
2.貸出推移や利用者の意見を取り入れ
図書館の選書方針は重要。当初、健康関連が多かったが、利用者からの要望に応じ、学習・学問・ハウツー本や文芸ジャンルを増やしていった。メディアドゥからのレポートも参考になる。
3.コンテンツの少なさ
時間が解決するかもしれないが、図書館として「こんな資料が欲しい」という意見や要望を、サービス提供会社や出版社に伝えていく必要がある。
4.電子図書館システムの改善
既存のシステムや機能で満足せず、要望があるなら積極的に意見し、協議していく必要がある。図書館システムと連携していないので、電子図書館の書誌管理ができないのは、やはり課題。
5.デジタルアーカイブの構築
地元の研究団体から許諾をとったので、今後、郷土資料のデジタル化を行っていく。
最後にまとめとして船見氏は、現状に満足せず継続的な努力をしていくこと、図書館と出版社の対話の機会を創出すること、デジタルの強みを最大限活用することを挙げた。
なお、電子図書館で借りてから、「やっぱり紙の本がいい」と買い直した利用者もいるとのこと。その話を聞いて筆者は、やはり電子が紙を駆逐することはなく、紙と電子が相互補完することで全体の底上げが図れるのではないかと感じた。
欧米で導入され効果が上がっているとされている「Buy it now(今すぐ買う)」ボタンは、OverDrive Japanにはまだ採用されていないが、検討はしていることだろう。今後、電子図書館の導入数が増えていけば、おのずとプロモーションの場としても利用されるようになるのではないだろうか。