イベントレポート

CEATEC JAPAN 2017

CEATEC JAPANは先の読めない時空間――虫の眼・鳥の眼で「CEATEC JAPAN 2017」を振り返る<鳥の眼編>

 今月上旬に開催された「CEATEC JAPAN 2017」での興味深い展示を紹介する本稿、前回掲載の<虫の眼編>に続き、後編となる<鳥の眼編>ではまず、関東平野一円を見わたす東京スカイツリーの頂上に視点を置いてみたい。

 地球温暖化の影響なのだろうか、今年の夏も豪雨災害が各地を襲った。都市部でも“ゲリラ豪雨”と呼ばれる突発的な集中豪雨で、短時間のうちに道路のアンダーパスが冠水し、クルマが立ち往生するなどの被害が出た。

 そもそも降雨とは、空気中の水蒸気が水となって地上に落下する現象だ。そしてゲリラ豪雨とは、地表付近の暖かく湿った空気が上昇し、高空の冷たい空気と接触することで、予測不能な短時間のうちに積乱雲が成長・持続し集中豪雨となる現象のこと。正式な気象用語ではないそうだが、時折、お天気カメラのタイムラプス映像などで見せられるその激しさは、確かにゲリラと名乗るにふさわしいものだ。現在の技術ではこうした突発的な豪雨の正確な予測は難しいというが、もちろん克服のための努力は各方面で続けられている。

 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)は地上デジタル放送波(以下、地デジの電波)を利用して、大気中の水蒸気量を推定し、将来の局所的な気象予報につなげようという研究を進めている。地上高634mの東京スカイツリーが東京タワーから継承した大切な役割こそ、その地デジの電波のアンテナタワーとなることだった。

 ご存知のように光や電波は真空中では一定の速度で伝わる。しかしジャマするものが多くなるほど速度は低下する。空気の湿度が高くなるということは、水蒸気が多くなるということなので、そこでも速度低下は起きる。その程度はごくごくわずかで、ほかにも気圧や気温など関係するパラメータは多い。しかし、何とかして空気中の水蒸気量を推定できれば、いずれ豪雨となって街を攻撃しようというゲリラたちの「潜伏場所の目星をつける」ことができる。撃退は難しくとも、発見してしまえば、それはゲリラ攻撃ではなくなるという理屈だ。

 そしてスカイツリー発の地デジ電波がゲリラ発見に好適なのは「もともと局発の周波数がGPSや原子時計に同期されて正確なことに加え、電波の出力が大きく、帯域が広く、24時間ほとんど停波しない」(NICT説明員)など、理想的な条件がそろっているからだという。もちろんそうした良質な電波が関東一円という広いエリアにばらまかれていることも大きなメリットだ。

 ラッキーなことに筆者がこの展示ブースを訪れたとき、居合わせた先客はたまたま電波を出す側の関係者だったようだ。民放キー局のエンジニアらしき2人連れのおじさん(こっちもおじさんだが)は、専門用語を飛ばしながら説明員に質問を放ち、納得の面持ちでブースを後にしていた。常日ごろから彼らが取り組む「よい電波を出そう」という努力が違うかたちで報われるかもしれないと知り、ちょっとうれしくなったのに違いない。

CEATEC JAPANは先の読めない時空間――虫の眼・鳥の眼で「CEATEC JAPAN 2017」を振り返る<鳥の眼編> 観測データからは東京スカイツリーそのものの風による揺れを把握することもできたという。アンテナの揺らぎや、気温や気圧などの影響を取り除き、水蒸気量を抽出するための研究が進められている
観測データからは東京スカイツリーそのものの風による揺れを把握することもできたという。アンテナの揺らぎや、気温や気圧などの影響を取り除き、水蒸気量を抽出するための研究が進められている
写真は実証実験のシステムを構成する原子時計とソフトウェア無線の開発用デバイス。NICTでは観測精度を向上のため、アンテナからの直接波と建物などの反射波を同時に計測する手法を提案。「検証実験では、ピコ秒(1兆分の1秒)レベルの微小変化をとらえることができています」という。ちなみに1ピコ秒とは秒速約30万kmの光(電波)が約0.3mmだけ進む時間のこと

 鳥の眼といえばドローンだ。CEATEC JAPANには昨年まで、ドローン世界最大手の中国DJIも出展していた。それと比較すれば、今年展示されたドローンの台数そのものは少なくなっている。一方でドローン活用の新たな意義を示す展示もあった。

 今年のCEATEC JAPANで経済産業大臣賞と並ぶ最高賞である総務大臣賞を受賞したのは、日本版GPS衛星「みちびき」を利用してセンチメーター精度の測位を可能にする受信機を開発した、マゼランシステムズジャパン株式会社(MSJ)だ。同社と国産大型ドローンを開発する株式会社自律制御システム研究所は、主催者特別企画展示の「IoTタウン」にブースを共同出展。INTERNET Wacthでは、展示会の開催前に両者に詳細なインタビューを行い、会期中はブースをレポートするなど手厚く伝えてきたが、重要なのでさらに深掘りしたい。

 IoTの1ジャンルとドローンが位置付けられるのは、インターネットに接続される機器の中でも、その情報収集力においてとりわけ有望なThingsであるからだ。一方、IoTになぜGNSS(Global Navigation Satellite System:衛星測位システム)が重要なのか。求められているのはドローンを安全に飛ばすことだけではない。

 今年のCEATEC JAPANでスローガンとして掲げられた“Society 5.0(超スマート社会)”は、「サイバー空間とフィジカル空間(現実社会)が高度に融合した超スマート社会を共通イメージとし、その実現に向けた一連の取組」と定義されている。

 その背後で行われるであろう作業とは、大量のセンサーで大量のデータを取得し、無線や有線で伝送してクラウドに集積させ、集まったビッグデータをAIで解析するという営みだ。そのときに「フィジカル空間とサイバー空間」を結び付けるのは、データに付与された5W1Hの属性だ。それを持たないデータは、糸の切れた真珠のネックレスか、列のズレたワークシートのようなもの。そしてこの5W1Hの属性のうちWhenとWhereをユニバーサルなかたちで与えてくれるのがGPSに代表されるGNSSである。

 特に時刻情報に関しては、原子時計に同期したマイクロ秒(100万分の1秒)オーダーの精度取得が比較的容易に実現しており、携帯電話の基地局や前述の地上デジタル放送などでGPSによる時刻同期は当たり前の技術となっている。求められるのはそうしたことが可能になるデバイスやモジュールをさら小型化し、安価に、大量に供給すること。IoTが扱うビッグデータを下支えする役割を、これからのGNSSは担うことになる、と筆者は断言しておきたい。

 少し俯瞰して、展示会ビジネスとしてのCEATEC JAPANについても触れておきたい。この種の展示会に限ったことではないが、イベントの賑わいを端的かつ冷徹に表すのが入場者数だ。CEATEC JAPANが現在のかたちで開催されるようになったのは2000年のこと。家電メーカーが集まる「エレクトロニクスショー」とコンピューター関連の「COM JAPAN」を前身とし、「アジア最大級のIT、電子機械、ソフトウェアの総合展示会」を標榜し人気を集めてきた。

 しかし入場者数は2007年の約20万人をピークに漸減傾向に入る。2013年以降は日立製作所、ソニー、東芝など大手総合家電メーカーの出展取り止めがニュースとなるなど寂しい状況に陥った。しかし2015年に13.3万人で底を打って以降、2016年から上昇に転じ、今年も順調に入場者数を伸ばしている。展示会のテーマを総合家電から“CPS/IoTの総合展”に切り替えたことが奏功した格好だ。

CEATEC JAPANは先の読めない時空間――虫の眼・鳥の眼で「CEATEC JAPAN 2017」を振り返る<鳥の眼編> 入場者数の推移。事務局発表をもとに筆者作成。図中のクルマアイコンは東京モーターショーの開催年。メダルは日本人の自然科学系のノーベル賞受賞
入場者数の推移。事務局発表をもとに筆者作成。図中のクルマアイコンは東京モーターショーの開催年。メダルは日本人の自然科学系のノーベル賞受賞

 <虫の眼編>でも述べたが、筆者は過去数年にわたりCEATEC JAPANの公式ニュースを担当。会期が5日間から4日間に短縮された2014年と、その翌年の2015年の公式ニュースの総括記事でこう書いた。

 高い位置から会場を見渡すと、きらびやかで色とりどりの展示は、熱帯雨林の森のようである。大メーカーからベンチャー企業、個人企業、大学の研究室まで。巨木もあれば、ツルやツタや、足元の草花もあり、受粉を担う鳥や昆虫もいる、渾然一体となった生態系だ。

 会期前には出展を取りやめた大メーカーが話題になったが、巨木が倒れた場所には光が差し、朽木からは新たな芽吹きがあった。

(2014年CEATEC JAPAN公式ニュース、Vol.109)

 熱帯雨林の新陳代謝は続いている。会期が4日間に短縮され、トータルの入場者数こそ減少したが、1日あたりで見てみると来場者は10%増加。ベンチャーやスタートアップ、大学などの元気の良い出展者が注目を集めた様子は、新芽の緑が濃くまぶしく映る様子にも思える。

(2015年CEATEC JAPAN公式ニュース、Vol.103)

 公式ニュースという大本営発表だからのポジティブ表現ではなく、一個人としての率直な感想なのだが、それは次のデータを見れば納得してもらえると思う。

CEATEC JAPANは先の読めない時空間――虫の眼・鳥の眼で「CEATEC JAPAN 2017」を振り返る<鳥の眼編> 1日あたり入場者数の推移。事務局発表をもとに筆者作成
1日あたり入場者数の推移。事務局発表をもとに筆者作成

 来場者が実感する会場の活気や賑わいの指標となるのは、会期を通じてではなく、その人が行った日の混み具合い、つまり1日当たりの入場者数だろう。ここ数年その数字は上がり続けている。来場者の満足感や出展者の手応えが積み重なり、プラスの循環に入っているようだ。さらに今年は出展者のうちベンチャーなどの新規参入が出展667社/団体のほぼ半分(327社/団体)を占めた。新陳代謝もかなりの速度だ。

 IoTをメインテーマに据えたことで展示会は勢いを取り戻した。おそらくその勢いは来年も続くだろう。

 最後に展示会そのもののありようについても触れておきたい。首都圏では、幕張メッセ、東京ビッグサイト、パシフィコ横浜などの会場で、連日多くの展示会や見本市が開催されている。その多くは一定数の出展社が見込める専門展示会であり、そうした専門展示会をたくさん集め「○○○総合展」とする手法が一般的となっている。いわば専門店を集めたモール形式だ。

 一方でCEATEC JAPANは違う道を進んでいるようだ。良く言えばバラエティに富む、悪く言えばごった煮の、特異な展示会である。

CEATEC JAPANは先の読めない時空間――虫の眼・鳥の眼で「CEATEC JAPAN 2017」を振り返る<鳥の眼編> ホンダの「Mobile Power Packシステム」を水素エネルギーステーションとともに出展
ホンダの「Mobile Power Packシステム」を水素エネルギーステーションとともに出展
CEATEC JAPANは先の読めない時空間――虫の眼・鳥の眼で「CEATEC JAPAN 2017」を振り返る<鳥の眼編> 東大模試に挑戦したAIの、解答代筆ロボットアーム「東ロボ手くん」。美しいフォルムと突き抜けたネーミング。QRコードを開発したデンソーウェーブが開発
東大模試に挑戦したAIの、解答代筆ロボットアーム「東ロボ手くん」。美しいフォルムと突き抜けたネーミング。QRコードを開発したデンソーウェーブが開発
CEATEC JAPANは先の読めない時空間――虫の眼・鳥の眼で「CEATEC JAPAN 2017」を振り返る<鳥の眼編> スマートウォッチの機能部品をベルト部分に仕込んだ「wena」。あえてソニーの社名は出さずに展示
スマートウォッチの機能部品をベルト部分に仕込んだ「wena」。あえてソニーの社名は出さずに展示
CEATEC JAPANは先の読めない時空間――虫の眼・鳥の眼で「CEATEC JAPAN 2017」を振り返る<鳥の眼編> つかんだ感触(先端に加わる力と速度の変化率)で対象物の硬軟を見分けるロボットハンド。選果の際、腐って軟らかくなったミカンも潰さずに排除できる。慶応義塾大学理工学部、同ハプティクス研究センター、シブヤ精機の共同開発
つかんだ感触(先端に加わる力と速度の変化率)で対象物の硬軟を見分けるロボットハンド。選果の際、腐って軟らかくなったミカンも潰さずに排除できる。慶応義塾大学理工学部、同ハプティクス研究センター、シブヤ精機の共同開発

 誰もが知る大企業や、その道では知られた中小企業と並び、政府系の研究機関、大学、ベンチャー、海外企業が同じ時空間を共有する場は、作ろうと思っても急にできるものではない。

 専門を絞った展示会とCEATEC JAPANとの間には、通信販売とリアル店舗や、電子書籍と図書館のような関係性が見て取れる。何が欲しいかハッキリ分かっていれば、専門の展示会やネット通販を利用すればいい。そっちのほうが効率的だ。しかし自身に何が必要なのか分からなかったり、自分が分かっていないことが何かを知るためには、先の読めない時空間に飛び込む必要があるのではないか。手持ちの検索キーワードの語彙を豊かにするという意味において、「何でもアリ」の総合展示会には大きな存在意義がある。ガチなビジネスマンと制服姿の高校生が混在するのも、この展示会ぐらい。実は筆者はそこに、いちばん未来を感じているのだが。

(了)

喜多 充成

1964年石川県生まれ。科学技術ライター。週刊誌のニュースから子ども向けの科学系ウェブサイトまで幅広く手がける。産業技術や先端技術・宇宙開発についての知識をバックグラウンドとし、難解なテーマを面白く解きほぐして伝えることに情熱を燃やす。宇宙航空研究開発機構機関誌「JAXA's」編集委員(2009~2014年)、共著書に『私たちの「はやぶさ」その時管制室で、彼らは何を思い、どう動いたか』(毎日新聞社)ほか。「インターネットマガジン」の創刊から休刊まで見届けたほか、「INTERNET Watch」では、「あるウイルス感染者の告白」「光売りの人々」など短期集中連載。