iNTERNET magazine Reboot

木曜コラム2 #3

ビットコインはチューリップバブルとは違う。

インターネット的視点で見る仮想通貨

昨年11月に「iNTERNET magazine Reboot」を発刊したのに引き続き、かつてINTERNET Watchで週間で連載していた「木曜コラム」をRebootしました。改めて、よろしくお付き合いください。

 昨年からビットコインの高騰や乱高下が話題になっている(この原稿を書き始めたら、何とあっという間に30%くらい下落してしまった)。この現象を見て、経済関係者の多くから「ビットコインはバブルだ」という見解が出ている。中には、17世紀にオランダで起きたチューリップバブルを引き合いに出して解説する人もいる。ビットコインはバブルなのだろうか。ここでは経済的視点ではなく、インターネット的視点で考察してみたい。

ビットコインはインターネットの申し子

 まずはインターネット的とは何のことか、おさらいをしておこう。インターネットが持つ根源的な特徴は、双方向であり、エンドツーエンドであり、ワールドワイドであった。つまり、末端から末端への、世界的に統一された双方向の通信ネットワークである。この特徴を活かして、これまでに電子メールやWebブラウザーが開発され、普遍的なツールとなっている。このことは、最近のFacebookやLINEなどのSNSでも確認できる。

 ではビットコインはどうだろうか。その主たる特徴は、個人から個人に銀行などの金融機関を介さずに、国内・国外を問わず同じ条件で送金できることだ。技術的側面でいえば、電子メールがSMTPで、WebがHTMLやHTTPというインターネットの基盤技術を使って作られているように、ビットコインもピアツーピアというインターネットでおなじみの技術を利用したブロックチェーンにより実現されている。つまり、ビットコイン(その他の仮想通貨も)はとてもインターネット的なアプリケーションソフトウェアで、インターネットの申し子ともいえる存在なのである。

あのネットスケープナビゲーターに似ている

 これは私見だが、ビットコインはインターネット初期に一世を風靡したネットスケープナビゲーターと状況が似ていると思う。ネットスケープは、Webブラウザーという、いまでは誰もが知っている概念を世に知らしめた伝説のアプリケーションだ。ビットコインがインターネット的な技術を使って作られたアプリケーションであることと、仮想通貨という革新的概念を最初に世に知らしめたアプリケーションだという点に、ネットスケープと類似性があると思うのだ。

 ネットスケープナビゲーターを開発した米ネットスケープ・コミュニケーションズ社は1995年に上場(IPO)し、巨額の資金を集めることに成功し疾走していく。そして、このIPOの成功が後続のベンチャー企業を誘発し、その後のベンチャーブームにつながっていく。実は、それから今日まで続いているニューエコノミーというトレンドは、このネットスケープが火付け役なのだ。その意味で今回のビットコイン現象は、「ニュー・ニューエコノミー」の始まりといえるかもしれない。

 同じ文脈で考えると、仮想通貨取引所はインターネットサービスプロバイダーに似ているとも思う。ユーザーは、プロバイダーに加入することでインターネット世界に入ることができたが、今回は仮想通貨取引所に加入することで仮想通貨を使うことができるようになるからだ。いまはビットコインの投機的な価値に注目が集まっていて、仮想通貨取引所は証券会社のように見えるかもしれないが、本来的には仮想通貨の売買・送受金・管理などを行ってくれるサービスなのだ。

 インターネット的な方向性や文化に共感している人、また仮想通貨の将来性に期待している人には、仮想通貨取引所に加入しておくことをお勧めしたい。加入は仮想通貨を買わなくてもできるし、今後、知人や企業から送金を受ける機会があるかもしれない。何より、新しい概念のサービスは自分で体験してみなければわからない。それはパソコンしかり、インターネットしかり、スマホしかりだったことを我々は体験ずみのはずだ。

サイバー世界の価値が上がっている

 今回のビットコイン現象を、経済評論家の多くがチューリップのような過去のリアル世界の事象を元に解説しようとしているが、これはサイバー世界の出来事であり、リアル世界の物差しで測ることはその本質を見誤ると思う。リアル世界のモノやサービスは物理法則から逃れることはできず、成長には自ずと限界がある。チューリップは人が待っている時間で進化することはないが、デジタル機器はムーアの法則で進化し、ネットワーク価値はメトカーフの法則で進化する、とされている。

 今回の現象は、マクロに見ればビットコインを筆頭とする仮想通貨の出現により、その将来期待によりサイバー世界に投資が集まっていると解釈することもできるだろう。このような現象は、かつてIPOブームで見覚えがある。シリコンバレーを中心にハイテクベンチャー企業が競ってIPOし、そこにお金が流れ込んだ(先のネットスケープがその先陣)。日本でもインターネット初期や渋谷ビットバレーで同様の現象が起きている。しかしあのときは、お金は主に株式市場でやりとりされていて従来の世界に留まっていた。今回はお金がサイバー世界に流れ込んでいる点が違う。つまり、サイバー世界の価値が相対的に向上しているといえるだろう。これが、お金をサイバー世界で扱えるようにした仮想通貨の効能でもある。誤解を恐れずにいえば、リアルなお金がビットコインなどの仮想通貨に換金されてサイバー世界に流れているのだから、リアル世界の価値が減りサイバー世界の価値が高じているのかもしれない。

 最近、仮想通貨を使ったIPOのような仕組みであるICO(Initial Coin Offering)という資金調達手段が注目され始めている。ICOは株の代わりに仮想通貨を発行することで、証券会社などを介さずに直接に個人から(エンドツーエンドで)資金調達ができる手段である。このような仮想通貨を応用した技術によって、よりサイバー世界だけで事が済むようになってくることだろう。

仮想通貨は発展途上

 ところで、先に紹介したネットスケープは、10年くらい後には後発のマイクロソフトのインターネットエクスプローラー(IE)に敗れ市場を失っていくことになる。さらにここ数年では、グーグルのChromeがそのIEを抜きメインシェアを占めるに至っている(TIMEMAPの「激しかったウェブブラウザー戦争」のグラフを参照されたし)。

 この歴史から学べば、ビットコインがこのまま仮想通貨の主流になると思うのは時期尚早だろう。仮想通貨の歴史はビットコインが発明されてから約10年だが、TCP/IPが発明されてからインターネットが商業利用されるまでの20年、Webブラウザーが発明されてからネットスケープが登場するまでの14年、Chromeが登場するまでの28年と比べてみると、まだ永くはない。まだまだ改良や改変が続くことが予想される。実際、いまでもビットコインの改良版とされるイーサリアムやライトコインなどがその座を狙っているし、いまはないものが後に主流になっていくことも十分考えられる。しかし、ネットスケープが後にMozillaに受け継がれていくように、ここまで普及したビットコインは何らかの形で資産が継承される可能性は大きいだろう。

 この物語は長編だと思われる。10年単位での視点が必要なのではないだろうか。

仮想通貨の価値向上は止まらない

 仮想通貨は発展途上ではあるし、きのう大きな下落があったばかりだが、仮想通貨全体の価値向上は止まらないと思う。それは、上記してきたように仮想通貨がインターネットの申し子であり、インターネット的だからだ。電子メールやWebやECやSNSを誰も使わない時代になれば別だが、現状ではその未来は予測しがたい。逆に、それらの既存のインターネットツールと融合しながら進化していくという未来のほうが予測しやすい。

 もし、仮想通貨に暴落や消滅があるとすれば、いまのブロックチェーン技術に本質的な欠陥があった時か、または既存の枠組みとの衝突などで国が規制する時だろう。前者は諦めて次の技術革新を待つしかないのだが、後者についてはこれまでのインターネットの歴史が示しているように、一国の規制でこの進展を止めることはできないと思う。

 いま、人類最大の発明といわれるお金がデジタル化されようとしている。そしてそれが中間者を介さずに個人間でやりとりできる未来が来ようとしている。仮想通貨の登場により、インターネット革命第二幕のゴングが鳴ったのだと思う。「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」というアラン・ケイ氏の言葉を思い起こし、いい未来を創っていくことに参画したいものである。

 最後に、「ビットコインはバブルか?」という問いには、仮想通貨が実体を上回る価値になっているという意味なら一時的にイエスだが、これ以上お金を投資する対象ではなくなったという意味ならノー、だと思う。

井芹 昌信(いせり まさのぶ)

株式会社インプレスR&D 代表取締役社長。株式会社インプレスホールディングス主幹。1994年創刊のインターネット情報誌『iNTERNET magazine』や1996年創刊の電子メール新聞『INTERNET Watch』の初代編集長を務める。