インタビュー

「ネット投票」の実現に向けた動きが始動、テクノロジーが選挙を変えるために必要なものとは?

「インターネットで投票」に向けたレポート公表、在外邦人の投票環境をまずは改善

小林史明衆院議員。「投票環境の向上方策などに関する研究会」を、野田聖子総務大臣、河野太郎外務大臣とともに立ち上げた

 インターネットを通じた選挙運動、いわゆる「インターネット選挙運動」が2013年の公職選挙法で認められ約5年が経過したが、今度は“インターネットを通じた投票”(以下、ネット投票と表記する)の実現に向けたレポートが発表された。これは、2017年12月に総務省が設置した「投票環境の向上方策などに関する研究会」がまとめたものだ。

 同研究会は2018年7月31日までに9回開催され、投票が行いにくい環境にある選挙人に対して、どのような取り組みができるのか、実態調査、法的側面の検討、および技術的な実現方法などについて検討。ネット投票実現に向けた第一歩として、在外邦人向けのネット投票実現に向け、具体的なシステム提案を含む報告書となっている。

 投票環境改善に関しては、障がい者に対する投票支援、洋上投票、離島など遠隔地の迅速な開票、不在者投票、期日前投票など、さまざまな論点があるが、選挙運営の改善などで対応できる問題もある。その中で、在外邦人の投票環境改善を“ネット投票の実現”で解決しようという議論になったのはなぜなのか。

 1つには、多様な地域に渡る投票環境を整えるには、インターネットを通じた投票システム構築が問題解決において不可欠という側面もあるが、もう1つは在外邦人向けという限られた条件でシステムを構築し、1つのモデルケースとして実証を行い、将来、全面的なネット投票を実現したいという思いもあるようだ。

 総務大臣政務官で、この研究会を野田聖子総務大臣、河野太郎外務大臣と立ち上げた小林史明衆院議員は「選挙権を持つ在外邦人は約100万人と言われているが、実質的な投票率はわずか2%にしか過ぎない」と指摘する。

 100万人中、在外選挙人名簿に登録されている人数は10万人に過ぎない。公式な投票率は約20%程度(およそ2万票が有効票として投票されている)となっているが、実際に海外で暮らしている選挙権を持つ邦人を母数にすると、投票率はわずか2%にしかならないのが実情だ。

 在外選挙人名簿に1割の選挙人しか登録されていない問題については、出国時申請を可能にする制度改正がすでに行われており、今後は増加することが期待されているが、同時に在外邦人が投票しやすい環境を作る必要もある。

 在外邦人が投票するためには、現地大使館での投票、日本に帰国しての投票、郵便等投票の3つがある。しかし大使館に行く手間や選挙期間中の帰国、郵便等の手間などは、いずれも投票へのハードルを上げている。

 また、実際の開票作業は各選挙人が登録されている自治体の選挙管理委員会に、それぞれ送られた上で開票せねばならず、そのために締め切りが早い(投票期間が短い)といった運用上の問題もある。

 そこで、具体的なシステム検討を行うため「インターネット投票に関する技術検討ワーキンググループ」を組織し、専門家による集中的な検討を経てネット投票システムを構築するための技術的な実装にまで踏み込み、報告書に盛り込まれている。

 報告書およびシステム概要については、総務省のウェブページを参照いただきたいが、ネット投票について、どのような検討が行われたのか、小林政務官に話を聞いた。

「国内の投票」も見据えたシステムを検討、3つの異なるサブシステムで、投票の秘密保護と信頼性を両立

――ネット投票はこれまでも必要性を訴える声と、セキュリティ上、運用上などの問題を指摘する声などもあった。今回は“投票環境改善”が前面にあるが、国内投票も含めたネット投票の実現も見据えたものなのか?

 今回は在外邦人の投票環境改善に向けての取り組みです。しかしシステムの検討は、国内の投票も見据えて、将来的な発展の可能性を意識したものとして検討されています。政治家を志す以前、技術の進歩によって世の中を前向きに変えていけると確信を持っていましたが、現場ではさまざまな規制による壁も数多く感じていました。あくまでも“個人的見解”ではありますが、選挙システムに関しても、ICT活用によって、より公平な投票環境、迅速な集計などを実現したいと考えています。昨年は若者の政治参画に関しても大きな話題になりましたが、若年層も含めて“投票のハードル”を下げる上でも、ネット投票は可能な限り早く実現したいと考えています。

――ネット投票に関しては、現行法においては立会人がいない環境での投票には投票の強要などの問題があるとの指摘もある。

 在外邦人向けのネット投票だけであれば、法的な問題はありません。もともと郵便での投票を受け付けているからです。郵便等投票には立会人がいないため、ネット投票だからダメという話にはなりません。また、在外選挙人名簿を入手して、さまざまな国で選挙人に圧力をかけるといったことは現実的ではないでしょう。

――投票の秘密が守られるか否か、セキュリティ上の問題、あるいはデータ改ざんの問題などもネット投票実現のハードルとして挙げられてきた。

 ネット投票を実現するためには、まず現在の投票システムがどうなっているかを理解する必要があります。まず二重投票を避けるため、投票後は選挙人名簿からの消し込みを行います。しかし選挙人名簿の管理システムと、誰に投票したのかを確認・集計するシステムは分離せねばなりません。このため、“在外選挙人名簿サブシステム”“投票サブシステム”“開票・集計サブシステム”という、3つの異なる独立したシステムを組み合わせることでネット投票を実現する枠組みを提案しています。

 選挙人がネット投票を行うと、在外選挙人名簿サブシステムが投票済みと印を付け、二重に投票できなくなります。このとき、投票データには二重の暗号がかけられます。“投票用紙”に相当するデータを暗号化した上で、さらに異なる鍵で投票データを暗号化するのです。選挙人名簿サブシステム上では、ネット投票する選挙人に(電子的な)選挙用紙が発行されて名簿から消されますが、この時点で投票先は分かりません。誰が選挙人かを把握できない投票サブシステムが投票を受け、サブシステム内で開票開始まで保管します。投票内容は在外選挙人名簿サブシステムからは(異なる鍵で暗号化されているため)参照できません。投票の秘密は守られます。最終的に開票・集計サブシステムが、開票・集計時に投票用紙の暗号を解き、インターネットからは切り離されているデータベースに開票結果を集計する仕組みです。

在外選挙インターネット投票システムモデル(イメージ図)。総務省が公表した「投票環境の向上方策等に関する研究会」報告(概要)より

――開票は完全に自動化され、集計結果が報告されるのか? それとも選挙管理委員会が開票に介在するのか?

 投票データの復号は、各自治体の選挙管理委員会が開票・集計サブシステムを操作することによって行われます。(電子化されることで開票・集計の負担、遠隔地からの移送リスクは軽減されるものの)選挙管理委員会の役割は現在と変わりません。

 データ改ざんはネットバンキングによる送金システムなどと同様で、安全に運用するためのシステム構築ノウハウは確立されています。投票の秘密に関する保持に関しても、前述した二重の暗号化、選挙管理委員会が管理する開票・集計サブシステムを独立させることで確保できます。

 これまでネット投票に関しては、現在の公職選挙法の枠組みの中で“可能か””不可能か”といった議論で進んできましたが、今回は法的な解決方法について見通しが立った上で、具体的なシステムの実装をワーキンググループで検討、報告を出せた点が大きく異なります。実際の開発となれば時間はかかるが、法改正さえ行えば運用は開始できると見込んでいます。

――在外邦人向けのネット投票を始めるために必要な法改正とは?

 ネット投票における選挙人名簿管理はマイナンバーで行われますが、現在、マイナンバーカードは海外在住者は利用できません。住所を移した段階で、マイナンバーカードが無効となるためです。法改正を行い、在外邦人向けのマイナンバーカード運用を可能にすれば、在外邦人によるネット投票は可能になります。

――各サブシステムの運用主体はどこになるのか? 例えば、開票・集計サブシステムの管理・運用は、各自治体選挙管理委員会が行うことになるのか?

 開票・集計などの運用はそれぞれ管轄する組織が行います、在外選挙人がいない市町村も多く、全国の公共団体がシステム整備を行うことは現実的ではありません。自治体にある公共団体が共同で利用できる全国共通システムを用意することを前提とした運用を想定しています。

「テクノロジーによって選挙を変えたい」バリアフリー化や期日前投票の環境整備など、一歩ずつ……

――ネット投票に対しては、日本における現行法となじまない、あるいはセキュリティ面でのリスクなど慎重論もある。小林政務官は、将来的に国内の一般投票でのインターネットからの投票を可能にしたいとのことだが、そのために踏むべきステップは?

 現実に全有権者の投票を投票日に受け付けても耐えうる、信頼性の高いアクセスピーク管理や運用、実現するためのコストといった問題はあります。こうした問題を解決するには、まずシステムを構築し、運用しなければ分からない部分もあります。まずは在外邦人向けのネット投票の運用を目指して進め、そこでの知見・経験を生かした上で次のステップへと進んでいきます。ただし、ネット投票の実現だけがこの研究会の目的ではありません。

 例えば、立候補者のプロフィールや政策などを伝える選挙公報が配付されますが、現状、電子的には“画像化したPDFファイル”での配付しか許可されていません。このため、そのままでは視覚障害者はそのままでは読み上げさせることができないという問題があります。昨年の都知事選でYahoo! JAPANが、視覚障害者向けに“聞こえる選挙”というサイトを立ち上げましたが、これらはYahoo! JAPANが手打ちで選挙公報の文章を入力し、読み上げ可能にしていました。それらの先例についての検討も行い、ネット投票を実現させるためのバリアフリー化を進め、あらゆる選挙人が“投票しやすい環境”を整えていく必要があります。

 一方、国内での一般投票に関しては、現在の法律に従うならば、原則として投票の場に立会人が必要となっています。まずはこの原則を変えるための法改正議論が必要で、実現させる上でもっとも大きなハードルとなっていくでしょう。

――エストニアでは2005年の地方選挙以降、ネット投票が行われているが、立会人を不要とするため(投票を何者かの監視下で強要されたとしても)、投票締め切りまではいつでも投票先を変更できる仕組みとなっている。研究会では、これらの先例についても検討されたのか?

 研究会の中で議論としては出ていますが、現時点では(在外邦人の)投票環境の整備が優先事項となっています。ネット投票以外にも取り組むべきことがありますから、順を追って実現させていきたいと考えています。しかし、個人的な思いとしては、テクノロジーによって選挙を変えたいという考えが強く、立会人がいない環境での投票実現に向けた議論を深めていきたい。エストニアのように、何度でも締め切りまで投票先を変えられるようにするといった新たな枠組みでの法整備も、選択肢の1つとしてはあるでしょう。

 また、今回の在外邦人向けネット投票での議論にもあるように、例外的ではあるものの郵送での投票を受け付けてきたケースもあります。投票のやり直しを自由に行えるようにすることも選択肢ですが、投票前後の映像や音声を必ず残さなければならないとか、何らかのバイタルデータ(例えば心拍数)を取らねばならないなど、近年の情報インフラを活用して投票の正当性を証明する方法も検討できるのではないか?と考えていいます。

 そうした環境を整えた上であれば、(立会人の有無によるリスクよりも)全有権者が投票に簡単に参加できるようにすることで、より多くのな民意を反映できるよう技術をフルに活用していくべきだと考えています。

――国内の一般投票におけるインターネット端末での実現は、どのぐらいのタイムフレームで可能だと考えているか?

 個人的にはより多くの民意を反映し、公平な選挙とするための環境を、テクノロジーの力でなるべく早く実現したい、というのが基本的な考えです。ですから、答としては“なるべく早く”なのですが、在外邦人向けネット投票のシステム運用から、一足飛びにとは行かないでしょう。

 次のステップとしては、期日前投票の環境整備があると思います。期日前投票には現在、マイナンバーカードを用いて行う電子投票機が使われていますが、セキュリティポリシーの関係から、固定の専用線、あるいはインターネット回線を行う場合も有線回線を用いた上でVPN接続する必要がありました。このため、駅前やショッピングセンターなど、投票しやすい場所に設置したくとも、コスト的なハードルが高く投票できる場所を増やしにくかったのです。

 そこで研究会では、無線回線でも投票を可能にできるようセキュリティ面の検討を専門家を交えて行いました。3G/4Gなど公衆の無線通信ネットワークを用いた上で暗号化を行うことで“無線の専用回線”を認められるならば、有線回線によるVPN接続と大きな違いはないからです。“無線回線がダメ”だったのは、挙管理委員会をはじめとする自治体ごとの選挙運営に関連した各団体の抵抗感が強かったことが背景にありますが、今回の研究会における議論を周知させ、無線回線での期日前投票環境可能にしようとしています。コスト面でも、無線化によって下げることができると考えています。また、これまで規定されていた専用の電子投票機ではなく、汎用のタブレット端末での投票を可能にすることで聞きコストも下げる枠組みを作り、電子投票システムの認証制度見直しを進めます。


 実際に国内でのネット投票が実現されるまでには、まだ遠い道のりが残っている。しかし、在外選挙人の投票環境を改善するという“スモールスタート”は現実的であり、システム構築およびシステムの振る舞いについての実証データを収集できれば、次のステップに進むために大いに役立つことだろう。

 投票率の向上は、議会制民主主義が機能していく上でも最も大切な要素の1つだ。大きな制度改革には大きな抵抗を伴うものだが、“より多くの民意を集める”ための仕組みについて、技術の力で前進できるならば、それは主義主張にかかわらず有益なことに違いない。