インタビュー

「日本発の海中光LAN」で世界をリード、JEITAが新産業を支援する「共創プログラム」とは?

 IoTデバイスの普及や、それによる社会変革が徐々に見えてきた、と最近は言えると思うが、その先にある「超スマート社会」の実現を旗印にしているのが、一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)だ。

 「家電見本市」だったCEATEC JAPANが「IoT/CPS分野で、異業種の共創を支援する場」となり、新たな産業育成の礎になっているのがその一例だが、JEITAではそうした見えやすい部分だけでなく、スタートアップを支援する「ベンチャー賞」などの地道な活動も行っている。

 そして、今回、そのベンチャーを支援し、既存の企業を含めた新たな産業を創出する施策として「JEITA共創プログラム」を開始。その第一弾として「水中LAN」を推進し、海中マーケットの掘り起こしや、日本が海中光技術で世界をリードするための産業育成を志向する「ALAN(Aqua Local Area Network)コンソーシアム」が設立されるという。

 そもそも「水中LAN」とは何なのか?そして、そうした産業創出を支援する「JEITA共創プログラム」とは何なのか? こうしたポイントは「超スマート社会」や「これからの産業創出」のあり方を探っていくうえで、なかなか興味深いテーマといえるだろう。

 そこで今回は、「ALAN コンソーシアム」の中心となった株式会社トリマティスの代表取締役CEOの島田雄史氏と、「JEITA共創プログラム」を推進する、JEITA理事兼事務局長の井上治氏に、JEITA共創プログラム設立の意味やコンソーシアム設立の経緯などについてお伺いした。

「水中LAN」のイメージ

「社会課題を解決する新分野」での取り組みを支援するJEITA共創プログラム

 まず初めに、JEITAの井上氏に、JEITA共創プログラムの設立目的と経緯を聞いた。

――そもそも、JEITA共創プログラムとはどういったものなのでしょうか。

一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)理事兼事務局長の井上治氏

井上氏:

 JEITAの現在の基本方針は、「Society 5.0(政府が提唱する超スマート社会の概念)の実現に向けて、社会課題を解決していこう」というものですが、そのためには、電機電子産業のメーカーだけではなく、異業種やベンチャー、外資などさまざまなプレーヤーが必要になってきます。

 そのため、JEITAの会員資格も「電気機器、電子部品の製造業である」から「電子情報産業に限らず、IoTに密接に関連する企業」と大幅に門戸を広げ、例えば自動車メーカーなどにも参加していただけるようにしています。実際、今は、どの分野にしてもIoTに関連しない分野はないと思いますので。

 こうした取り組みで「既存の産業からSociety 5.0に」という動きはカバーできると思うのですが、一方で、Society 5.0ならではの新しい事業や産業も当然カバーしていく必要があります。そうした点では、「JEITAベンチャー賞」を2016年に創設して、今年(2018年)までに3回、合計で21の企業を表彰してきました(注:詳細は別記事参照のこと)。

 この取り組みでは、受賞企業とJEITA会員との協力関係も生まれるなど、確実な効果もあったのですが、その反面、ベンチャーや異業種の企業がJEITAに参加していただく際、いきなりJEITAの委員会や部会の中で活動するのはやはりハードルが高くなりがち、というのが実情でした。

 そこで、そうした方々がよりスムースに活動できるよう、従来のJEITA事業に関わらない「社会課題を解決する事業」を、各企業からの提案で展開していこう、というのが今回のJEITA共創プログラムの趣旨となっています。

 今回、最初のプロジェクトとして採択させていただいた「ALAN(Aqua Local Area Network)コンソーシアム」は、第1回JEITAベンチャー賞を受賞したトリマティスさんから提案があったもので、我々としても社会課題を解決する有望な分野と考えています。

 なお、今回はコンソーシアムを立ち上げるかたちにしましたが、場合によっては、これが研究会だったり、サロンだったりでもいいと考えています。とにかく、同じ目的を目指す人たちが集まって意見交換をする。既存のやり方では「JEITAの部会にする」といったやり方になるのですが、それですと、JEITAの正会員でなければ参加できず、産業の状況によってはそぐわないこともあるかと思います。

 そこで、JEITA会員になっていただく前の、非会員の企業の方でも、志を同じにしている人が集まって活動していく場を作れる、というのがメリットだと考えています。

――とすると、JEITA共創プログラムによる「場」は、割と“緩い”感じなのでしょうか。

井上氏:

 ある意味「緩い」とも言えますが、方向性がないわけではありません。

 区切りとしては3年間を考えていて、3年経過した時点で事業の進ちょくに応じて、場合によってはJEITAの機関決定を受けて正式な部会や委員会にしていくことを考えています。

 これが例えば、10年にしてしまうと「世の中が大きく変わっていて、その技術が使えない」といったことも考えられますので、3年の期間でしっかりやっていく、ということにしています。

 そして、3年後に正式な部会にするとなった場合には、コンソーシアムに参加している非会員の企業にJEITAの会員になっていただこうと考えています。そういう意味では、JEITA会員の幅を広げていこうという意味もあります。

――JEITA共創プログラムはJEITAが支援することになっていますが、その支援内容はどういったものですか。

井上氏:

 今回の例ですと、まずは、コンソーシアムを立ち上げるための準備として、規約を作ったり、広報的な支援を行います。

 また、実際に組織が立ち上がったら、事務局機能も受け持ちます。具体的には、会を開催するための事務や、今後の方向性などを一緒に議論するための運営委員会などで、これは「通常の委員会の事務局と同じ機能」と考えていただいていいと思います。JEITAの会議室を提供するなどの支援も当然範疇です。なお、コンソーシアムの運営費については、参加者からの会費で賄うことを考えております。

――JEITA共創プログラムへの提案資格はありますか。

井上氏:

 資格としては、「JEITAの会員企業であること」か「JEITAベンチャー賞を受賞した企業」、あるいは大学の先生などの学識経験者を想定しています。ただ、JEITA会員企業以外からのご提案も、JEITA会員企業からの推薦によって提案していただける仕組みにしています。既存のJEITA会員の方が、非会員の業種の方と組んで新しい事業をやりたい、といったものも取り上げていきたいと思っています。

 また、「CEATEC JAPAN」は、異業種との共創を作っていくということで、2016年よりCPS/IoT展示会として舵を切りました。さらにCEATEC JAPANでは「IoTタウン」という主催者企画を展開し、金融や玩具といった異業種企業に参画してもらっています。それら、CEATEC JAPANやIoTタウンに参加する企業からの提案も期待しています。

 実は先般、JTBさんがJEITAの会員になられたのですが、JTBさんは自治体と一緒に地域の活性化に取り組んでおられますので、そういった部分も取り込んでいきたいと考えています。

――JEITA共創プログラムへの提案から、実際にプログラムの立ち上げまではどのようなプロセスになるのでしょうか。

井上氏:

 まずは、事務局に提案書を出していただいてプレゼンをしていただきます。それを事務局の中で精査して、それが将来JEITAの活動の1つになるかどうか、また、社会課題を解決していくためのプロジェクトになるのかどうかというのをJEITAの中で精査していくことになります。

――JEITA共創プログラムへの提案資格としてJEITAベンチャー賞受賞企業という項目があります。そこで、JEITA共創プログラムとJEITAベンチャー賞との関連性について教えてください。

井上氏:

 JEITAベンチャー賞は今年(2018年)で3回目、今までに21社が受賞して、そのうち6社がJEITAの会員になっていただいています。ただ、ベンチャー賞を受賞された企業が取り組まれている内容は、これまでにない新しい分野ということもあって、既存の委員会や部会で活動するのが難しい(その事業が、どの委員会や部会に当てはまるかの判断が難しい)という状況があります。

 そうした中で、様々な産業やベンチャー企業と一緒に社会課題を解決していく、そうした場の1つが「共創プログラム」だと捉えています。JEITA側の狙いとしては、ベンチャー企業が取り組まれている新しい分野を、新しい産業として育てることで、将来はJEITAの活動を担う部会の一つにしていきたい、ということもあります。

水中でのネットワーク実現が最終的な目標

 続いて、ALANコンソーシアムの設立をJEITAに提案するなど、コンソーシアムの中心的な存在となる、トリマティスの代表取締役CEOである島田氏に、今回のコンソーシアム設立の経緯などを聞いた。

――まず初めに、トリマティスさんが取り組まれている事業の内容について教えてください。

株式会社トリマティス代表取締役CEOの島田雄史氏

島田氏:

 私がトリマティスを作ったのは2004年です。当時は光ファイバーが国内に引かれ始めたころで、その時は光ファイバーネットワークで使われる機器の開発を行っていました。

 その後、自動運転の自動車などに使う、光で全天候全方位でのセンシングを行う技術「LiDAR(ライダー)」にも取り組んでいましたが、自動車産業で求められる体力や責任といった部分で、ベンチャーにはそぐわない部分があった状況です。そうした中、「水中でLiDARを使った計測をやりたい」という話がありまして、2年ほど前から水中での光を使った計測や無線通信技術の開発に取り組んでいます。

――現在は光を使った計測やセンシング技術の確立を目標とされているのでしょうか。

島田氏:

 最終的な目標は、光無線通信技術の確立です。

 業界では「陸の20年遅れが空、空の20年遅れが宇宙、そして宇宙の20年遅れが海」とよく言われるのですが、実際、海中での計測や通信の技術はまだほとんど手付かずなのです。ですから、光を使ったセンシングや無線通信で、海の中でフレキシブルなネットワークを実現することには大きな可能性があると考えています。

 ちなみに、「完全に無線(光)だけで実現する」ということは考えていません。場所によっては有線が良い場合や音波が良い場合もあります。例えば「船から有線で繋がっている部分があり、その先が無線で、ロボットと通信が行える」というように、ポイントごとに無線空間ができることでフレキシビリティが大きく高まります。光無線通信だけでなくさまざまな技術を使って、海中でのネットワークを実現したいと考えています。

 まず狙うところは、「100~200m以上」といった長距離ではなく、比較的短距離での光通信技術です。例えば、「10mで40Gbps」といった速度を実現するといったものです。通信方式や通信技術はこれから確立していく必要があります。現在は、レーザーのみの変調で数百Mbpsといった程度ですが、1Gbps超となると変調方式なども変える必要がありますし、海中の状況次第で通りやすい色(波長)なども変わっていくので、レーザーメーカーなどと取り組んでいきたいと思います。

――今回設立されるコンソーシアムは、トリマティスさんが中心となっていますが、どういった背景で実現に至ったのでしょうか。

島田氏:
 もともとは、我々に加えて、国立研究開発法人海洋研究開発機構、国立研究開発法人産業技術総合研究所、千葉工業大学、東海大学と連携して、水面下で研究を行うなどの活動をしていました。

 ただ、取り組んでいる内容を各方面に提案しても、これまでにない新しい内容ということもあって、全く信用されないといった期間が続きました。そこで、「狙うのは水面下でも、活動が水面下ではダメだ」ということで(笑、コンソーシアムを立ち上げるべきだということになりました。

 当初は、海洋研究開発機構か産業技術総合研究所に事務局をやってもらいたいと思っていたのですが、そうした団体の事業テーマとなかなか一致しないこともあり、どうしようかと思っていました。そんな時、「せっかく、ベンチャー賞をいただいたのだから、JEITAさんに聞いてみよう」と思い立って相談してみたところ、ちょうど「産業化」を旨とするJEITA共創プログラムを立ち上げようとしていたタイミングでして。うまく合致して今回の実現に至ったというかたちです。

 これまでは、さまざまな企業や研究機関が独立して研究してきているのですが、今回のコンソーシアムの設立が大きな契機になると考えていますし、設立をとても喜んでいる大学の先生も多くいらっしゃいますので、立ち上げ後もしっかりやっていきたいと考えています。

――そもそも、海の中でLiDARを使って何をやるのが目的なんでしょうか。

島田氏:
 ロボットは、カメラの画像情報とLiDARのセンシングで物体を3D認識していますが、それと同じことを海中で実現したいと考えています。

 海底には、ガスが噴出する場所にチムニーと呼ばれる突起「熱水噴出孔」がありますが、これまではソナーで探知しても正確な形が分かりませんでした。そこに、LiDARでセンシングして正確な形が分かれば、より的確な探査が行えます。そして、探査したものを水中で光無線通信で転送するという部分も目的で、その光無線通信にLiDARが持つ光の素子を使います。物理層はLiDARのものを使いますが、異なるプロトコルで実現します。

 なお、今回、無線通信のターゲットを水中に限定しています。これは、水面から上の空中を含めると、管轄の関係で話がややこしくなってしまう可能性があるからです。標準化に関してはこれから詰めていきますが、このままでは、またアメリカが標準化を持って行ってしまう可能性もありますし、とにかく早く立ち上げて標準化まで繋げていきたいと考えています。

 別の用途としては、例えば橋脚などの海中に埋まっている建造物の検査もあります。実は現在、そういった検査を行うダイバーが人手不足なんです。ロボットがやれればいいわけですが、そのロボットもできれば自律して自由に動けるように無線のものがいいという声があり、そのあたりも開発の目的となっています。

――海中でのロボットの自律行動の技術はどのあたりまで確立されているんでしょうか。

島田氏:
 現時点ではありません。現時点では海中のデータが全くありませんので、それも含めてこれからです。地上では、地形や建造物などさまざまなデータが既にありますので、AI化も簡単に実現できるのですが、海中はそういったデータが全くありません。例えば「海中AI」を作るとしたら、データ作成から始める必要があります。

 ただ、海中は水流や温度などが刻々と変わるので、現在位置の特定も困難です。今のところは、特定の場所に設置したブイを基準にやるしかないと考えていますが、将来的には、GPSを搭載した船を基準にするなど、様々な方法で位置を特定できるようになるでしょう。

――トリマティスさんは第1回JEITAベンチャー賞を受賞されましたが、それから現在までのJEITAでの活動にどういった印象をお持ちですか。

島田氏:

 我々のやっていることは非常にニッチな内容ですので、どちらかというと「大企業とオープンにお付き合いする」という感じではありません。実際にお付き合いのあるJEITA会員の企業もありますが、その企業の一部の方とNDAを結ぶかたちでお付き合いしている状況でして、部会に入って皆さんとシェアするようなものではなかったりします。ですので、部会に入るメリットはあまりありませんでした。

 ただ、今回、JEITA共創プログラムを通してJEITAで部会が立ち上がるようになれば、我々としても(JEITAベンチャー賞を)受賞した意味合いが出てきますし、ちょうどいいタイミングだったと思います。

新たな事業を創出するとともに、JEITAの守備範囲や事業範囲を広げていく動きに持っていきたい

 最後に、今回のALANコンソーシアムの設立を第1弾として、今後、JEITA共創プログラムをどのように発展させていきたいか、井上氏と島田氏双方に聞いた。

――最初、JEITAにトリマティスさんから話が持ち込まれたときに、JEITAサイドとしてはどのようにお感じになったでしょうか。

井上氏:
 まず、産業として非常に応用範囲が広いと感じました。新しい分野でもありますし、会員企業が興味を示す分野だと感じましたね。今後、コンソーシアムを立ち上げることで、興味を持った方が多く集まれば、良い方向に動くと思いましたし、奇しくも、共創プログラムを立ち上げようとしていたときでしたので、「ぜひ」ということで進めさせていただきました。

 我々としては、最終的な目的は市場創出でして、そこが異業種と共創している理由です。技術の確立を目的とした団体もありますが、JEITAは少々立ち位置が異なっていて、そこに需要創出ができれば会員企業に新しいビジネスチャンスが生まれるでしょう、というところが狙いですので、それならばお手伝いをしましょう、ということです。

――今後、JEITAさんはこの共創プログラムをどのように発展させていきたいとお考えでしょうか。

井上氏:
 JEITAが門戸を広げて、他産業、異業種、ベンチャーを会員として迎えていますが、「今までの会員と新しく入った会員が一緒に何かを作り上げていく」というのが、このJEITA共創プログラムと考えています。

 まずはこのプログラムで産業を興し、それがしっかり実を結ぶ、うまく産業として事業化できるというところで、JEITAの委員会や部会に取り上げて、それに合わせて参加企業や他業種企業をJEITA会員として迎えて、JEITAの事業範囲を広げていく動きに持っていきたいと思います。

 JEITAの組織の中で、これまでは、新しい会員やJEITAベンチャー賞を受賞して入っていただいた会員をなかなかサポートしきれていませんでした。今年に入って、JEITAの中でどう活動していただけるかを考える、CS(Customer Satisfaction)推進室というものを作りまして、今後、会員満足度を高める取り組みも行っていきます。

 今後のJEITA共創プログラムに関する具体的な話はこれからですが、年間3件程度の実現を目指したいと考えています。また、現在JEITAの正会員は300弱ですが、このような制度を創設したことを周知して、また会員の要望を汲み取って、新たな事業領域を取り込みつつ発掘していきたいと思います。

 また、CEATEC JAPANにおいてもユーザー企業と会員企業がともに取り組んでいることもありますので、そういった部分も共創プログラムにはめ込んでいければと思います。

島田氏:
 今後ですが、6月にコンソーシアムを立ち上げて、8月に第1回設立記念フォーラムを開催するスケジュールを考えています。

 その場では、我々の技術を紹介するだけでなく、「現在、海で起こっている実例」を共有できればと考えています。例えば、船舶の船底をチェックするには、ドックに入って水を抜かないとできませんが、ロボットがあれば港でセンシングして簡易検査が可能になりますし、そのほか水産業をはじめとしてさまざまな需要があります。フォーラムを何度か開催することで、参加された方に情報を持ち帰ってもらって、それが相乗効果を生むと考えています。そのほか、CEATEC JAPANにも参加しますし、カンファレンスも設けますので、まず外部に発信する1年として頑張りたいと思います。

――どうもありがとうございました。