インタビュー

従業員名簿を“顔写真付き”にしてみた結果……その先を見据える「カオナビ」の第3段階とは

2019年、人材管理ツールはどう進化するのか? 柳橋仁機社長に聞く

 “HRテック”という言葉をご存じだろうか? 人材などを意味するHuman Resource(HR)とTechnology(テクノロジー)を組み合わせた造語だ。企業における人事管理業務を、進化著しいクラウドやデータ解析技術によって効率化するための手法・概念として、いま注目を集めている。

 HRテックがカバーする領域は広いが、今回ご紹介する「カオナビ」は人材管理に特化したシステムである。顔写真に従業員名簿が紐付くことで、社内コミュニケーションの活性化をはじめとした多くのメリットを生み出すという。株式会社カオナビの代表取締役社長である柳橋仁機氏に話を伺った。

株式会社カオナビ代表取締役社長の柳橋仁機氏

「見たことある人だけど、名前が分からない」問題を解決

 まずは最初に「カオナビ」の概要を確認しておこう。2012年に提供を開始したクラウド型サービスで、基本的には“従業員名簿”である。名前、入社年度、部署、連絡先などの情報を手軽にチェックできる。

 もちろん、それだけにとどまらず工夫は多い。特に重要なのが“顔写真付き”だということ。しかもこの顔写真をズラっと並べて一覧できる。このおかげで、社員の多い企業・店舗にありがちな「見たことある人だけど、名前が分からない」問題をほぼ完璧に解決してくれる。

「カオナビ」メイン画面

 これを根源的な価値としつつ、人事評価の結果を統合管理するための機能追加なども順次行われている。導入企業数は1100社を超えるなど、販売も好調。2018年には大阪と名古屋に新オフィスも開設した。

「カオナビ」が狙うは、“労務管理”ではなく“人材管理”

――HRテックといえば人事管理の概念ですから、多くの人は勤怠や給与の管理システムを想像するかと思います。しかしカオナビは人事の効率化を目的としたツールだそうですね。

 サービスとしてのカオナビの開発のきっかけは、サイバーエージェントさんからいただいたお仕事でした。それをクラウドサービスとして広く一般向けに変え、販売を開始したのが2012年。開発そのものは非常に順調だったのですが、今までにない部類の製品だったので、その魅力をお客様に伝えるという意味では、苦労しました。

 それをどう乗り越えたかというと、「頑張って説明した」という一言に尽きるんですが(笑)、実際に画面を見てもらうよう心掛けました。顔写真がバーッと並ぶインターフェースですので、理屈ではなく、見てもらえれば良さを分かっていただきやすい。

 また、製品の領域面で言いますと、我々は企業における人事領域を2つに分けて考えています。1つ目は“労務管理”領域。それこそ給与計算ですとか、労働関連法規でやらなければならない部分です。

 2つ目が“人材管理”の領域です。採用や教育は、法規で決まっていないけれども、(成長のために)どの企業も力を入れています。カオナビはまさにこちらの領域で展開を図っています。

――労務管理の領域には、あえて進出していないということですか?

 (給与計算等につきましては)そうです。こちらの領域は市場競争が従来から激しく、ベンチャーが入り込める余地は少ないのが実情でしょう。私自身がそれほど興味がなかったという要因もありますが(笑)。

「カオナビ」が提供する機能は3段階、“顔写真付き従業員名簿”は第1段階の基本機能

――カオナビの使われ方は、企業によっても違うのでしょうか?

 カオナビにはさまざまな機能がありますが、導入時期や企業規模に応じて、3つの段階に分けられます。

 まず第1段階は、顔写真を並べて人材管理をしてもらう。これが最も基本的な価値です。それに慣れてきたお客様は、第2段階として、人材評価のワークフローをカオナビで効率化する。そして最後の第3段階はさらに発展してタレントマネジメント、つまり個人それぞれのスキルなどに応じた配置転換・人材登用までをもカオナビで実現できます。

 カオナビの料金プランは、まさにこの3つの段階を踏まえた設定です。顔写真付きのデータベースだけを使いたい方であれば、最も安価な「データベースプラン」(月額3万9800円~)がピッタリです。

「カオナビ」公式サイト

実体験で感じた“顔・名前一致”ツールの重要性

――第1段階の「顔写真を並べて管理する」という作業は、どれくらい重要なのでしょうか?

 これはまさにカオナビ誕生のきっかけでもあるんですが、私自身、以前はアイスタイルというベンチャー企業に勤めていました。そこで会社の成長を直視していく中で、人材管理の重要性を肌で感じたんですね。人事がキチンとしていないと、どんな会社でもぐちゃぐちゃになってしまう。それぐらい重要なのに、世の中にはそれをサポートするツールがない。勤怠や給与を管理するツールはいくらでもあるんですが……。それを不思議に感じたのが、そもそものきっかけだったかもしれません。ならば自分で作ろう、と。

 また、人材管理というと「研修プログラムを作ろう」とか「役職ごとのキャリアモデルを作ろう」などの話になるんですが、それより以前に「社員の名前と顔が一致しない」ことが、大きな問題ではないかと考えたんですね。

 ですから2012年のカオナビのローンチ当初は、この「顔写真ベースの従業員名簿」の機能だけを実装していました。

 プロダクト開発者である自分の目線として、製品はシンプルであればあるほどいいと思っています。カオナビも、本当はこの基本機能だけに絞ってもいいと考えるくらい。それほど核になる部分なんです。

 ただ、お客様のニーズも多様化しています。お客様の声を受け、緩やかに機能を拡張させているのが実情ですね。

「カオナビ」組織図画面

――顔と名前が一致すると、どんなメリットが生まれますか?

 カオナビは基本的に経営層ですとか、なにかしら部下を管理する必要がある方向けのツールです。そういった方々にとって、新しく入ってきた部下の顔がよく分からないというのは単純にやりづらい。マネジメントをやりやすくする効果がありますね。

 もし、カオナビがないとすると、マネジメント側はそれこそ人事部に頼んで履歴書を取り寄せたりする。これでは単純に面倒です。カオナビなら、これを自分のPCからできるわけです。

この社員はデキるやつなのか?第2段階は“評価ワークフロー機能”

――その後はどのような流れで機能を拡張していったのでしょうか?

 2014年4月、カオナビの導入企業が30社を超えたくらいだったでしょうか、第2段階である評価ワークフロー機能の提供を開始しました。

 所属部署や年齢といった情報を顔写真付きで確認できるのがカオナビの基本です。これが浸透してくると、次は「この社員が果たしてデキるやつなのか?」といったことも、上司としては知りたくなってきます。

 どんな会社でも社員の評価業務はやっていますから、その情報をカオナビと結び付けられるようにしたのです。また、評価業務自体を紙ベースでやると煩雑になってきますので、評価値をカオナビへ直接入力できるようにしました。

評価ワークフロー機能による目標管理

オフィス以外の場所でも、人材マネジメントは行われいてる

 2014年11月には、スマートフォンからもカオナビを閲覧できるようにしました。

 オフィス以外の場所でも、人材マネジメントが行われていることに気付いたんです。例えばアパレルや外食産業ですと、本社オフィスから店舗へ足を運んで、店長に声をかけるといったスーパーバイジング業務があります。となると、移動中に人事情報を知りたいんですよ。

――なるほど。それこそ店先で初顔合わせする機会も多いでしょうし。

 えぇ、多いですね。それにPCがない店舗などでも、人事評価入力することも、カオナビで可能になりました。

 これは余談なのですが、店舗形態のお客様ですと、顔と名前を一致させることの重要性は「カオナビがなくても昔から知ってたよ」とおっしゃるお客様が多くて(笑)。それにまつわる一連の作業をデジタルで便利にするのがカオナビだとご説明すると、すごくシックリいきましたね。

人材DBソフトでありそうでなかった?項目カスタマイズ機能は「カオナビ」ならでは

――ほかにも、カオナビならではの機能はありますか?

 そうですね……では、キャンバス機能をご紹介します。簡単に言うと、人材データベースの項目をカスタマイズする機能です。

 既製品の人材データべースソフトなどでは通常、データ項目が固定されていたんです。名前、年齢、性別といった具合ですね。ただ、業種によっては、それ以外のデータも登録したい。例えばアパレル業界だと、身長を入力して管理しておきたいですとか。

 従来であれば、こういったカスタマイズはベンダーが実施していました。当然コストはかかります。

 カオナビであれば、項目のカスタマイズはお客様自身の手で簡単に行えます。恐らく業界初の機能で、カオナビのローンチ初期は特にお客様からのウケが良かった。「顔写真が並び、項目も自由に作れます」――これが鉄板の売り文句でした。

 また、将来的には、OKR(Objective and Key Result)への対応も進めていきます。これは人事評価手法の一種で、日本企業の8~9割が採用するMBO(Management By Objective and self control)の発展版的なもの……と考えれば分かりやすいでしょうか。

 OKRはGoogleが採用した手法としてよく知られ、日本のIT企業を中心にここ1~2年で注目を集めています。カオナビの評価ワークフロー機能でも、今後はOKRによる管理ができるようになる予定です。

人材データベースの項目をカスタマイズできるキャンバス機能

第3段階の“タレントマネジメント”を拡充、大企業にも対応、離職防止の機能も

――カオナビはいま、どれくらいの規模に成長しているのでしょうか?

 現在は約1100社にご利用いただいています。一番多いのが、社員数が数百名程度の会社ですね。というのも、社員数が100人以下の会社ですと、顔と名前の一致がそこまでハードルにはならない。

 一方で、これだけHRテックが注目されるようになっています。ここ1年ほどは、社員数が1000人を超えるような大企業からもお声がかかる機会が急増しました。

 それこそ社員数が数千人の会社となると、今度は定量分析のニーズが高まってきます。現在は、そういったお客様向けの機能開発に力を入れています。(前述の)第3段階にあたるような領域ですね。

――具体的にはどんな機能を実装予定ですか?

 1つはダッシュボード機能です。200~300人規模の会社なら、ページを2~3スクロールさせれば全員の顔が見られます。しかし5000人の会社となると、そうも言ってられません。集計機能がどうしても要ります。男女比、職種の割合、拠点ごとの人数、評価のバランスといったものをグラフやチャートで確認できるようにします。

 社員のスキル管理機能も搭載予定です。大企業で顕著なのですが、「この部署の職員は必ず指定の資格・技能を持っていなければならない」といった規程が存在します。この状況を把握できるようにするもので、“スキルマップ”などとも呼ばれます。

 また、企業の規模の大小に関わらず、離職防止もカオナビの機能になっていくと思います。どの業界も今は人材難です。離職しそうな職員を見つけ、人事部などがいち早く手を打てるようするための機能も加えていきたいです。

パフォーマンス分析画面
マインド分析画面

「JOBX」で人事データベース項目を共通化へ、どんなメリットが?

――昨年夏に「人材データプラットフォーム構想」[*1]を発表しました。

 これはカオナビの利用者が増えていく中で生まれた発想です。先ほどのキャンバス機能と関連するのですが、カオナビはお客様が自由にデータ項目を追加でき、例えばアパレル業界なら店員の身長や体重、IT業界ならばプログラマーが使える言語といった情報を入れています。

 キャンバス機能は本当に自由な機能で、それこそデータベースの専門家でない人事担当者が簡単に項目を追加できます。ただ、それだけに運用ルールは緩い。各社で項目がバラバラになって当然です。

 ただ、皆さんが自由に項目を追加する中で、実際には似通った項目が使われることも多い。「この業界ならば、この項目は必須だよね」といった傾向がハッキリしてきたので、それらの項目をカオナビが公式に、おすすめとしてキチンと提示した方が良いだろう、と。これが「JOBX(ジョブエックス)」フォーマットです。

――項目がある程度統一されると、どんな効果があるでしょうか?

 まずは最初のデータベース構築がラクになりますね。ゼロからフォーマットを作らなくて済みます。

 そして、ベンチマーキング機能も提供できるようになります。カオナビを利用する全社共通ですので、例えば男女比が、業界の平均値と比べてどうなんだろうといった集計ができるようになります。この付加価値は大きいと思います。

大阪・名古屋にオフィスを開設した理由~ネット広告が効くのは東京だけ?

――昨年11月に名古屋オフィスを開設されました。東京と、それ以外の地方では、やはり人材管理にかける意識の違いなどはあるのでしょうか?

 少なからずあるとは思いますね。東京の方が企業数が多い分、人の流動性が必然的に高くなるので、タレントマネジメントに力を入れる企業はとても多くなってきていると感じます。

 東京のお客様は、第3段階のタレントマネジメントに着手するところが増えてきました。ただ、地方のお客様の話をいろいろ聞くと、第1段階のニーズ(顔写真付き従業員名簿としての基本機能)が多くなっています。まずは“顔と名前の一致”から始めようと。

――実際に、地方企業からの問い合わせの件数も増えていますか?

 増えてますね。カオナビの営業スタイルはこれまで、圧倒的にインバウンド型でした。インターネットに広告を出し、それを経由してウェブサイトに訪問してもらい、お申し込みいただく。営業担当者は問い合わせをしてくれた企業へと訪問するので、積極的に営業をかけるアウトバウンド型とは違い、効率は非常に高いです。

 一方、インバウンド型だと、お客様がどうしても首都圏に集中してしまうんです。地方のお客様がインターネット広告や我々のサイトを見ていないと言うか……いや、正確には「カオナビのようなB2B型の商材に関する情報を、インターネットで積極的に集めようというお客様は東京に多い」のでしょう。

 インターネットは世界のあらゆる所に繋がっていますが、情報との接し方はそれぞれ地域によって違う。これは如実に感じましたね。

 ただ、(大阪オフィス開設の際も)オフィスを開設してみると、地方でもカオナビのニーズがしっかりあることが分かってきました。「なぜ問い合わせが来なかったのだろう?」とも考えるんですが、お客様に聞くと「いや大阪にオフィスがなかったので」「知ってたけど、(営業担当者に)会ったことがないから」とおっしゃる方もいて。

 インターネットって、繋がっているようで繋がっていないといいますか……少なくとも現段階では、企業の購買行動がインターネットとうまくリンクしていない。「東京の会社でしょ?」とか言われたりもするので、なにか心理的な溝があるのかもしれません。

タレントマネジメント機能の拡充にAI活用へ、「JOBX」はそのための土壌

――2019年の戦略はいかがでしょうか?

 繰り返しになりますが、カオナビの第3段階、タレントマネジメント機能の拡充ですね。お客様のニーズが多様化し、中小企業から大企業までいろいろな層のお客様がご利用になっています。この状況にきちんと対応していく。

 タレントマネジメントについては、まだ理論だけが先走っている側面もあるので、カオナビは具体的な機能として、提供していきたいと思っています。JOBXフォーマットの普及とあわせて、注力していきます。

 JOBXフォーマットを軸に、外部企業とサービスを連携する取り組みについても始めていて、リクルートキャリアの求職者データベースと繋いだり[*2]、適性検査のSPI3の受検結果をカオナビと連携させることも可能になっています。

 また、AIにも力を入れていきます。ご存じのように、AIをしっかり動かすにはとにかく学習データが重要です。囲碁のAlphaGoが強いのは、棋譜、つまりログを膨大に取り込んでいるからです。

 JOBXフォーマットは、まさに仕様統一されたログデータですから、これを蓄積していけばAI活用の一歩となります。実はJOBXフォーマットは、AI活用のための土壌でもあるんです。

 ですから、カオナビのAI活用が進めば、あるスキルを持っている人が一番活躍できるのはどの企業か、退職しそうな兆候があるのか、プロジェクトを成功させるにはどのスキルを持っている人を組み合わせればいいかとか、そんなレコメンドができるようになると思います。

HRテックにおける「カオナビ」の領域

――HRテック業界全体については、どのように展望していますか?

 業界はまだまだ伸びていくと思います。EC業界が誕生してから20年以上経つと思いますが、それでもECはいまだ伸びている。顧客はみなECが便利だと実感していても、実際に世に浸透していくのは、それだけ時間がかかります。

 HRテックは非常に便利ですし、あって当たり前の製品だと個人的に思います。とはいえ、普及には時間がかかるでしょうから、カオナビに限らず業界は全体的に伸びていくと考えています。もちろん一時的にはパイの奪い合いになり、企業としての離合集散はあるでしょうが、業界そのものは間違いなく伸びるでしょう。