インタビュー

コロナ対応にアバターロボットの可能性、avatarinが埼玉県で実証実験

埼玉県社会課題解決型オープンイノベーション支援事業に参画したavatarinに聞いた

アバターロボット「newme(ニューミー)」に熱画像/温度カメラモジュールを搭載し検温機能を持たせた
【今回のハイライト】
ANAグループのスタートアップ企業が作ったアバターロボットをコロナ対策に応用
タムロン製の熱検知センサーを搭載して体温を測定
熱がある人はアバターロボットが別室へ誘導

 埼玉県および埼玉県産業振興公社が2020年7月から開始した「埼玉県社会課題解決型オープンイノベーション支援事業」が2月26日で終了する。IT/エレクトロニクスの業界団体である一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)が、プロジェクトマネジメントを初めて担当するという点でも注目を集めた同支援事業には、3つのワーキンググループが参加。研究開発や実証実験を進めてきた。

 埼玉県において、最大の社会課題とされる高齢化への対応とともに、新型コロナウイルスによる新しい生活様式にフォーカスした取り組みを行うワーキンググループを選定。県は、道路や集客施設といった実証フィールドを提供するほか、係先や関係法令の調整をサポート。また、埼玉県産業振興公社は、県内企業のマッチングや技術的な助言などを行ってきた。

 埼玉県は、全国トップクラスのスピードで高齢化が進行し、2040年には総人口の3分の1以上が65歳以上になると見られている。こうした社会課題の解決を図るため、県内企業や大企業、研究機関などがオープンイノベーションにより連携および共創することで、革新的な新製品、新サービスを社会実装し、成長産業の創出と社会課題解決の両立を実現することを目指している。

 また、JEITAでは、「JEITA共創プログラム」事業活動の一環として今回の支援を実施。AIや5Gなどに強い全国の企業とのコネクションの提供や、共創プログラムの運営ノウハウを活用しながら、各ワーキンググループの開発、および実証のプロセスをサポートする。JEITAが、地方自治体の技術活用支援事業に参画するのは今回が初めてだ。

 本連載では、3つのワーキンググループの取り組みにフォーカスを当ててみたい。

アバターロボットに検温機能を持たせてコロナ対応

 第1回目は、「アバターロボットを活用した災害に強い社会の構築」に取りの組んだavatarin(アバターイン)株式会社の事例を紹介する。

 avatarinは、ANAホールディングス初のスタートアップ企業として、2020年4月1日に設立。アバターに特化した新事業会社として、アバターロボットの社会実装を目指している。

ANAホールディングス初のスタートアップ企業としてアバターロボットを開発するavatarin

 avatarinが考えるアバターとは、社会課題解決のために考えられた遠隔操作ロボットのこと。ロボティクス、AI、VR、通信、触覚技術などの先端技術を結集することで、遠隔地に置かれたロボットをインターネット経由で操作可能とし、意識・技能・存在感を伝送させることで、人々が繋がったり、コミュニケーションや作業を行ったりすることができる。avatarinではアバターを次世代モビリティだと捉え、人間拡張テクノロジーだとしている。

 今回の支援事業では、ディスプレイやカメラを搭載したアバターロボット「newme(ニューミー)」を利用。埼玉県に本社を置くカメラ用交換レンズメーカーの株式会社タムロンが開発した熱画像/温度カメラモジュールを新たに搭載し、パンデミックで人と人の接触が制限された時の対策や、大規模災害発生時における被害抑制対策や災害に強い経済社会の構築に貢献できる新事業の創出に取り組んだ。

 具体的には、人の多い場所や、感染防止を図るべき場所にnewmeを導入し、非接触で、検温を行い、感染疑いのある人をスクリーニングし、該当者にはアバターロボットを通じて遠隔で声を掛け、誘導。適切に対応を図り、人との接触機会を減らすことを目指した。実証実験を通じて、実利用が想定されるフィールドを活用。ニーズの発掘や導入における課題の抽出、運用イメージの明確化などを狙った。

 avatarinの深堀昂代表取締役CEOは、「埼玉県から声をかけてもらったことが、今回の支援事業に参加するきっかけとなった。埼玉県が、実証実験に向けて情熱をもって準備をしてくれた点には感謝している。また、こうした場を通じて、タムロンとの結びつきが強まり、最新のセンサーをnewmeに搭載することができた。今後、newmeのオプションとして提案することができる」とする。

avatarin株式会社代表取締役CEOの深堀昂氏(左)と埋田卓氏(右)

 今回の支援事業で、avatarinが着目したのが検温である。

 新型コロナウイルスの感染拡大とともに、オフィスや公共施設、イベント会場などでは、検温が感染対策のひとつに用いられている。だが、そこにはいくつかの課題が存在する。

 たとえば、オフィスなどでは固定式の検温設備を用意するケースがあるが、イベント会場など、常設しにくい場所での利用が難しいこと、検温のために人手を介する必要があり、感染症対策としてはリスクがあること、検温に特化したハードウェアが多いため、検温後のオペレーションなどに課題があるといった具合だ。

 「多くの企業が緊急的な措置として、検温システムを導入するが、人手のリスクが考えられていなかったり、汎用性がないためにそれ以外の用途には活用できなかったりといった課題が生まれている。アバターロボットを利用することで、こうした課題も解決できる」とする。

 たとえばnewmeを使って人の検温を行い、問題がなければ目的のフロアに行くためのエレベーターに案内することができる。一定以上の高い体温が検出された場合には、アバターを通じて画面越しに人が対応したり、人と接触しないエリアにnewmeが動きながら誘導したりといったことができる。また、newmeには、様々な機能を実装しており、多言語対応を行うといった機能も有効に利用できる場面もありそうだ。そして、複数のnewmeを、離れた場所から1人のオペレーターで対応できるため、効率的な運用も可能となる。

アバターロボット「newme」に検温機能を持たせ医療現場などでの活用を目指す

さいたまスーパーアリーナで実証実験、ワクチン接種会場での利用も想定

 avatarinでは、今回の「埼玉県社会課題解決型オープンイノベーション支援事業」において、埼玉県の協力によって、2月8日と9日の2日間、さいたま市のさいたまスーパーアリーナで、newmeを用いた実証実験を行った。

実証実験の模様。アバターロボットのnewmeが検温を行う

 1日25人ずつが参加。アリーナに不特定多数の人が集まることを想定し、温度検知を行い、熱があると判断した場合には、newmeが別の部屋まで誘導するというものだ。newmeは検温用と誘導用に、それぞれ1台ずつを用意。人と接触しない形で、検温と誘導を行い、体験者による満足度や、時間あたりの温度検知者数、温度検知の精度なども検証した。

 深堀代表取締役CEOは、「音楽ライブやスポーツが行われるアリーナ会場で実証実験が行えたことで、多くの学びを得た。こうした会場は、今後ワクチン接種の会場として利用されることも想定される。熱検知センサーによる検温の精度を高めるといった課題などが明らかになる一方、newmeが会場内の段差を乗り越えて移動したり、機能の汎用性の高さがオペレーションの上でプラスに働いたり、少ない人数で効率的に業務を実施できることも確認できた。なにが課題で、なにがうまくいっているのかということも理解できた」と、実証実験の成果に手応えを示す。

実証実験では1台のnewmeが検温を行い、熱がある人はもう1台のnewmeが誘導するというオペレーション
newmeのディスプレイにはオペレーターの顔が映し出され、誘導された別室での検温が指示される
オペレーター側の画面

埼玉県の支援事業がスタートアップ企業を後押しする

 また、今回の実証実験に至るまでの経緯についても、支援事業のメリットがあったことを強調する。

 「スタートアップ企業の場合、ビジネスに直結する部分を優先するため、どうしても、時間がかかったり、調整に手間がかかる公共施設などでの実証実験の準備は敬遠しがちになったりしていた。だが、今回のさいたまスーパーアリーナでの実証実験では、埼玉県側が積極的に関与したり、JEITAがハブになって、様々な人たちとつなげてくれたりといったことで、手間がかからずに実現できた。人的リソースが少ないスタートアップ企業にとっては、有効な支援策であった」とする。

 確かにスタートアップ企業が、さいたまスーパーアリーナのような大規模公共施設で実証実験を行うのは、かなりハードルが高いことが容易に想像できる。それが実行に移せたことは大きな成果だ。

 今回の支援事業では、このほかにも医療施設での実証実験が予定されていた。結果的には新型コロナウイルスの感染終息が遅れていることで見送られることになったものの、こうした施設での実証実験も、県や産業振興公社の協力があったことで実証実験フィールドの候補にあがったといえる。

 「avatarinでは、社会的意義や社会課題の解決を重視しているが、スタートアップのスピード感を維持しながら、社会的な場所で実証実験を行うことの両立が難しかった。今後は実証実験の取り組みだけに終わらせず、この成果を生かして実用化につなげることが大切である。そして、埼玉県の人たちに、導入するメリットがあると思ってもらえるように進化させたい。2021年度には、埼玉県内でnewmeが普通に動いている姿をみせたい」と意気込む。

 また、今後newmeを進化させる上で、IT/エレクトロニクス業界の主要企業が参加するJEITAの支援にも期待をしたいという。

会員企業や団体のつなぎ役を担うJEITA

 「汎用性を持つnewmeには、様々なセンサーなどを搭載することができる。また、今後は、量産化することでコストダウンを図ることが普及の鍵を握ると考えており、そうした観点からもJEITA会員企業との連携を模索したい」とする。

 今回の「埼玉県社会課題解決型オープンイノベーション支援事業」を通じて、newmeの社会実装に向けて、大きな一歩を踏み出したといえそうだ。

コロナ禍が加速させるアバターロボットの必要性

 一方、今回の支援事業以外にも、newmeの取り組みは様々な角度から進んでいる。

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、これまでに数台のnewmeを医療施設に無償で提供。2020年2月には、ダイヤモンドプリンセス号で発生した船内集団感染で罹患した患者が入院した病院にも、いち早く導入したという。

 また、災害時にインターネットがつながらない場合のネットワーク接続の実験や、ALS(筋萎縮性側索硬化症)でベッドに寝たきりとなっている方が、視線だけで遠隔地のアバターロボットを操作するといった取り組みも行っているという。

 「新型コロナウイルスの影響によって移動が制限される一方、デジタルを活用してコミュニケーションを行うことが一気に広がった。それとともに、アバターロボットを利用したいといった動きが世界中で見られている」と、深堀代表取締役CEOは語る。

 これまでにも300台のnewmeを利用して、高齢者の見守りや会えない家族との面会、遠隔地の店舗でのショッピング利用などの実験を行ってきた。だが、コロナ禍では、「孫の結婚式に出席できない」「分娩室に入れない」といった用途が顕在化し、そこでもアバターロボットの利用を検討するといったケースが出ているという。

 「医療や介護での利用のほか、博物館の見学、個人商店でのショッピング体験、公共施設や企業の受付業務など、様々な分野での検討がはじまっている。こうした動きが世界各国で見られており、通信インフラが整っていないような国からも問い合わせがある。5年以内にマインドシフトが起こり、利用が促進されると考えていたアバターロボットの世界が、この1年で現実的なものになってきた」と指摘する。

 企業の受付けもアバターロボットを利用すれば出社せずに済み、人との接触機会が減るだけでなく、1人が複数のオフィスの受付業務を担当するといったことも可能だ。このようにアバターロボットの利用が広く検討される時代がやってきたといえる。

 新たな利用事例のひとつとして、「アバターMICE」があるという。

 アバターロボットをイベント会場に設置して、海外からの講演者がこれを通じて講演を行ったり、アバターロボット同士が集まってポスターセッションを行ったり、参加者がアバターロボットを遠隔地から操作して、会場を見て回ったりといった使い方が可能だという。実際に活用してみたところ、積極的な情報交換につながり、アバターロボットがイベント会場を歩くことで、リアルの会場のような、偶然の出会いによる会話が生まれた例もあったという。

 「newmeを、平時は高齢者の見守りや教育分野、観光支援、遠隔診療といった社会課題解決や経済活性化につながるサービスやツールとして利活用する一方で、災害やパンデミックの発生時には病院関係の利用に集中させたり、外出規制時にもアバターを活用して買い物に行けたりといったように、経済活動を止めないための対策にも活用できる。そして、災害時には多言語対応によって誘導したり、離れた地域から災害支援を行ったりも可能になる」とする。

モビリティの新しい形で飛行機に乗らない94%の人にもアプローチ

 冒頭に触れたように、avatarinは、ANAグループのスタートアップ企業として独立したが、深堀代表取締役CEOをはじめとする同社メンバーは、当初から、航空会社のANAにとって、本業である「移動」に関して、独自の視点を持っていた点が見逃せない。

 その前提にあるのが、航空機を利用している人は、全世界の人口のわずか6%に留まり、しかも、それらの人たちもコロナ禍では飛行機を利用しないことが増えているという点だ。

 「ビジネスシーンで、飛行機を使って長距離を移動するのは、体力も使い、身体にも負担がかかり、財務面でも費用が発生する。また、駅や道路、飛行場などが整備されていないと利用ができない。しかも、台風や地震の影響を受けやすく、ウイルスによっても移動が大きく制限されることも分かった。コロナ禍において、移動することが時間の無駄であり、リスクも大きいということにも、多くの人が気づいたのではないか」

 avatarinは、アバターを社会で活用することで、移動における時間の制約やコストの制約、インフラの制約といったものを一気になくし、飛行機に乗る6%の人たちにこれまでにない「移動」の価値を提案するとともに、飛行機に乗らない94%の人にもアプローチできる提案としてスタートしたものである。

avatarinの活動は多岐に渡る

 航空会社という立場から見れば、「逆張り」ともいえる発想だが、そうした考え方に対する世の中の理解が、この1年で一気に進んだのは確かだ。

 「これまでは、『モビリティ』というと、身体が移動することを指していた。だが、『モビリティ』の正しい理解は、身体は移動していなくても、意識や脳が移動をしていれば済むということ。アバターロボットはそれを実現する手段のひとつであり、頭が瞬間移動をして、相手と会ったり、話したりできる。身体の移動によって生まれる数々の制約と無駄が一切なくなった『モビリティ』が実現されている」とする。

 「移動」を事業にしている航空会社を出自としながらも、移動における時間の制約やコストの制約、インフラの制約といったものを無くし、その分、「体験」を増やすことに力を注いでいるというわけだ。

 avatarinがすでに実現した「アバターMICE」も、海外で開かれる国際的な会議のために、飛行機に乗って移動することなく、出席できる提案のひとつであり、まさに移動の無駄を排除したものになっている。そして、国内出張で複数の地方都市を回らなくてはならないという場合にも、いまやデジタルを活用して、都内にいながら、1日で回ることも可能であり、むしろそれが常識になりつつある。

 「移動を快適にすることには限界がある。とくにビジネスシーンでは、移動という負担を無くすことがメリットにつながる。新たなモビリティの姿は、部屋から出なくても、人類がひとつになり、いろんな人と出会えて、つながることである。デジタルの世界も、これまではリアルの世界をいかにデジタルのなかで再現するかといったことに努力をしてきたが、これからはインターネットがリアルの世界に入り、サイバー空間がフィジカル空間につながるといった逆転現象が起こる。アバターさえあれば、宇宙ステーションにも移動できるという世界ができあがっている」とする。

 その一方で、「移動は、プライベートで楽しむものとして残る。家族や友人と一緒に移動する楽しさは無駄ではない」とする。航空会社をはじめとする移動に携わる業界の価値観が変化してくるというのが、avatarinが考える移動の未来だ。

将来的には利用料をスマホの月額+α程度まで引き下げたい

avatarinの可能性を語る深堀代表取締役CEO

 avatarinのアバターロボットであるnewmeは、新たなモビリティの世界を担うツールとして、汎用性を生かしながら進化を続けていくことになるという。

 「newmeは、首振りができるようにしたり、遠隔地からも十字キーで簡単に操作できるようにしたりといった進化を行っている。9月までには現行モデルを大幅に進化させ、もっと自由に使えるようものに進化させたい」とする。

 avatarinとして独立して以降、世界中のエンジニアが参加できる環境が整ってきたことも開発を加速させている理由のひとつだという。

 「いまは本体の月額利用料が10万円未満の水準だが、これをスマホの月額利用+αの水準にまで引き下げたいと考えている。そのためには量産化も必要だ。さらに、いまは室内での稼働だけに対応しているが、将来的には、屋外でどんな気象環境のなかでも動けるものが必要になる」とする。そして、「これまでアバターや、ロボットが普及してこなかったのには理由がある。それと同じことをやってはいけない。avatarinならではの発想とアイデアで事業を進めていく」とも語る。

 スタートアップ企業として独立して2年目に入ろうしているavatarinの、これからの取り組みがますます注目される。