インタビュー

歩く姿を分析して病気を発見! AIとロボティクスが融合した「自動歩行計測システム」とは?

「歩くだけ」で病気発見を目指す、人を追尾するロボット

歩行者を追尾しながら歩行姿勢を測定、病気の発見を目指す
【今回のハイライト】
「より楽にこげる車いす」を開発する測定器、「座る姿勢で、パフォーマンスに差がある」という仮説がもとになっているという
歩行者を自動追尾しながら歩行姿勢を計測するAGV

 埼玉県および埼玉県産業振興公社が、2020年7月から開始した「埼玉県社会課題解決型オープンイノベーション支援事業」では、3つのワーキンググループが新たな事業創出に取り組んでいる。これまで2回に渡ってアバターロボットを使った取り組みと、小型無人搬送車を用いた自動運転の取り組みを紹介したが、今回はWG(ワーキンググループ)3として採択された株式会社RDSの「医療・介護現場での有益な歩行評価を可能にする自動歩行計測システムの開発」について話を聞いた。

 これは、ロボティクスやAI技術を活用し、人を自動追尾するロボットを通じて身体の重心位置を基準とした相対空間座標系を構築するというもの。計測を簡易化し、臨床的に意義が大きい新たな歩行計測システム構築を目指し、将来的には、高齢者の生活支援や病気になる前の未病対策などでの活用を目指すという。

 RDSは、埼玉県寄居町に研究開発拠点を持つ企業。二輪車や四輪車、ロボットなどのインダストリアルデザインをはじめ、クレイモデル、CFRP(カーボン)成形、3Dプリンター、精密5軸機械加工、コンサルティング事業などを手掛けている。自らファクトリーを有していることから、3Dモデリングデータの製作や構造解析を自社でインハウスでものづくりを行っている研究開発型企業である。

 F1のスクーデリア・アルファタウリ・ホンダとパートナーシップを結んでいるほか、車いすレーサー「RDS WF01TR」、シーティングポジションの最適解を導き出す「RDS SS01」、身体データによりパーソナライズされた車いすを実現する「RDS WF01」、ドライカーボン製陸上競技用義足「CR-1」、約310gと驚異的な軽量化を実現した「ドライカーボン松葉杖」などを開発している。

 チェアスキーなどパラスポーツアスリートのギア開発支援にも積極的であるほか、2008年の北京パラリンピックで金メダル、2012年のロンドンパラリンピックで銀メダルを獲得した車いす陸上アスリートの伊藤智也選手とは技術、製品の共同開発を行っており、RDS SS01やRDS WF01TRは、そうした経験のなかで生まれたものだ。

RDSが手がける大型ロボット事業
車いすレーサー「RDS WF01TR」
車いすの最適なシートポジションを見つけるシミュレーター「RDS SS01」
身体データによりパーソナライズされた車いすを実現する「RDS WF01」
圧倒的な軽さを実現するドライカーボン製の松葉づえ

「人は座る姿勢で、パフォーマンスに差がある」そして、車いすを普通の「パーソナルモビリティ」に

 人間の感覚値を可視化して、その人にとって快適な座席ポジションを抽出するのが、シーティングシミュレーターのRDS SS01である。シート部分に触覚センサーを入れ、座る位置を少しずつ動かしながらデータを収集。15個のアクチェーターを使った構造を採用しており、特に日常用の車いすの最適シートポジションの計測が、数分程度でできるため、より多くのデータを収集したり、トライ&エラーを繰り返したりできるのが特徴だ。お尻の形までデータ化しながら、車いすをこぐ際に、最も力が発揮できるポジションや形状を算出。シミュレーションで算出された結果をもとに、伊藤選手は競技成績の向上に向け、より精度の高い練習ができるようになったという。

 RDSの杉原行里社長はRDS SS01について、「人は座っている姿勢によって、発揮できるパフォーマンスに差があるという仮説をもとに、取り組んだもの。大手企業は、エビデンスをもとに動くが、中小企業は仮説をもとに挑戦ができる。もともとは陸上競技用車いすの開発を目的に始まったプロジェクトだったが、2年間は、車体を作らずに、データの収集、解析に取り組んだ。感覚によるパフォーマンスの向上ではなく、誰もが理解できる数字によって、パフォーマンスを可視化した。2016年に一度引退し、57歳となる伊藤選手が、どこまでパフォーマンスを発揮できるかへの挑戦。金メダルへの挑戦ではない」とする。

15個のアクチュエーターにより最適なシートポジションを導き出すRDS SS01

 その取り組みは成果となり、伊藤選手は、東京パラリンピック日本代表に内定している。

 「加齢による体力の衰えはある。しかし、体力のポテンシャルがより高い位置にあれば衰えるレベルが違う。これは健康寿命の増進にもつながると考えている」

 ポテンシャルを高めれば、健康寿命が長くなるという点でも、杉原社長はひとつの仮説を立てて、実証することに取り組んでいるというわけだ。

 また、杉原社長はこんな風にも語る。

 「F1はスピードを競う競技であり、そこにはたくさんの最新テクノロジーがつぎ込まれている。だが、それらの技術は、数年後には、一般車や一般社会にも応用され、安心、安全の高度化につながったり、障害者でも自動車の運転ができるような仕組みを生むことにもつながったりしている。これと同じく、パラリンピックの競技のために生まれた技術が、日々の生活を豊かにし、支援できる製品に生まれ変わる。F1チームをサポートしたり、障害者スポーツを支援したりしている理由はそこにある」

 RDSが取り組む事業に共通しているのは、こうした社会を豊かにしたい、高齢者や障害者をサポートしたいという杉原社長の思いが根底にあるという点だ。

RDSの杉原行里社長

 実は、杉原社長はこんな未来も描いている。

 「車いすを、パーソナルモビリティの形へと進化させることができたらどうだろうか。多くの人がパーソナルモビリティとして利用すれば、車いすに乗っていることが恥ずかしいとか、目立つからいやだといった現在の発想が変わり、多くの人がその姿を見せたいという形に変わる。それに伴って、社会インフラも変わっていくことになるだろう」

 障害者も、健常者も利用する社会になれば、車いすの姿は特別ではなくなる。そして、それは、国内でいえば1億2000万人を対象にしたビジネスに変わることになるともいえる。

歩行している様子を測定し、未病を発見するロボット

 埼玉県社会課題解決型オープンイノベーション支援事業のWG3では、RDSが中心となって「超高齢化社会に求められるAI、ロボットを活用した医療・介護需要の低減」をテーマとした、医療現場や介護現場で有益な歩行評価を可能にする自動歩行計測システムの開発を目指した。同社のほかに、タクモス精機、R2、exiii design、マグネット、make senseが協力企業として参加する。

 具体的には、歩いている人をロボット(AGV=無人搬送車)が追尾し、歩行データを収集。そのデータを様々な領域に応用するというもので、将来的にはRDSが持つデータバンクと照合することで、歩行データからの疾患の発見を目指す。

 つまり、ゴールのひとつとなっているのが、未病を発見できる追尾型歩行解析ロボットであり、研究を通じて、アルゴリズムの改善や、より確度の高い計算式の発見などにつなげるという。

 杉原社長は、「健康寿命を縮める原因には、認知症、脳卒中、関節疾患のほか、骨折や転倒などをきっかけにする場合もあり、これらの原因と密接に関係しているのが歩行になる。国立障害者リハビリテーションセンターの研究成果により、疾患を持っている人の歩き方には一定の特徴があることが分かっている。RDSでは、それに関する多くのデータを蓄積し、区分しており、その成果を生かすことになる」とする。

 このプロジェクトは、国立障害者リハビリテーションセンターの研究成果を活用するものとなる。RDSでは、RDS SS01を同センターに設置した経緯があり、そのつながりのなかで、人の二足歩行や立位姿勢のメカニズムの解明などに取り組んでいる河島則天室長と出会い、新たな研究を開始した。

 「テクノロジーを活用し、高齢化の問題や医療課題の解決を目指すという点では、これまでRDSがやってきた事業や研究とはかけ離れていない」と、杉原社長は語る。

 歩行データを収集する場合、人にマーカーを装着して、高精度に測定する光学式動作解析システムなどもある。しかし、そうしたケースでは詳細なデータは収集できるものの、必要な設備が高額であり一人当たりの測定準備にも手間がかかる。その結果、実施できる人数が限られてしまい、様々な人のデータを収集できないという課題がある。また、慣性センサーを活用した簡便式では、データ収集の空間には自由度があるものの、その一方で、データの精度には課題が残る。

 今回のプロジェクトでは、AGVが人を追尾するだけで簡便にデータが収集できるようにしながらも、高精度なデータが取れる光学式動作解析などに対して、遜色ないデータ精度を目指すものである。ここには、RDS SS01などで培ったデータ収集のノウハウ、アルゴリズムの考え方なども一部活用しているという。

歩行者を追尾しながら計測することで測定を容易に。その結果集められるデータ量も増え、それによってデータの価値も高まる

埼玉県の事業支援をきっかけに実証実験の場を広げたい

 RDSでは、2019年からこのプロジェクトをスタートし、国立障害者リハビリテーションセンター内でのデータ収集活動を行ってきたが、これまでにも強いつながりがあった埼玉県および埼玉県産業振興公社からの提案もあり、2020年7月から「埼玉県社会課題解決型オープンイノベーション支援事業」に参加した。

 杉原社長は、「実証実験を行える場所をより広げることで、多くのデータが収集できることを期待した。様々なデータを収集できるということは、このプロジェクトにとって、大きな価値を生む。もちろん資金的な援助もとてもありがたいが、そうした観点での実証フィールドの支援はありがたい」とする。

 スタートアップ企業や中小企業では、公的な場所での実証実験が行いにくかったり、それを行うまでの手続きに時間がかかったりするなど、実験フィールドの確保することへのハードルの高さが課題となっている。とくに、今回のプロジェクトのように、データ収集が重要な要素となる場合であれば、より多くの場所で実証実験やデータ収集活動を行いたいという要望が高まる。

 埼玉県および埼玉県産業振興公社が支援体制を敷くことで、こうした課題の解決にもつながるというわけだ。

 実は今回の支援事業のなかでも、埼玉県庁内の廊下や、病院、スポーツ施設などでの実証実験の提案があったというが、残念ながら、新型コロナウイルスの感染が拡大してきたことで、実現しなかったという。

 杉原社長は「今回の結びつきをきっかけに、特定の町や村などの協力などが得られれば、老若男女に渡って幅広いデータを収集できるのではないか」とするほか、「実証実験だけで終わらせるのではなく、出口戦略やブランディング、対外的な露出などにつなげるところでも協業する機会があればありがたい」と期待する。

 一方、IT/エレクトロニクス業界などの企業が数多く参加する一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)も、「JEITA共創プログラム」事業活動の一環として、今回の支援事業に参加しているが、「JEITAに参加している多くの企業と結びつきができるきっかけが生まれ、会員各社が持つノウハウやリソースを活用する形での連携を、今後期待したい」とも語る。

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、今回の支援事業のなかでは、実現できなかった部分も多いが、新たに構築した関係をもとに、継続的なつながりを生かした協業にも注目したい。

現在はフェーズ1、データを集め、活用できる環境を目指す

 事業支援の内容は限定的だったとはいえ、埼玉県社会課題解決型オープンイノベーション支援事業がスタートした2020年7月以降、RDSが取り組んでいるこのプロジェクトは、着実に進化を遂げている。

 データ解析やアルゴリズム構築といった中核となる領域においては、すでに一定の水準まで完成。さらに、支援事業に参加した協力企業との連携で、人に追随してデータを収集するAGVの改良、データ収集品質の進化、ブロックチェーンを活用した信頼性の高いデータ管理システムの構築などが進められている。

 このプロジェクトに多くの企業が参加しているのは、杉原社長のビシネスのやり方にも共通する。

 「得意分野を持った人たちが集まり、お互いにできないことを補完することで、新たなものを作りあげ、目標を達成することができる。人気漫画のONE PIECEと同じ。それぞれが参加する目的や得意分野は違うが、方向が一緒であれば、力を何倍にも大きくすることができる」と笑う。

 AGVの改良では、この半年間で、試作機は3世代も進化させ、データ取得に向けた実験を行っている。これは、設計、開発のエンジニアを擁し、生産工程を兼ね備えるRDSならではのスピード感が発揮された部分だ。

 「ロボットには、様々なセンサーを搭載している。また、画像処理のために高性能CPUも搭載している。さらに、エンジニアの努力により、振動によるカメラやセンサーなどへの影響も低減した。被験者側は普通に歩いているだけで、ロボットが様々なデータを収集することができる」としながらも、「だが、より精度の高いデータを収集したり、一度に多くの種類のデータを収集したりといった改良は、まだまだ進めていかなくてはならない。価値のあるデータを収集することが大切であり、改善の余地は大きい。さらに、ブロックチェーンを活用したシステムを構築することで、より多くの人たちが安全に利用できる環境も実現できる。データを取得するだけでなく、データを制御し、データを活用できる環境をすることが大切。そこに取り組んでいる段階だ」とする。

AGVにはカメラやLiDARを搭載。人の追尾と体の動きの計測の両方に活用する

 現在は、フェーズ1の段階であり、ロボットへの改良をさらに加えることで、収集するデータの精度向上と測定プロセスの合理化を実現。複数の病院に導入して、毎日精度の高いデータを収集する仕組みまで構築する考えだ。

 「今年夏頃までに、病院に実装して、データの収集を加速するとともに、ブロックチェーンを活用したプラットフォームを完成させたい」と意気込む。

課題があるということは幸運だと考える

 杉原社長は、「日本は課題先進国。だが、そのマイナスをプラスに変えていく発想が必要」と提言する。

 「日本は先行して超高齢化社会を迎えるが、それはハード、ソフト、サービスを先行して開発でき、横展開できるということでもある。誤解を恐れずにいえば、これはアンラッキーではなく、ラッキーと捉えるべき」と、杉原社長は前向きに見る。

 日本のなかでも、埼玉県は、全国トップクラスのスピードで高齢化が進行し、2040年には総人口の3分の1超が65歳以上の高齢者になると予測されており、それに伴って、介護や医療の需要も増大すると考えられる。さらに、人口1万人あたりの医師、看護師が日本で最も少ないという課題も同時に抱えているという。

 そのフィールドを実験の場として活用する今回のプロジェクトは、高齢化社会に対して、大きな貢献ができるとする。

 たとえば、高齢者の歩き方を分析し、データと照らし合わせれば、今後、転倒する可能性が高いことを予見できるようになるという。

 「このままでは、いつか転倒するということが、5割の確率でもあれば、家族に通知したり、杖を渡したり、歩くために必要な筋肉をつけたり、使っていない可動域をトレーニングするといった対策が可能になる。また、トレーニングをしておけば、転倒した際に危険度が少ない転び方ができる。あるいは、企業との連携で、最適な靴を作ったり、選んだりといったことにもつなげることができる。高齢者は転んだことをきっかけに、動くことが少なくなり、それが原因で認知症につながる場合もある。健康寿命を伸ばすためにも高齢者の転倒防止は重要なポイント」とする。

 さらに、転倒防止以外にも、歩き方の違いから疾患の可能性を発見し、未病対策にも活用できる未来が来るという。

課題があることはラッキーだと捉えるという杉原社長

 「医療従事者が活用することで、歩き方を目安にした新たな健康診断の形や、健康指導の姿を提案したい」とする。

 収集したデータは、医療分野だけでなく、企業にも提供することで、そこから様々な製品の開発や、サービス展開が始まるといったことも可能であり、ここにも社会課題の解決と、ビジネスチャンスの広がりがあると見る。

 例えばRDS SS01では、計測データをもとに車いすのシートポジションなどを調整、調整前は最高でも2km/hでしか走行できなかった車いす利用者が、10分の調整後は6km/hまで出せるようになった実績もあるとする。つまり、最適なポジションをもとに、それあわせたトレーニングやリハビリテーションを⾏うことで、よりポテンシャルを⾼めることができるというわけだ。また、RDS SS01では、3Dプリンターに活用できるSTLデータ(3次元形状)として出力できるため、個人に合わせた専用シートの成型などもすぐにできる。

 これと同じような世界が、今回の歩行評価を可能にする自動歩行計測システムの開発でも実現されることになる。

 「今後は、当たり前の生活をしながら、当たり前にデータを収集できる世界を目指している。データをもとに、それぞれの人に、最適化したレコメンデーションができる世界を作りたい」

 杉原社長が描く夢は大きい。今回のプロジェクトは、それを実現するために重要なひとつのピースだといえる。