インタビュー
JR東日本の全路線の状況と人流・気象をリアルタイムに可視化、過去まで見られる業務システムがCEATECで特別公開
CEATEC初出展のポイントを聞く、空飛ぶクルマ、メタバース、過去車両のVR化まで……
2023年10月13日 06:55
10月17日~20日に幕張メッセ(千葉県千葉市)で開催される「CEATEC 2023」。会場でとくに注目を集めると予想される展示のひとつが、東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)による「JEMAPS」だ。
JEMAPSは、JR東日本管内で運行する全列車の位置や各列車の人流を地図上でリアルタイムに可視化するとともに、駅の人流や施設情報、気象・災害情報などもひとつの画面で見られるシステム。
現在の状況を一目で把握できるだけでなく、過去のデータもさかのぼれるため、障害対応の役にもたっているという。
こうした最新の業務システムだが、これまで一般公開の機会は少なく、鉄道ファンはもちろん、Society5.0を実現する上で重要となる“デジタルツイン”の可能性を模索する来場者からの関心も大いに集めると思われる。
JR東日本によるCEATECへの参加は今回が初となるが、鉄道会社であるJR東日本が一体なぜCEATECに出展するのか。その狙いや意図、そしてJEMAPSを中心とした展示内容の詳細について、同社イノベーション戦略本部 デジタルビジネスユニットの湯浅光平氏と神谷柾志氏に話をうかがった。
JR東日本が取り組むイノベーションへのチャレンジを社内外に広く発信
――今回、CEATECに初出展する意図を教えてください
[湯浅氏] 当社グループの経営ビジョン「変革 2027」では、すべての人の「心豊かな生活」の実現に向けて外部の技術や新しい技術を積極的に活用することを表明しており、その一環としてイノベーション戦略本部ではJR東日本がもつリアルなネットワークとテクノロジーを掛け合わせた数々のイノベーションにチャレンジしています。
その中でDX推進をスピード感を持って進めていくためには、様々なアセットをお持ちの社外の企業の皆さまとの協力・共創が必要不可欠であると日頃から認識しており、私たちが所属するデジタルビジネスユニットでは、社内外の多様な組織とのオープンイノベーションやアライアンスにより、社内外の知見や各種データなどのアセットを活用して社会課題の解決に取り組んでいます。
一方で、当社は「鉄道会社」のイメージが非常に強く、このようなチャレンジが十分に認知されていないとも考えており、まずは当社の取り組みを世の中の皆さまに知っていただきたいと考えています。
CEATECは業種、業界を問わず優れた技術を有する企業が数多く出展するイベントで、来場者数も日本有数の規模であり、当社の取り組みを少しでも多くの皆さまに発信する舞台として、この上ない場であると考えています。さらに、経済発展と社会課題の解決を両立する「Society 5.0」の実現を目指してあらゆる産業・業種の人と技術・情報が集い、「共創によって未来を描く」というCEATEC2023の開催主旨にも共感したため、初めての出展を決めました。
――CEATECへの出展を通じて期待していることは何でしょうか?
[湯浅氏] JR東日本の取り組みを社外に広く発信し、当社の社会的な取り組みの周知を図ることで企業価値の向上を実現したいと考えています。
せっかくイノベーションへのチャレンジを行っても、それを社内だけに留めておくのでは、マスでは広がらずボリュームも出ないためコストが高くなってしまい、結果的に社会実装まで至らず社会課題の解決にはつながりません。そのため、イノベーションを加速させていくには、時代の先を見据えた、変革の意思と確かな技術力を有するビジネスパートナーが不可欠であるとの思いがあります。
同時に、当社には多くの多種多様な社員がいるため、社内的にも周知を図ることで、社内が持つアセットの活用にもつながることを期待しています。
JEMAPSに空飛ぶクルマ、人流分析、メタバース、過去車両のVR化……Society5.0の実現につながる5つの展示
――今回の出展内容を教えてください。
[湯浅氏] 今回の出展にあたっては、CEATEC2023の開催趣旨であるSociety5.0の実現を目指し、あらゆる産業・業種の人と技術・情報が集い、「共創によって未来を描く」のテーマに併せて、鉄道事業に直結するものから次世代を見据えた新しいチャレンジまで幅広く展示します。
ラインナップは、鉄道ビックデータと災害・気象・交通・施設の情報を可視化する「JEMAPS」、秋葉原駅をリアルに再現した世界初のメタバース・ステーション「Virtual AKIBA World」、Suicaの統計データを活用した人流分析レポート「駅カルテ」、空飛ぶクルマのVRコンテンツ「空飛ぶクルマ VR」、消えゆく車両を3Dデータ化した鉄道車両デジタルアーカイブ「車両 VR」の5つを展示します。
――「Society 5.0」という枠組みの中で、御社が担う役割はどういうものだと考えていますか?
[湯浅氏] JR東日本は現在エリア内に1681駅を有し、1日に約1459万人ものお客さまにご利用いただいています。このような鉄道と駅を中心としたリアルなアセットやネットワークを保有していることが当社の唯一無二の強みであると考えており、リアルなアセットやネットワークとデジタル技術を掛け合わせることで、鉄道の運行に関するデータやSuicaのデータなど、様々なデータが日々大量に蓄積され、デジタルネットワークを構築しています。
例えば今回出展するJEMAPSやVirtual AKIBA Worldなどは、まさにSociety5.0を実現するためのシステムそのものでもあると認識しています。当社は鉄道のリーディングカンパニーであると自負しており、当社が様々なアセットをお持ちの社外の方々との協力・共創を深めてDXを推進し、社会課題の解決をリードしていくことでSociety5.0を強力に推進する役割を担えるのではないかと考えています。
鉄道の運行状況、混雑、気象・災害を集約した「究極のデジタルツイン」プラットフォーム過去のデータも確認可能
――出展の目玉である「JEMAPS」の概要と見どころを教えてください。
[神谷氏] JEMAPSは、世界最大の鉄道ビックデータと災害・気象・交通・施設のデータを丸ごと乗せた究極のデジタルツインプラットフォームで、2022年6月に完成しました。JR東日本の社員であれば、会社から貸与されているパソコンからアクセスすることで全社員が利用できます。
今回の展示では、鉄道博物館などでも不定期で一般のお客さま向けに公開しているデモ用のリアルタイムマップだけでなく、当社社員が実際の業務で使用している、情報量の多いマップを展示します。
さらに、幕張メッセの最寄り駅である海浜幕張駅をご利用される方のお役に立てるように、会場内の休憩スペースやプレスルームにもデモ用のリアルタイムマップを確認できるモニターを設置し、京葉線に関する情報を提供する予定です。
JEMAPSでぜひご注目いただきたいのが、JR東日本管内の全路線の列車(データ取得が可能なもの)がリアルタイムに地図上を走行している点です。首都圏エリアなど一部路線では列車の混雑情報も可視化されており、3Dで視覚的にわかりやすいビジュアルで表示します。
さらに同じマップ上に防災・気象情報を重ね合わせることができ、多様なビッグデータをひとつの地図上で表現しています。そして、これらの情報は「現在」だけでなく、過去にさかのぼって見ることも可能です。
――列車の位置情報や人流データはどのように取得しているのでしょうか?
[神谷氏] 列車の位置情報は、線路沿いに一定間隔で設置された地上装置と車上装置による通信で現在地を把握する運行管理装置から取得しています。取得できるのは列車が「駅にいるか」「駅間にいるか」という情報で、その情報をもとにおおよその位置を地図上で描画しています。
列車内の混雑データは、車両のバネの沈み込みで重量を測定する機器があるため、この重量をもとに乗車人数を推定し、列車の現在地を示す棒状のアイコンの高さで人数の多さを表しています。
また、乗車人数とは別に、自動改札の通過した人数も計測しており、駅ごとの混雑情報に反映しています。
――膨大なデータを集めて処理するシステムだと思いますが、苦労した点を教えてください
[神谷氏] 列車の運行情報は複数の異なるシステムから取得するため、データの形式が統一されておらず、形式を揃えるなど情報の統合に大変苦労しました。
また、膨大な情報をひと目で把握できるデザインの検討や、ウェブブラウザ上で滑らかに動かすための工夫も大変でしたし、クラウドを利用しているため作り込むほどにコストがかかってしまうため、データ量をいかに減らすかという点にも苦労しました。
――なぜこのようなシステムを作成し、公開しようと考えられたのでしょうか?
[神谷氏] JEMAPSの起点は「鉄道の安全・安定輸送やお客さまや社員の安全を守る」という考え方です。
そうした考え方で始まったJEMAPSですが、新型コロナウイルスの感染拡大や縮小を経験する中、弊社は、鉄道の混雑状況と人流の相関性を目の当たりにしました。
そこで出てきたのが、このような「当社だからこそ取得できる情報」を当社の中だけに留めておくのではなく、様々な方々にご利用いただき、経済発展や社会課題の解決に結びつけていただきたい、という想いです。
今回のCEATECでの一般公開を通じて、様々な業種の方々の意見を頂戴し、共創の可能性を探っていきたいと考えています。
もちろん鉄道の運行状況をわかりやすい形で提供したいという想いもありましたし、鉄道が人の流れ……つまり経済活動にどれだけインパクトを与えるのかを目に見える形で示すことで、鉄道に関する興味を持っていただきたいという思いもあります。
鉄道博物館での一般公開では、学校の先生や塾の講師の方から「社会や経済の教育に使えるのでは?」という声をいただいたこともあります。
――このシステムをどのように活用してほしいとお考えですか?
[神谷氏] 様々な事業の課題解決、そして経済発展のためのアイテムとして将来的に活用していただきたいです。
そのためにどのような機能・情報の追加が必要であるかといった声も、CEATECなどの場をお借りして収集していきたいです。
展示ブースにも、産官学、業種や分野を問わず、どのような立場の方にもお越しいただきたいですし、地図と鉄道、そして気象・防災のデータをベースとしてどのようなアイディアが生まれるか、ぜひお話したいです。
――Society5.0の中でJEMAPSのようなコンテンツはどのように社会に役立つとお考えですか?
[神谷氏] 鉄道の運行情報を可視化することにより、人々のシームレスな移動をサポートしていくことに役立てていきたいです。
例えばJEMAPSを全社員に向けて公開したことにより、遅延が発生したときにどの列車に影響があるかがひと目でわかるようになり、お客様を最寄りの駅に連れていくにはどうすればいいのかすばやく検討できるようになりましたし、防災訓練などにも活用しています。
近年激甚化している災害に対応するためには、気象・防災関連の情報も社会貢献性が高いと考えており、これらのベースとなるデータに他の情報も重ね合わせることで、様々な課題解決や発展に繋がると考えています。
様々なデータを掛け合わせることがJEMAPSの目指す姿であるため、社内外のシステムやデータとの連携を検討し続けていきたいと考えています。
また、一般のユーザー様向けにアプリ化するということも検討しています。実用目的、というのもありますが、ひたすら眺めているだけでも楽しいですし、鉄道博物館での公開時は1時間でも2時間でもずっと食い入るように見続ける方もいらっしゃいました。鉄道が好きな方に楽しんでいくためのツールとしての提供の仕方もこれから検討していきたいです。
秋葉原駅と周辺をメタバースに再現した「Virtual AKIBA World」
――それでは、他の展示についても聞かせてください。まず、Virtual AKIBA Worldとはどのようなコンテンツですか?。
[神谷氏] Virtual AKIBA World(VAW)は、世界初の「メタバース・ステーション」として開業した仮想空間上の駅です。
株式会社HIKKYが開発したWebメタバース開発エンジン「Vket Cloud」を採用しており、リアルの秋葉原駅や駅周辺エリアを再現したオリジナルのメタバース空間の中で、リアルの駅ではありえないようなバーチャル空間ならではの魅力的なコンテンツを楽しめます。
開業当初より「シン・ウルトラマン」などの「シン・ジャパン・ヒーローズ・ユニバース」とコラボレーションしており、VAWは別名「シン・秋葉原駅」として開業しています。リアルさながらに再現された駅空間で、改札を通過したり電車に乗ったり、秋葉原駅周辺を歩いたりするなど、さまざまな体験ができます。
――どのぐらいの範囲で、また、どの程度の細かさで再現されているのでしょうか?
[神谷氏] 秋葉原駅の1、2番線ホームから電気街口改札の一部、電気街口駅前広場、中央通りの一部を再現しています。山手線の電車は車内の中づりや車内モニター、車両番号の細かな表記まで忠実に再現。その他、ホーム上の案内表示や券売機のボタンも実際のものに限りなく近づけています。
当社グループの経営ビジョン「変革 2027」では、「くらしづくり」の実現に向けて「Beyond Stations 構想」を掲げており、駅の役割を「交通の拠点」からヒト・モノ・コトがつながる「暮らしのプラットフォーム」へ転換することを推進しています。
そのモデル駅の一つとして、秋葉原駅では「情報・文化」「暮らし」「まち」「世界」とつながる施策を展開し、駅全体のメディア化を目指しており、VANはリアルとバーチャルを融合させた施策のひとつとして提供しています。
――想定している使い方などはありますか?
[神谷氏] VAWの中に友人とアバターで集まっておしゃべりしたり、みんなで一緒に自撮りしたり、離れていてもリアルさながらのコミュニケーションを楽しんだりする場としてVAWを利用していただきたいと思います。
秋葉原の街をおしゃべりしながら街ブラしているような感覚で楽しんでいただき、リアルの秋葉原に行きたいと思ってもらえた際には当社の鉄道を利用して秋葉原の街に来ていただけると嬉しい限りです。
展示ブースではPR動画や説明パネルとともにVAWにアクセスするためのQRコードを掲示しますので、秋葉原が発信するポップカルチャーによってパワーを貰える方、秋葉原が好きな方、メタバースやVRに興味のある方など幅広く来ていただきたいですね。
Suicaデータをもとに駅を起点とした人の動きを分析
――では、次に駅カルテについて聞かせてください。
[神谷氏] 駅カルテはSuicaの統計データを活用した人流分析のレポートです。
「駅をSuicaで利用する人の実態が分かる」「その駅の通勤・通学圏や商圏が分かる」「過去からの変化が分かる」といった点が特徴で、Suicaを利用するお客さまが駅の改札を入出場する際に記録されるデータを用いて、お客さま個人が識別されないように統計処理することで作成しています。
データ使用を希望されないSuicaご利用のお客さまについては、集計から個別にデータを除外させていただきます。
――IC乗車券の乗車履歴をもとにした人流データは、他の人流データと比べてどのような違いや特徴がありますか?
[神谷氏] Suicaの統計データをもとにした人流データは、駅を起点とした人の動きを把握できるのが他の人流データとの違いで、「通勤・通学なのか」「いつ来て、いつ帰るのか」「どこから来ているのか」などのデータから駅の利用のされ方を把握し、駅利用者層と事業のターゲット層のマッチング等を確認できる点が特徴です。
プロモーション対象エリアやターゲットの選定を検討されている方、イベントの効果測定をされたい方、通勤住民のピーク時間帯から営業時間を決定したい方、来訪者の発地調査をされたい方、エリアマーケティング戦略策定をされたい方、商圏・市場分析をされたい方、通勤・通学圏調査をされたい方などにぜひご利用いただきたいと考えています。
展示ブースではレポートのサンプルなどをご覧になれますので、このようなニーズをお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひご来場ください。
鉄道会社がなぜか?注目する「空飛ぶクルマ」の体験VR歴史的鉄道車両のVR体験も
――「空飛ぶクルマ」のVRの展示もありますが、これはどういったものなのでしょうか? そもそも「なぜ、鉄道会社が空飛ぶクルマなのか?」とも思うのですが……
[神谷氏] この展示は、空飛ぶクルマの実用化を見据えたVRコンテンツで、展示ブースでは空飛ぶクルマへの搭乗を、VRグラスを使って体験していただけます。
1回6分ほどの体験時間で、我々が考える「空飛ぶクルマの利用シーン」を再現しているのが見どころです。具体的には、駅前を空飛ぶクルマが行きかう様子や駅ビルのポートでの待ち時間、上空からの遊覧などを体験いただけます。
体験いただけると、「なぜ鉄道会社が?」という疑問も解消いただけると思うのですが、当社は今後のモビリティとして、空飛ぶクルマと、駅など当社アセットの連携を注目しております。未来のエアモビリティについて、検討している方々にはぜひお越しいただきたいですね。
――なるほど……それでは車両VRの展示内容と見どころを教えてください。
[神谷氏] この「車両VR」では、JR東日本管内では引退している115系電車をフォトグラメトリで3Dモデル化し、VRコンテンツとして出展します。
「空飛ぶクルマVR」と同じく、VRグラスを使って体験するものですが、こちらは特に臨場感を重視しておりまして、車両の傷や経年劣化についても実物を見ているような体験が可能です。
こうした取り組みの背景ですが、当社は歴史的な価値のある鉄道車両を多数保持していますし、今後も増えていくと思われます。現在は、リアルな場所で展示・保管していますが、今後、保管場所や維持経費などの都合で保管をあきらめざるを得ないこともあり得ます。そこで、それら課題へのアプローチとして、デジタルでの保管や活用を検討している、という次第です。
鉄道好きの方はもちろん、文化的価値のある資産のデジタル化などに興味のある企業・団体の方にもお越しいただきたいですね。
「JR東日本がこんな取り組みを?!」とギャップを感じてほしい
――最後に一言、お願いします
[神谷氏] イノベーションに関する当社のチャレンジを、ご来場の皆さまや、ともに出展される企業の皆さまに知っていただき、ぜひ共感していただきたいです。
また、「JR東日本ではこのような取り組みもやっているのか!?」と良い意味でギャップを感じていただき、お互いに良い刺激があるといいと思っています。当社としても、他の出展団体の素晴らしい技術や、来場者との意見交換に刺激を受けて今後のイノベーションを加速させていきたいです。
[湯浅氏] イノベーションを加速させていくには、時代の先を見据えた、変革の意思と確かな技術力を有するビジネスパートナーが不可欠です。
そして、CEATECはそういったビジネスパートナーとの出会いの場としてこの上ない舞台だと思っております。このような当社の思いに共感いただける方々や当社との共創にご興味を持っていただける方々は、ぜひ当社ブースへお越しいただきたいと思います。
みなさま、よろしくお願いいたします。