インタビュー
「モアレ画像で“たわみ”測定」「座ったままで転倒リスク判定」「匂いが出るVR」――社会実装へ、産総研が本気の挑戦
いったい何のための新技術? CEATECで担当研究者が自ら解説、来場者が体験できる展示・デモも
2026年10月6日 07:45
ロボットを動かすための、『共通の言葉』をつくりました。
長期保管するしかない放射性廃棄物が、未来の『長寿命バッテリー』になるとしたら?
――大きく掲げた印象的なキャッチコピーと担当研究者の写真が目を惹く産総研の「CEATEC 2026」出展ブース(ホール4 ブース番号4H621)では、いったいどんな展示が見られるのだろうか?
10月13日~16日に幕張メッセ(千葉市美浜区)で開催される「CEATEC 2026」に、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)が出展する(ホール4 ブース番号4H621)。昨年は量子・AI技術のテーマに絞ったシンプルな展示ブースだったが、今年は「人口減少・高齢化社会を再設計するテクノロジー」をテーマに、研究成果ごとに担当研究者の写真が大きく掲げられ、各研究成果の概要を簡潔に説明したキャッチコピーが目を惹くブースとなる。研究成果を体験できる展示も用意される。
単なるパネル展示ではなく、研究者それぞれの“顔”を前面に打ち出す展示となる今年の産総研ブース。その狙いと見どころについて、産総研の宮崎歴氏(理事/ブランディング・広報部長)と、濱川聡氏(上級執行役員/研究戦略本部 本部長代理)に話を伺った。
昨年の「日本の産業競争力強化」から、今年は「社会課題解決」へ。11の研究成果で伝える“産総研らしさ”とは
産総研のルーツは1882年に創設された農商務省地質調査所にあり、140年以上にわたり日本の経済・社会の発展に寄与するための研究活動を続けてきた。2001年に複数の研究所が統合・再編されて独立行政法人として発足し、2015年の法改正にともなって国立研究開発法人となった。
産総研という組織名になってから今年で25周年を迎える同研究所は、現在、約2200人の研究員と6000人以上の外部人材が活躍。全国各地に12の拠点を持つ国内最大級の公的研究機関として、基礎研究だけにとどまらず、多くの企業と連携しながら社会実装を意識した幅広い研究活動を行っている。
CEATECには継続して出展しており、以前は研究領域ごとに個別に出展していたが、2023年からは産総研として統一したブースを出展している。
「CEATECは、私どものステークホルダーである企業の皆様が多数来られる展示会であり、経営層も多く来場されます。ここに参加することで産総研の認知度を高めるとともに、学生やエンジニアの来場者も多いので人材獲得においてもアピールにつながると考えています。そのような幅広い来場者に対して産総研の活動を紹介することで、ステークホルダーの皆様に産総研を理解していただき、ともに研究成果の創出に取り組むパートナーになっていただくことを目指しています」(宮崎氏)。
産総研には2つのミッションがある。1つは「日本の産業競争力強化」、もう1つは「社会課題解決」だ。
昨年のCEATEC 2025では、日本の産業競争力強化に資するために、次世代を作る産業技術として2023年7月に設立した「量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)」にフォーカスしてその取り組みを紹介した。対して今年は、もう1つのミッションである社会課題解決にフォーカスし、これまで培ってきた産総研の技術の「社会実装」に向けた取り組みを意識した展示を行う。
「産総研は多種多様なテーマについて総合的に研究していますので、今回はその姿を見ていただくことを狙いとしています。非常に多様な研究フィールドをカバーした11の研究成果を展示することで“産総研らしさ”を伝えたいと考えています。
研究所の展示というと、どちらかというと『皆さん、私たちの研究シーズを使ってください』というアプローチになりがちですが、産総研の場合は現場の課題に対してしっかりと向き合い、企業の方たちと事業化まで伴走する取り組みを展開していますので、そのような姿勢をぜひ見ていただきたいと思います」(宮崎氏)。
研究成果だけでなく“人”を見てもらいたい。研究者の思いを伝える“キャッチコピー”を前面に
濱川氏によると、産総研ブースの見どころの1つは、展示ごとに担当の研究者が常駐すること。「それぞれの研究成果に対して、どのような思いを持ち、どのようなビジョンを持って取り組んでいるのかを研究者が自ら伝えることによって、研究だけでなく“人”も見てもらいたい」と濱川氏。各ブースには、研究内容を解説するパネルだけでなく、研究成果の概要を簡潔に説明するキャッチコピーと、研究者のポートレート写真が大きく掲示される。これは今までの産総研ブースにはなかった試みだ。
11の研究成果のキャッチコピー
- 現場以上の体感へ。
- ロボットを動かすための、『共通の言葉』をつくりました。
- 実験管理からデータの評価まで、スマホひとつで部材開発。
- 『ドローンの目』で、インフラの安全をミリ単位で見守る。
- 長期保管するしかない放射性廃棄物が、
未来の『長寿命バッテリー』になるとしたら? - ぺらぺらのシールが、多彩な触覚をデザインする。
- がんばる健康は、続かない。
だから、いつのまにか健康になる仕組みを作っています。 - ウェルビーイングを、世界共通の当たり前にする規格。
- 香りを手掛かりに、VR空間を探索する。
- 一滴の唾液でウイルスチェック。簡便検査でまん延防止。
- 細胞レベルで見抜く。
手のひらサイズのチップが、病気のリスクを早期に捉える。
「昨年はほぼ解説パネルの中にしか文字がなかったのですが、今年は壁にテキストと研究者の写真を入れることにしました。ブース内に入らなくても、産総研はこのような挑戦をしているんだというメッセージが、通路を歩きながらでも伝わるようにしています。ただし、多くの文字を入れてもなかなか読んでいただけないので、キャッチコピーというかたちで研究成果ごとに簡潔にまとめて掲示します」(宮崎氏)としている。
ブース入り口付近には一際大きい文字で「見えない未来を、見える未来へ。産総研が隣にいる。」というメッセージが掲示される。これは産総研の提供価値をステークホルダーに対して分かりやすく伝えるために制作した「産総研ブランドストーリー」のメッセージであり、研究の初期フェーズから事業化フェーズまで企業のパートナーとして寄り添うという産総研の“覚悟”を伝えるためのメッセージだ。
また、産総研では約3年前から、研究者を紹介するための「研究者カード」を用意しており、これまで350種類の研究者カードが制作された。このカードは研究者がガッツポーズなどをした写真とともに、取り組んでいる研究内容や好きな作業、気分転換の方法などが記載され、トレーディングカードのようなデザインに仕上げられている。
昨年のCEATEC 2025では、産総研ブースを訪れた来場者にこのカードが特典として配布された。今年の産総研ブースでは、このような「人を見てもらいたい」という思いをより強く打ち出している。研究者カードは今年も配布されるとのことだ。
人口減少・高齢化社会で「いつまでに何をしなければならないのか」。2025年新設の「実装研究センター」で課題解決に取り組む
「社会実装」を重視する産総研は、その特徴をさらに鮮明に打ち出して取り組みを加速するために、2025年4月、新たに「実装研究センター」を設立。「CCUS」「サーキュラーテクノロジー」「ネイチャーポジティブ技術」「次世代ものづくり」「ウェルビーイング」「セルフケア」「レジリエントインフラ」という7つの実装研究センターを設立し、社会課題解決と新たな市場の創出に取り組んでいる。
「社会課題を解決するためには、まず将来の目標を設定して、そこからバックキャストすることによって技術課題が見えてきます。このような技術課題を解決するために、産総研が持つ、さまざまな独自技術を融合させ、必要な人員を7つの研究領域から集めて作ったのが実装研究センターです。目標を設定することで『いつまでに何をしなければならないのか』ということも明確になります。タイムマネジメントも含めて、技術成熟度を評価しながら研究開発を進めるのが実装研究センターであり、社会実装を目的として取り組むことがミッションです」(濱川氏)。
産総研が目指す社会課題解決は、「エネルギー・環境・資源制約への対応」「人口減少・高齢化社会への対応」「レジリエントな社会の実現」の3つ。このうちCEATEC 2026では「人口減少・高齢化社会への対応」を中心とした展示を行う。実装研究センターでは、「次世代ものづくり」「ウェルビーイング」「セルフケア」「レジリエントインフラ」の4つが出展を行う。
「多くの企業が最も悩んでいるのは、やはり少子高齢化による労働力不足の問題だと思います。例えば近年ではフィジカルAIが大きく注目されていますが、これもまた、『人手不足のなかで製造ラインを今後どのように変革していくか』という課題が根底にあります。そういう意味で、CEATEC 2026の来場者に向けても最適なテーマではないかと考えました」(宮崎氏)。
モアレ画像で“たわみ”測定、座ったままで転倒リスク判定、匂いが出るVR……いったい社会の何を解決してくれる技術? 体験型展示やデモも多数
それでは、ブースに掲げられるキャッチコピーをもとに、いくつかの展示内容を見ていこう。体験型展示やデモも多数用意されているのが特徴だ。
「ロボットを動かすための、『共通の言葉』をつくりました。」
AIロボット開発用ソフトウェア基盤の展示では、双腕ロボットやモバイルマニピュレーターなどの複雑な構造のロボットの制御プログラム開発フレームワークを紹介し、実際にロボットアームの動作デモも行う。
「次世代ものづくり実装研究センターの研究成果ですが、テーマとしては人口減少への対応です。人手不足のなかで工場の生産性を下げないためにはどのようにロボットを開発すればいいのかという課題に対応したもので、デモで実際にロボットの動きを見ていただきたい」(濱川氏)という。
「『ドローンの目』でインフラの安全をミリ単位で見守る。」
レジリエントインフラ実装研究センターによる研究成果としては、カメラ画像からモアレを計測することにより橋梁やトンネルなどの大型構造物の“たわみ”をミリメートル単位で測定できる画像計測技術も紹介する。この技術により短時間で広範囲の変形分布を高精度で測定することが可能となる。
「例えば縞模様のある服をカメラで撮影すると、モアレが発生しますよね。このような縞模様に相当する規則模様のマーカーを橋梁などの構造物に貼り付けておくことで、その構造物が少しずれたり、緩んだりするだけでモアレが生じます。ドローンで撮影すればそのような不具合が一挙に分かるという技術です」(濱川氏)。
「がんばる健康は、続かない。だから、いつのまにか健康になる仕組みを作っています。」
高齢化社会をテーマとした展示としては、セルフケア実装研究センターが取り組んでいる「健康への関心に頼らない身体活動促進アプローチ」が注目される。
ブースには今回、簡易歩行分析システム「AIST CAT-WALK」の体験型展示コーナーが設けられる。同システムでは、歩行する様子をカメラで撮影するだけで、歩き方の特徴を分析できる。このほか、ジェスチャーによる認知機能評価システムや、タブレットの画面に表示された指示に従って、高齢者でも安全な椅子に座ったままの状態で足踏みをするだけで、その動きを撮影した映像から歩行のばらつき度合いと転倒リスクスコアを算出できるシステムも紹介する。
「健康への意識が低い人をいかにウェルビーイングの状態に持っていくかという課題は非常に重要であり、このような体験をしてもらうことによってモチベーションを高めることができます」(濱川氏)。
「香りを手掛かりに、VR空間を探索する。」
もう1つ注目なのが、人間社会拡張研究部門の研究者が取り組んでいる、微量ガス制御による「小型ウェアラブル嗅覚ディスプレイ」だ。VR技術と連携させることで、人の嗅覚特性を取り込んだ高度な“匂い体験”の実現を目指す研究だ。
「我々が生活するなかで、『今ここにいる』ということを実感できる1つの大きなキーファクターとして“匂い”というのはとても大事なんですね。例えば、どんなにきれいな花園がVRの画面に映っていたとしても、横で焼き肉の匂いがしたら絶対に没入できません。そこで、VRの映像と連携させて、その環境に合った微量の匂いのガスを出すことで没入感を増やすという試みです」(濱川氏)。
技術は「使ってもらってなんぼ」とのスタンスで共創へ。産総研の「社会実装への熱意」伝えたい
以上のように、今年の産総研ブースは、パネルの展示だけでなく、体験やデモが多いのも特徴だ。実際に技術を体感し、動きや効果を目にしたうえで研究者とコミュニケーションすることにより、これらの技術がどのように社会課題解決に役立つかを知ってもらいたい、という産総研の思いが伝わってくる。
「CEATEC 2026では、産総研の技術そのものを知っていただくだけでなく、『社会実装をしたい』という我々の熱意もぜひ感じていただきたい。やはり技術というのは研究してそれだけでとどめてしまうのではなく、『使ってもらってなんぼ』ですし、いかに経済活動に結び付けるかが重要だと思います。以前の産総研は企業に対して『技術を橋渡しする』と言っていましたが、今は社会実装に向けて『企業の人と伴走する』という言い方をしています。ただバトンを渡すだけではなく『一緒に走ります』ということですね。
伴走することによって我々の技術がきちんと使ってもらえるところまでたどり着くことで、初めて我々の研究に価値が生まれるのだと考えています。CEATEC 2026でも、自分たちの技術を知ってもらうだけではなく、体験してもらうことで『ここに使えるんだ』と実装できる場面を見せたいと思いますし、それによって一緒に社会実装を行うパートナーとなっていただくことを期待しています」(宮崎氏)。
産総研のつくばセンターには、常設展示施設「AIST-Cube(アイストキューブ)」が設置されている。これは以前に「サイエンス・スクエア つくば」と呼ばれていた施設が2025年4月にリニューアルオープンしたもので、産総研のさまざまな研究成果が展示されている。完全予約制だが、誰でも訪れることが可能で、同施設のウェブサイトから予約を行える。
また、つくばセンターでは11月21日に、施設公開のイベントも行われる。同イベントに来場登録すればAIST-Cubeも見学できるので要注目だ。
前述した大型構造物のたわみを測定できる画像計測技術や、AIST CAT-WALKなど、CEATEC 2026に出展される研究成果のなかにはAIST-Cubeに展示されているものもある。CEATEC 2026で産総研の取り組みに興味が湧いたら、こちらにも訪れてみてはいかがだろうか。
















