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「N高等学校」のスクールライフはニコ生のシステムによる遠隔授業、「ネット部活」「ネット遠足」で友達作りも

 「ネットで友達は作れる、ネットで勉強もできる」を合言葉に掲げる、学校法人角川ドワンゴ学園の「N高等学校」。その“スクールライフ”がどのようなものになるのか、22日に行われた記者発表会で明らかにされた。

 N高等学校は、インターネットを通じて学べる通信教育制の高等学校だ。授業もレポート提出も基本的にインターネットを通じて行う仕組みであり、単位を取得すれば高校卒業資格を取得できる。

 拘束時間が短くなるため、増えた時間に生徒自身がやりたい勉強ができると考え、その時間に充てられる課外授業も豊富に用意されている。ネットの課外授業のほか、目的に合わせて提携校に通学することもでき、地方自治体と組んだ職業体験も用意する。

 なお、N高等学校のシステムは「ニコニコ生放送」をもとに開発しており、次世代のニコニコ生放送にもフィードバックされる予定だ。その最新版のシステムがN高等学校で先行して活用されることになる。記者発表会はニコニコ生放送でも配信され、ユーザーによるコメントが登壇者の背面の壁に流れていくという活気あふれる発表会となった。

スマホに最適化した双方向の授業システム

 発表会の冒頭でカドカワ株式会社代表取締役社長で学校法人角川ドワンゴ学園理事でもある川上量生氏は、「ネットで完結するネットの学校だが、リアルの場も用意している。ネットだけで授業が完結するとはどういうことかを説明する」と発表会の意図を説明した。

カドカワ株式会社代表取締役社長/学校法人角川ドワンゴ学園理事の川上量生氏

 大学進学コースには現在、9人の講師が参加している。発表会では、そのうち英語の読解を担当する中久喜匠太郎氏、数学IA・IIB・IIIを担当する坂田アキラ氏、プログラミングを担当するドワンゴセクションマネージャーの吉村総一郎氏が参加した。吉村氏はニコニコ生放送の開発にも携わっていたという。

 大学進学カリキュラムは、「ベーシック」「スタンダード」「ハイレベル」「トップレベル」から自分のレベルに合った講座で受験に必要な内容を学ぶ。科目は英語、数学、国語、理科、社会までをカバーしている。

 プログラミング授業のカリキュラムは、入門コースから特別講義コースまで6つのコースを用意。カリキュラム作成からテキスト作成までかかわってきたという吉村氏は、「みんなに実力を付けてもらいたいので、入門コースだけでもウェブエンジニアとして働けるレベル。ウェブアプリケーションをいくつか作る」と説明した。

 授業は、パソコンとスマートフォンの両方で受講できる。スマートフォンではアプリを使って受講する仕組みだ。画面を見ると、上半分にテキスト、下半分に映像が流れるようになっている。

 N高等学校の授業の特徴は3つある。「コメント機能」「アンケート・クイズ機能」「挙手・生添削機能」だ。

 1つめのコメント機能は、ずばりニコニコ動画の特徴であるコメントを取り入れたものだ。授業の感想などを書き込むと、画面にコメントとして流れる。「目の前に大勢の生徒がいる感覚で授業ができるので新鮮」と中久喜氏は語る。

 2つめのアンケート・クイズ機能は、アンケートを出してその場で生徒に回答してもらうと、即座に反映される仕組み。「手を挙げるのは恥ずかしい生徒が多い。そういう生徒でも授業に参加しやすいので、生徒がリアル授業以上にアクティブにできる」というわけだ。

 3つめの挙手&生添削機能では、講師が「答えたい人」とコールすると、答えたい生徒が「挙手ボタン」を押してアピール。指名された生徒が答を書いてスマートフォンのカメラで撮影して送ると、講師がその場で赤ペンで添削してくれる仕組みだ。「リアルの授業では時間のロスが大きいが、ネットならできる。リアルを超えているので早く授業をやりたい」(中久喜氏)。授業はアーカイブで後から見返すことはできるが、アンケートなどに参加できるのは生放送で参加した生徒のみということになる。

 問題文+設問、穴埋め、自動採点&記録、縦スクロールテキストなど、教材は完全にスマートフォンに最適化されており、すべてスマートフォンに合うように一から作り上げたという。坂田氏は「持っている会社が作った持っている予備校、持っているシステム。成功しないはずはない」と主張した。

 吉村氏は、「生放送を生かしたプログラミング授業はあるが、一番すごいのは生添削」という。プログラミングではちょっとしたミスで詰まることが多いが、どこが間違っているのか分からず質問も難しい。そういう時に挙手してスクリーンショットを送ってもらえば、「セミコロンが抜けている」などとすぐに指摘できるだろうというのだ。

 中久喜氏は最初、話を聞いて「夢しか詰まってない、面白いことしかない」と思い、「予備校講師人生をすべて賭けてもいいかな」と思い、完全に移籍したと語る。「イメージよりも数段上に行くものができた。よその予備校映像配信などは太刀打ちできないものでは」。

英語の読解を担当する中久喜匠太郎氏
数学IA・IIB・IIIを担当する坂田アキラ氏
プログラミングを担当するドワンゴセクションマネージャーの吉村総一郎氏

「ネット部活」と「ネット遠足」で友達作り

 「本当はみんな高校で友達が作りたかった。ネットで友達は作れると言ってきたが信じてもらえなかったので、本気でやろうとしていることを伝えたくて発表会をした」と川上氏は言う。

 アンケートによると、中高生のほとんどが学校に求めることは「友達と話したり一緒に何かすること」だ。多くの子供がソーシャルメディアを使っており、ソーシャルメディアを「友達や知り合いとコミュニケーションをとるため」に利用している。ソーシャルメディア上でやりとりする人物は、「ソーシャルメディア上だけの友達」が最多だという。「ソーシャルメディアも現実の一部。ネットも社会の一部。ネットを軸にコミュニケーションできることを証明しようと考えてきた。担任の先生も付けて友達ができるようサポートしていきたい」(川上氏)。

 株式会社ドワンゴ教育事業本部の秋葉大介氏は、「日常のコミュニケーションは全生徒、全職員にチャットソフト『Slack』を提供し、生徒間、生徒・先生間でつながれる仕組みを用意している」と説明。担任はモデレーターとなり、近況報告や自己紹介文などのコミュニケーションを促進し、生徒間の交流を促進する役割を担う。学校新聞や校内新聞を作り、生徒の活躍などの情報を発信し、「今、学校で何が起きているか」を生徒がすぐ知ることのできる仕組みも用意する。

 MAGES.代表取締役会長の志倉千代丸氏は、「常日ごろからコミュニケーションしていると、あまり会わなくても久しぶりに会った気がせずに親しくできる。リアルの場も用意している」という。

株式会社ドワンゴ教育事業本部の秋葉大介氏
MAGES.代表取締役会長の志倉千代丸氏

 例えば、「ネット部活」だ。同校ではネットで行える部活動を奨励しており、初心者から上級者までレベルに応じた活動ができるようになっている。その道のプロや実力者を特別顧問に迎えているのが売りだ。ネットでの活動が基本だが、リアルの場も用意する。スクーリングの際などには特別顧問から直接指導が受けられる機会が設けられたり、“N高生”として各種目の大会に出場もできるという。

 秋葉氏は、ネット部活の運営イメージについて、「学校側は部専用チャットルームや部費、備品などの提供、競技大会出場支援をする」と説明。特別顧問には生放送やSlackでの支援をしてもらう予定だ。「部費の争奪戦が起きるといい。新歓らしさがないといけないので、入学したらメールがばんばん飛んで来る状況を作りたい」と語った。

 4月には、将棋部(特別顧問:阿部光瑠六段、利用ソフト:将棋倶楽部24)、囲碁部(特別顧問:藤澤一就八段、利用ソフト:幽玄の間)、サッカー部(特別顧問:サッカー元日本代表秋田豊氏、使用タイトル:「ウイニングイレブン」シリーズ)、格闘ゲーム部(「ギルティギア」「ブレイブルーシリーズ」をはじめ多数のタイトルで活動)の4つの部を用意。

 将棋や囲碁はチャットでリアルタイム指導をしたり、大盤解説をしたり、自分が打った指しに対して指導してもらったり、多面指し、将棋会館の見学ツアーなども考えている。

 サッカー部ではなんと、ゲーム「ウイニングイレブン」シリーズをプレイする。秋葉氏が「通常はゲームで遊ぶが、スクーリングではリアルにサッカーもできるかも。秋田さんがウイニングイレブンのプレイがうまいか分からないが、スクーリングでは活躍してくれるはず」と説明したところでは笑いが起こる一幕も。

 格闘ゲーム部では、みんなで対戦できるゲームを使用して練習し、将来はプロゲーマーの排出も目指す。「今後、生徒の要望に応じて部活を増やしたり、同好会が自然発生したら一定の要件を満たせば部に昇格する仕組みも考えている」(秋葉氏)という。

 また、同校では「ネット遠足」として、オンライン上での遠足を定期的に実施する。使用するソフトは「ドラゴンクエストXオンライン」。生徒は担任の先生たちに引率されてフィールド探索やレクリエーションで交流予定だ。初回のレクリエーションは鬼ごっこを予定している。

 「最初、ドラクエXの世界でネットの遠足をさせてくれと言われた時は信じられなかった」と、株式会社スクウェア・エニックス執行役員ドラゴンクエストプロデューサーの齊藤陽介氏。しかし本気だと分かり、堀井雄二氏らに協力を得て実現したという。フィールドでN高等学校の生徒を見分けるために、キャラクターの装備は同校の制服をもとに作り上げた。「生徒と先生でなかなかここまでの大冒険はできない。先生はすぐやられたりしないように、レベルを上げておいてほしい」(斉藤氏)。

 志倉氏は、「ドラクエするとリアルに友情が生まれる。先生を助けるなどのいろいろなドラマが生まれると、とても楽しい。超会議などでオフ会的に会うのもあり」とした。

株式会社スクウェア・エニックス執行役員ドラゴンクエストプロデューサーの齊藤陽介氏

 生徒間では、入学年次のほか、ある程度の基本的な情報は公開されるが、ばらつきが予想される年齢は非公開となる。ハンドルネームでのコミュニケーションがメインとなり、普通の学校同様、生徒同士は自由にコミュニケーションが取れるようになる予定だ。

ネットでのコミュニケーション研究に寄与も

 N高等学校では、アドバイザリーボードを設置する。メンバーは、社会学者/立命館大学特別招聘教授の上野千鶴子氏、評論家/「PLANETS」編集長の宇野常寛氏、精神科医/筑波大学医学医療系社会精神保健学教授の斎藤環氏、秋田大学大学院工学資源学研究科助教の鈴木翔氏、教育経済学者/慶應義塾大学総合政策学部准教授の中室牧子氏、社会学者の古市憲寿氏だ。

 同校はログ収集、アンケート収集、コミュニティ形成活動などの一連の取り組みの課程で得られたデータを研究用に提供。アドバイザリーボードではデータをもとに研究し、同校にアドバイスをしたり、情報発信していく。

 「N高等学校の取り組みには自信を持っている」と川上氏は胸を張る。得られた情報はすべて保存し、解析可能だ。ただし、「挑戦の中にはうまくいく部分といかない部分があると思うので、専門家に可能なのか、どのような課題があるのかを見極めてもらいたいと考えてアドバイザリーボードを作った」と説明した。

 引きこもりや不登校について研究しているという斉藤氏は、「たくさんのデータやアンケートに基づいてどうすれば自己肯定感が高められるかなどについてのデータも得られるかもしれない」と期待感を高める。

 人間関係の分析が専門という鈴木氏は、「対面は深い人間関係を築く利点があるが、深さがトラブルにもつながる。ネットの交流はどうなのか、分析していく」とした。

精神科医/筑波大学医学医療系社会精神保健学教授の斎藤環氏
秋田大学大学院工学資源学研究科助教の鈴木翔氏

 教育経済学を専門とする中室氏は、「教育にデータ分析を持ち込むことは大切。不登校、外国人、引きこもりなどの個別対応が必要な子供たちは一斉授業では難しいと思っているので、これは大きなブレイクスルーになるのではないか。経済学的視点から明らかにしたい」と語った。

 古市氏は、「N高等学校という新しい場所からなら、既存の変わらなかった教育業界も変化できるのでは」と期待感を述べた。

教育経済学者/慶應義塾大学総合政策学部准教授の中室牧子氏
社会学者の古市憲寿氏

 川上氏は、「保護者の理解を得るためには、理念ではなく結果を示すことが一番」とし、分かりやすい形として、早期に東大合格者を出すことを目標としていることを明らかにした。同時に、プログラミング授業を受けた人を一流のIT企業にインターンとして採用してもらい、優秀な人材は在学しながら正社員で雇ってもらうつもりだという。

 ビジネスとしての収益性に関しては、川上氏は「生徒数が増えれば増えるほど固定費負担が低くなるので、生徒数が増えればビジネスとして十分に成立すると考えている。教材や仕組み作り、システム作りなどにもお金を投資しているが、十分に回収できる」とした。

 N高等学校の入学金は5万円。授業料が1単位5000円×履修単位数分となる。そのほか、施設設備費が年間5万円、教育関連諸費が年間2万5000円かかる。正規授業料は1単位5000円だが、国の就学支援金を申請すると4812円還付される(年間30単位まで、合計で最大74単位までの上限あり)。つまり、これから入学する生徒が3年間在籍した場合、年間25単位ずつ取得し、就学支援金を上限の74単位分申請したとすると、授業料と入学金などすべて合わせても29万3912円で済むことになるという。オリジナルデザインの制服も指定されており、制服代は別途かかる。

 4月6日には、沖縄県伊計島本校のメイン会場とネットで「ネット入学式」を行う予定だ。

(高橋 暁子)