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インターネットが米国管理下から脱却する日へ一歩近づく、IANA機能の監督権限移管作業が第2段階へ

 「インターネットは誰が管理するのか? ~米国管理からの脱却に向け前進」と題したトークイベントを、一般社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)が3月30日、報道関係者向けに開催した。今回は、その中から重要と考えられる話題をいくつかピックアップしてお伝えする。

パネル参加者。(向かって左から)JPNICの前村昌紀氏、東京大学の江崎浩教授、ICANNのジアロン・ロウ氏、APIDEのオメアー・カジ氏、JPNICの奥谷泉氏

IANA機能の監督権限移管とICANNの説明責任に関する提案がNTIAに提出され、フェーズ2に移行

 すでにご存じの方もいらっしゃると思うが、3月10日にモロッコのマラケシュで開催された第55回ICANN[*1]会合の理事会において、IANA機能[*2]の監督権限移管とICANNの説明責任に関する各コミュニティからの提案が原案通り承認され、米国商務省電気通信情報局(National Telecommunications and Information Administration:NTIA)に提出された[*3]

 これにより、今後は、予定されている移管完了までの3つの段階のうちのフェーズ2、すなわち他の部局も含めた提案の精査と、その後の米国議会での内容の評価という工程に入ることになる。

移管完了までの三つの段階

[*1]……Internet Corporation For Assigned Names and Numbers:民間主導でグローバルな調整を行うことを目的に、1998年10月に設立された米国カリフォルニア州の非営利法人。

[*2]……Internet Assigned Numbers Authority:DNSルートゾーンやドメイン名、IPアドレス、AS番号、プロトコル番号など、インターネット資源のグローバルな管理を行うICANNの一機能。

[*3]……ICANNがIANA機能監督権限移管に関する提案を米国政府に提出
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/2016/20160315-01.html

 インターネットは、米国防総省高等研究計画局(Advanced Research Projects Agency:ARPA)の資金提供を受けたネットワークとして誕生し、米国を中心として成長してきた経緯がある。そのため、これまでは米国政府がインターネットに対する監督権限を有しているとされてきた。

 しかし、ICANNとの間で結んだ「IANA契約」を根拠としてIANA機能の監督権限を持つNTIAが、2014年3月14日にIANA機能の監督権限をグローバルなマルチステークホルダーコミュニティに移管する用意があると表明したことで、さまざまな動きが出てきている。このあたりの話の詳細は、2015年3月に記事にしている[*4]のでそちらをご覧いただきたい。

 今回のIANA機能の監督権限移管とICANNの説明責任の提案提出は、これまでの米国政府による管理からグローバルなマルチステークホルダーコミュニティによる管理に駒を進める大きな一歩となる。

[*4]……インターネットがインターネットであるために、今年9月までにまとめなければならないこと IANA機能の監督権限移管について、ICANNのTheresa Swinehart氏が講演
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20150326_694702.html

IANA機能の監督権限移管は、現状に合わせて制度を変更するものである

 おそらく、多くの人が最初に感じる疑問は、米国は本当にIANA機能の監督権限を手放すのかという点と、グローバルなマルチステークホルダーコミュニティはNTIAに代わってきちんとした管理を行うことができるのだろうかという点であろう。

 米国は本当にIANA機能の監督権限を手放すのかという点については、APIDE(The Asia Pacific Institute for the Degital Economy)専務理事のオメアー・カジ氏が専門家の立場として「移管に反対する人は少ない」ことを説明し、総務省の田中昭男氏も「先進国は基本的に移管に賛成している。フランス、ブラジル、中国、ロシアは、メカニズムについては一部反対していたが、移管そのものには反対していない」ことを述べている。

 また、東京大学の江崎浩教授は「ISOC[*5]の帽子で」と断りを入れた上で、「インターネットは、米国を中心として発展してきた。しかし、先進国の多くがインターネットに関係するようになったことでその管理を米国から切り離すことが必要になった。ICANNを作ったのはまさにそのためで、インターネットの管理を米国から切り離すことは既定路線である」という話を付け加えている。

 もう1つの疑問、グローバルなマルチステークホルダーコミュニティはNTIAに代わってきちんとした管理を行うことができるのだろうかという点についてはどうであろうか。この点については、JPNICの奥谷泉氏の発言が参考になる。奥谷氏は、「これまでの(ICANN内に作られた)各コミュニティはボトムアップという思想は共有していたものの、お互いが関係して何かをするということはほとんど無かった。しかし、今回のIANA機能の監督権限移管やICANNの説明責任に関する提案作成では、1つの目標に向かって皆が団結し、提案書をまとめ上げている。これは、グローバルなマルチステークホルダーコミュニティがきちんと機能するということを示す立派な実績ではないでしょうか」「また、今回の移管の話は、今までそれぞれのインターネット資源についてコミュニティが方針決めしてきた実績に、IANA機能の監督を上積みするだけです。移管後の監督に関しては、その実績を持って実践し、有効性を証明するよい機会になると考えています」 と述べている。

 ICANNのアジア太平洋地域の総責任者であるジアロン・ロウ氏によると、議論に要した主な会議の時間は通算で800時間以上、メーリングリストを流れたメールは3万3100通以上、会議の開催は600回を超えたという。

提案書の作成過程。CWG-Stewardshipはドメイン名コミュニティ、CRISPはIPアドレスなどの番号資源のコミュニティ、IANAPLANはプロトコルパラメーターのコミュニティである。また、CCWG-AccountabilityはICANNの説明責任強化に関するコミュニティ横断ワーキンググループのことである
これまでの取り組みなどを紹介するスライド

 会場からの「どこかの大国が出てきて支配されることは無いのか」という質問には、奥谷氏が「決定の構造として、一国であっても個人であっても一票の重みは変わりませんし、どこかが強行に出たからその意見が通るということはなく、数多くの支持者を集めてこなければいけないため、そのような心配はしなくてよいと思います」と答えている。

 江崎教授も、「これまでもグローバルなマルチステークホルダーコミュニティでいろいろなことを決めてきている。今回の移管は、現状に合わせて制度を変更するものだと考えてほしい」と述べている。全体として、移管に対する前向きな動きが見て取れる。これから始まるフェーズ2の動向に注視したい。

[*5]……Internet Society:インターネットの発展への貢献を主な活動目的とする国際的な非営利団体。

多様なインターネットガバナンスと中国に対する警戒感

 インターネットガバナンスを考える上で注意しなければいけないのは、その幅広さである。ガバナンスとして扱うべき意思決定や合意形成の範囲は、以前よりずっと広く複雑になっている。インターネットが広範に使われるようになったことでさまざまな利害が生まれ、関係者の範囲や数が膨大になってきたことがその背景にあるからだ。

 その意味で、今回のIANA機能の監督権限移管に関する動きはインターネットガバナンス全体のうちの一部に過ぎないと言える。実際、インターネットに関する世界会議としては、国連が管轄するインターネットガバナンスフォーラム(Internet Governance Forum:IGF)や世界情報社会サミット(World Summit on the Information Society:WSIS)も存在するのである。これらを無視して、インターネットガバナンスを考えることはできない。

 JPNICの前村昌紀氏も、「インターネットガバナンスというとすぐに今回のIANA機能の監督権限移管が話題にされるが、インターネットガバナンスには多様性がある」と述べている。全体を把握するためには、それぞれのガバナンスの意味を理解することが重要になる。

 ジアロン・ロウ氏は、インターネットガバナンスについて「ICANNが扱う範囲よりもずっと幅広いものだ」と述べ、3つの層を使ってその説明を行った。3つの層とは「通信回線を扱う層(通信事業者やISPなど)」「コンテンツを扱う層(ブラウザーやアプリなど)」「それらの中間にある層」で、ICANNが扱うのはこの中間の層であるというものである。ドメイン名やIPアドレスといったインターネット資源の扱いが対象であり、コンテンツのあり方などは対象となっていないことを述べている。

 また、インターネットガバナンスに関して、会場からはブラジル政府が主催した「NETmundial会合」および中国政府が主催した「ワールドインターネットカンファレンス・烏鎮(ウーヂェン)サミット」について質問が出たが、前村氏はそのことに対し次のように答えている。

 NETmundial会合では世界中の関係者から寄せられた文書やコメントをもとに、マルチステークホルダーによる委員会が起草した成果文書(NETmundial声明)案を参加者全員で採択するという形を採った[*6]。期間を限定し、インターネットガバナンスに関する原則および今後のあり方についてボトムアップの形で議論を進めたもので、これは立派な成果として認めてよいと考えている。一方、中国が主催したワールドインターネットカンファレンスについては中国政府が主導したプロパガンダ的な会合で、その成果であるとされた烏鎮イニシアティブと名付けられた文書は、参加者はもとより烏鎮サミットでのハイレベル諮問委員会の中でも検討されていない。したがって、両者の性質は大きく異なるものである。

 会場の反応を見る限り、中国に対する関心は高いものがあるようだ。確かに、グローバルなインターネットという現在の運営体制に異議を唱える政府が無くなったわけではなく、インターネットコミュニティでも急速に存在感を増している中国の動向を気にするのは当然かもしれない。

[*6]……NETmundial会合の成果である「NETmundial Multistakeholder Statement」は、JPNICのサイトにおいて日本語訳が公開されている。
https://www.nic.ad.jp/ja/translation/governance/20140424.html

これからのインターネットとインターネットガバナンス

 インターネットは、その成功により私たちの生活に無くてはならない重要な社会基盤の1つとなった。今回の報道関係者向けのトークイベントではIANA機能の監督権限移管が話題として取り上げられているが、重要なのは、これからのインターネットをどうのように安定させ発展させていくかについて多くの人が声を上げることであろう。

 江崎教授は、「今のインターネットの一番のリスクは、分断が起こることである。分断は国境で起るかもしれないし、産業ごとに起るかもしれない。インターネットは地球上に唯一存在している共有のインフラストラクチャーだが、これが分断されてしまうとグローバルにつながっていることによるメリットが消えてしまう。これを回避することが一番重要で、今回のグローバルなマルチステークホルダーコミュニティへの管理の移管は、そのための枠組みの第一歩であると考えていただきたい」と述べている。

 IANA機能の監督権限移管とICANNの説明責任を行うプロセスは、今すでに機能しているグローバルなマルチステークホルダーモデルを強化し、確固とするためにある。そう考えると、多くの人々による積極的な関与が望ましい。米国政府も、どれだけ多くの人々が感心を示しているかを見ているはずである。

 また、日本からの声を大きくするためには、十分な情報提供も必要であろう。その点からは、「日本インターネットガバナンス会議(IGCJ)」[*7]の活動や、ICANN、JPNICおよびJPRSによる翻訳協力の活動成果[*8][*9]が期待される。

 今回のイベントのタイトルは「インターネットは誰が管理するのか?」であったが、その答は「ユーザーも含めたインターネットコミュニティの人々」というのが理想的な解ではないだろうか。ユーザーや事業者が「そうなって欲しい」ということには賛成を表明し、「そうなっては困る」ということには反対を表明する。そうした声の積み重ねが、インターネットの未来を決めていくのである。

[*7]……日本インターネットガバナンス会議
http://igcj.jp/

[*8]……JPNICのプレスリリース
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/2015/20150623-01.html

[*9]……JPRSのプレスリリース
https://jprs.co.jp/press/2015/150623.html

(遠山 孝)