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またしてもインターネットに政治主導で規制の動き、国連管轄の「IGF」はどこへ向かうのか?

マクロン大統領の演説で沸き起こる波紋

 2018年11月にパリで開催された「インターネットガバナンスフォーラム」(IGF、以降「IGF 2018」と記述する)においてエマニュエル・マクロン大統領が行った演説の波紋が広がっている。本稿では、状況を確認するためにその演説および「パリ・コール」の説明を中心に、現時点におけるIGFの動きを紹介する。

何が起こっているのか――IGFを変えようとする動き

 インターネットは、自律・分散・協調という言葉で表されるとおり、自律した数多くのネットワークが連携しあう集合体としてできている。それぞれのネットワークは、その管理者が独自にポリシーを定めることができ、世界規模のネットワークの一員として、必要に応じてパケットを他のネットワークに中継する。集中管理はされておらず、それぞれのネットワークには個別の事情があるため、インターネットにおいて問題が起きた場合には、関係者による調整や技術による解決を目指すというかたちが取られてきた。

 しかし、アラブの春によって政権が倒れたり、選挙に際してフェイクニュースが及ぼす影響が無視できないと考えられたりするようになると、特に政治の世界でインターネットに対する疑心暗鬼が大きくなる。以前から、インターネットに何らかの規制をかけたい、制御したいという意向を持つ国(政府)は多かったが、ここに来て、その動きは大きくなりつつある。

 「IGF 2018」のオープニングセレモニーでマクロン大統領が、インターネットを中心とするサイバー空間の信頼性と安全性確保のための共同原則を策定すること、そのための行動を起こすことを呼び掛けた。40分近くに渡ったこの演説は、IGFのウェブサイト[*1]で読むことができる。もう一方の「パリ・コール」は、その直前に発表されたフランス政府による呼び掛け文書であり、その全文が在日フランス大使館のウェブサイトで公開されている[*2]

「IGF 2018」のウェブサイト

 パリ・コールについては後述するが、注目したいのは、マクロン大統領の演説の中で「regulation」という言葉が何度も繰り返されているという点であろう。また、同日、マクロン大統領の前に演説した現国連事務総長であるアントニオ・グテーレス氏も「私たちはマルチステークホルダー以上のものでなければならない」[*3]と語っている(マクロン大統領からは、IGFを国連事務局の一部としようということも提案されている)。

 その内容をざっと見る限り、IGFとして有形的な成果を出すことや、インターネットに対する影響力を高めたいと考えているであろうということが見て取れる。

 ご存じの方も多いと思うが、これまでのインターネットは“マルチステークホルダー”と呼ばれるかたちで利害関係者が集まり、議論と調整を重ねていくかたちで問題解決を図ろうとしてきた。それに対して、マクロン大統領の演説からは、政治主導でインターネットに対する規制をかけられるようにすることを目標としているようにも見える。

 IGF自体もマルチステークホルダーモデルを採用する場であり、政府関係者、技術者、学者、市民といった人々が同格(equal footing)で相互に対話(議論と調整)することが本来の目的である。何らかの政策を策定したり執行したりするのは、IGFの場を通じた検討を元に、それぞれの政府が持つ権能に従って行われることになっている。それを変え、IGFがルールメーカーになることを目論んでいるのであろうか?

 マクロン大統領の演説には、インターネットが重要であり、フリーでオープンなインターネットが好ましいとしながらも、そこには「適切な規制」が必要だという主張がある。分かりやすい比喩としては、統治によるものではなく自己規制によるカリフォルニア型のサイバースペースと強力な権威主義国家が常に監視を行っている中国型のサイバースペース[*4]のどちらでもなく、その中間を目指そうというものである。

大東文化大学の上村圭介教授
株式会社日本レジストリサービス(JPRS)の堀田博文氏

 もちろん、具体的な議論はこれからであり、IGFとしての方向性も定まっているわけではない。しかしながら、実際にIGF 2018の会合に参加された方々に伺ったところ、大東文化大学の上村圭介教授は、「IGF 2018とそれに続く議論は共同規制(co-regulation)の話であったように思う」と述べ、株式会社日本レジストリサービス(JPRS)の堀田博文氏は、現場の雰囲気として「形ある成果が出ておらず、有形的な成果を欲しがっているようだ」「パリ・コールのメッセージも背景に、有形的な成果に対する思いが賛否・強弱織り交ぜて参加者間で交錯していたように思う」と述べている。現場の空気の中に身を置いた方々が、IGFの中で、これまでとは異なった方向に議論を振ろうとしている動きがあることを感じ取っているようである。

 ネットワーク関係者や利用者の間で波紋が広がるのは、今後の動きがどのようになるのかがあまりに不明瞭だからだ。

[*1]……IGF 2018 - Day 1 - Salle I - OPENING CEREMONY

[*2]……サイバー空間の信頼性と安全性のためのパリ・コール同英語版PDF

[*3]……「First, we must be more than multistakeholders, we must also be multidisciplinary.」(「IGF 2018 - Day 1 - Salle I - OPENING CEREMONY」より引用)

[*4]……「Californian cyberspace and Chinese cyberspace」と述べている。

「パリ・コール」とは何か――インターネットへの国際法の適用

 前述したように、パリ・コールとは、フランス政府が出した呼び掛け文書である。筆者が見るところ、この文書では国連憲章を含む国際法をサイバースペースにも適用し、サイバースペースにおける国際的な平和および安全の基礎とする[*5]ということを述べている。

在日フランス大使館のウェブサイトで公開されている「パリ・コール」

 しかしながら、現状の国際法の原則の多くは古いヨーロッパの慣行に由来したものが多いうえに、サイバースペースで必要となるものがカバーされているとは思えない。そのためか、文章中に箇条書きで課題が書かれている。ここでは、在日フランス大使館のページ[*2]にある英語版から、その箇条書きを見ていくことにする。分かりやすくするために翻訳したが、あくまで参考訳であることをご了解いただきたい。

  • 個人および重要なインフラに対して重大な、無差別または体系的な危害を及ぼすか、または引き起こす悪意のあるサイバー活動を防止し、回復する
  • 「インターネットの公共の中核」[*6]の一般的な可用性または完全性を意図的かつ実質的に損なうような活動を防止する
  • 悪意のあるサイバー活動を通じて選挙プロセスを損なうことを目的とした、外国の関係者による悪意のある妨害を防止するためのキャパシティを強化する
  • 企業や商業部門に競争上の優位性を提供することを目的として、企業秘密やその他の企業の機密情報を含む知的財産の情報通信技術(ITC)による盗難を防止する
  • 害をもたらすことを意図した悪意のあるICTツールと実践の拡散を防ぐ方法を開発する
  • ライフサイクルとサプライチェーンを通して、デジタルプロセス、製品、サービスのセキュリティを強化する
  • すべての関係者のための高度な「サイバー衛生」[*7]を強化するための取り組みを支援する
  • 民間部門を含む非国家主体が、自らの目的のために、または他の非国家主体のために報復ハッキングするのを防ぐための措置を講じる
  • サイバースペースにおける責任ある行動の国際的規範および信頼醸成措置の広範な受け入れおよび実施を促進する

 ここで書かれていることは、個々を見るともっともだと思える。しかし、「悪意のあるサイバー活動を通じて選挙プロセスを損なうことを目的とした、外国の関係者による悪意のある妨害を防止する」といったように妙に具体的なものがある一方で、「責任ある行動の国際的規範」とはどのようなものであるかとか、「悪意のあるICTツールと実践の拡散を防ぐ方法を開発する」というのは何をどのように実現するのだろうかというように漠然としているものも存在する。見る人の立場や考え方によってこれらの解釈は大きく変わると思うが、政治的な視点で書かれたものではないかと感じる方は多いのではないだろうか。

 このパリ・コールには、すでに日本を含む50以上の国と、300を超える民間企業や組織が支持を表明している(最新の支持者リストは、フランス政府のウェブサイト[*8]で公開されている)。ただし、米国や中国、ロシアといった国は支持を表明していない。

 余談めくが、IGF 2018で使われた会場は、ユネスコ本部である。ユネスコという場で国際平和と人類の福祉の促進に類する話をすることで演説の説得力が増すことを狙っていたと考えられるが、そこにしたたかな外交戦術を感じるのは筆者だけではないだろう。今年度はドイツのベルリンでIGFが開催される予定だが、2017年のジュネーブと合わせるとEU圏内で3回も連続するかたちでIGFが行われる。そして、マクロン大統領は演説の中で、はっきりと「改革運動を推進する」[*9]と言っているのである。

[*5]……パリ・コールには、実際にはかなり細かいことまで書いてある。しかし、筆者は法律の専門家ではないため、その面には踏み込まない。

[*6]……原文は「the public core of the Internet」。インターネットの主要なプロトコルとインフラストラクチャのことと考えればよい。世界中の全ての人に利益をもたらすグローバルな公共財と見なされている。

[*7]……原文は「cyber hygiene」。利用者のセキュリティ意識を向上させることと考えればよい。

[*8]……Cybersecurity: Paris Call of 12 November 2018 for Trust and Security in Cyberspace

[*9]……「For that reason, France, with the host of the previous Forum, Switzerland, and the incoming hosts, Berlin, 2019, we are going to promote this reform movement.」と述べている。

不明瞭な未来――私たちにできることは、注目することと参加すること

 IGFは、どの方向に進むのであろうか。現状を聞く限り、IGFの場では本来の役割を全うするべきという声と、有形的な成果や影響力を重視すべきという声がぶつかりあっているようだ。しばらくはこの状態が続くと思われるが、米国や中国、ロシアといった力のある国の動向も気になるところである。

 ところで、政治主導といえば、最近では、著作権を守るという大義名分を材料に安易なブロッキングを実施しようとしたり、著作権侵害をしている静止画をダウンロードすることを違法化するという話を思い起こす。EUでは、改正著作権法指令案によって「リンク税」が復活しそうである。当たり前の話だと思うのだが、ある権利者の利益だけを守ろうとすると、各所で歪みが発生することになる。物事を解決しようとする際には、大義名分は大義名分として扱い、そのための対策にはさまざまな方面から知恵を出す必要があるのではないだろうか。

 そのためには、IGFに多様な人々を送り込む必要がある。おそらく、もっと多くの技術者やインターネット利用者が参加すべきであろうし、そのような人々の声を代弁してくれる政治と交渉のプロフェッショナルがいてくれることを望みたい。

 とはいえ、個人が参加する際のハードルはどうしても高くなる(時間や旅費など)。現実的な参加は、国内で活動している団体に参加するのが手軽で確実だと思われる。この記事の公開直後の日程となるが、2月27日に東京・西新宿で「IGF2018報告会」[*10]が開催される。ご興味のある方は、情報収集のためにも参加を検討してみてはいかがだろうか。

 また、インターネットガバナンスの変遷について良くまとまった資料[*11]が一般社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)のウェブサイトにある。朝日新聞社の平記者の記事[*12]もとても興味深い。できれば、こちらもご覧いただくとより良いと思われる。

 一般的に、ガバナンスと聞くと、多くの人は面倒だと避けがちになる。しかし、積極的な関与をしていかなければ望む方向には進まないであろう。小さな力でも、まとまると大きな力となる。同じように、多くの人々が注目する(関心を持つ)ことと参加する(発言する)ことは、とても大きな意味がある。できるだけ多くの方々の参加を望みたい。IGF 2019がどのような舵取りになるのか、しばらく目が離せない状況が続きそうである。