iNTERNET magazine Reboot

新たな段階に入るインターネットガバナンス

インターネット資源管理体制の変更を経て、サイバーセキュリティ対策が課題の中心

iNTERNET magazineから誕生し、1年ごとのインターネットの重要な出来事を記録してきた『インターネット白書』。その最新刊となる2018年版から、一般社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)の前村昌紀氏による寄稿「インターネットガバナンスの動向」を掲載する。過去の動きはインターネット白書ARCHIVESに公開しているので、そちらもあわせてお読みいただきたい。(iNTERNET magazine Reboot編集長・錦戸 陽子)

節目となったIANA監督権限移管

 筆者は、インターネット白書編集委員会の一員として本白書の制作に関与するようになって以来、4年間一貫してインターネットガバナンスの部を執筆してきた。

 政府間組織では、2012年の国際電気通信規則(ITR)改定の議論から2015年の世界情報社会サミット10周年レビュー(WSIS+10)に至る流れがあった。民間を中心としたコミュニティでは、スノーデン事件に端を発したNETmundial会合とNETmundialイニシアティブ(NMI)、IANA(Internet Assigned Numbers Authority)監督権限移管に至る流れがあり、2016年までに節目がつき、新たなフェーズの入り口に立っている感がある。『インターネット白書』では、その年ごとの出来事を追っているが、JPNICウェブの「インターネットガバナンスの変遷」では、もう少し大きな流れを記述している。節目を迎えたということで、2013年から2016年までの流れを踏まえて、こちらのページを改訂・更新した。ぜひご参照いただきたい[*1]

 本稿では、この節目を意識して、IANA監督権限移管によってスタートした機構の新たな滑り出しを検証し、現在の課題を明確化するとともに、今後の見通しを論じていく。

インターネット資源管理の「移管後体制」

 IANA監督権限移管に関する詳細については『インターネット白書2017』の拙稿などをご参照いただきたい。移管後の体制は、サービスレベルの評価機構、IANA部局を別会社として分離したPTI社、ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)自身の説明責任機構の3つによって構成される。

 サービスレベルの評価に関して、3つの資源、すなわちドメイン名、IPアドレス、プロトコルパラメータ[SS1]の方針策定と利用に関わるコミュニティ(ICANN、RIRs、IETF)は、IANAによる資源管理サービスを受けるにあたりICANNと交わす契約の中でサービスレベルを定め、その履行をコミュニティに設置される評価委員会が評価する、という形を採用している。

 評価委員会は、ドメイン名に関してはICANNの顧客常設委員会(CSC)[*2]、IPアドレスでは5つのRIR(地域インターネットレジストリ)合同のIANA番号資源サービスレビュー委員会(IANA RC)[*3]として、2016年10月1日の移管に先立って設置された。

 プロトコルパラメータに関してはIAB(Internet Architecture Board)がその任を担い、IANAプログラム[*4]として実施されている。

 移管後体制提案の検討の時点ではPost Transition IANA(移管後のIANA)の略称としてPTIと呼ばれていたIANA機能を担う新会社は、略称のPTIを引き継いでPubic Technical Identifiersと命名された。PTIは、ICANNを唯一の会員とする非営利法人として登記され、ICANN事務局の幹部とICANN指名委員会から指名されたコミュニティメンバーが理事会を構成している。PTIの法人としての公式文書はウェブサイトに集積されている[*5]

 PTIは、IPアドレスとプロトコルパラメータに関して、ICANNがRIRsとIETFに提供しているIANAサービスを下請けとして担当する。また、ICANNにドメイン名に関するIANA機能を提供する。PTIは3資源に関するIANA業務レポートを月次で発行し、3資源のコミュニティに送付するとともに、公開している[*6]

 CSC、IANA RC、IABはこのレポートを参照して評価を実施している。移管によってこの体制が始まってすでに1年以上が経過しているが、執筆時点までにサービスレベルを「下回る」とする評価はない。

 世界中の誰でも、IANA機能に関する説明責任機構や業務遂行状況をきわめてトランスペアレントに参照することができるようになっている。いずれも移管後体制の一環として設計されたことであり、この移管による公益的な利便性向上の最たるものだと考える。

 ICANNの説明責任機構に関する主な変更点は、支持組織や諮問委員会の代表からなるコミュニティ代表体であるEmpowered Community(EC)に対して、理事の任免や重要事項の承認権、理事会決定の拒否権といったICANN理事会に優越する権利を付託したことである。

 移管から執筆時点までに、理事の指名、付属定款の重要条項の変更、予算の承認といったECの意思決定を要するアクションがあったが、どれも問題なく処理されている。各支持組織や諮問委員会では、ECでの決定事項に関する自組織の意思決定要領を拡充補強し、これらのケースに適用するとともに必要な微調整を実施している。

 以上、主だったところを紹介した。米国政府の監督を離れ、いわば「独り立ち」したインターネットの資源管理機構は、順調に滑り出した。機構設計においてその有効性を証明したコミュニティプロセスが、今後その機構の運営でも実績を積み、自信を深めていくことを願いながら、その一員として関与・貢献していきたい。

政府とインターネットの関係

 インターネットガバナンス議論の柱の1つは、政府とインターネットとの関係だろう。政府がどのようにインターネットを規制するかは、インターネットを使う経済活動や市民生活に大きな影響を及ぼす。

 2017年、これに関して印象的だったものに、アフリカ地域の地域インターネットレジストリ、AFRINICに提案された「アンチシャットダウンポリシー」がある[*7]。このシャットダウンとは、政府が国レベルでインターネットを遮断することを指す。アンチシャットダウンポリシーの要旨は、そういったことをする国の政府機関などに対して割り当てられたIPアドレスを回収する、というものであった。これは、インターネットの資源管理ポリシーを政府による規制に対する制裁に利用するという過去に例を見ない過激な提案である。人権擁護の観点でインターネット遮断に反対する立場からは、制裁を是としてこの提案に賛成する立場もあったとはいえ、インターネットの資源管理ポリシーは政治的に中立であるべきとの立場が優り、コンセンサスには至らなかった。この提案の否決は、IPアドレスポリシーに関するコミュニティプロセスが政治的中立性を選択したという1つの実績を作ったものの、そのプロセスを運営するRIRが政府から警戒されかねない事例とも考えられる。

 2017年9月には、スペインのカタルーニャ地方において独立運動が勃発した。カタルーニャは言語・文化面でスペイン内の独特な存在として知られる。独自の文化を推進する動きとして、2003年から2004年の新gTLD募集によって追加された.catというTLDがある。今回の独立運動においては、スペイン政府が運動の制圧のため、.catドメインへのアクセス遮断を求め、レジストリへの強制捜査や関係者の逮捕などに至る事件が発生した。これはドメイン名によるアクセスに対する遮断だったが、インターネットも現実世界とは無縁ではいられず、政治状況の影響を多分に受け得る結果を示した[*8]

 中国政府が開催する世界インターネット大会・烏鎮サミット(以下烏鎮サミット)[*9]は、政府とインターネットの関係を考える上で興味深いイベントである。2017年に第4回を迎えた烏鎮サミットは、12月3日から5日までの3日間、中国浙江省嘉興市の烏鎮で開催された。

 烏鎮サミットは第1回から全世界の関係者やメディアから注目されている。中国のインターネット政策は、金盾(あるいはグレートファイアウォール)のような情報規制、グーグルやフェイスブックのようなグローバルプレイヤーの市場参入が難しいといった閉鎖性で知られている。烏鎮サミットはこのような中国のインターネット政策のプロパガンダの場と捉えられているからだ。

 近年の中国の経済発展は目覚しく、特にICTの領域では、電子決済の仕組みやネットワーク機器などについてはすでに世界のトップランナーであると言っても過言ではない。アジアからアフリカにかけての国々での社会基盤整備を進める「一帯一路」構想などで、同地域の国々からの期待も並々ならぬものがある。

 第4回では、政策プロパガンダ色よりも、デジタル経済、開放性と協調といったキーワードが前面に押し出され、これまでよりも中国国外からの参加者に受け入れやすい内容になっていたと感じた。グーグル、アップル、シスコのCEOが集結したことが話題を呼んだが、これは中国のインターネットやICT技術がさらに力強くなり、より注目を集めていることの表れである。中国のインターネットからも、この烏鎮サミットからも、中国関係のネットをめぐる動きからは、今後いっそう目が離せない。

インターネットガバナンスフォーラム(IGF)

 インターネットガバナンスフォーラム(IGF)[*10]は、新たな10年の活動年限の2年目となり、2017年12月18~21日、国連の本拠地の1つである国連ジュネーブ事務局(スイス)で開催された。主催者発表[*11]では、142か国から2000人以上が現地で参加、1600人を超える遠隔参加登録があったとのことで、拘束力のある成果文書を生み出さないものの、インターネットに関してさまざまなステークホルダーが対話する場として定着した感がある。今回もインターネットに関する多くの課題が、自由に、さまざまな角度から話し合われた。

 今回のIGFの基調を示す形となった、第1日のハイレベルパネルセッション[*12]では、AIやIoTなど新たな技術のうねりと、フェイクニュースに代表されるインターネット上の言論に対する疑義、質・量ともに深刻さを増すサイバー脅威など、シビアな問題によって大きな転換点に立つインターネットについて、決して楽観的ではない見方が示された。「インターネットは現実社会の合わせ鏡だ」として、インターネットを自分の問題として一歩一歩、着実に対策を検討していくことの重要性が指摘されたのが印象的だった。

 図1と図2は、これらのセッションを、タイトルに並ぶキーワードに基づいて分野別に集計したものである。サイバーセキュリティをテーマに取り上げるセッションが多かったことは、その重要性を示している。特に、サイバー脅威に対するグローバルな対処体制の構築に注目が集まっていた。

図1 IGFのセッションテーマ(数)
図2 IGFのセッションテーマ(割合)

 もう1つの特徴として、国および地域レベルのIGF活動を認知するNRI(National Regional IGF Initiatives)が多くのセッションを開催していたことが挙げられる。メインセッションでは、各NRIの代表者が勢揃いしてデジタル社会における権利を議論するセッションが開催されたほか、「NRI協同セッション」として、複数のNRIが協同で企画したセッションが8つほど開催された。

 日本では、JPNICが事務局を務める日本インターネットガバナンス会議(IGCJ)[*13]と、日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)を中心に運営されるIGF Japan[*14]が合同でJapan IGFとしてNRIの認知を受けており、NRIメインセッションへの参加、協同セッションとしてIPv6に関するセッションを企画した。連携・協同は始まったばかりだが、今後NRIとの協同でIGFがどのように発展していくか、楽しみである。

今後のインターネットガバナンス

 今後の行方を論じる前に、インターネットガバナンスという言葉の意味合いを整理しておきたい。JPNICでは「インターネットガバナンス」を「インターネットを健全に運営する上で必要なルール作りや仕組み、それらを検討して実施する体制など」として扱っている([*1]参照)。

 インターネットガバナンスの諸問題を整理する方法として近年一般的になってきたのは、インターネットガバナンスの課題を「インターネット自身のガバナンス (Governance *of* the Internet)」と「インターネット上のガバナンス (Governance *on* the Internet)」の2つに大別することだ。

 *of*は、資源管理や技術標準化など、インターネットの基盤を維持運営していくための「インターネット自身のガバナンス 」を指し、しばしばグローバルな調整が必要である。これに対して*on*は、権利保護や競争政策など、インターネット基盤上とはいえ現実社会と同様に市民生活や経済活動に関する「インターネット上のガバナンス」なので、しばしば国家による法制・規制が必要である。

 *of*のガバナンスは、IANA監督権限移管の完了によって資源管理の局面では大きな節目を迎えた。前項で論じたように、グローバルな拡がりの中で、あらゆるステークホルダーが関与し、自律的にルールを作り運用する枠組みが整った。一方で、インターネット基盤の運用に関しては、一国の中で電気通信事業としての公共性を担保するための規制はあるものの、今のところ、グローバルなルールや規範は特にない。

 2017年8月には、グーグルの経路広告の誤りが国内事業者における通信障害を引き起こしたことは、無数の事業者が基盤を運営するインターネットにおいて、そういったルールや規範あるいは一段踏み込んだコーディネーションの必要性を考える機会となった[*15]

 また、前項で述べたように、セキュリティ脅威は年々深刻さを増し、かつグローバルな拡がりを見せている。こちらは協調の規模が全世界に及ぶだけでなく、民間に限らず各国政府も国家安全保障の観点から関心を寄せており、サイバー規範(Cyber Norms)といった、ソフトロー的なアプローチを含め、やはり一段踏み込んだコーディネーションの必要性が叫ばれている。

 *on*のガバナンスに関しては、AI、IoT、ビッグデータ、データプライバシー、ブロックチェーンといったキーワードが踊る中、ICT全体に問題が拡がっており、どこからどこまでがインターネット関連のものかといった線引き自体が難しくなってきている。個別の問題は本白書のほかの原稿で論じられており、詳細はそちらに譲るが、共通しているのは、問題解決に向けた検討には、その問題に関連する多種多様な関係者の関与が必要であるということだ。

 また、インターネットはグローバルに拡がっているため、同じような問題はほかの国や地域でも議論されている可能性が高く、議論の共有が迅速な検討の鍵を握る。インターネットはまさに、このように幅広い関係者で議論を共有するためのツールでもあり、それを役立てることも含めて、議論の場を発達させることが重要だと考えている。

前村 昌紀(まえむら あきのり)

1994年、NECで現在のBIGLOBEにつながるISPサービスの立ち上げにネットワーク技術者として参加。以来、JANOG(JApan Network Operators' Group)の立ち上げ、JPNICにおけるIPアドレス管理業務に関する委員会への関与、APNIC(Asia Pacific Network Information Centre)理事、理事会議長と、インターネット運営調整、方針策定への関与を深める。2007年からJPNIC職員。現在はICANNの理事も務める。