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学生の「生成AIコピペ」レポートで悩む大学教員たち。留年・落単・減点も

 筆者は大学で講義を持っている。レポートを課す際に問題となっているのが、生成AIだ。生成AIを日頃から使っている学生が、レポートで使わないわけがない。というか、使っている。使い過ぎている。大学の教員らと話すと、誰もが生成AIコピペ問題で悩んでいる。この問題について、他の先生の意見も紹介しながら考えてみたいと思う。

存在しない著者・著作が付いたレポートも

 大学における生成AIの扱いの難しさについて説明したい。

 もう「生成AIを使うな」という時代ではない。けれど、生成AIによって、教員が行う評価の難度は大幅に上がっている。レポート課題が成立しづらくなったのだ。レポートの出来云々の前に「生成AIコピペかどうか」をチェックしたり、疑ったりしなければならなくなった。

 「それなり」のレポートでいいなら、生成AIで一瞬で書けてしまう。けれど、時間をかけて勉強して書いているレポートと、生成AIの回答をコピペしただけのレポートで同じ評価は付けられない。一切頭を使っていないのに、履修を認めて、単位を出すわけにいかない。

 かつてはだらだらと子どもの作文のようなレポートが多かったものだが、生成AI独特の文章構成のレポートが増えた。生成AI製の文章を判別するAIチェッカーで、「AI度100%」という判定が出たこともあった。

 対策として、「根拠となる文献(URLや書籍名)」を付けるよう指示を出してみたことがある。生成AIが苦手なことを課題に含めれば、コピペはできないと考えたのだ。ところが実際は、存在しない著者の存在しない著作や、存在しない記事を提出してくる事例が多発。「詩賛新聞」という存在しない新聞からの引用を付けたレポートまであって、頭を抱えた。URLの中に「?utm_source=chatgpt.com」が入っていて、ChatGPTの出したURLをそのまま貼っているのが丸分かりの例も何度も見かけた。

 以前、Wikipediaコピペレポートを出した学生がいた。単語にWikipedia記事へのリンクが張られた状態で出してきたのですぐに分かったが、生成AIコピペは見ただけでは判別しづらい。教員にとっては、無駄な労力が増えているのが現状なのだ。

単位を落としたり留年させたりした先生も

 他の大学の先生たち10名に、この悩みについてアンケート形式で聞いてみた。レポートの生成AIコピペが判明したことで「単位を落としたことがある」(2名)、「減点、指導したことがある」(3名)、「留年させたことがある」(1名)方もいた。

生成AIコピペレポートを提出されたことで、単位を落としたり、指導したりしたことはありますか。(回答10件)
単位を落としたことがある2名
減点・指導をしたことがある3名
留年させたことがある1名
どれもない4名

 レポートの出し方を変えた先生は半数で、「レポートから、持ち込み不可の試験に戻した」という先生もいた。工夫の仕方は様々で、例えば生成AIは体験を書けないので、あえて課す。口頭で説明させると自分で書いていない場合はすぐにバレてしまうなど、以下でご紹介するように苦心の跡が見える。

「口頭試問の割合を多くする/対面で説明させる」

「自分の体験や経験を書かせる」

「根拠となる参考文献を明記させる」

「大学外に出かけて調査し、写真も添付の上、レポートさせる」

「ネット上にはあまりなく、生成AIが容易に集められない資料の比較分析をさせる」

「自分の頭で考えることでしか回答できない内容のレポートにしている」

 生成AIコピペを判定する方法、防ぐ方法も様々。生成AIチェッカーの利用は当たり前だし、生成AI自体に判別させる先生もいる。

「生成AIチェッカーを使っており、コピペや独自性がないものは点数が低くなることを事前に伝える」

「AIにAIらしさを判定してもらう」

「自分で説明させれば分かる」

「検知は行っているが、生成AIによる内容の薄さが問題。内容が薄いと評価も下がるようにしている」

「生成AIコピペは問題にせず、AIにどのような学習(事前学習)をさせているか、出力結果を自ら校閲しているかを問うている」

 記憶に残る逸話も、ひとつひとつがリアルで、その時の先生方の気持ちになって頭を抱えてしまうものばかりだ。

「卒論発表の際、10年以上前に亡くなっている先生の“昨年の論文”を引用した学生がいた」

「メールでやり取りしているうちに急に整った文章になって、『あーのーねー』ってなる」

「プロンプトも含めてレポートに記載されているものがある。『~のテーマについて、大学生らしく答えてください』などの指示までレポート本文に記載されていた。ハルシネーションがひどく、架空の文献を引用文献に挙げているものが多数見られる」

「『おじいちゃんと鉄砲玉』という番組を見た感想のコメントを書いてもらったところ、本当は戦争に行った祖父の死後、骨から鉄砲玉が見つかったことをきっかけに取材を始めるドキュメンタリーだったのに、おじいちゃんがヤクザの鉄砲玉であったことを前提に書いたレポートが出てきた」

大学教育で、そもそも何を学生に身に付けさせたいのか

 先生方からは、他にも苦悩がにじむコメントをいただいている。

「生成AIが書いた文章を大量に読まされている自分は、時々何をしているんだろうと思わされます。学生の考えではなく、生成AIのチェックのような業務になっており、知的な楽しさ、応答性というものは失われます」

「このまま社会に出していいのかと葛藤を抱く場面が増えたかも。学生は『バレなきゃ楽勝』と思っているかもしれませんが、だまされたフリをした方が得が多いと総合的に判断して見逃してあげているだけ。仮病やウソもだいたいバレてます。面倒だから言わないだけ」

「大学教員としての仕事そのものは非常に効率化されたと感じる(成績管理、出席管理、資料作成など)。一方で、大学教育で得られるスキルそのものの多くが生成AIで代替されるようになってきており、大学教育で、そもそも何を教えているのかということの再定義が必要だと感じている」

「おそらく、教員側として、学生の評価として何を求めるのかが問われている。むしろ、これまでぞんざいにシラバスの評価方法を作成し、評価についても説明責任を果たせなかった教員は苦しいのではないだろうか。教育として、何を学生に身に付けさせたいのか、考えることが必要かと思う」

「学ぶ意欲がある人間は以前と変わらず学ぶが、そうでない『単位が欲しいだけ』の人が残念ながら学びが未熟な状態で社会に出ることになり、かわいそう。正直、学習到達度の判定で生成AIの影響を100%避けることはできないので、教員の側としてできることは少ない。どちらかというと学校や制度として対策を進めるべきと考える」

 先生方は深く葛藤しており、どのコメントにも深く頷かされる。私もまさに同じことを感じている。生成AIチェックの空しさとくだらなさ。

 一方で、社会学のある先生は、「手書きの良さを見直すべきでは」と考えを述べる。「学生には、手書きのレポートを出させている。手書きはコピペと違って写経のようなものだから、それだけで勉強になる」。得意な分野には偏りがあるようで、「人文系のことはネット内にはあまりないから、生成AIはまだまだ役に立たないと思う」とも言う。

生成AIに置き換えられない人材になるために、何をすべきか

 「生成AIも間違う」ということを知らず、本業で利用して恥をかいている社会人がいる。ミシシッピ州で行われた訴訟で、双方の弁護士が存在しない生成AIによる架空の判例を出してきたため、激怒した判事が審理を中断した。弁護士らは全員訴訟から外された上で、懲戒処分の上、罰金を科されている。このような事態を引き起こさないリテラシーを身に付けさせたい、と思う。

 「生成AIは有能な新入社員の部下であり、自分は上司である」と考えよ、と言われる。生成AIは非常に能力は高いけれど、あくまで新入社員なので、驚くような間違いもする。最終的な成果物に対する責任は上司である自分にあるので、最終的な品質チェックをする必要がある。

 そのために、品質の正しさや質を見極められる能力を身に付けておかなければならない。それができない人を雇う意味はなく、24時間365日無給で(利用料金はかかるが)働き続ける生成AIでいいということになってしまう。生成AIに置き換えられない人材であるために、何をすべきか。目先の楽さに囚われて生成AIコピペで学生時代を過ごした先には、明るい未来はない。

 生成AIの普及で、新卒採用数が一部で絞られ始めていること、ビッグテックで生成AI活用人材は採用する一方、それ以外では人員削減が進んでいることは学生たちに伝えている。生成AIの研究を進め、より求める出力が得られるプロンプトを研究している学生もいる。分かっている学生は自分たちが社会に出るときにどうあるべきかを模索し続けているし、先生たちも一番いい方法を模索している。変わりつつある時代に生き残るためにはどうしなければいけないのか、そのために今、何ができて何をすべきか、問われているのではないのだろうか。

高橋 暁子

ITジャーナリスト/成蹊大学特別客員教授。SNSや情報リテラシー教育が専門。スマホやインターネット関連の事件やトラブル、ICT教育事情に詳しい。『若者はLINEに「。」をつけない 大人のためのSNS講義』(講談社+α新書)、『スマホで受験に失敗する子どもたち』(星海社新書)ほか著書多数。https://akiakatsuki.com/