ラジオ界の「水曜どうでしょう」発掘なるか、TBSラジオ「らじこん」の狙い


TBSラジオ&コミュニケーションズの塩山雅昭氏(右)と梶田陽三氏

 いま、ネットで注目のコンテンツといえば、IPサイマルラジオ「radiko」がその筆頭だろう。ラジオ受信機でしか聞けなかったAM・FMラジオが、ネット経由で気軽に鮮明な音声を楽しめる。放送内容も基本的に本編たるラジオ放送と同一。著作権の都合で配信の難しかった最新邦楽が、radikoを通じて聞こえてくることに感慨を覚える人も多いはずだ。

 また、この2~3年ではAM・FMラジオをデジタル録音できる小型機器が増加。ラジカセやオーディオコンポだけに頼っていた録音手段が多用化された。さらに、ラジオ放送各局が、番組の一部をアーカイブしてポッドキャスト配信するスタイルも一般化した。

 そんな中、TBSラジオでは4月5日、音声コンテンツを有料配信するためのポータルサイト「らじこん」を正式オープンした。TBSラジオ独自のオリジナル番組はもちろん、他局や番組制作会社の音声コンテンツもラインアップする。電波放送、無料ポッドキャストの先に、どんな将来像を展望するのか。その狙いを担当者に伺った。

ダウンロード型・再生期限なしで利便性向上、CDへのコピーも

「らじこん」のトップページ

 「らじこん」を語る上で、大前提となるのが“ダウンロード型”のサービスであるということだ。一般的に放送局が提供するコンテンツ配信サービスといえば、ストリーミング型が大半。例えば、radikoは電波放送と同じ内容をストリーム配信しているため、インターネットの常時接続が絶対条件となる。また、テレビ放送局による配信サービス「NHKオンデマンド」も、映像と音声の違いこそあるものの、ストリーム型の配信を行っている。

 「らじこん」運営元であるTBSラジオ&コミュニケーションズの塩山雅昭氏(事業局事業部プロデューサー)は、「着うたフルに代表されるように、音声系コンテンツは、ダウンロードしておいて移動中にも楽しみたいという消費者ニーズがとても強い分野なのです」と説明する。

 「らじこん」で配信中の番組「小島慶子×外山恵理 言いたい放談」を例に見てみよう。TBSラジオで活躍する女子アナウンサー2名によるトーク番組で、1回あたり10分程度の構成。料金は各210円とやや割高な印象はあるが、まず視聴期限・再生回数の制限はない。

 さらに、CDへのコピーは3回まで、SDMI準拠/非準拠のポータブル機器にも10回まで転送できる。再生ライセンスの再発行は購入から365日以内であれば10回まで可能。ウォークマンやPSPで楽しむことができるバージョンを別途販売するなど、聞き方のバリエーションは幅広い。この仕様自体が、らじこんの大きな魅力だ。

 ダウンロード型が導入された背景には、「JUNK座談会」の反省がある。深夜番組「JUNK」に出演する月曜日から金曜日までのパーソナリティーが一堂に会し、トークを繰り広げるというオリジナルのコンテンツで、2008年末からの2カ月間、ネット限定配信された。この時の料金は、7日間聴取できて525円という設定だった。

 この企画自体は収益を確保し、一定の成功を収めたが、「ダウンロードして聞きたい」というユーザーの声が多かった。また、コンテンツを配信したサイト「TBSオンデマンド」の課金が複雑だったこと、若年層リスナーへの配慮としてクレジットカード以外の課金手段を用意する必要性がわかり、「らじこん」でその対処が試みられた。

具体的には、決済時に入力する個人情報は名前、電話番号、メールアドレス程度で、会員登録という概念自体も無くすなど、極力シンプルなものとしている(ライセンス再発行には注文番号などを利用する)。決済方法でもクレジットカードのほかに、WebMoneyをサポートした。

自社運営でわかったメリット

TBSラジオ&コミュニケーションズの塩山雅昭氏。系列のクラシック専門ラジオ局「OTTAVA」の開設にも携わった

 「らじこん」立ち上げでこだわったのが、自前での配信体制の整備だ。生放送が日常的に行われているラジオの世界では、放送後記的なブログやポッドキャストをいち早く公開したいという意識がある。しかし、配信体制を他の事業者などに委託した場合、どうしても作業手順が増え、時間がかかってしまう。これが「らじこん」の配信であれば、制作から2~3日で公開できるまでに短縮化。他社からコンテンツを預かる場合であれば翌日公開も可能という。

 自前の配信体制を整備したことによって、ユーザーの消費動向をより詳細につかめるという副次的な効果もあった。買う順番やページ遷移まで分析できるため、「連続番組の最新回を買ったユーザーが、そこからさかのぼってバックナンバーを買っている状況などがわかりました」と、その重要性を塩山氏は明かす。外部の配信会社に委託した場合は、月間ダウンロード数などが報告される程度にとどまっていたため、非常に大きな変化と言えそうだ。

 せっかく作った配信体制を、TBSラジオ1社だけで使うのはもったいない。一方、各地のラジオ局が制作する番組は地域限定放送となるため、相対的に市場が狭く、ビジネス的な広がりも難しい。番組とエリア外のラジオファンの接触機会を増やし、全国へ届けるための足がかりに「らじこん」を活用してほしいというのが塩山氏の願いだ。あらゆる放送局が参加できるよう、「らじこん」のWebサイトではTBSのロゴ表示を抑えるといった配慮も行っている。

「4本録りの3本目」発言も?!~通常番組とはまったく異なる構成・制作

TBSラジオ&コミュニケーションズの梶田陽三氏。らじこん配信番組の編集や、番組告知用の出演者写真撮影などもこなす

 現在ラインアップしているコンテンツでは、TBS女子アナウンサーによるトーク番組が人気だ。その中でも「小島慶子×外山恵理 言いたい放談」は特に人気を集めているという。すでに10回以上が放送されているが、すべてを購入しているユーザーも少なくない。

 TBSラジオ&コミュニケーションズの梶田陽三氏(編成局編成部インターネットセンター デジタルコンテンツディレクター)は、ネット配信番組はその番組内容・構成自体も大きく違ってくると解説する。

 梶田氏は「有料販売をする以上、『いかに次の番組を買ってもらうか』を常に念頭に置く必要があります」と、その方向性を語る。もっとも極端な実践例は、続きが気になる番組を最初から作ってしまうこと。ある番組ではトークに制限時間を設け、どんなに話題が盛り上がっていても一定時間経過後にゴングを鳴らし、そこで一度番組を終了する。続きが気になって次回も買いたくなる――─という訳だ。

 この番組構成の場合、とある回を購入して聞くと、前回の話題も結果的に気になるという効果も産み出した。塩山氏が前述した「最新回から買ってから、古い回をさかのぼってダウンロードする人が多い」というエピソードは、まさにこれが裏付けだ。ほかにも、出演者が番組中で「3回前に放送した話の続きなんですけど」と、バックナンバー配信分について詳細に語れるなど、オンライン配信番組ならではの特徴もある。

 通常、ラジオ番組は1つの周波数で継続的に放送するという性質上「特定のラジオ局が好きだから聞く」あるいは「好きな番組のあとに放送しているからついでに聞く」など、聴取者と番組の距離感はさまざまだ。それゆえに、当日放送されたテーマを、次回も続けるケースはほとんどない。

 一方の「らじこん」は、番組を単品販売する以上、その傾向を当てはめることはできない。「好きなアナウンサーのトークが聞きたいからお金を払う」といったより能動的な購買意識が前提となる。そのため、不特定多数に配慮した総花的な内容ではなく、少数の聴取者を意識した"濃い"内容になっているという。

 梶田氏は「いまは相当数のネットユーザーが、無料ポッドキャストを聞くのに慣れてしまっています。その上で、お金を払ってでも聞きたいと思ってもらうには、内容をかなり工夫する必要があるでしょう」とし、差別化には特に注意を払っているとも付け加えた。

 さらに、時間に関する制限がほぼないという点も、番組表に則った放送とはまた決定的に違う点だ。番組の長さだけでなく、聴取する時間帯の制限もない。日中にポータブル機器で聴取する人もいれば、深夜にじっくり聞く人もいる。また、1日に何本ものエピソードを連続購入する可能性もある。

 このため、番組の収録過程をあえて披露してしまうのも1つのテクニックだ。塩山氏は「女子アナウンサーによるコンテンツは、1回に4本まとめて収録していますが、堀井美香アナウンサーの番組では『4本録りの3本目なので疲れてきました』と率直に言ってしまっています」といった笑い話も披露。いつどのように聞かれるかわからないネット配信番組である以上、収録時の雰囲気を包み隠さず伝えることも必要だという。

番組アーカイブ配信、あとはプロデューサーのGOサインだけ?

「らじこん」の決済画面。会員登録不要でまずファイルをダウンロードし、音声再生を実行する時点ではじめて個人情報を入力する

 「らじこん」では現在、TBSアナウンサーらによるオリジナル番組だけでなく、地方のラジオ局が放送用に制作した番組のネット再配信も行っている。和歌山放送の番組「野球にかけた人生、尾藤公さん」もその1つだ。平成21年日本民間放送連盟賞ラジオ報道番組部門優秀賞を受賞した作品ながら、現地での放送はわずか1回だけ。こういった希少な音源の再配信、さらなるビジネス展開をもねらうのが、らじこんの意義だ。

 一方、TBSラジオでレギュラー放送されている番組をネット向けに再配信する、聞き逃し対応的なサービスを「らじこん」で実現できる可能性はあるのだろうか。

 塩山氏と梶田氏によれば、実際に放送されている音声を24時間単位でデジタルデータ化する体制はすでに整っている。「らじこん」の運用システム的にも十分対応が可能で、技術的な障害はほぼないとしている。課金についても、現在は作品単位で行っているが、将来的には月額制も導入予定だ。

 また番組内で音楽を使用する場合についても、日本音楽著作権協会(JASRAC)に対して、ダウンロード回数に応じた一定の利用料を支払う規定がすでに整備されている。加えて、梶田氏は「現在放送されている番組の中には、無料ポッドキャスト配信のために、著作権利用料を支払わないですむ権利フリー楽曲のみをあらかじめ選曲するケースもあります」と説明。無料・有料は別問題ながら、制作者側がなんらかの形のネット配信を意識する現状も生まれているようだ。

 出演者や制作者が収益をどう分配するかについても、明確な枠組みができつつある。塩山氏も「ひょっとしたら、ネット再配信するかしないかは、もう番組プロデューサーの腹づもりだけかもしれない」と語るほどだった。

 TBSラジオのもとにも「深夜ラジオ『JUNK』をネット配信してほしい」という声がたびたび寄せられているという。ネット配信の実現には、現場の番組制作者に対して聴取者が直接声を上げていくことが何よりも重要と言えそうだ。

radikoとポッドキャストで証明された「音声コンテンツは廃れていない」

 現場のラジオ業界人は、IPサイマルラジオ「radiko」をどのようにみているのだろうか。現段階では試験サービスであるものの、radiko運営元であるIPサイマルラジオ協議会が発表した実績、調査会社のレポートなどを鑑みれば、人気は確かなものと言えそうだ。

 ただし、塩山氏はこの人気ぶりを冷静に受け止めている。「これまでラジオの聴取習慣があったものの、電波環境が悪かったり、勤務先では聞けなかった人がradikoを利用しているのでは」。サービス開始から2カ月強と間もないこともあり、ラジオに触れていなかった新規ユーザー層を満足できるほど取り込むレベルには至っていないと分析する。

 その上で塩山氏は「現状の聴取者だけでもこれほどの人気を集めるということは、つまりラジオの潜在ユーザーは非常に多いのだと思います。メディアも広告代理店も、ラジオを過小評価していたかもしれません」と語る。

 この判断の背景には、無料ポッドキャスト配信の人気ぶりがある。ダウンロードの実数こそ明かさなかったものの、統計的にみても確かな規模だと塩山氏は説明。「本来なら番組宣伝目的のポッドキャストがここまで聞かれているのは、音声コンテンツを聞くという文化もスタイルも廃れていないことの証明では」と語る。インターネット時代の対応策としてradikoが登場したように、コンテンツの配信手段を柔軟に考えていくことが、ラジオにとって非常に重要だと指摘した。

地方発で全国展開できる名物番組はある、目指すは「水曜どうでしょう」

 「らじこん」では今後、コンテンツの一層の充実に努めていく。地方の放送局だけでなく、音声コンテンツを制作する企業、セミプロ団体の参加も想定しており、大学の放送研究会などでも参加可能という。

 梶田氏は「地方に行くと、必ず1つは名物ラジオ番組があります。テレビの『水曜どうでしょう』のように、地方発の番組で全国展開できるものはたくさんあるはず」と地方放送局への期待感を示した。

 塩山氏も「例えば沖縄好きの私なら、『○○通りのお店がイベントをやっていて…』といった極端にローカルな番組でも、東京で聞きたい。ぜひそういった番組を全国に広める手段にしてもらえれば」とアピール。興味のある企業・団体は、TBSラジオ事業部まで問い合わせてほしいとしている。


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(森田 秀一)

2010/5/31 00:00