DXは魅力的なコンテンツづくりにどう貢献するか?

第6回

事業会社が「内製でデータ活用」するのは、何故いいのか?

〈対談〉ヤマト運輸 中林紀彦× KDX 塚本圭一郎(後編)

様々な業界で進んでいるデジタルトランスフォーメーション(DX)だが、その進み方や内容は会社やよってかなり異なる。そうした中、特色あるDXを進めているのが、コンテンツ産業の雄であるKADOKAWAグループだ。同グループでは、グループのDXを推進し、そのノウハウを社外にも展開していく子会社「KADOKAWA connected」を設立。社内外あわせた「コンテンツ産業のDX」を推進している。そこで今回は、同社でDXを推進する塚本 圭一郎より、「DXは魅力的なコンテンツ作りにどう貢献するか」をテーマに寄稿いただいた。これまでの記事は以下。(編集部)

第1回:なぜ総合エンタメ企業「KADOKAWA」がDX推進の子会社をつくったのか?
第2回:日本のコンテンツ業界はDXでどう変わるのか?
第3回:ビジネスをスピードアップする「サービス型チーム」とは?
第4回:「属人性」「権限移譲」「負担感」「トップの理解」をどう解決する?
第5回:ヤマト運輸が進めるDX、デジタルな組織・風土をいかに構築するか

KADOKAWAグループのDXを推進する子会社「KADOKAWA connected」でChief Data Officer(CDO)を務める塚本 圭一郎氏。 同グループ全体のデータマネジメントを担う。

 ヤマト運輸の執行役員として、データ活用を通じて増大する輸送量に対するキャパシティ創出という課題に取り組む中林紀彦氏と、事業会社のDXを推進するデータサイエンティスト同士として、DX推進体制の構築やデジタルな組織風土づくり、データと人間の良好な関係性などについて対談を行いました。

 後編では、事業会社がデータ活用を内製化することの意義、データサイエンティストが事業会社で働くことの価値などについて話し合った。

※役職や組織名は取材時(2022年7月)のものです。

DX推進で一番重要なのは「手段を目的にしないこと」

ヤマト運輸株式会社 執行役員 DX推進担当の中林 紀彦氏。日本アイ・ビー・エムにおいてデータサイエンティストとして顧客のデータ活用を支援。その後、オプトホールディング データサイエンスラボ副所長、SOMPOホールディングスチーフ・データサイエンティストを経て、ヤマトホールディングスの執行役員に就任。重要な経営資源である”データ”をグループ横断で最大限に活用するためのデータ戦略を構築し実行する役割を担う。また、筑波大学客員教授、データサイエンティスト協会理事として、データサイエンスに関して企業の即戦力となる人材育成にも従事する。

塚本:ヤマト運輸さんやKADOKAWAもそうでしたが、これまでアナログ主体だった企業がDXを推進する場合、どのような点に注意すべきだとお考えですか?

中林:一番重要なことは、手段を目的化しないことです。いろいろなデジタルの仕組みを“つまみ食い”してもうまくいきません。まずは「何を実現したいか」というゴールを明確にすべきです。

 当社の場合、経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」でフィナンシャルターゲットを定めており、そこに向かってどうデータやデジタルを活用していくか、というストーリーを描いています。あとは、さまざまな事業にアジャイル対応できるシステムの共通基盤を整備することが重要です。

塚本:「YAMATO NEXT100」の3つの事業構造改革の中で興味深かったのが、「法人向け物流事業の強化」です。ヤマト運輸さんが企業のリード・ロジスティクス・パートナー(LLP)になるということは、物流に留まらずビジネスそのもののコンサルティングが可能になると感じました。

中林:久原本家グループやロクシタンジャポンなどのLLPとして、法人のお客さまの経営に資するサプライチェーン改革やビジネスプロセス改革を支援しています。

 ただ、こうした外部との連携を進めていく上で、課題となるのがデータ共有に関する契約の問題です。これについては、さまざまなデータをサプライチェーンの中で共有できる基盤について、我々のデータマネジメントチーム内のガバナンスチームが法務と準備を進めています。

塚本:私たちも「BOOK☆WALKER」という電子書籍販売のプラットフォームで他社の作品も取り扱っていますが、将来的には、そこから得られたデータを出版コンサルティングに活かしたいと考えており、データを適切に扱うための検討をしています。

中林:BtoBのビジネスは個別契約のため、どう標準化するかは、これからクリアしなければならない課題です。

塚本:私たちが扱うコンテンツも、契約がネックになって新たな施策が打てないということが往々にしてあります。他社と提携してデータを活用する場合に、従来の契約に縛られるケースがありますので、互いにWin-Winの形で合意できるようなテンプレートを用意することが重要だと感じています。

データ分析による需要予測と実際の顧客ニーズの乖離にどう対応するか?

塚本:KADOKAWAでは、EDI(電子データ交換)により書店から直接発注を受け取り、迅速に書店に商品を供給する仕組みがあります。当然、出版社および書店に裁量があるのですが、需要や在庫の管理・予測を自分たちがしなければ、逆に非効率になってしまいます。

 こうした需要予測と実際の需要との乖離は、書店に限らず小売業では生まれやすいことと思います。このように、自分たちの予測と顧客のニーズに乖離があった場合に、どのように対応されていらっしゃいますか?

全国約3,400ヵ所の営業所ごとに日々の業務量予測を行っている

中林:宅急便を取り扱う営業所は、全国に約3,400ヵ所あります。営業所ごとに日々の業務量予測を約3ヶ月先まで行っています。

 予測誤差は全体平均では数%ですが、業務量の少ない営業所は変動率が高い傾向にあります。営業所によって上振れ/下振れしやすいという傾向値も見えるため、オペレーションを設計する担当者に参考として伝えています。予測データを使うか使わないかではなく、データをどううまく絡めて現場に展開するかがポイントだと思います。

塚本:私たちも、分析の結果見えているデータについては、その精度も合わせて事業部門に提供しつつも、そこから先の意思決定は委ねるアプローチをとっています。

中林:あとは、予測の上限値を決めて、リソースを配分しすぎないようにコントロールすることが大事です。

人の持つ「経験や勘」とデジタルの関わり方

塚本:一時期、「AIが人間に取って代わる」ということがよく言われましたが、人の持つ「経験や勘」とデジタルの関わり方や、人とデータの共存についてはどのようにお考えですか?

中林:我々の事業の本質はフィジカルであり、そのすべてをサイバーに置き換えることはできません。

 フィジカルとサイバーをうまく融合しながら連続的に変えていくことによって、人はより付加価値の高い仕事に注力できるようにしたいと考えています。

 例えば、業務量予測に基づいた経営資源の最適配置は、精度が高まれば自動化でき、人はより質が求められる仕事に注力できるようになります。また、配送ルート組みもAIを活用し、ドライバーの経験を組み合わせることで、質を高めながら効率化できます。このようにDXによってフィジカルな部分を連続的に変化させていくことで、人がする仕事をより高度化させていくことが可能になります。

塚本:単純に人から機械に置き換わるのではなく、人が機械を利用することでより高度な仕事ができると考えれば、可能性は無限にありますね。

 エンタメの世界では、どこまで自動化してほしいかはクリエイターによって異なります。全てを自動化して売りたいと言う人もいれば、全て手作りで手配りしたいという人もいます。また、編集者とタッグを組んでやりたい人もいれば、提供されるデータに基づいてやりたいという人もいる。それぞれの意向に合わせて、さまざまなデータやデジタルの使い方があってしかるべきだと考えています。

デジタルをうまく使いこなせば、日本企業はもっと強くなれる事業に直接貢献できる「事業会社でのDX」

塚本:データサイエンティストにとって、事業会社でデータ活用に取り組むことの価値や面白さについて、どのように思われますか?

中林:事業に直接貢献できるところが、事業会社で働くことの価値であり、面白さだと思います。採用面接でも、データ分析会社やSIer、コンサルティングなどでクライアントのデータ分析をやっていると、なかなか成果につながらず、スキルを発揮しにくいと感じる人は多いようです。

塚本:私も全く同感です。私の場合、エンタメが好きでKADOKAWAに入社したので、エンタメ事業を盛り上げることに、自分のスキルセットでどうやって貢献していけるかを考えることが楽しいと思っています。データサイエンスはそのための手段であり、目的化しないように常に意識しています。

 最後に、中林さんはこれまで複数の企業でデータ活用に取り組んでこられたわけですが、DXを通して実現したいビジョンをお聞かせください。

中林:DXはあくまで手段であり、日本の事業会社がデジタルやデータを活用してどんなことができるのかを考えるのが私の命題の1つです。

 デジタルをうまく使いこなせるようになれば、日本企業はもっと強くなれると考えています。日本ではデジタル人材の多くがSIerなどにいるため、事業会社としてドラスティックに変化していくことができませんでした。DXを推進するには、そのコアの部分は内製化して、自分たちできちんとした体制をつくって取り組んでいくことが大事だと思います。

 また、サイバー空間で閉じたビジネスではなく、デジタルを駆使してフィジカルなビジネスをより良く変えていけるかが私にとっての大きなチャレンジです。

 サイバー空間に現実の世界を再現したデジタルツインをつくり、シミュレーションを繰り返しながら最適化し、フィジカルなオペレーションに反映していくというサイクルを構築できれば、物流をより良い方向に変えることができると考えています。

塚本:DXが手段というのは全く同感です。私としては、大好きな日本のエンタメを盛り上げるために、データ活用で貢献できることがあればなんでもしたいと考えています。

中林:「こうすれば、もっとよくできる」という仮説をいろいろと持っています。それを少しでも実現して、社会に貢献していきたいと考えています。