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映画のオファーに出向いたら監禁された! SNSを悪用した求人詐欺で拡大する東南アジアの人身売買の闇

 今年1月初めに、中国人俳優の王星さんがタイで消息を絶ちました。映画の仕事のためにタイへ渡航したのですが、乗っ取られた映画関係者のSNSアカウントからの偽のオファーにだまされていたのです。王星さんはミャンマー国境付近の詐欺拠点に連れ去られ、特殊詐欺の訓練を強制されることになりました。幸い、数日後に現地当局と関係機関の連携により救出されましたが、この事件をきっかけに、同様の手口によって誘拐・監禁されている被害者が多数いることが広く知られることになりました。

仕事で渡航したと思ったら郊外の犯罪拠点に監禁……そうした事件が起きています(AIで生成したイメージ画像です)

 最近、SNSでは、好条件の求人や高収入の仕事をうたう情報が頻繁に出回っています。特にエキストラの募集や翻訳、事務作業など、多くの人が興味を持ちそう、または簡単そうな仕事の求人が目立ちます。王星さんの事例では、実在する映画関係者のSNSアカウントが不正に乗っ取られ、正規の情報と区別がつかない状態で好条件のオファーが送られてきたのです。

 この手口の特徴は、実際の企業や業界で使用される用語や条件を巧妙に模倣し、被害者が信じてしまうよう仕組まれていることです。被害者は以前にも同様のオーディションに参加した経験があることから、疑いを持たずに渡航を決断してしまいます。犯罪組織は、信頼性の高い情報に見せかけることで、ターゲットの警戒心を解き、現地への渡航を誘導するのです。

 被害者は渡航後すぐにパスポートや携帯電話を取り上げられ、自由な移動ができない状態に置かれます。タイやミャンマー、カンボジアの国境付近には詐欺組織が密かに運営する拠点が存在するとされており、被害者を監禁。髪を剃られ、全員が同じ服装に統一され、24時間体制の監視下で特殊詐欺の訓練を強制されます。指示に従わない場合は、電気警棒による暴行や数日間の絶食といった厳しい罰が科せられ、日常的に暴力や拷問が加えられる事例もあとを絶たないそうです。

 カンボジアの詐欺拠点では、24歳の台湾人女性が渡航直後からパスポートを没収され、わずか1週間の間に4回も詐欺会社に転売される経験を強いられました。最初の会社では2万5000ドルで買われ、指示に従わなかったために電気警棒で殴られ、その後も次々に売られ、残虐な扱いを受けたことが明らかになっています。

 日本人もターゲットになっています。カンボジア南東部のスバイリエン州バベットでは、虚偽の求人にだまされ渡航した日本人12人が現地警察に保護される事態が発生しました。被害者は、渡航先の空港で迎えられた直後にパスポートや連絡手段を取り上げられ、指定された施設に監禁されました。現地当局や大使館への緊急連絡がきっかけとなり、救出されました。

 これらの事例は、単なる誘拐事件ではなく、東南アジア全域に広がる大規模な犯罪ネットワークの活動の一端です。中国当局は2016年以降、国内での詐欺摘発と並行して、ラオス、ミャンマー、フィリピン、インドネシア、スペインなど海外でも摘発活動を進め、強制送還用のチャーター機を多数運用していると報じられています。しかし、現地当局との癒着や、武装組織が実質的に支配する無法地帯であるという現実もあり、撲滅には至っていません。

 報道によれば、東南アジアの犯罪拠点には21カ国以上から約6000人が監禁されている可能性があり、その中には日本人も含まれているそうです。犯罪組織は被害者に特殊詐欺への加担を強要し、ロマンス詐欺や投資詐欺などの手口で被害を拡大させています。さらに、詐欺組織は暗号資産を用いて犯罪収益を移動させており、摘発されたとしてもすぐに新たな拠点を築くことでしょう。

 中国警察当局は2024年11月、ミャンマーと協力し詐欺容疑者5万3000人以上を拘束したと発表しましたが、軍事政権との連携や国際社会との協力が十分に機能していない現状では、根絶には大きな困難が伴います。

 今回のような事件は、単一の国だけで解決できるものではなく、各国の連携が不可欠です。被害者の救出や犯罪組織の摘発には、各国の警察や大使館、国際機関が情報を共有し、迅速な対応を図ることが求められています。

SNSで仕事のオファーが来た場合は、慎重にファクトチェックしてください(AIで生成したイメージ画像です)

 一方で、個々人がこのような詐欺グループによる被害に巻き込まれないためには、SNSやインターネット上で流れる好条件の求人情報や高額報酬のオファーに対して、警戒心を持つことが重要です。実在する企業や団体をかたったり、王星さんの事例のように乗っ取ったSNSアカウントで連絡してきたりする可能性も考慮し、必ず、公式サイトや信頼できる情報源を通じて確認を取りましょう。

 国境を越えた犯罪行為が決して他人事ではないと認識し、私たち全員がそのリスクに対して敏感である必要があります。今回紹介したような海外からの求人詐欺の被害者が多数いるということを知り、常に冷静な判断を心掛けてください。

高齢者のデジタルリテラシー向上を支援するNPO法人です。媒体への寄稿をはじめ高齢者向けの施設や団体への情報提供、講演などを行っています。もし活動に興味を持っていただけたり、協力していただけそうな方は、「dlisjapan@gmail.com」までご連絡いただければ、最新情報をお送りするようにします。

※ネット詐欺に関する問い合わせが増えています。万が一ネット詐欺に遭ってしまった場合、まずは以下の記事を参考に対処してください
参考:ネット詐欺の被害に遭ってしまったときにやること、やってはいけないこと