期待のネット新技術

5万㎡超の農場を、Wi-Fi HaLowアクセスポイント1台でカバーするフィールドテスト

Wi-Fi HaLowの現在地(3)

 引き続き、WBA(Wireless Broadband Alliance)が公開した「Wi-Fi HaLow for IoT Field Trials Report」の内容を紹介しよう。今回は7つのフィールドテストのうち、「3. Smart Farm」と、「4. Smart City」の前半あたりまでを見ていく。

オハイオ州のスマート農場で、1台のアクセスポイントで敷地全体の通信を賄う

 Smart Farmのテストは、オハイオ州ケントにあるScott Farm Market and Greenhouseを利用してのものとなった(図1)。

図1:Scott Farm Market and Greenhouse外観。アングル的にはこの辺からの撮影だろう。建物の敷地だけで250m×200mほど。敷地全体はさらに広い

 敷地全体は14エーカー(56658㎡)ほどとなるが、今回の目的は、次の4つがWi-Fi HaLowで実現できることの検証である。

  • 敷地全体をカバーできること
  • 温室や建物に使われている壁材やガラスを貫通して通信できること
  • Mesh Networkを使わないこと
  • 屋内外の複数のIoT機器を混在させて接続できること

 この3番目に関しては、従来のWi-Fiを利用してMesh Networkを構築しようとすると非常にコストがかさむということで、建物のオーナーがMesh Networkを嫌ったという背景がある。

 機材としてAccess PointにはMorse MicroのMM6108-EKH01とダイポールアンテナの組み合わせを利用し、クライアントには同じくMM6108-EKH01、MM6108-EKH01-CAM、MM6108-EKH08のほか、Newracom NRC7292-EVK Kitを利用し、合計24台を配した。Access Pointは図2の赤丸の部分、倉庫の屋根の裏(地上高15ftなので5mほど)に設置したそうだ。

図2:黄色部がこのScott Farm Market and Greenhouseの敷地らしい。写真で下に位置するのは別の農園の模様。ちなみにお店のページはこちら。栽培だけでなく販売も行っている

最大300mまでの距離で通信を確認、障害物があってもOK(?)

 さて、まず最初はOutdoor Test 1で、1台のAccess Pointを利用して建物内外でクライアントがどの程度の速度で通信できるか、を確認したものだ(図3)。

図3:この白線の中で測定を行った。ちなみにアクセスポイントから一番離れている場所(左上の、南北に走る道路と敷地の接している際)までの距離は300mほどになる

 図4と図5がUDP/TCPによるDownlinkの速度、図6と図7がUplinkの速度、そして図8がSignal strengthになる。

 まずUplinkについて。UDPの方が高速なのは以前も同じ傾向があってめずらしいわけではないし、理屈からも正しいので措いておくとして、Access Pointの右上にある建物の中は極端に通信状況がよく、逆に左上の温室は距離が遠ざかるにつれてどんどん転送速度が悪化するのは、やはりそれだけ多くの壁やガラスを貫通するから、ということであろう。

 ただ、一番条件の悪い左上の温室(少なくともガラスを5枚貫通する必要がある)であっても、UDPで4.1Mbps/TCPで3.1Mbpsのスループットを確保できているのは流石である。また更にその左にある、南北を貫く道路沿いだと再び通信状況が改善するというのは、ある程度回折による伝播が期待できるということだろうか(温室の上を飛び越えるかたちで伝播というのも考えられなくはない)?。

 また、Access Point真上にある温室が場所によって結構帯域が変わるのは、温室の中もさらに何らかの仕切りがあるように思われる。ただこれは実際に中の様子を見ないと断言はできないのだが。

図4:UDPのUplink。アクセスポイントの設定は最大32Mbpsなので、近距離で22.4Mbpsはかなり良い数字である
図5:TCPのUplink。2割程度スループットが落ちるのはTCPのプロトコルが入るためだろう

 図6、図7はDownlinkであるが、注目は図で左上に位置する温室の中が強烈に性能が低くなることだ。可能性として考えられるのは、次のような合わせ技だろう。

  • Uplink(Client→Access Point)がそこそこの性能を維持できるのはAccess Pointがダイポールアンテナを組み合わせているからで、信号強度が低くても受信できる。ところがDownlink(Access Point→Client)ではアンテナの受信感度が低くて失敗が増える
  • TCPを使うとDownlinkの失敗がAccess Pointで把握できるので、直ちに再送を掛けられる。ところがUDPだと流しっぱなしになるので、転送エラーが積み重なる

 ちなみに温室の外では結構な速度が確保できているあたり、やはり温室の外側は温室の上を電波が通る格好になっているのではないかと思われる。

図6:UDPのDownlink。左上だけ急激に悪化している
図7:TCPのDownlink。こちらはTCPのUplinkとそんなに性能が変わらず、妥当な感じ

 図8がRSSIの結果で、やはり一番左上の温室だけは極端に条件が悪いが、それを除くと概ね-50dbm~-60dBmを確保できており、ほぼこの農園の敷地全体を1つのAccess Pointでカバーすることが可能、と判断していいと思う。

図8:温室の構造を考えるか、そもそもAccess Pointの設置場所を変えれば解決しそうな気はする。

敷地内の7台の監視カメラをまとめて制御

 Outdoor Test 2はお馴染みの監視カメラである。今回は正面ゲート、温室、納屋と店の外に合計7つのカメラを設置(図9)、Laptopのブラウザーでまとめて表示を行った(図10)。相変わらずフレームレートなどへの言及はないが、この手の監視カメラだと毎秒1フレーム程度であれば十分であり、Wi-Fi HaLowでも帯域的にお釣りが来るということではないかと思う。

図9:店の外、というのが今一つ判らないのだが強盗とかが入ったとか、何かを奪って店から出たとかを監視しているのだろうか?
図10:カメラはONVIFを使ってダイナミックに解像度を変更、というのは前回と同じく。アクセスポイントはWi-Fi 6のルーター経由でInternetに接続されており、この農場の外からでも映像を監視できる、としている。

敷地外の障害物を挟んだ最大250m離れた地点でPingを確認

 Outdoor Test 3は、敷地を超えた範囲でどこまでPingが届くか、を確認したものだ(図11)。ちょっとこのままだと判りにくいので、Google Mapに重ねてみたのがこちら(図12)。アクセスポイントを中心に、北に200m、東にも200m、南に100m、西に250mの範囲でPingが通ることが確認できたとする。筆者的に言えば、建物の右に斜めに走るCline Rdの途中でもそこそこ通信ができたというのは、間に雑木林が挟まれた程度なら通信の障害にならないことが確認できたという意味であり、これは有益なデータだと思う。

図11:赤は-90dBm未満で、これは通信が難しい。オレンジの-90dBmがギリギリというあたり、黄色の-80dBmだと割と普通に通信可能、緑の-70dBmならそれなりの帯域が期待できる。先のPhoto08と見比べて頂くと判りやすい。
図12:本当は建物は東とか北にある、林の中でも測定してほしかった。

建物内で24台の機器を接続し、問題なく通信

 最後がIndoor Testであるが、こちらは24台のClientを単一のAccess Pointに接続した。Clientの種類は灌漑システムのコントローラ、各種作物の温度・湿度検出器、Weather Station、監視カメラ、肥料制御装置など農業環境で使用される典型的なセンサーやアクチュエーターと同様の動作をするものだ。

 また、いくつかのClientはHVACや屋根換気装置に接続する関係で、全てのClientはバッテリー動作で駆動されたとする。テスト期間中は全てのClientとの接続が維持され、リクエストに応じてさまざまなレベルのデータが転送され、そのスループットに問題がなかったことも確認できたとする。ちなみに平均的なデータの転送に要するスループットは50kbps未満だった、との報告だった。

 White PaperではSmart FarmにWi-Fi Halowが十分利用できたとまとめているが、このデータをそのまま日本に持ってくるのはちょっと厳しいと筆者は考える。オハイオの広大な平野部と同じような状況なのは、日本だと北海道とかごく一部に限られる。日本だともっと山間部だったり、間に林とか森が入るとかいうことも多い。そうした環境でも利用できるのか?は別途検証の必要があるかと思う。

スマートシティで広い範囲のメーターや公共インフラを接続する

 続いてはSmart City。このフィールドテストはカリフォルニア州のアーバインで実施された(図13)。Smart City、つまり建物外のエリアのテストなので、建物の中で通信を行う必要はなく、各種メーター計測(天候とか歩行者数、水道/ガス/電気など)や重要なインフラの監視、安全管理などが目的となる。

 ここでWi-Fi HaLowのテストを行う目的は、こうした都市部で広範なカバレッジを確保できるかどうかの確認に加え、さまざまなSmart City Servicesへの接続性を提供することである。

 こうしたものは現在携帯電話ベース(それが本当に携帯か、それともNB-IoT的なものかはともかく)で接続が行われているが、Wi-Fi HaLowを利用することで接続コストを下げつつ、メンテナンスや緊急通報、Asset Trackingなどを支障なく代替可能か? の確認ということになる。

 評価にはNewracom NRC7292-EVK KitとMorse Micro MM6108-EKH01 Kit、それとMethods2Business M2B7111-EVB Kitの3種類が利用された。

図13:厳密な位置は不明だが、多分このあたりのどこかにAccess Pointが置かれた模様。ショッピングモールの裏手には、バンダイナムコなども入るオフィスビルがあったりする

信号機の高さのアクセスポイントから1km近い範囲でPingを確認

 まず最初がCity Retail Plaza and Business ParkのHeat Mapの作成である。Access PointにはNRC7292-EVKが利用されたが、これはチャネル帯域1MHzで設定された。都市部ということを考慮すると、ISM Bandも相当混雑しているだろうから、8MHzに設定してもそれを確保するのは相当困難だっただろうと思われるので、これは妥当である。

 このAccess Pointは信号機の柱に設置した状態を模して、高さ12ft(約4m)のポールの上に置かれた(図14)。一方Clientの方であるが、こちらはMM6108-EKH01をバッテリー駆動スクーターに搭載(?)してテスト経路を走行して、Pingを行いながらRSSIの測定と合わせてMCSレートの確認が行われた(図15)。

図14:これを見ると4mの高さには見えないのだが、この後さらにポールを伸ばすのだろう
図15:スクーターに設置というか、スクーターの乗員のバックパックに搭載というか。アンテナが見えている

 RSSIのHeat Mapがこちら(図16)だが、ちょっと判りにくいので、Google Mapに重ね合わせたのがこちら(図17)。Irvine Center Dr沿いはアクセスポイントを中心に1Km、それと直角方向は450mほどの範囲を移動している感じである。

 ただ、Irvine Center Dr沿いでも-90dBm以上が確保できているのはアクセスポイントから800m程度、北東→南西方向も丁度道があるところでは結構飛距離が確保できるが、間に建物が入ると-90dBmを下回っており、多少の建物があっても何とか通信できるのは200mぐらい、という感じになる。

図16:北西から南東に向けて走る道路(Irvine Center Dr)添いに結構な距離を走行し、あとは南西にあるオフィス街と北東の大学キャンパス(Sage University)の中を走り回っている感じだ
図17:Irvine Center Dr沿いでも、-80dBmから一度-90dBmまで落ちて、再び-80dBmが確保できたりするなど、必ずしも距離だけで信号強度が変わるわけではないのが分かる

 同時に測定したMCS Rateがこちら(図18)。

図18:鋸の歯状にグラフが変化するのは、スクーターで低速移動中にAuto Negotiationが行われる際に発生した、とのこと

 ラフに言えば、次のような感じで、伝送速度はともかくとして、最大で1km近い到達距離を確保できることは確認できたとしている。

  • MCS 4/5/6/7は-70dBm以上(緑点)の信号強度に対応。PHY Rateは1.8~3.34Mbps
  • MCS 2/3は-80dBm以上(黄点)の信号強度に対応。PHY Rateは0.9~1.3Mbps
  • MCS 1は-90dBm以上(橙点)の信号強度に対応。PHY Rateは670Kbps
  • MCS 0/10は-90dBm未満(赤点)の信号強度に対応。PHY Rateは150~330Kbps

 ちょっと長くなったので、続きは次回に。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/