期待のネット新技術

Wi-Fi 8の「超高信頼性」を実現するMAC層の技術:前編 DBE、DUO/PUO、DPSなど

Wi-Fi 7の現状とWi-Fi 8(4)

 前回はPHYにおけるWi-Fi 7とWi-Fi 8の違いを紹介した。今回は、続いてMAC層についてとなるが、全てを紹介すると大変な長さとなるので前後編として、今回のキーワードは次の5つである。

  • DBE(Dynamic bandwidth expansion)
  • DUO/PUO(Dynamic/Periodic unavailability operation)
  • DPS(Dynamic power save)
  • DSO(Dynamic subband operation)
  • LLI(Low-latency indication)

DBE:BSS/EHT BSSを超えた帯域幅での動作を可能に

 アクセスポイントがBSSないしEHT BSSより広い帯域幅で動作することを許すモード。2025年3月19日の資料(docx形式)によれば、次のように規定されている。

DBEを利用することで、アクセスポイントはDBEをサポートするクライアントに対し、帯域幅を変更(拡大/縮小)することが可能になる。ちなみにDBEをサポートしないクライアントに対しては、引き続きBSSないしEHT BSS帯域幅での通信となる。

この際にアクセスポイントはTBD管理フレームを利用して、自身のDBEの帯域幅変更をクライアントに複数回通知し、その後で帯域幅が変更される形になる。帯域幅の変更後、アクセスポイントは次の帯域幅変更が発生するまで、更新されたDBE動的帯域幅で動作を継続する。この際の帯域はBSSないしEHT BSSよりも広くなる。

 これは通常狭帯域チャネルを使用するエンタープライズ向け環境に最適な機能とされ、高負荷時に広いスペクトルを利用可能とし、アクセスポイントの密度やトラフィックパターン、クライアントの能力に基づいて実効スループットの向上を可能にし、AP の密度、トラフィックパターン、およびクライアントの機能に基づいてスループットと信頼性を向上させられる、というのが狙いとされている。

DUO/PUO:突発的/周期的な通信不能状態の通知

 これは、クライアントがアクセスポイントに対して、突発的(Dynamic)あるいは周期的(Periodic)に通信不能であることを示すためのものである。これによりアクセスポイントはその通信不能の期間、当該クライアントに対しての通信を行わないので、結果的にリソースの効率的な利用や、干渉軽減、省電力化といった効果が実現できるとされる。

 どんな場合にこれが使われるかと言えば、例えば最近のクライアントだとWi-FiとBluetoothのコンボモデムが実装されているのが一般的であるが、そうなるとBluetoothの通信を行っている時間(例えば2ms)はWi-Fiとしての通信ができない。その場合、Bluetoothでの通信開始に先だってアクセスポイントに「今後2msの間、Wi-Fiは利用できない」と通知を行うことで、この期間アクセスポイントはそのクライアントへの接続を試みず、別のクライアントに対してリソースの割り当てを増やせることになる。

 ちなみにPUOの方は、同じBluetoothでもBluetooth Audioのように規則的にトラフィックの転送が入るケースで有効である。余談だがクライアントはWi-Fiの代わりにBluetoothを使うわけで、2.4GHz帯が干渉するかもしれないと思われるかもしれないが、実際にはBluetoothとWi-Fiのネゴシエーションが行われるので共存可能である。

DPS:高/低機能モードの切り替えにより電力消費を抑制

 DPSはノード(アクセスポイントとクライアントの両方)が、特定の制御フレームを交換することで、高機能(HC:High Capability)モードと低機能(LC:Low Capability)モードを切り替えられるようにする仕組みだ。このDPS、どちらかというと電力供給が厳しいことが予想されるクライアントで使われることが多いと想定されている。

 HCモードではノードは従来と同じアクティブな状態で機能するが、LCモードでは完全なSleepではなく、部分的にアクティブな状態で機能する。クライアントの場合で言えば、帯域幅、空間ストリーム、最大MCSなどのパラメータによって制限される、限定的なサブセットの受信が可能になる。これにより、クライアントはアクセスポイントからICF(Initial Control Frame)を受信して即時にWakeupできるようになる。

 ただ、このWakeupの際には、PLLの初期化やRF/デジタル回路の再起動が必要になる関係でLatencyが発生する。これに対応するため、クライアントはアクセスポイントに対して必要なLatencyを指定し、対応するアクセスポイントはICFにこのLatencyに相当するPaddingを追加して送信する。

 この際、Paddingの前にi-FCS(intermediate Frame Check Sequence)が含まれており、これによりクライアントはPaddingに先立ってのデコードが可能となる。結果、アクセスポイントがICFを送信し終わるまでにクライアントの初期化が終わっていることが保証される。

 一方、アクセスポイントは通常商用電源を利用する関係で、クライアントほどの積極的な省電力動作は不要とされてきた。ただ、アクセスポイントは継続的にセンシングを行うため、アイドル時でも消費電力が減らない。昨今では電力削減に注目が集まっており、そこでIEEE P802.11bnではモバイル型のアクセスポイント向けのDPSが導入され、従来型の非モバイル型アクセスポイントへの拡張も2025年5月の時点では検討中とされていた。

 このアクセスポイント向けにDPSもクライアント向けと同じようにHCモードとLCモードがあり、HCモードはアクティブというのは同じであるが、LCモードに関しては既に接続中のクライアントとの通信を維持しなければいけないという制約があり、2025年12月の時点ではまだどういう仕様になるかは決まっていなかった。

 実装に関してはいくつか提案がなされており、例えばアクセスポイントは監視(Listening)中のみLCモードを維持し送受信時はHCモードに復帰する(pptx形式の資料)とか、モバイル型アクセスポイントはクライアントから(例えばICFを介して)明示的にトリガーされない限りLCモードを維持する(pptx形式の資料)などがあるが、最終的にどうなるか(あるいはそれが非モバイル型アクセスポイントにどうインプリメントされるか)は現時点では未定である。

DSO:クライアントへの帯域の動的割り当て

 アクセスポイントが、関連付けられたクライアントよりも広い帯域幅を持ち、クライアントに対して周波数リソースを動的に割り当てられるようにする。これにより、クライアントが現在の動作帯域幅を超えつつ、アクセスポイントのBSS内にとどまることが可能となる。

 実はこれ、Dynamic "Sub-band" Operation以外に"Spectrum"とか"Sub-channel"とかの略語であるという定義もいくつかの資料の中に散見されて、一体どれが正式な名称なのか不明であるが、とりあえず本稿では"Sub-band"で通すことにする(ただ、違うのは名前だけで、いずれにしても機能の説明は同じである)。

 アクセスポイントが160MHz/320MHzという広い帯域幅に対応していても、クライアントの多くは20~40MHz、良くて80MHzという狭い帯域しか使えないことが多い。するとアクセスポイントがその帯域を使い切るのは当然無理なのだが、話はもう少し複雑である。

 例えば、160MHzの帯域を持つアクセスポイントにクライアントA(帯域20MHz)/B(帯域40MHz)/C(帯域80MHz)の3つが接続するケースを考える。全てのクライアントはアクセスポイントの定義する20MHzのプライマリチャネルを使う必要があるため、この際の帯域は最大80MHzに制限され、かつその80MHzを生かせるのはクライアントAのみとなる。

 OFDMAを利用すると、クライアントAに20MHz、クライアントBに20MHz(セカンダリチャネル)、クライアントCに40MHz(同じくセカンダリチャネル)とすることで効率を上げられるが、それでも本来の帯域の半分しか利用できない。これはプライマリチャネルが固定されているのが原因である。

 そこで、DSOではプライマリチャネルを利用する、という制約を取り去った。これによりクライアントAに20MHz、クライアントBに40MHz、クライアントCに80MHzで接続できるようになる。

 これを可能にするため、まずアクセスポイントとクライアントはアソシエーションの段階でお互いに機能情報を交換、将来の通信に使用するDSOサブチャネルを決めておく必要がある。このサブチャネルの最大幅は、アクセスポイントの帯域幅と同等でなければならない。またアクセスポイントは特定のTXOP(Transmission Opportunity:チャネルの占有時間)中に、特定のDSOサブチャネルを利用しての送受信が可能になることをクライアントに通知するためのメカニズムが必要となる。

 このメカニズムは、既存のBSRP(Buffer Status Report Poll:アクセスポイントからクライアントに向けて送る、クライアントのデータ蓄積状況問い合わせのフレーム)を拡張し、DSOサブチャネルの割り当て情報を伝達できるようにすることで実現される。またノードは割り当てられたサブチャネルの利用を終わったらプライマリチャネルを利用する従来型の通信方式に戻るため、このための切り替え時間を考慮する必要がある、とされている。

LLI:最小遅延での通知

 もともとIEEE P802.11bnではP-EDCA(Prioritized EDCA)と呼ばれる仕組みが実装される。名前の通り、EDCA(Enhanced Distributed Channel Access)に優先順位を付けて、Latencyを最小にして通知を行うためのメカニズムである。EDCAはチャネルアクセスの際の競合を解決するための手段であるが、従来だと高優先度のトラフィックであっても長期間待機を余儀なくされる場合があった。

 P-EDCAはこうした長期間の遅延を解決するために優先順位をつけるものであるが、ただし不公平な状態(優先的なパケットのみが処理されて一般のパケットが流れない)に陥らないような工夫がされている。結果としてP-EDCAを実装することで平均スループットが向上したりはしないが、優先度の高いパケットのLatency分布が均一になりやすい。つまり音声とかゲーム入力といったフレームのLatencyが安定することになる。

 これに対してLLIは、ノードが本当に優先順位の高いデータをバッファに保持していることをアクセスポイントに通知するためのものである。ノード、つまりアクセスポイントとクライアントのどちらからもこれを相手に対して通知できる。

 これは新しく追加されたMACのLLI capability fieldsオプションを利用してこれを相手に送る。このオプションを利用するクライアントはLLI STAという扱いになり、アクセスポイント宛とP2P(つまり別のクライアント宛)の2種類の優先順位の高いトラフィックを送信可能である。このLLI STAは、TXOPを保有する相手に対する応答フレームにLow-latency indication bitを立てるかたちで相手に通知を行う。相手はこれを現在、あるいは今後のTXOPのスケジュールに反映させることが期待できる(具体的にどう反映すべきか、までは現時点では決まっていない)。これにより、P-EDCAを利用するよりも低遅延でパケットの処理が可能になるという仕組みだ。

 ちょっと長くなりすぎたので、このほかについては次回に。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/