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Wi-Fi 8の「超高信頼性」を実現するMAC層の技術:後編 最終的に“必須”になるのはどこまで?

Wi-Fi 7の現状とWi-Fi 8(5)

 Wi-Fi 7とWi-Fi 8の違いについて、前々回ではPHYについて紹介し、前回はMAC層(前半)について紹介した。ということで、今回はMAC層(後半)となる。

 今回のキーワードは、以下の7つだ。

  • MLPM(Multi-link power management)
  • NPCA(Non-primary channel access)
  • P-EDCA(Prioritized EDCA)
  • AOM(Adaptive operation mode)
  • P2P(Peer-to-peer) communications
  • SMD(Seamless mobility domain)
  • MAPC(Multi-AP coordination)

MLPM:マルチリンク対応の電力状態制御

 IEEE 802.11beからMLO(Multi-Link Operation)が導入されたわけだが、この結果として2.4GHz帯/5GHz帯/6GHz帯の3種類の電力管理は個々のデバイスがそれぞれ個別に行う必要がある。この3つを同時にどう使うかの判断を、それぞれのデバイスが独自にインプリメントする必要があるのだが、これは特にバッテリー駆動時に大きな影響がある。特に6GHz帯のRFは結構消費電力が大きいからだ、

 そこでMLPMでは、1本のLink(例えば2.4GHz帯のLink)を介して送信されるSignaling Frameを利用して、全てのLink(今の例なら5GHz帯及び6GHz帯)の電力状態を制御できるように拡張された。

 これを利用することで、例えば普段は5GHz帯と6GHz帯のRFをDeep Sleep状態に落として電力消費を抑えつつ、相対的に消費電力の少ない2.4GHz帯のみをActive状態に保って、Signaling Frameを受信できるようにしておく。そして実際に大量のデータを送信する必要が出た場合、その2.4GHz帯で受信したSignaling Frameをトリガーとして5GHz帯/6GHz帯のRFをDeep SleepからActiveまでWake upさせるといったことが可能になる。

 想定されるMLPMのUse Caseとしては、次の3点が挙げられている。

  1. AR/VRヘッドセット:ヘッドトラッキング、あるいはグラフィック処理の際には高負荷となるバースト転送が必要になるが、この転送時間はそれほど長くない。なのでMLPMを利用して、バースト転送の時だけRFを有効にし、あとはDeep Sleepに置いておくことでRF部の消費電力や発熱を抑えることが可能になる。
  2. Industrial IoT及びSensor Node:こうした機器類では数分に1回程度の送信頻度であることが多いため、通常はRFをDeep Sleepに置いておくことは特にバッテリー駆動のSensor Nodeでは電池寿命を延ばすために有用である。もっともこうしたSensor NodeでMLOが必要なのか?というのは若干疑問ではあるのだが。
  3. Smartphone:MLOは特にSmartphoneのように帯域を大量に必要とするアプリケーション向けに最適な技法だが、Battery Poweredであるがゆえにバッテリー寿命とのトレードオフになる。MLPMは帯域を維持したまま待機時電力を減らすことに貢献できる。

NPCA:Primary Channel以外への動的な切り替え

 Primary Channelがビジー状態の場合、Alternative Primary Channelに動的に切り替える仕組み。これに関してはarXivに論文(Performance Analysis of IEEE 802.11bn Non-Primary Channel Access)が掲載されているので、この内容を基に説明したい。

 基本的な問題は、Wi-FiのChannel Sensing RuleがLBT(Listen Before Talk)に基づくものであり、同じChannelないし重複するChannelで動作する近隣Networkが存在すると競合が増加することにある。そこで、BSSのPrimary ChannelがOBSS送信で占有されている場合、Secondary Channelに切り替えて送信を行うという仕組みがNPCAとして提案されている。

 これを実装しないと、LBTに基づき自身が使おうとするPrimary Channelが解放されるまで送信が開始できないことになるが、NPCAが実装されている場合、Primary Channelが利用中と判断されたらSecondary ChannelのLBTを実施、ここが空いていたら直ちに送信を開始することが可能であり、これによってChannel AccessのLatencyと最終的にはThroughput改善が可能になる、というものである。

 論文では、以下の3種類のシナリオを想定し、その際の性能の評価を行っている。

  1. BSS A/Bの2つのBSSがあり、BSS AのSecondary Channelは常に空いている
  2. BSS A/B/Dの3つのBSSがアクティブで、BSS DがBSS AのSecondary Channelを占有している
  3. BSS A/B/C/Dの4つのBSSがアクティブで、BSS A/CがNPCAを利用してそれぞれChannel 2/1にアクセスする

 結果から言えばシナリオ1が一番効果が高く、BSS AのThroughputは中央値で2倍となり、またLatencyもやはり50%の削減となった。もっとも常に向上するわけではなく、シナリオ2ではBSS A/B/Dの合計のThroughputは殆ど変わらず、またLatencyも変わらない(BSS DのLatencyを犠牲にBSS AのLatencyが減るといった、ゼロサムゲームに近い状況になっている)。

 またシナリオ3では、NPCAを有効にするとBSS A/CのThroughputが向上する一方、NPCAを有効にしない(できない)BSS B/DのThroughputが落ちるといった具合に、副作用も生じている。

 これは、従来はPrimary Channelが競合していたのに対し、NPCAを利用すると今度はSecondary Channelが競合を起こすようになるのだそうで、論文ではNPCAを考慮してWi-Fi Channelの割り当て戦略を決める必要があるとしている。

P-EDCA:優先的な拡張型分散チャンネルアクセス

 EDCA(Enhanced Distributed Channel Access)は、もともとはIEEE 802.11e-2005として定義されたQoSの定義である。IEEE 802.11では10.23.2に"HCF contention based channel access (EDCA)"として含まれているが、4つのカテゴリ(VO:Voice、VI:Video、BE:Best Effort、BK:Background)が定義され、それぞれにAIFS(Arbitration Inter-Frame Space:送信前待機時間)、CWmin/CWmax(Contention Window:ランダム待ち時間の範囲の最小/最大値)、TXOP limit(Transmission Opportunity:連続送信可能な時間)が定められている。

 P-EDCAはこのうちVOカテゴリに関する拡張で、VOのLatencyというかAccess Delayの最大値を縮小することを目的としている。

 具体的に言えば、ある条件下でアクセスできるクライアントを、適格条件を満たしたものに制限するという形でこれを実施する。そのクライアントは、ほかのクライアントがChannelを獲得するのを防ぐためにDS-CTS信号を使用することになっている。もっとも具体的に「適格条件」をどう設定するかとか、5/6GHz帯に関してはLBTメカニズムに関する一般的な要件があるため、P-EDCAもこれに準拠する必要があるとされている。ただ2025年5月25日付けのドキュメント(docxファイル)では、具体的な説明はまだなされていない。

AOM:状況に合わせたモード制御

 クライアントからアクセスポイントに対して、クライアントの送受信できるパケットの最大持続時間、サポートできる最大MCS、空間ストリーム数、帯域幅などを動的に変更できることを通知できる。

 例えばクライアントが省電力モードから復帰して、MLOが可能になったり、フルにRFを利用できるようになったりしたら、これをアクセスポイントに通知することで、より帯域を引き上げるとか通信の確実性を引き上げるといったことが可能になる。

 少なくともこのAOM、Draft 1.0に記載されている内容そのものは間違いない。だが、2025年12月4日付の”Resolution for comments received for LB292 on D1.0 for subclause 37.19.2 – part 1(docxファイル)"を見ると、以下のようなコメントがあるあたり、まだ議論の余地はだいぶ残されているようだ。

 現在の11bn Draft 1.0ではAOMが定義されているが、オンデマンドでの動作ができない。具体的には一定時間だけAOMを有効にするような動作は存在せず、AOMを有効または無効にするには、アクセスポイント機能を持たないクライアントが毎回UHR OMPを送信する必要があり、これが非効率な動作につながっている。

したがって、AOMはDUOおよびPUOと連携させるべきである。例えば、以下の3つのケースを考慮すべきである。1. クライアントの通信が完全に利用できない場合、2. 指定された期間中、AOM情報に基づいて通信パラメータが部分的に制限される場合、3. 完全な通信能力が確保されている場合。これにより、より柔軟なデバイス内共存(IDC:In-Device Coexistence)の方法が提供されることになる。

P2P communications:クライアント間のP2P接続

 P2Pに関しては、IEEEではなくWi-Fi AllianceがWi-Fi Directとして先に仕様を定めたが、IEEEもIEEE 802.11be-2024でTriggered TXOP sharing mode 2としてこれを標準化している。

 これはTXOP(Transmission Opportunity)としてアクセスポイントがクライアントにP2Pで接続する時間枠を提供し、これを受け取ったクライアントが直接別のクライアントと通信を行うというものだが、IEEE 802.11bnではこの際の転送速度などを更に改善する予定としている。

・SMD:ドメイン(領域)の概念を採用したシームレスなローミング

 2024年頃の文章を読むとSR(Seamless Roaming)という名称だったようだ(Qualcommが2025年7月に公開したブログ記事でもSeamless Roamingになっている)。ただ、2025年12月に公開されたこちらの論文を読むとSMDが正式名称のようなので、こちらで統一する。

 機能は現在のアクセスポイントのMLD(MLO Device)からターゲットアクセスポイントのMLDに、シームレスにハンドオーバーを可能にするというものである。

MAPC:複数のアクセスポイント間の調整

 名前の通り、複数のアクセスポイント間の調整を行うためのものである。これまではアクセスポイント同士の調停機構が搭載されておらず、各アクセスポイントは自身のアルゴリズムにのみ従う形で通信を行っていた。これをもう少し同期させて効果的に通信を行えるようにしようというものだ。

 こちらの論文を読むと、大本命はCo-SR(Coordinated Spatial Reuse)みたいに見えてくるが、ほかにもCo-BF(Coordinated Beam Forming)やCo-TDMA(Coordinated TDMA)、Co-RTWT(Coordinated Restricted Target Wait Time)、Co-CR(Coordinated Channel Recommendation)などが挙げられている。もっともこの全てが最終的に実装されるかどうかはまだ定かではない。


 以上、前回、前々回の分とあわせて、Wi-Fi 7から結構な項目が追加/拡張されたことになるが、これら全てがMandatory(必須項目)扱いになるのか、Option(任意項目)扱いのものもあるのかなどは、まだ不明だ。個人的には、この3カ月で説明したものを全部Mandatoryにすると実装が相当面倒になるので、Option扱いのものもありそうに思えるが、このあたりは最終的に仕様が出てこないと分からない。

 ただ、とりあえず現時点で信頼性確保のためにできそうなことは全部突っ込んだ、という感じの仕様盛り盛りになっているのが印象的である。既にWi-Fi 8チップセットはいくつかアナウンスがあるのだが、これらはどこまでこうした機能を実装しているのだろう? あと、SMDとかMAPCとかは相互運用性テストが結構大変になりそうである。Wi-Fi Allianceの方で何かしら対策が必要になりそうな気もするところだが、今のところ表立ってのアクティビティは確認できていない(まぁ、裏で何かしら動いている可能性はあるが)。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/