海の向こうの“セキュリティ”

投資詐欺の被害が深刻化。急増する暗号通貨関連の犯罪から身を守るためのヒント10か条

FBIが「暗号通貨詐欺報告書2023」発表

 暗号通貨関連の犯罪による被害が深刻化する中、米連邦捜査局(FBI)のインターネット犯罪苦情センター(Internet Crime Complaint Center、以降IC3)は、「Cryptocurrency Fraud Report(暗号通貨詐欺報告書)2023」を公開しました。これは2023年にIC3に寄せられた暗号通貨関連の通報をまとめたものですが、米国内で起きた暗号通貨関連の犯罪の全てを網羅しているわけではないことに注意が必要です。また、被害は米国内に限定されていません。

 なお、今回の報告書は、本連載でも紹介した、2024年3月にIC3が公開した2023年版の年次報告書「Internet Crime Report(インターネット犯罪レポート)」などを補足するもので、暗号通貨関連の犯罪による被害が急増していることについて注意を喚起し、暗号通貨を使った犯罪の認知度を高めるとともに、この種の犯罪から身を守る方法について一般の人々を教育するために発表されたものです。

 今回の報告書の主要なポイントとして挙げられているのは以下の3点です。

  1. 通報総数は6万9468件で過去最多
  2. 被害額の総計は56億ドル超で過去最多、2022年から45%の増加
  3. 最も多く報告されている犯罪は投資詐欺

1. 通報総数は6万9468件で過去最多
2. 被害額の総計は56億ドル超で過去最多、2022年から45%の増加

 暗号通貨関連の通報の件数および被害総額の推移を示したグラフは以下の通り。

 なお、金融詐欺に関する通報全体のうち、暗号通貨に関連した通報の件数は約1割に過ぎませんが、被害額は通報された金融詐欺全体のおよそ半分を占めており、1件あたりの被害額は際立って大きいものとなっています。

3. 最も多く報告されている犯罪は投資詐欺

 2023年の暗号通貨関連の通報の犯罪タイプ別の件数は以下の通り。

 2023年の暗号通貨関連の通報の犯罪タイプ別の被害額は以下の通り。

 暗号通貨関連の通報のうち、件数・被害額ともに投資詐欺(Investment)が他を圧倒しており、件数では46%、被害額では71%を占めています。また、被害額は2022年の25億7000万ドルから53%の増加となっています。

 ちなみに、IC3の2023年版インターネット犯罪レポートによれば、最も被害額が大きいインターネット犯罪は投資詐欺で、被害総額は45億7000万ドルに上り、その86%が暗号通貨に関連したものとなっています。

 投資詐欺にもさまざまな手法がありますが、2023年に最も顕著だったのは、いわゆる「信用詐欺」で、ターゲットとの関係構築には出会い系アプリやソーシャルメディアプラットフォーム、プロフェッショナルネットワーキングサイト、暗号化されたメッセージングアプリなどが使われています。

 本報告書では、投資詐欺の被害者は失った暗号通貨の回収を支援すると謳う詐欺ビジネスのターゲットになる可能性があると警告しています。そもそも民間の回収業者では盗まれた暗号通貨を回収または押収する法的命令を出すことができません。暗号通貨取引所が口座を凍結するのは、内部処理に基づくか、裁判所が発行した法的文書に対応する場合のみなので、回収を求めて民事訴訟を起こすことを選択してもよい(may choose)と説明しています。

 暗号通貨関連の投資詐欺の通報者の年齢層としては、30~39歳および40~49歳が最も多く、両年代ともに約5200件の通報がありました。しかし、被害額が最も大きかったのは60歳以上で、被害総額は12億4000万ドルを超えています。これは暗号通貨関連の通報者全体の年齢層をまとめた以下の表と傾向が同じであり、また同時に、投資詐欺の占める割合の大きさ、特に被害額の大きさが分かる結果となっています。

 ところで、今回の報告書に掲載されている被害額の数字は、被害者がIC3経由でFBIに報告したもののみを集計したものであり、実態を正確を表しているとは限らないことに注意が必要です。例えば、ランサムウェアに関しては、被害者が失ったビジネス、時間、賃金、ファイル、機器の損失額や、第三者による修復サービスにかかった費用の概算は含まれていません。また、被害者がFBIに被害額を報告しない場合があるため、ランサムウェア全体の被害額は実際よりも低い値となっているようです。

 ここからは、上記以外で注目すべきデータを紹介します。

 暗号通貨関連の通報の州別の件数は以下の通り。

 暗号通貨関連の通報の州別の被害額は以下の通り。

 件数・被害額ともにカリフォルニア州が他州を圧倒しており、特に被害額の大きさが際立っています。

 IC3の活動は基本的には米国内を対象としていますが、IC3への通報は米国外からも可能であり、2023年には200を超える国からの通報があったそうです。通報件数および被害額を国別にまとめたのが以下の表です。日本からも280件の通報があり、被害総額は850万ドルを超えています。

 さらに「暗号通貨キオスク」が悪用されるケースが増えてきていることも紹介しています。「暗号通貨キオスク」とは、現金と暗号通貨を交換することができるATMのような装置や電子端末で、金融機関に現金を預けるよりも匿名性の高い取引が可能になることから、犯罪者は被害者に対して暗号通貨キオスクを使って送金するよう指示することが知られています。なお、2023年にIC3に寄せられた通報のうち、暗号通貨キオスクが使われた事案とされるものは5500件を超えており、被害額は1億8900万ドルを超えています。

 以下は、暗号通貨キオスクが悪用された事案とされる通報について、通報者の年齢層とその被害総額をまとめた表と、そのような通報の犯罪タイプ別で件数の多い上位5つの割合を示した表です。顕著な偏りがあり、通報者は圧倒的に60歳以上が多く、また、他の年齢層よりも1件あたりの被害額が大きいことが分かります。技術サポートをかたる詐欺が圧倒的に多いことも特徴的です。

 報告書では、上記のような統計データの他に、労働人身売買(Labor Trafficking)や流動性マイニング(Liquidity Mining)詐欺、不正なPlay-to-Earn(P2E)ゲームアプリの存在について警告するとともに、そのような犯罪から身を守るためのヒントをそれぞれ紹介しています。

 これらを踏まえたうえで、報告書では暗号通貨関連の犯罪から身を守るための一般的なヒントとして以下の10のポイントを挙げています。

  1. 犯罪者は、切迫感と孤立感を植え付けようとする。
  2. 有名企業や政府機関で働いていると主張する見知らぬ発信者からの電話を一方的に受けた場合は、まず電話を切って、その企業または機関の公開されている電話番号を独自に調べ、電話をかけて、元の電話が本物であるかどうかを確認すること。
  3. 正当な法執行機関や政府関係者が、暗号通貨キオスクで支払いを要求する電話をかけてくることはない。
  4. 相手が本人であることを確認しない限り、個人を特定できる情報を決して誰にも提供してはいけない。
  5. 見知らぬ人や長い間連絡を取っていなかった人がソーシャルメディアのウェブサイトで提供する投資機会の正当性を確認すること。実際に会ったことがない相手の場合は、電話やビデオチャットで話したことがあったとしても、投資に関するアドバイスや機会を受け入れることには十分注意すること。
  6. 正当な金融機関、特に暗号通貨取引所を装ったドメイン名やウェブサイト名には注意すること。
  7. 詐欺的なビジネスは、詐欺的なウェブサイトが正当なものであると人々に信じ込ませるために、実在する金融機関を模倣したウェブサイトのアドレスを使用することがよくあるが、実際には少し異なっていることがよくある。
  8. アプリの正当性を確認できない限り、疑わしいアプリを投資ツールとしてダウンロードしたり使用したりしないこと。
  9. 投資機会があまりにも良すぎるように聞こえる場合は、詐欺である可能性が高い。一攫千金を狙ったものには注意すること。
  10. 投資にはリスクが伴う。投資は自分の財政目標と金融資産に基づいて行なうべきで、疑問がある場合は、資格のあるファイナンシャルアドバイザーに助言を求めるべきである。

 上記の内容はいずれも「当たり前のこと」で目新しいものではありませんが、犯罪者は最初に挙げられている項目にあるように「切迫感と孤立感を植え付け」ることで被害者に冷静な判断をさせないようにして、このような「当たり前のこと」すらできなくさせているわけです。


 日本でも暗号通貨関連の詐欺などの犯罪については警察などの関連機関から注意喚起がなされており、米国同様に投資詐欺による被害が多いことが知られています。今回のIC3の報告書にもあるように、被害に遭った場合には速やかに関連機関に相談することが大事です。日本国内であれば、お近くの警察署の相談窓口(#9110)やお住まいの各都道府県警察本部のサイバー犯罪相談窓口に相談してください。他にも、暗号資産に関する不審な勧誘やトラブルについての相談は消費者庁の消費者ホットライン(局番なし188)に、暗号資産を含む金融サービスについての相談は金融庁の金融サービス利用者相談室に問い合わせてください。

山賀 正人

CSIRT研究家、フリーライター、翻訳家、コンサルタント。最近は主に組織内CSIRTの構築・運用に関する調査研究や文書の執筆、講演などを行なっている。JPCERT/CC専門委員。日本シーサート協議会専門委員。