清水理史の「イニシャルB」

ついに日本法人を設立したSynology ファンの隙間にミリ単位でこだわる社長が進める日本での戦略は?

 2018年4月、台湾のNASベンダーSynologyが日本法人を設立し、国内での営業を開始した。2017年で50%という売り上げ伸び率を達成した日本市場で、さらに本腰を入れて活動することになる。日本法人の代表取締役社長に就任したJones Tsai(蔡明宏)氏に話を聞いた。

台湾本社在籍時にの内部設計を担当した「DS216j」について語るSynology Japan代表取締役社長のJones Tsai(蔡明宏)氏

日本市場に本腰、ユーザーニーズを重視

 人当たりが良く、笑顔が優しそう。それでいて、「DS216j」の内部設計をいかに工夫したかを語る熱っぽさが、とても印象的だった――。

 2018年4月付けで日本法人の代表取締役社長に就任したJones Tsai(蔡明宏)氏(以下Tsai氏)は、台湾本社のバイスプレジデントであり、同社の設立当初から、歴代NAS製品の設計と開発、製造現場のマネジメントまでを担当し、製品の不良率など現場まで知り尽くしている人物だ。

 SynologyのNAS製品が、日本国内で販売されるようになってから数年が経過したが、今回、新たに日本へ拠点を設置し、しかも、そこに同社の重要なキーマンを配置することで、より一層の成長を目指すことになる。

 ユーザーの立場からすると、日本法人の設立は、サポートの充実が主な目的のように思えるが、Tsai氏に話を聞くと、どうやら目的はそれだけではない。

 Tsai氏は次のように語った。「日本での展開を始めて3~4年が経過し、ここまで順調に成長してきましたが、その一方で、NASの機能やその使い方も年々高度化してきました。日本でのサポートへの問い合わせの件数は、世界でもトップ10に入るほど多くなり、最近では仮想マシンやDockerに関しての問い合わせも増えてきています。こうしたニーズに対してサービスを提供することで、より一層の品質向上を目指しています」。

 Tsai氏は続ける。「また、それだけではなく、日本市場向けの機能の充実も図っていく予定です。すでにDTCP-IP対応のパッケージ「DiXiM Media Server」を日本企業と協力して(「DS218j」向けに)提供していますが、NAS以外にルーター(「RT2600ac」)でも、日本ならではの(v6プラスなどの)IPv6環境への対応も図っていく予定です。また、日本のユーザーは写真の保存にNASを使うことが多いので、こうした機能の充実も図っていきます」とのことだ。

 同社製のNASは、パッケージの追加によって、NASにさまざまな機能を追加できる。こうした特徴を活かすためにも、パッケージの開発を手掛ける日本企業と、日本法人による協力が可能になる点も大きいと言えそうだ。

 また、Synologyは、全世界でユーザー向けに大規模なイベントを積極的に開催していることでも知られている。日本でも2017年10月に開催されたが、こうしたイベントもユーザーのニーズを吸収する目的があるという。

 Tsai氏によると、「Synologyには、製品を使っていただいているユーザーを重視する考え方が根付いています。イベントは、ユーザーからのフィードバックや要望をダイレクトに吸収できるチャンスです。それを元に、新製品を開発したり、新たなソフトウェアを追加することを検討しています」と語ってくれた。

2016年に東京で初開催された「Synology 2016 Tokyo」の模様

 日本法人の設立にしろ、日本でのイベントの定期的な開催にしろ、同社は“ニーズ”をとても重要視している。これまでも、日本のニーズに十分に応えてきた印象があるが、今後は、さらに本腰を入れて対応していくつもりなのだろう。

並々ならぬコダワリで設計された「DS216j」、故障率はなんと5/10000

 実際、同社がユーザーニーズを大切にしながら設計した製品の代表として「DS216j」が挙げられる。日本で多くの台数を販売したヒット作だが、もちろん、これもTsai氏が設計に携わった製品だ。

 同氏は、DS216jがヒットした理由を3つ挙げた。「1つ目は白を基調とした外観です。家庭のリビングなどに設置するのに適していて、目にしても違和感がありません。2つ目は価格です。上位モデルと同等の機能が使えながら低価格で購入できるため、いわゆる『コスパ』が非常に高い製品でした。3つ目は口コミでの評価が高かった点です。実際のユーザーが満足してくれていることが、さらにユーザーを広めた結果になりました」。

※筆者注:DS216jの後継モデルとなるDS218jがすでに販売済み。こちらも2万円以下とコスパが非常に高い

 DS216jは、設計にも苦労したようだ。「通常、製品は、設計から製造に至るまでには9カ月前後、ものによっては1年以上掛かることがあります。その間に、社内の関係者に何度もレビューをするのですが、6種類のサンプルで計10回ほどのレビューを行いました。かなりの試行錯誤を繰り返して、実際の製品化へこぎ着けています」と言う。

 筆者などは、低価格のモデルにそこまで労力を掛けなくてもいいのではないか? と思ってしまうのだが、Tsai氏は製品に対しては決して妥協しない人物だ。

 「DS216jでは、静音性や省電力性に特に気を配って設計しました。例えば、背面にあるファンですが、筐体との間に少し隙間を空けて配置しています。この隙間のサイズは、何度も試して最適なサイズを割り出しました。ファンの回転によって筐体が共振することを防ぐための工夫です。同様に、HDDの取り付け位置も、ファンからどれくらいの離せばいいかに苦労しました。これも共振してしまう可能性があるからです(Tsai氏)」という。

筐体とファンの隙間は、何度もの試行錯誤を経て決定されている
ファンとHDDの位置は、共振を防ぎながら最適な冷却効果を実現するもの

 「もっと言えば、側面の『Synology』のロゴですが、これは、よく見るとメッシュになっていて空気を取り入れる役割も果たしています。このロゴのサイズも、騒音を防ぎながら効果的な冷却効果を得られる今のサイズがベストになっています」とのことだ。

側面のSynologyロゴは空気を取り入れるメッシュ形状。ベストの静音性と冷却効果を得られるサイズになっている
ファンガードの形状や角度なども、冷却効率と静音性に最適化されている

 SynologyのNASは、入門モデルでもHDDマウンターに防振ゴムが取り付けられていたり、筐体の底面にあるインシュレーターもかなりしっかりしている。また、ファンの回転数を制御できたり、LEDをオフにすることなども可能になっている。

 DS216jのみならず、全てのコンシューマー向け用モデルのサンプルをレビューする際には、実際に自宅へ持ち帰り、寝室に設置して寝るときに気にならないかを試してみたとのこと。これらの製品への配慮は、Tsai氏が実際に試した結果がフィードバックされているわけだ。

 もっとも、コダワリの強いTsai氏自身がユーザーでもあるのだから、製品の完成度が高くなるのも、当然と言えば当然だ。

 個人的には、Synologyはソフトウェアの企業だと前々から感じていたが、こうして話を聞くと、ハードウェアへのコダワリも並ではないと言えそうだ。

 また、Tsai氏は、驚くべき数字も示してくれた。「DS216jの故障率は5/10000(0.05%)ほどと、とても低くなっています。この数字には、ファームウェア更新中の電源オフなど操作ミスによるものや、停電による瞬断も含まれていますので、純粋なハードウェアの故障率はもっと低くなります」とのことだ。

 クラウドサービスのSLAが月間で99.95%ほどの場合もあることから、ローカル設置型で、しかも家庭用の入門機で、この故障率はとても優秀だ。こうした品質の高さもDS216jの人気に一役買っているのだろう。

UX専門チームを抱えるソフトウェア開発体制

 もちろん、ソフトウェアへのコダワリも強い。

 「弊社は、(NAS用OSであるDSMの)設定画面にAjaxのGUIをいち早く採り入れた企業です。ドラッグアンドドロップによる直感的な操作や、マルチタスクによる操作性の良さを追求してきました。ユーザーインターフェースの開発には、グラフィックを担当するチームとは別に、ユーザーエクスペリエンスを担当するチームが存在します。これによって、ユーザーが実際に管理業務を行うときに、迷わずに操作できるか、自然な流れで設定できるかなどを研究し、常に改善を実施しています」とTsai氏は語った。

 DSMの操作は、同社のデモサイトで実際に体験できるので、試してみるといいだろう。

「DSM 6.2 Beta」ライブデモのウェブサイト

 NASの設定画面は、メーカーによっては動作が重く、ユーザー登録や共有フォルダー作成などで画面遷移を繰り返すと、表示の遅さに辟易してしまうこともある。しかし、Synologyの製品は、入門機でもサクサクと動く軽快さが特徴で、こうした面もユーザーの満足度の高さに通じていると考えられる。

 また、同社製のNASは、ブラウザーベースのワープロや表計算機能(Office)、Slackライクなチャット機能(Chat)などを実装し、どちらかというとアプリケーションサーバー的な役割も担うようになってきている。

 この点についてTsai氏は、「Synologyでは、NASが単純なファイルサーバーではなく、次世代のファイルサーバーとなることを目指しています」と説明してくれた。

 「その具体的な取り組みは5つのポイントがあります。1つ目は『クラウドレディ』で、NASのデータに外出先からでもアクセスできること。2つ目は『モビリティ』で、PCだけでなくスマートフォンやタブレットなどからもNASのデータをアクセスできます。3つ目は『データの同期』です。例えば『Synology Drive』を使って、PCやスマートフォンなど複数のデバイスで常に同じデータを使える環境を提供します。4つ目が『コラボレーション』で、OfficeやChatといったアプリをNAS側で提供し、クライアントのソフトウェアに依存することなくデータを参照できる環境を提供します。最後の5つ目の『バックアップ』では、データ保護の方法を複数提供することで、データが失われることを防ぎます」。

 まとめると、「データの価値を最大限に引き出すこと」だと言う。旧来のNASが単なるデータの倉庫だとすれば、SynologyのNASは、倉庫のデータを流通させる物流拠点でもあり、製品として加工することまでもできる工場でもある。そうすることで、NAS上のデータに価値を持たせることができるというわけだ。

 なお、SynologyのNASで提供されている機能の一部は、サブスクリプションライセンスのモデルが採用されており、利用するために一定のライセンス料が必要になる(「Active Backup for Office 365」など)。

SynologyのNAS向けアプリ「Active Backup for Office 365(ベータ版)」

 こうしたモデルはクラウド的であり、個人的には買い切りのNASにはそぐわないように感じていたが、Tsai氏によると「クラウドとの連携などでは、クラウド側のAPIを利用する必要がある上、いつその仕様が変化するか分かりません。そのため、比較的多くの開発リソースを割く必要があるのです」とその理由を示した。

 このコストを全ユーザーで負担するとなれば、それぞれの製品の価格が上がることになるが、ライセンスモデルであれば、機能を必要とするユーザーだけが負担するだけで済む。確かに合理的な考え方だ。

オールフラッシュのNASも

 家庭用製品だけでなく、同社では法人向けの高性能製品も多くラインナップしている。今回、日本法人が設立されたことで、こうした法人向けの製品の普及も加速することが予想される。

 中でも注目して欲しいとTsai氏が言うのは、SSDに対応した製品だ。同社では、オールフラッシュに対応してFlash Stationシリーズをラインナップしている。「従来のフラッシュストレージは、大手ベンダーの製品しか存在せず、価格が数千万円規模と高価でした。Synologyなら数百万円規模から利用可能です。しかも、SSDをユーザー自らが選択できるので、規模や用途に合わせた構成がしやすくなっています」とした。

2.5インチ用ベイを12基搭載する「FlashStation FS1018」

 最近では、AIやビッグデータの解析などで、サーバー側に高い処理能力が求められるようになっており、これに対応できる高速なストレージの需要も高まっている。こうした分野でのSynologyの活用も、今後は期待できそうだ。

 以上、設立されたばかりのSynology日本法人を訪問し、代表取締役社長のJones Tsai(蔡 明宏)氏に話を聞いたが、さすが製品設計を長く担当してきただけあって、製品に対する並々ならぬ愛情を感じられたインタビューだった。

 特にハードウェアへのコダワリは、ソフトウェア重視という個人的な従来のイメージを覆された印象で、日本での急成長を納得させられる内容だった。今後、日本市場に適した改善が行われることも多いに期待できるため、これからの動向に注目したいところだ。

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できる Windows 10 活用編」ほか多数の著書がある。