清水理史の「イニシャルB」

つないでみないと分からない? iPhone 16で注目されるWi-Fi 7の「MLO」って何だ?

 Pixel 9シリーズやiPhone 16シリーズ、Intel Core Ultraシリーズ2搭載PCなどの登場で、Wi-Fi 7の利用が現実的になってきた。

 Wi-Fi 7と言えば、6GHz帯の320MHz幅対応による高いスループットが魅力だが、残念ながらスマートフォン系は160MHz幅対応までが多く、このメリットは享受できない。その代わりに注目されているのが「MLO」だ。どのようなものなのか? 何ができるのか? 今回はMLOのしくみについて基本的な内容から解説する。

「速度の合計」だけじゃないMLO

 MLOは「Multi-Link Operation」の略で、Wi-Fiの複数の帯域を併用して速度や遅延を改善する(MAC層の)仕組みのことだ。

 Wi-Fi 7ならではの新機能で、一般的には、2.4GHz帯+5GHz帯や2.4GHz帯+6GHz帯など、Wi-Fiで利用できる複数の周波数帯域を合計して速度を向上させる機能として知られている。

Wi-Fi 7の新機能として知られるMLO。複数帯域を同時に使ってスループットを向上させる方式が注目されている

 しかしながら、MLOの機能は、これだけではない。MLOには複数の方式が用意されており、どれを利用するか(利用できるか)で、機能や効果が変化する。

 前述した複数帯域を同時に送受信に利用できる方式は「STR MLMR」(Simultaneous Transmit and Receive Multi-Link Multi Radio)という方式で、文字通り、送信と受信を同時に実行できる複数の周波数帯域(Radio)を利用したマルチリンク方式となる。「Simultaneous」(サイマルテニアス)は目にする機会が少ない単語だが、「同時」の意味となる。

 このほか、詳細は後述するが、送受信の同時利用の可否、および利用できる周波数帯の違いによって「NSTR」「MLMR」「EMLSR」などがあり、それぞれにメリットが変わってくる。

MLOの方式とその特徴
方式利用する周波数帯の数特徴
MLSR11つの周波数帯で送受信を同時に実行
EMLSR12つの周波数帯で同時に待機して、転送時に1つの周波数帯を利用
NSTR MLMR2以上複数の周波数帯を同時に利用するが、送信と受信を同時にできない
STR MLMR2以上複数の周波数帯を同時に利用して、同時に送信と受信が可能
EMLMR2以上周波数帯の利用をダイナミックに切り替え

「複数周波数帯を同時利用できない/できる」の2つに分けて考える

 では、MLOの方式の違いを確認していこう。まず、MLOの方式は、大きく2つの分け方があると考えると分かりやすい。

 MLOの種類は「MLMR」や「MLSR」などのように、頭文字の組み合わせで表現される。今回のケースでは前半の「ML=Multi-link」という部分は共通だが、後半の利用する周波数帯の数によって「SR=Single Radio」(単一の周波数帯)と「MR=Multi Radio」(複数の周波数帯)に分けられる。

複数周波数帯を同時利用できないケース

 複数の周波数帯の同時利用ができないケースは、従来のWi-Fi 6/6E対応のスマートフォンやPC、Wi-Fi 7対応機器でもSimultaneous Dual-Bandに対応していない機器で使われる方式となる。

MLSR:複数リンク、単一周波数帯利用

 「Multi-Link Single Radio」の略。一般的なスマートフォンやPCなどが該当する方式で、複数の帯域を切り替えて利用する方式となる。既存のバンドステアリングのような周波数帯の使い分けだと考えると分かりやすい。

EMLSR:複数リンク、単一周波数帯利用の強化版

 「Enhanced Multi-Link Single Radio」の略。MLSRと同じく、スマートフォンやPCなどのクライアント向けとなる方式だが、より積極的に複数の帯域を使い分けることができるWi-Fi 7の方式。

 例えば、2本あるアンテナを使い分け、1×1で2.4GHz帯、1×1で5GHz帯とのリンクを維持しておき、実際にデータを転送するときに片方の帯域を選択し、例えば、5GHz帯の2x2に切り替えて転送できる。

MLSRとEMLSR。EMLSRは2つの周波数帯で待機するが、データの転送に利用する周波数帯は1つ

複数周波数帯を同時利用できるケース

 複数帯域の同時通信が可能な機器向けの方式を「MLMR」と呼ぶ。

 アクセスポイントでは、デュアルバンドやトライバンドなど、物理的に複数の周波数帯をサポートしているため基本的にMLMRに分類される。メッシュでアクセスポイント同士を接続するときに、バックホールに2.4GHz帯+5GHz帯+6GHz帯を使えることを考えると分かりやすいだろう。

 一方、従来のWi-Fi 6/6Eに対応したスマートフォンやPCは、ハードウェア的な制約により、同時に利用可能な周波数帯が1つとなる。2.4/5/6GHz帯対応でも実際に通信できるのは1つで、同時に複数の帯域を使うことはできなかった。

 しかし、Wi-Fi 7対応のチップの中には「Simultaneous Dual-Band」という2つの周波数帯の同時利用に対応した製品が存在する。こうした製品で実現するのがMLMRだ。

 例えば、QualcommのFastConnect 7800(Snapdragon搭載Copilot+ PCで採用)などがそうで、こうしたチップを採用したスマートフォンやPCでは、2.4GHz帯(20MHz幅344Mbps)+5GHz帯(160MHz幅2882Mbps)=3226Mbpsのような接続ができる。

チップによっては複数周波数帯を同時に利用可能

 MLMRは、さらにデータの送信と受信が同時にできる場合と、そうでない場合で「STR」と「NSTR」に分けられる。

STR MLMR:同時送受信

 前述の繰り返しになるが、STRは「Simultaneous Transmit and Receive」の略。異なる周波数帯で送信と受信を同時に実行できる方式。例えば、2.4GHz帯+5GHz帯の複数帯域を使って、自己干渉(自身が発信した電波を受信してしまうこと)することなく、2.4GHz帯で送信と受信、5GHz帯で送信と受信を個別に実行できる。

 送信と受信が同時にできることから「同時モード」や「送受信同時モード」と呼ばれたり、少々ややこしいが複数帯域で送信と受信を非同期に実行できることから「非同期モード」などと呼ばれることもある。

NSTR MLMR:非同時送受信

 NSTRは「Non-Simultaneous Transmit and Receive」の略。異なる周波数帯でタイミングを合わせて送信、受信をそれぞれ実行する方法。複数周波数帯で同時に送信と受信が発生すると自己干渉する場合があるため、これを避けるために利用される。

 例えば、2.4GHz帯で送信しているときは5GHz帯でも送信、2.4GHz帯で受信しているときは5GHz帯でも受信と方向を合わせる。「送受信非同時モード」や、方向を同期させることから「同期モード」などとも呼ばれる。

送受信を同時にできるかどうかで「STR MLMR」と「NSTR MLMR」に分かれる

リンクの数を動的に変更できる「EMLMR」も

 このほか、複数周波数帯が利用可能なケースで、利用するリンクの数をダイナミックに変更できる「EMLMR」(Enhanced Multi-Link Multi Radio。複数リンク、複数周波数帯利用)などもあるが、現状のIEEE802.11be(Release 1)では規定されていない。

MLOで通信速度は上がるのか?

 実際にMLOを利用することで、スマートフォンやPCなどの速度が上がるかどうかは、そのデバイスのMLOのサポート状況と、接続先のアクセスポイント(Wi-Fiルーター)のMLOのサポート状況によって変わってくる。そこで、今回は手元にある実機で接続の検証をしてみた。

Lenovo YogaSlim 7x Gen9とTP-Link Archer BE805の組み合わせ

 まずは、公式にSimultaneous Dual-Band対応を公表しているQualcomm FastConnect 7800搭載PC(Lenovo Yoga Slim 7x Gen9)で検証した。組み合わせた接続先は、TP-LinkのWi-Fi 7対応ルーター「Archer BE 805」だ。標準ではMLOが無効になっているが、2.4/5/6GHz帯のすべての帯域を有効にしたMLOを構成した。

アクセスポイント側でMLOを有効化
YogaSlim 7x Gen9の接続状況。2.4GHz帯+6GHz帯で接続されている
YogaSlim 7x Gen9で表示した接続状況

 このケースでは、PCは、基本的に2.4GHz帯+6GHz帯で接続され、最大速度が3266Mbpsと表示された(2.4GHz帯が20MHz幅344Mbps+6GHz帯が160MHz幅2882Mbps)。STR MLMRで接続されていると考えられる。

 iPerf3の速度的にも、MLO接続時の方が若干高い。2.4GHz帯で理論上344Mbpsプラスされているが、実効速度だと半分程度になるため、実質的に100Mbpsほど上乗せされていると考えるとつじつまが合う。わずかながら高速化が実現されていると考えてよさそうだ。

YogaSlim 7x Gen9 iPerf3テスト
上り下り
MLO接続569Mbps2210Mbps
6GHz接続466Mbps2170Mbps

 なお、Archer BE805のMLO設定で2.4GHz帯をオフにすると、5GHz帯+6GHz帯の組み合わせでも接続されたが、最大速度が2882Mbpsと表示されるため、STR MLMRではなく、MLSRまたはEMLSRでつながっているように見える。

 Archer BE805かLenovo YogaSlim 7x Gen9のどちらが対応してないのかまでは不明だが、5GHz帯+6GHz帯のMLMRがサポートされていないと考えられる。

5GHz帯+6GHz帯での接続も可能だが速度が合計とならない。おそらくMLSRかEMLSRで接続されていると考えられる

iPhone 16 ProとTP-Link Archer BE805の組み合わせ

 続いてはiPhone 16 ProとArcher BE805の組み合わせだ。

 接続方式が「MLO」と表示され、2.4GHz帯が「1.0/308(Mbps)」、5GHz帯が「1.0/1.0(Mbps)」、6GHz帯が「2402/2402(Mbps)」でリンクされていることが分かる。

メインが6GHz帯。2.4GHz帯や5GHz帯はプラスされていないように見える

 全ての帯域に接続されており、2.4GHz帯でも308Mbpsのリンクが確認できる。この状況から判断すると、2.4GHz帯+6GHz帯のMLMRでつながっているように見える。ただし、クライアント側の接続状況が確認できないので、実際にどうつながっているのかまでは判断できない。

 iPhone 16シリーズは、搭載されている無線LANチップの情報を公開していないうえ、端末側でもほとんど情報を参照できないので、よく分からない状況だ。

iPhone 16 Pro iPerf3テスト
上り下り
MLO接続1652Mbps1379Mbps
6GHz接続1749Mbps1516Mbps

 ベンチの結果の判断も難しい。6GHz帯単体で接続した方がiPerf3の速度は速く、MLO接続時は速度が低下している。この結果を見ると、Simultaneous Dulal-Bandに対応しているとは考えにくく、MLMRではなく、EMLSRでつながっている可能性が高い。

Single Radio端末にメリットはないのか?

 iPhone 16シリーズが、Simultaneous Dulal-Band対応なのか、Single Radio端末なのかは置いておくとして、STR MLMRで帯域の合計ができないと意味がないのか? というとそういうわけではない。

 EMLSR対応デバイスは、複数帯域でリンクを維持し、短時間で切り替えながら、各周波数帯を使い分けるというイメージになる。これにより、混雑時などに待機時間を減らせるメリットがある。

 下図のように、家庭内の同じ周波数のアクセスポイントに接続しているほかの端末がデータを伝送したり、隣接するアクセスポイントで同じチャネルで通信している機器の電波が干渉したりすると、電波が空くまで待ち時間(ほかの通信が終了しランダムに待機する時間)が発生する。よって接続台数が増えると速度が低下しやすくなる(中継器やメッシュで速度が半減する場合があるのはまさにこの例)。

 一方で、EMLSRのMLOを利用した場合、複数の帯域で待機しておき、空いている帯域を柔軟に選択できる。つまり、ほかの端末の通信や干渉が発生した場合でも、その終了を待たずに、別の帯域に切り替えて通信できることになる。

現状(MLO不使用)とEMLSR方式によるMLOの比較。EMLSRは通信権を得やすく、待ち時間が減る

 このように、MLOでは、通信権を獲得できる確率が高くなることで、待ち時間を減らし、結果的に同一時間で転送できるデータの量が増える。これにより、速度が低下しにくくなる。

 具体的にどれくらい効果があるかは、Wi-FiチップベンダーのMediaTekがレポートを公開している。これによると、EMLSRを使用した場合、ネットワーク全体で70%の負荷がかかっている状況で、従来のシングルリンクが210Mbpsのところ、EMLSRでは380Mbpsでの通信ができたことが紹介されている。

 ただし、先のiPhone 16の例もあるように、環境によっては速度が低下する場合も考えられる。筆者が実行するiPerf3のテストなどは、なるべくほかの通信を排除したクリアな状況で実施するので、EMLSRのメリットが見えにくくなっているケースもありそうだ。

MediaTekが公開しているMLOの検証結果(Multi-Link Operation (MLO): The key to Wi-Fi 7 performanceより)

対応を見極める必要がある

 以上、MLOについて解説した。クライアント接続においては、どの方式で接続されるかが確定できないため、必ずしも速度が向上するわけではないことを覚えておくといいだろう。アクセスポイントとクライアントの組み合わせによっては、帯域の切り替えのみが行なわれるケースもある。

 現状、MLOの対応方式を公式に表明している製品は少ない。筆者が知る限りでは、アクセスポイントではバッファローの「WXR9300BE6P」がMLMRとMLSRの両方に対応していることをメーカー公式サイトで公表しており、クライアントではQualcommのFastConnect 7800(Snapdragon搭載Copilot+ PCで採用)が2.4GHz帯+5GHz帯または2.4GHz帯+6GHz帯、5GHz帯+6GHz帯のMLMRに対応していることを同じく公表している。

 このほかの製品については、現状は、設定画面を見てみないと分からない、もしくは実際に接続してみないと分からない状況だ(iPhone 16だと、つないでも分からないが……)。

 これでは購入時の判断にならないので、何かほかに資料がないかと探してみたところ、米国のネットワーク機器メーカー「Arista Networks」から、以下のようなホワイトペーパーが公開されていた。

▼Arista Nerworksのホワイトペーパー
Arista Wi-Fi 7 AP: Initial Findings on Wi-Fi 7 Features and Client Behavior

 同社製品とWi-Fi 7対応クライアントとの接続性を検証した結果が記載されたもので、Google Pixel 8やSamsung S24、One Plus 11、Intel BE200、Qualcomm FastConnect 7800のMLOの対応方式や接続結果などが記載されている。

残念ながらiPhone 16シーズの検証結果はないが、主要な機器の対応状況が記載されている

 また、このホワイトペーパーを資料として、MLOについて解説した動画もあった。

CTS 340: Wi-Fi 7, MLO, and Preamble Puncturing(Clear To Send)

 ホワイトペーパーによると、テストした5つの機器は、2.4GHz帯+5GHz帯または2.4GHz帯+6GHz帯のSTR-MLMRに対応しているとされている。ただし、アクセスポイントを5GHz帯+6GHz帯のMLOで構成した場合は、製品ごとに挙動が異なり、EMLSRで動作するものとSTR-MLMRで動作するものに分かれたと記載されている。

 なお、表のIntel BE200の「STR-MLSR」は誤記だと思われるが、併記したYouTubeの動画では表の内容が異なり、動画内ではIntel BE200の2.4GHz帯+6GHz帯は「eMLSR」と記載されている(上記の動画の10:17あたり)。どちらが正しいのか、現状では判断しかねる。

 これらの情報は大変参考になるが、国内では対応が異なる可能性もあるため、結論としては、「つないでみないと分からないが、つないでも分からないこともある」ということになる。ここまで読んでもらって申し訳ないが、筆者としても明確な結論を導けなかったことが残念だ。

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 11」ほか多数の著書がある。