週刊Slack情報局
そのはんこ、Slackで。――米Slack最高製品責任者らに聞く、企業のコミュニケーションの未来と、さらなる普及への課題およびスラッシュコマンドの未来
2019年9月18日 16:00
Slackが目指すものとは? 同社自身、Slackの強みと弱みをどう捉えているのか? 日本では企業内のワークフローにも根強く残る“はんこ文化”と、Slack活用とは両立できそうか? そして、ユーザーの裾野拡大への課題だというスラッシュコマンドによるTUIは今後どうなるのか? 9月17日に開催されたSlackのカンファレンスイベント「Frontiers Tour Tokyo」に合わせて来日した、米Slack最高製品責任者のタマル・イェホシュア氏と、プラットフォーム担当VPのブライアン・エリオット氏に話を聞いた。
一般企業でも利用が広がっているビジネスコミュニケーションツール「Slack」。Slack Technologiesの日本法人であるSlack Japanはこのツールのことを“ビジネスコラボレーションハブ”と表現しており、あらゆるコミュニケーションやツールを一元化するものと位置付けている。本連載「週刊Slack情報局」では、その新機能・アップデート内容などを中心にSlackに関する情報をできるだけ毎週お届けしていく。
Slackの成長に向けた3つの柱
――今やコミュニケーションツールとして日本の企業でも多く採用されているSlackですが、Slackの目指しているところを教えてください。
イェホシュア氏:
Slackは人々のコミュニケーションの仕方を変える新世代のプラットフォームだと考えています。その中心的な役割をなすのが「チャンネル」です。チャンネルを活用することで、チームやシステムがよりアジャイルに発展していくことができます。今後の成長領域としては、コンプライアンスやセキュリティなど、要件が厳しい分野の業界ですね。そういった分野でも、技術やマーケティング、広報、営業といったさまざまなチームがSlackを活用できます。
Slackが今後大きく成長するにあたっては、3つの柱が重要だと考えています。1つめは、どんなチームでもSlackを使える、使いやすいツールであること。2つめは「共有チャンネル」です。共有チャンネルが企業間のコミュニケーション用途においてどんどん広がるほど、複雑な状況でSlackを使うメリットは大きいと感じるはずです。
3つめはプラットフォーム化です。Slackを使うことで今後、さまざまなプロセスやワークフローの自動化が進んでいき、そこからより大きな価値を生み出すことができるようになるだろうと考えています。そのほかのソフトウェアもSlackを組み合わせることでより効率的に活用できるようになるため、利用シーンやユーザーが増えることでプラットフォーム化が進み、2つめに挙げた企業間で活用することのメリットもさらに拡大していくのではないでしょうか。
エリオット氏:
Slackについては電子メールにたとえて説明することが多いのですが、現在、企業で使われているメールは社内の連絡もしくは社外とのコミュニケーションの手段なわけです。また、企業内で使っている複数のツールやシステムを統合する役割もメールにはあります。
ここで例として挙げたいのが、出張・経費精算システムのSAP Concurです。ConcurはSlack用のアプリケーションも開発しています。従業員の経費申請を支援してくれるものですね。
経費処理において、従来の電子メールを使った方法だと、経費申請の承認依頼のための通知メールが飛んできて、メール内のリンクにアクセスすると経費精算システムのログインページが表示されます。そこでログインしたあとに適切な画面に遷移し、申請内容を見て、承認ボタンを押して……といったような手続きが必要でした。メールを受け取ってから承認完了まで多くの手間がかかっていたわけです。
Concurと連携したSlackであれば、そういった操作は統合されます。ConcurからのメッセージをSlackで直接受け取ることができ、そのメッセージに判断を下すための必要な情報が全て含まれているので、(Slackのメッセージ内に表示される)ボタンで承認・否決などを決められる。毎日のように使うソフトウェアをSlackと統合することによるシステムの効率化という部分は、Slackにとって大きな成長領域です。
テキストにはない、絵文字によるアクションの可能性
――Slackにおけるワークフローでは、絵文字の使い方が特徴的です。絵文字を押したアクションが直接、Concurなどの申請承認の処理につながる仕組みになっているのでしょうか。
エリオット氏:
Concurと連携すると、Slackのメッセージ内に「承認」「否決」などのボタンを表示しますが、これをクリックするとConcur側のステータスに反映されるようになっています。記録用のシステムとしてConcurを使っていますので。
イェホシュア氏:
似た例をもう1つ挙げましょう。私たちはSlackのユーザーからの不具合レポートをチャンネルで管理しています。エンジニアチームがそのチャンネルで不具合レポートを見て優先度を付け、「これに対応します」と手を挙げた人がチームを表す絵文字を付けることで、他のチームにも自然と分かるようにしているんです。絵文字がまさしくチームに不具合対応を割り当てるワークフローになっているんですね。
――絵文字そのものに、承認ボタンのような機能を持たせることは可能なのでしょうか。
エリオット氏:
はい。すでに絵文字をワークフローとして使っている例もあります。例えば、目玉の絵文字を付けたときは「いま見ています」ということを意味していたり、あるいは緑色のチェックボックスの絵文字を付けたときは「私がやります」といった意味になっていたりします。また、それをワークフローとして構築することもできます。メッセージに対するアイコンによるリアクションを、ワークフローのトリガーとして使うことが可能です。
――カスタム絵文字は、誰でも新しいものを作って登録でき、それを誰でも使える機能だと思いますが、例えば特定のユーザーやチームしか使えないカスタム絵文字を登録することは可能ですか。
イェホシュア氏:
現時点では対応していません。ですが、そのように要望するユーザーの声は多く、独自にAPIを活用してワークフローを構築しているいくつかの企業では、実際に承認用の絵文字を作っているところもあります。昨年、サンフランシスコの「Frontier Tour」で開催したハッカソンで優秀作品として選ばれたのは、カスタム絵文字を承認するアプリでした。ですので、作ることは可能ですが、Slackにその機能はまだビルトインしていません。
――チーム内の特定のポジションにいるユーザーしか使えないカスタム絵文字があれば、その本人が承認したという証明にもなると思います。そういった使い方も将来的には可能になるでしょうか。
エリオット氏:
絵文字を使わないでそれと同じことを達成する方法はあります。特定のポジションの人で構成されているユーザーグループ宛にメッセージを送信するためのボタンを表示するワークフローを作れば可能です。Slackはユーザーのニーズに合わせて高度にカスタム化が可能になっていますので、同じ目的を達成できる方法がほかにも2つぐらい思い浮かびますね。
――日本には“はんこ文化”というものがあり、企業内で申請したものに対して上長が承認のハンコを押していく仕組みになっていたりします。それと、Slackで承認を意味する絵文字を付けていく感覚が近いので、Slackとハンコ文化が共存すると面白いと思いました。
イェホシュア氏:
ハンコの絵文字を作って承認するということですよね。それがSlack上でうまく仕組み化できたら、こういったイベントの場で成功事例として紹介させていただければ(笑)。ハンコの絵文字で承認する機能は作ることは可能ですので。
スラッシュコマンドはGUI化も
――お二人が考える、Slackの強みと弱みを教えてください。
イェホシュア氏:
Slackは最初にローンチしたとき、非常にマーケットにフィットして急成長しました。それだけユーザーがこういう製品に飢えていたのかなとも思います。ですが、そのように広がったのはアーリーアダプターだけでした。これからSlackはもっとメジャーになっていかなければいけません。Slackといえば誰もが聞いたことがある、どんなツールかが分かっている、そんな存在になっていく必要があります。
Slackという製品は一度使うとその価値を理解してもらえますが、一度も使ったことがない人にSlackのことを口頭で説明をしてもなかなか伝わりません。アーリーアダプターではない、まだSlackをよく知らない将来のユーザーに、どのようにしてSlackのことを分かってもらうのかが課題です。そういうこともあり、最近になってCMO(Chief Marketing Officer)を新しく採用しました。
エリオット氏:
今後はパワーユーザー以外にもユーザーの裾野を広げていかなければいけません。Slackにはさまざまなアプリケーションが統合されていますが、多くのパワーユーザーはチャット中にテキストを直接入力するかたちでスラッシュコマンドを使って呼び出しています。しかし、社内の開発チームとは現在、もっとグラフィックを使ったUIにしていかなければ、という議論をしています。多くのユーザーにとって、キー入力よりもアクセスしやすい、ボタンドリブンのUIですね。
実は私はExcelのバージョン1のパワーユーザーでした。コマンドをキー入力したり、マクロを組んだりするのが得意でしたが、Excelがバージョンアップしてツールバーができました。私が今まで得意顔でキー入力していたコマンドが、ツールバーで誰しも簡単に同じことができるようになったんです。それと同じようなことがSlackにも今後求められていくと思っています。
――「/<アプリ名称のテキスト入力>」というような呼び出し方法は今後改善される、と?
イェホシュア氏/エリオット氏:
変えます!
エリオット氏:
Slackでは、例えばリマインダーを設定するとき、「/remind」のあとにキーワードや日付を入力をしなければいけませんが、スペルミスがあってはいけないですし、記述する順番も決まっている。正しいシンタックスでないと使えません。魔法の唱え方を間違えちゃいけない、みたいなところがありますよね(笑)。近いうちにGUIを改修して、リマインダーを設定するときはプルダウンメニューから日時などを簡単に指定できるようにしたいと思っています。
――具体的なリリース時期は?
エリオット氏:
近いうちに、としか(笑)。
Slackが目指すコミュニケーションの未来とは
――これからSlackがさらに発展していくことで、どんな未来が待ち受けていると思いますか。
イェホシュア氏:
振り返ってみると、人間のコミュニケーションのあり方は根本的には変わっていないのだと思います。Slackにおいても、そのように人間がより人間らしいコミュニケーションを達成できるようになっていくのではないかと期待しています。絵文字で感情を伝えやすくなったり、もっと気軽に会話したり、もっと合理的なやりとりができるようになったり。将来にわたって、離れているチーム同士でも、より人間らしいコミュニケーションを実現し続けることができるのではないかと思います。
アメリカではリモートワーカーが増えています。Slackがあれば仕事のために物価の高いところにわざわざ引っ越さなくてもよくなり、より良い環境の中で人と人が、あるいは企業と企業が距離に関係なくコラボレーションしやすくなります。人のコミュニケーションを広げるツールとして、Slackはそれを実現するお手伝いができるのではないでしょうか。
エリオット氏:
今後、共有チャンネル機能を使うことで、企業間の仕事の仕方が大きく変革するだろうと思います。例えば企業がブランドキャンペーンを張ろうとするとき、その企業以外にも、デザイナーや広告代理店、メディアのバイヤーなどがSlack上で一緒に仕事をすることになります。また、それぞれの会社が使っている異なるツールもSlack上に統合できます。
デザイナーはAdobeのツールを使っているかもしれません。広告予算はExcelのスプレッドシートで管理しているかもしれませんし、進捗はAsanaを活用しているのかもしれません。全員がそれらの情報に安全で、かつアクセスしやすいかたちで管理できるのがSlackです。関係者以外からはアクセスできませんが、関係者にはオープンであるとともに、シンプルかつ簡単で、必要な情報にいつでもアクセスできるので、企業間のコラボレーションが一段とスピードアップするでしょう。
――アナログな仕事をしている人たちにも、Slackを広げようという考えは?
イェホシュア氏:
Slackはさまざまな産業で急速に採用が進んできました。ただ、いま私たちがターゲットとしているのは、パソコンの前に座ってデジタルで作業をしているホワイトカラーの人たちです。そういう人たちにとっては、Slackによってデジタルワークがさらに効率化する手段になると思っていますし、私たちはそこにフォーカスしています。
エリオット氏:
こういったカンファレンスでは大企業のユースケースを紹介させていただくことが多いんですが、Slackを積極的に活用している中小企業も少なくありません。レストランや農場もそうですし、コネチカット州のハートフォードという町では警察署がSlackを採用しています。
近くローンチするSlackの「ワークフロービルダー」機能についても、もともとSlackのワークフローをモバイルだけで使う会社を想定したものでした。例えばコミュニケーションやコラボレーション、その他の必要不可欠な業務管理が複雑に絡み合うアパートの管理などですね。そこにワークフローとコミュニケーションの2つをセットにしてSlackで持ち込んだわけです。このワークフロービルダーは、ユーザーにとってSlackの使い方を大きく広げるものになると期待しています。
――ありがとうございました。