甲斐祐樹の Work From ____
第12回:浅草橋「技研ベース」
「つくる」人たちがユルく集う隠れ家
2022年9月7日 14:00
クリエイターやエンジニアなど「つくる」人が集まる場所
ウェブサイトに「つくる人たちの秘密基地」と掲げられている通り、技研ベースはクリエイターやエンジニア、デザイナーといった「つくる」人たちが集う隠れ家的な位置付けの場所。コワーキングスペースとしての利用はもちろん、イベントスペースとしての貸し出しやライブ配信スタジオとしての利用など、幅広い利用に対応している。
会員としての利用は、個人利用の場合が月額1万1000円、法人利用の場合が月額2万2000円から月額5万5000円まで3つのプランが用意されており、いずれのプランも平日10時から17時まで利用可能。ドロップインも1回1000円で利用できる。法人プランは郵便物の受け取りや保管も対応するほか、技研ベースの住所での法人登記にも対応している。
電源やWi-Fi、外部ディスプレイといった設備に加えて、半田ごてやカッターマット、CNCマシン、3Dプリンターなど、ものづくり系の機器も取りそろえられているのも技研ベースならでは。さらに、寄贈された書籍やガジェット、おもちゃなどさまざまなアイテムが至るところに用意されている。
イベントが盛んに行われているのも技研ベースの特徴だ。毎週水曜日には技研ベース主催の「技研サロン」が開催されており、集まったメンバーが技術をテーマにユルく語りあう場になっている。事前申し込みは不要で、会員はもちろん、会員以外でも1回1000円で参加できる。
イベントスペースとしての利用は、会員の場合が1時間5500円で、会員以外も1時間8250円で利用可能。ケータリングや持ち込みでの飲食に加えて、各種調理器具を使い自分達で料理も可能。
技研ベースの顔とも言えるのが、ランチタイムに販売されるカレーだ。技研ベースを間借りする「カリー・ギーク」が、インドやアジアの本格派カレーを週替わりで提供。技研ベース内での飲食はもちろん、テイクアウトにも対応する。
カリー・ギークを運営する佐藤氏は、アスキー勤務時代にカレーに関連する書籍の出版も手掛けたほどのカレー好き。以前は新宿・歌舞伎町のゴールデン街でカレーのイベントを月1回のペースで開催しており、自分でもいつかはカレーのお店を出したいと思っていたタイミングで技研ベースを紹介され、オープンとほぼ同時期にカリー・ギークを出店。技研ベースの名物になっている。
オフィスの飲み会から生まれた技研ベース
技研ベースの誕生は、運営者である渡邉昇氏が以前のオフィスで開催していた飲み会に端を発する。当時のオフィスでは、渡邉氏が所属するコミュニティ「Tokyo Motion Control Network」の仲間と起業した「株式会社 for Our Kids」の定例打ち合わせを毎週水曜日に開催していた。
定例打ち合わせ後にオフィスで飲み会をしていると、Tokyo Motion Control Networkなど、ものづくりを楽しむ知り合いが集まるようになっており、回を重ねるごとに「打ち合わせよりも飲み会がメインになってきた」(渡邉氏)。毎週水曜夜の飲み会参加に対して制限はなく、気軽に参加できるため次第に参加者が増え、オフィスが手狭になってきていたことに加えて「周囲から近所迷惑と怒られていたので、いっそのことみんなが集まれる場所を作ろうと考えた」という。
こうして渡邉氏は、新たなコミュニティの拠点となる「技研ベース」を作るためのクラウドファンディングをCAMPFIREで実施し、当初目標額の30万円に対して4倍以上となる約123万円を集めて目標を達成。技研ベースの内装デザインは、兄弟で空間デザインを手掛ける「岩沢兄弟」がプロデュース。内装は支援者によるDIYで行い、有志の支援も受けて、2019年9月11日に技研ベースがオープンした。
技研ベースの運営は渡邉氏の「合同会社ワタナベ技研」が行うが、渡邉氏自身は株式会社 for Our Kidsとして入居するという利用者の1人でもある。技研ベースはコミュニティのメンバーが集まる場所として設立した場所であり、自分だけのオフィスとして使うには大きすぎる、というのがその理由だという。
意識高い話はご遠慮。「ユルく集う」がモットー
コミュニティから生まれた技研ベースのこだわりは、「ユルく集う」こと。毎週水曜日に開催する「水曜サロン」は、会員以外も参加できるオープンなイベントである一方、「名刺交換の禁止」「意識高い話はご遠慮」というルールが定められており、組織や肩書きではない個人で参加する場所として位置付けられている。
渡邉氏は、技研ベースを「水曜サロンのようなイベントのために運営している」場所だという。コワーキングスペースという位置付けではあるものの、主たる目的は水曜サロンを開催するための場所であり、空いた時間にコワーキングスペースを運営している、というのが実情だ。
運営者がコミュニティの交流や活動を支援するのではなく、入居者や参加者が自発的に交流するのが技研ベース流。こうしたコミュニティ中心の運営によって入居者や利用者も順調に増加。また、入居者やイベントの利用者の出会いから採用や仕事が生まれることもあるという。「開発に関する人や会社を探しマッチングすることは以前からあったが、最近ではエンジニアが技研ベースで出会った会社に転職したり、技研ベースに来ているフリーランスでチームを組んで案件を受けたりという事例も増えている」(渡邉氏)。
利用者主催のイベントでさらに広がるコミュニティ
技研ベースを利用したイベントは水曜サロン以外も活発に行なわれており、中でも最近活発なのが、AI研究者である清水亮氏が開催する「技研バー」。金曜夜と土曜の夕方から清水氏がバーテンダーとして店に立ち、酒や食べ物を振る舞うほか、フリーマーケットや流しそうめんといったイベントも開催している。
「水曜サロンに参加していたら面白くていつのまにか入居していた」と語る清水氏も、技研ベースのコミュニティに魅せられた1人だ。「平日の昼間は他の会社のCTOやCEOといったCが付くような人が普通に働いて、そんな人たちと隣で働ける環境は面白い」と技研ベースの魅力を語る。
最近では清水氏が開催する技研バーをきっかけに技研ベースを訪問する人も増えているという。「居酒屋でお客さん同志が仲良くなることはあるけれど、同じ業界の言葉が通じる人とバーで知り合って話すという体験はなかなかない。そんなエンジニアやスタートアップが集まって新しいことが生まれる技研ベースがすごく面白いし、それにハマって毎週来る人もいるのでやってよかったなと思っている」。
南房総に新たな場所を準備中。「エンジニアのフォースプレイスに」
今後の展開として渡邉氏が考えているのが、南房総の千倉町で準備を進めている新たな拠点だ。海に近い里山の高台で、眼下に畑や海が見える一軒家を購入し、食とエネルギーの自給自足にユルく楽しみながら挑戦するという。
IoT機器やロボットを導入し、野菜を育て収穫したり、ピザ釜を自作し収穫した野菜を使いピザ作りなど体験できる場所を準備中だという。技研ベースのような毎日・毎週訪れるスペースではなく、数カ月に一度、会員が家族なども連れて泊まりがけで訪れるような利用形態をイメージしている。
新たな拠点を考えたきっかけは、技研ベースの店先で育てていた野菜たち。「技研ベースの外でししとうや落花生を育て収穫、みんなで食べるという自給自足的なことをしていたらとても幸せで、それを定常的にできないかと考えた」(渡邉氏)。
渡邉氏は「技研ベースがエンジニアにとってのサードプレイスなら、(現在準備中の)千倉はその先の『フォースプレイス』のようなものだと考えている」と新拠点のコンセプトを語り、「IT系エンジニアが泥にまみれて野菜を作り、その作った野菜を食べながら美味しい酒を飲む。夕焼けの海を見ながらこれができれば最高に幸せ。そういうことをやるのにとてもいい場所が見つかった」と期待を寄せた。
ビジネスパーソンが仕事をする/できる場所が多様化しています。従来からの企業の自社オフィスやシェアオフィス/コワーキングスペースはもとより、コロナ禍で広まった在宅勤務(Work From Home)、ホテルやカラオケボックスのテレワークプラン、さらにはお寺や銭湯まで(!?)。連載「甲斐祐樹の Work From ____」では、そうしたざまざまな「Work From ○○」の事例や、実際にそこで仕事をしている人・企業の取り組みなどを、フリーランスライター・甲斐祐樹がレポートします。