甲斐祐樹の Work From ____

第4回:高円寺「小杉湯となり」

「銭湯のある暮らし」を伝える会員制スペース、小杉湯の隣にある「家のような拠点」

小杉湯となり

 「小杉湯となり」は、東京都杉並区の高円寺駅から徒歩5分の場所にある会員制スペース。その名の通り、昭和8年に創業した老舗の銭湯「小杉湯」の隣に、2020年3月16日にオープンした。

飲食スペース、書斎スペース、六畳一間の個室が一体となった会員制スペース

 小杉湯となりは3階建ての一軒家のような作りで、1階はキッチン設備のある飲食スペース、2階は電源やプリンターが用意されて作業が可能な書斎スペース。3階はベランダが付いた六畳一間で、個室として利用できる。

 料金は月額2万円(税込)で利用可能。利用時間は9時から22時までで、毎週木曜日は定休日となっている。

 会員は定期的に募集を行っており、現在は約50名が会員として登録。オープン直後は、不特定多数の人が利用できたが、新型コロナウイルス感染症拡大を踏まえ、当面は会員限定の利用に切り替えた。

コミュニケーションを促す仕掛けが随所に、毎週金・土は「となり食堂」も

 会員限定のスペースということもあり、小杉湯となりは会員のためのコミュニケーション施策が随所に用意されている。1階の入り口にある黒板には小杉湯となりのフロアが描かれており、来た人が自分のいる場所をマグネットで示すことで、いま誰が小杉湯となりに来ているかを一目で確認できる。

会員の居場所を示すフロアマップ

 飲食スペースの1階は、コーヒーやお茶、お菓子が用意されているほか、毎週金曜日と土曜日はシェフが作る定食を食べられる「となり食堂」が実施される。ほかにもイベントや募集を告知できる掲示板、会員の要望に回答する「ご意見板」など、会員のコミュニケーション促進を図る取り組みが随所に用意されている。

1階の飲食スペース
金曜日と土曜日は定食が食べられる
ドリンクコーナー
会員からの意見に答える「ご意見板」

2階は畳の小上がり、窓際席には電源も用意

 なお、1階はコミュニケーションの場であるため電源などは用意されておらず、長時間のPC作業には適さない。長時間作業をする場合は2階の書斎スペースと、目的別にスペースが使い分けられている。

 2階は畳の小上がりになっており、窓際のスペースは足を下ろして作業できるようになっている。窓際席には長時間作業用の電源も用意されており、部屋の隅にはプリンターや貸出用のディスプレイも用意。最低限の基本的な作業ができる環境が整えられている。

2階の書斎スペース
窓際は足が下ろせるようになっている
窓際席は電源も用意
書斎スペースには本棚も
会員同士の交流用ノート
印刷用のプリンターと貸出用ディスプレイ

3階は六畳一間の個室、ベランダにはハンモックも

 3階の個室では一人で集中したり、くつろいだりできる。

3階は六畳一間の個室
個室スペース
個室内に手洗いとトイレスペースも用意
ベランダにはハンモックも

銭湯の「となり」ならではの会員特典とは? 地域密着の飲食店との連携企画も

 銭湯の隣という立地を生かした、小杉湯との連携も大きな特徴だ。会員には「となりチケット」というチケットが毎月10枚配布され、このチケット1枚で銭湯の入浴券と交換可能。となりチケットを使わない場合も、会員であれば本来有料のバスタオルが無料になるため、気軽に小杉湯を堪能できる。

会員には小杉湯の特典を提供

 となりチケットの利用は銭湯だけではなく、ドリンク1杯が無料になるチケットや、2階の本棚にあるマンガを1週間借りる権利などに利用可能。小杉湯と小杉湯となり以外にも利用の対象は広げており、高円寺のスペイン料理イベントに協賛する飲食店でとなりチケットを使うと1ドリンクまたは軽めの一品が無料になる、という連携が行われている。

10月まで行われていた飲食店との連携企画

 こうした飲食店の連携は新型コロナの影響を受けてのもの。小杉湯となりも当初は1階で飲食店を運営していたが、高円寺の飲食店が新型コロナの影響で大変な状況を踏まえ、小杉湯で全てを提供するのではなく、飲食店へ送客することで飲食店を支える方針に切り替えたのだという。今後もこうした飲食店との連携は進めていく予定だ。

高円寺の飲食店を紹介するマップ

「銭湯がそばにある暮らし」を多くの人に伝えたい

 小杉湯となりの前身は、取り壊しが決まっていた風呂無しのアパート。取り壊し直前の1年前には空き家となった状態のアパートに、1年限定の居住を条件として建築家やイラストレーター、ミュージシャン、マーケターなどさまざまな職種の人たちが集結。住人たちがアパートの壁画を作る、銭湯で音楽ライブをしたりといった、銭湯とのさまざまなコラボレーションが生まれた。

 また、銭湯という環境は創作活動にもいい影響があったという。小杉湯となりを運営する株式会社銭湯ぐらしの堀優紀氏によれば「働きづめになりがちな人にとって、携帯電話も持たずに高い天井の空間に身を置いて銭湯に入ることはリフレッシュにもストレス軽減にもなる」という効果があるのだという。こうしたアパートの活用を経て、銭湯がそばにある暮らしをもっと多くの人に伝えたい、という考えから小杉湯となりが生まれた。

銭湯でいつでもリフレッシュできる環境

 コミュニティを前提としているため、仕事のできる環境も最低限にとどめ、コワーキングスペースとしての充実は考えない。「2階にいても1階の声が聞こえるような環境なので、仕事だけに集中したい人には騒がしいし、足りないものも多い。ここは仕事だけをするために来る場所じゃなくて、何も用事が無いけど誰かと話したいから来た、という使い方もして欲しい」(堀氏)。

 新型コロナの影響でリモートワークやコワーキングの需要も高まっているが、「この先ずっとこの状況が続くとは限らない」と語る堀氏。新型コロナの影響が収まって働き方がまた変わったときに、柔軟に対応できるよう、かたちを決めきらず変化できる状態こそが小杉湯となりの目指すべき方向性だという。

 現在、会員は約50名だが、随時募集中。今後は付近の古民家カフェを2拠点目として拡大する方針だ。銭湯がまちの「お風呂」であるように、高円寺の中に「家のような拠点」をつくり、家の機能をまちに開く暮らし方を提案していく。

この連載について

ビジネスパーソンが仕事をする/できる場所が多様化しています。従来からの企業の自社オフィスやシェアオフィス/コワーキングスペースはもとより、コロナ禍で広まった在宅勤務(Work From Home)、ホテルやカラオケボックスのテレワークプラン、さらにはお寺や銭湯まで(!?)。この連載では、そうしたざまざまな「Work From ○○」の事例や、実際にそこで仕事をしている人・企業の取り組みなどを、フリーランスライター・甲斐祐樹がレポートします。

甲斐 祐樹

フリーランスライター。Impress Watch記者時代にネットワーク関連を担当していたこともあり、動画配信サービスやスマートスピーカーなどが興味分野。家電ベンチャー「Shiftall」を退職して現在は人生二度目のフリーランス生活。個人ブログは「カイ士伝」