甲斐祐樹の Work From ____

第11回:Kimchi, Durian, Cardamom,,,(キムチ、ドリアン、カルダモン、、、)

JR新大久保駅に直結のコワーキングスペースは「ファクトリーキッチン」完備、フードビジネスの創出拠点に

JR山手線・新大久保駅直結の「Kimchi, Durian, Cardamom,,,(キムチ、ドリアン、カルダモン、、、)」

 「Kimchi, Durian, Cardamom,,,(キムチ、ドリアン、カルダモン、、、)」(以下、「K,D,C,,,」)は、JR山手線・新大久保駅の駅ビル「JR新大久保駅ビル」内にあるコワーキングスペース。駅直結という立地の良さに加えて、最大の特徴は、飲食と密接につながったコンセプトにある――。

惣菜・菓子の製造許可を取得した「ファクトリーキッチン」完備

 4階のコワーキングスペースは、事務作業ができるオープンスペースや会議室に加えて、ファクトリーキッチンを完備。個室型のキッチンが2つ用意されており、惣菜と菓子の製造許可を取得しているため、このキッチンを使って食品の製造や開発が可能だ。さらにオープンキッチンも1つある。

「K,D,C,,,」のオープンスペース
個別にミーティングできる会議室
食品開発用のファクトリーキッチン
食材を補完する業務用冷蔵庫も完備

 事務所利用として許可を取得しているため、4階を使った飲食店事業はできないが、食品の試食会や料理教室といったイベントは開催できる。オープンキッチンには手元を写し出すカメラやディスプレイなどイベント用の設備も導入されており、ライブ配信イベントも可能だ。

オープンキッチンでイベントも実施できる
カメラやディスプレイを完備、ライブ配信イベントにも対応

 3階は客席を備えたシェアダイニングになっており、こちらもコワーキングスペースの一環として利用が可能。4つの厨房があり、数週間などの単位で借りることができるため、事業の初期段階で店舗を持つのが難しい企業も、このシェアダイニングで製品を販売するといったテストマーケティングを行うことができる。

3階のシェアダイニングは数週間単位でのスポット利用が可能

 K,D,C,,,の入居は、飲食に関わるビジネスを手掛ける法人が対象。フリースペースはコワーキング会員であれば月額2万円で利用できるほか、食品大手のキユーピーや、オイシックスグループのVCであるFuture Food Fundなどが協賛企業として入居。現在の入居社数は約50社程度という。

個室ブース

 会員以外も1日2000円でのドロップイン(一時利用)が可能で、ドロップインの場合は事業が飲食であるかは問わない。ドロップインはあえて事業ジャンルを絞らないことで、偶発的な出会いが生まれる可能性を期待しているという。

会員以外でも一時利用が可能

新大久保の土地柄である「食」をテーマに生まれた「K,D,C,,,」

 K,D,C,,,の運営に携わる株式会社CO&COの伊崎陽介氏によれば、K,D,C,,,は、山手線を起点に都市生活空間を作り上げていくプロジェクト「東京感動線」の一環として生まれたスペースだという。

株式会社CO&COの伊崎陽介氏

 山手線の駅に1つ1つテーマを設定して面白い場所を作り上げていくという東京感動線のコンセプトの中、新大久保は世界各国さまざまなレストランがあり、他のエリアから料理人がスパイスを探しに来ることもあるといった背景から、「食」というテーマでプロジェクトが進むことになった。

 K,D,C,,,の運営は、駅ビルのオーナーが東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)で、施設の貸借契約を一括して行うマスターリースをJRグループ会社である株式会社オレンジページが担当。4階は伊崎氏が所属するCO&CO、3階はPRやコンサルティングを手掛ける株式会社インテンションという、4社共同の運営体制が取られている。

 オレンジページは雑誌の誌面やウェブサイトといったメディア力に加えて、数万人規模というオレンジページの会員を対象にしたテストマーケティングも実施できるのが強み。CO&COはスタートアップ界隈のネットワークに強く、K,D,C,,,ではコミュニティの運営を担当している。インテンションは1000人以上のシェフのネットワークを持つなど、それぞれ強みが異なる点が特徴だ。

 コワーキングスペースの名称である「K,D,C,,,」は、正確には「キムチ、ドリアン、カルダモン」から始まり、99もの食材が並ぶ。これは、さまざまな食材が存在する新大久保において、カオスから新しいものを生み出そうという意志が込められているという。

「K,D,C,,,」の名称のフルバージョン

食品の開発~販売までのサイクルを1カ所で実現する“フードラボ”

 食をテーマとしたK,D,C,,,最大の武器は、前述の通り、製造許可を取得したファクトリーキッチンだ。食品の開発や販売にはさまざまな法規制があるが、K,D,C,,,が取得している総菜と菓子の製造許可は食品の網羅性が高く、この2つの許可だけで多くの食品を開発・販売できるという。「アイスなど特別な製品を除けば、パッケージラベルを付けたらもう売れる状態になります」(伊崎氏)。

 伊崎氏によれば、飲食店の許可に比べて、製造許可はドアや手洗い場など複雑なルールがあり、取得するのは難しいという。そこでK,D,C,,,が製造許可を取得したキッチンを提供することで、小規模な事業者やスタートアップでもフードビジネスを手軽に始められるようにするのが狙いだ。

ドアや手洗い場など製造許可の取得に必要な設備を備えたキッチン

 K,D,C,,,で開発した製品は、3階のシェアダイニングを使った販売も可能。まずは4階のキッチンで製品を開発し、イベントで実際に体験したフィードバックを受けながら製品を改良、シェアダイニングで実際にテスト販売するといった一連の流れをK,D,C,,,だけで完結できるのがK,D,C,,,の魅力だ。「われわれはK,D,C,,,をコワーキングスペースというより“フードラボ”だと考えている」(伊崎氏)。

クラファンやVC支援など資金面もサポート。ビジネス化の相談にも対応

 入居企業に向けて事業化の面でも支援。クラウドファンディングの「CAMPFIRE」とは連携を行っており、従来よりも手数料が割引になるほか、K,D,C,,,専用のキュレーションサイトが用意されている。事業展開前に一定の金額を集めるとともに市場ニーズを図ることができるクラウドファンディングは、事業化を図りたいスタートアップにとって絶好の機会だろう。

 JR東日本グループのJR東日本スタートアップ株式会社や、K,D,C,,,に入居もしているFuture Food Fund、シード期やアーリーステージを対象とした「ANOBAKA」といったVCとの連携も用意している。K,D,C,,,がまだオープンして1年程度ということもあり、VCを利用するステージの企業はまだいないものの、今後、要望があれば対応できるという。

 伊崎氏によれば、現状は資金調達というステージよりも、クラウドファンディングに加えてOEM先や商流といった具体的なビジネスの相談が多い状況だという。また、入居企業を見ながら、運営がビジネスのアイデアを提案することもある。

「K,D,C,,,」を最大限に活用して、自身のフードビジネスをスタート

 K,D,C,,,を活用して飲食事業を展開する企業の1つが、Heal the World株式会社の西谷友孝氏。栄養価の高い食用植物「モリンガ」を使ったビジネスに取り組んでおり、モリンガを使ったスープのクラウドファンディングは、目標の181%を達成した。

モリンガスープを手にするHeal the World株式会社の西谷友孝氏

 西谷氏が入居を決めたのはモリンガを使った食材を試作できる場所探しをしていたころで、K,D,C,,,との出会いは渡りに船だったという。K,D,C,,,入居後はモリンガを使って粉末のスープを開発しようとしていたが、粉末化には専用の機材が必要と発覚して断念、ポタージュ状のスープ開発にピボットした。

 K,D,C,,,は製造許可を取ったキッチンのため商品開発も問題なく、ポタージュスープもK,D,C,,,の設備だけで開発が可能だったという。「工場に依頼するとロットも多くなりますし、委託料も高くてリスクしかない。K,D,C,,,なら超極小のロットで、味を少しずつ変えながら試すことができます」(西谷氏)。

 こうした設備に加えて西谷氏が魅力だと感じるのが、K,D,C,,,のコミュニティ。「同じ飲食に関するスタートアップという共通項があるので他のメンバーと課題を共有できるし、ネットには載っていないような貴重な情報も得られる。夜はキッチンで食材を開発しながらメンバーと話したりと、コミュニケーションが生まれやすい環境だなと思います」。

オープンキッチンを囲んだコミュニケーションも自然発生的に起きる。写真は、1周年を記念したポットラックパーティーの模様(写真提供:西谷氏)

今後は「地方創生」や「フードロス」がテーマ。「新大久保という街」との連携も積極的に展開

 今後の取り組みとして伊崎氏が期待するのが、地方創生における連携。食材はあるが、どうビジネスにしていいか分からないという地方のプレーヤーに対して、K,D,C,,,を通じた商品開発やテストマーケティング、クラウドファンディングによる資金調達などの手段を通じて事業化を図る。「K,D,C,,,なら販売する分だけ在庫を作って、人気が出そうだったら商品化、ということが手軽にできる」(伊崎氏)。

 JRグループというメリットも活用。「びゅうトラベル」などの旅行サービス会社との連携で地方のグルメツアーや、閉店してしまった地方の人気店のメニューをゴーストレストランとして再開するといった、多角的な展開ができるとした。

 フードロスにも取り組んでおり、現在も石川県の青果卸から野菜や果物がK,D,C,,,へ無償で届けられている。この食材は入居者が食べるのはもちろん、この食材を使って商品開発するなど使い方は自由。「食べ物を捨てるのがもったいないというのが一番の理由だが、ここで新しい食べ方が生まれるきっかけになれば」(伊崎氏)。

 そして伊崎氏が今後取り組みを強化したいと考えているのが、新大久保という街の巻き込み。「今まではコロナの影響でできなかったが、K,D,C,,,からお客を創りだし、そのお客が新大久保の街に戻っていく、街が潤うといった循環を作りたい」。

この連載について

ビジネスパーソンが仕事をする/できる場所が多様化しています。従来からの企業の自社オフィスやシェアオフィス/コワーキングスペースはもとより、コロナ禍で広まった在宅勤務(Work From Home)、ホテルやカラオケボックスのテレワークプラン、さらにはお寺や銭湯まで(!?)。連載「甲斐祐樹の Work From ____」では、そうしたざまざまな「Work From ○○」の事例や、実際にそこで仕事をしている人・企業の取り組みなどを、フリーランスライター・甲斐祐樹がレポートします。

甲斐 祐樹

フリーランスライター。Impress Watch記者時代にネットワーク関連を担当していたこともあり、動画配信サービスやスマートスピーカーなどが興味分野。家電ベンチャー「Shiftall」を退職して現在は人生二度目のフリーランス生活。個人ブログは「カイ士伝」