イベントレポート

BIT VALLEY 2020

「エンジニアの働き方」はコロナ禍でどう変わる? 渋谷系IT企業のCTOらが対談

「BIT VALLEY 2020」キックオフイベントでのオンライン対談の模様。Zoomを使って行われた

 7月27日に開催された「BIT VALLEY 2020」キックオフイベントでは、「ニューノーマル~コロナ禍を機に起きた変化と未来のわたし達」と題したオンライン対談が行われた。同イベントを主催する4社やそのグループ会社でCTO(最高技術責任者)級の職務を担う4人が出席。エンジニアを採用・監督する立場から、コロナ禍の影響について意見を交わした。

4社4様のリモートワーク事情

 対談ではまず、登壇者4人の自己紹介を兼ねて、各社の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)問題への対応状況が紹介された。

 株式会社ディー・エヌ・エーからは、常務執行役員兼CTOである小林篤氏が出席した。小林氏が所属する事業部門では、東京で感染者が増え始めた2月ごろから、原則、出社禁止・リモートワーク体制に移行した。3月からは全社的にリモートワークが推奨され、直近の7月でも従業員の出社率は10%前後だ。

株式会社ディー・エヌ・エー常務執行役員兼CTOの小林篤氏

 株式会社サイバーエージェントからは取締役(技術開発管轄)の長瀬慶重氏が出席した。同社がフルリモートワークへ移行したのは4~5月ごろ。政府の緊急事態宣言解除後はこれをやや緩め、週2回のリモートワーク勤務体制とした。ただし7月下旬ごろから再び都内で感染者が増えているため、状況を注視しているという。

 株式会社ミクシィも、やはり4月ごろからリモートワークを本格化させたと、同社取締役CTOの村瀬龍馬氏は説明する。生産性への影響については分析しきれていないというが、オンラインでの業務については積極的に取り組んでいきたいとした。ちなみに、直近では社内食堂の営業が再開したため出社人数が回復傾向だが、週2回の出社でも問題ない業務体制という。

 矢上聡洋氏がCTOを努めるGMOあおぞらネット銀行株式会社は、1月という極めて速い段階で“全社リモート勤務”を標榜したGMOグループの1社である。金融機関の業務が果たしてリモートワークで務まるのか、矢上氏は相当な不安があったと明かす。ただ、エンジニア部門ではもともとリモートワークを想定した業務体制が組まれていたことから問題は少なかったという。ただし業務上、どうしても出社せざるを得ない従業員も一部いた。

 リモートワークの導入を巡って常に議論されるのが、生産性への影響だ。会社に集まって複数人が場を共有しながら業務を行う体制と比べ、リモートワークは孤独になりがちで、上司の指導の目が届かないといった指摘もある。

 長瀬氏は、リモートワークによって生産性が明確に向上したという立場をとる。「月に1回実施しているアンケートでも、生産性が向上したという声は多い。特に通勤だったり、会議に参加するためなど、移動時間が減ったことによるパフォーマンス改善は大きいようだ」(長瀬氏)。

 一方、他の3社は、従来の生産性をほぼそのままリモートワーク環境で維持できているとした。

株式会社サイバーエージェント取締役(技術開発管轄)の長瀬慶重氏

コロナ禍の市場インパクトは「スマホシフト級」の衝撃

 新型コロナウイルス感染症の問題は、IT技術のトレンドすら変えつつある。矢上氏が指摘するのは“判子レス”。GMOはやはり全社的に「脱・判子」の姿勢を打ち出しているが、銀行と判子は切っても切れないような関係に見える。

 ただ、それでもGMOあおぞらネット銀行では脱・判子に取り組み、成果が出つつある。矢上氏は「もともと電子判子のような技術があったところへ、(コロナの影響で廃止の動きが)加速したことを正に肌で実感しているところだ」と述べる。また、サービスのAPI公開には元来より積極的だったが、やはりコロナ禍前後で引き合いが増えているという。

GMOあおぞらネット銀行株式会社CTOの矢上聡洋氏

 コロナ禍について、長瀬氏、村瀬氏からは、2008年~2010年代前半のいわゆる「スマホシフト」に匹敵するほどの市場インパクトを与えたのではないかという指摘も飛び出した。それまでのフィーチャーフォン(ガラケー)全盛から一気にスマートフォンへと人気が移っていくなかで、モバイルビジネスは変化を余儀なくされた。事業者は既存サービスをスマートフォン向けに作り替えかえたり、スマートフォンの機器特性を生かした新サービスを打ち出したように、急激な変化もまた予想されるところである。

採用後の「オンボーディング」もコロナ禍で変わった

 コロナ禍で念頭に置くべきなのは、くしゃみや唾といった飛沫がウイルスの媒介手段となってしまうため、人と人が対面してのコミュニケーションに制約がかかる点であろう。もちろんITは、それまでの手紙や電話といったコミュニケーションとは次元の異なる快適さを提供し、ユーザーもそれを支持した。

 しかし、ITでの代替が難しいと考えられるコミュニケーション手段も当然ある。今回の対談でモデレーターを務めたGMOペパボ株式会社取締役CTOの栗林健太郎氏が指摘するのは、企業の人事採用に関する一連のフローだ。面接や、「オンボーディング」と呼ばれる採用後研修・応対なども、全てオンラインでやるべきなのか。

 とはいえ、コロナ禍が続く以上、オンラインでやらざるを得ないのもまた確か。小林氏や矢上氏は現状、面接は原則、全てオンラインで完結させているという。

 オンボーディングは、採用した人材に実力を発揮してもらうための手段として重要視されている。村瀬氏によれば、コロナ禍のオンボーディングで重要なのが「文書化」だ。「(対面できない以上)テキストコミュニケーションになる。『ウチの会社はこんな風にやってます』『ワークフローは○○です』『これをやれば一人前になれます』というような文書を、意識的に作るようにしている」(村瀬氏)。

 小林氏も文書化には積極的に取り組んでいる。「これまでならば(文書に頼らず)、言葉のコミュニケーションでそれこそ『行間を埋める』ことをしてきた。ホワイトボードを使った説明なども、それに含まれるだろう。しかしコロナ禍でそれができない(のならば、その上で対応するしかない)。オンボーディングのための時間の使い方が変わっていくのでは」(小林氏)。

「リモートネイティブ」なエンジニアのキャリアパスはどうなる?

 採用する側ではなく、採用されるエンジニア自身もコロナ禍の影響は当然ある。例えば、2020年4月から新卒エンジニアとして働き始めた新人は、一度も会社に出社することなく、オンラインだけで研修に臨んだり、日常業務に取り組む例は実際に存在する。GMOペパボはまさにそうで、社内ではこの層が「リモートネイティブ」と呼ばれているという。

 新しいかたちで採用された以上、その人事評価もまた新しいかたちが求められる。それはまた、いわゆるキャリアパス(目的の職位・職種に就くために、どのような職歴・資格などが必要になるかを示した行程)をエンジニア自身どう描くかにも影響していく。

 4氏の意見交換のなかで浮かび上がってきたのが、エンジニアの働き方の自由度が向上するという点だ。個人個人の業務内容を「見える化」し、客観的に評価するという流れは、コロナ禍の有無に関わらず広がっている。同時に、リモートワークによってエンジニア個人の自由時間は、通勤時間などの削減によってむしろ増える。海外で開催される技術カンファレンスに日本からリモートで参加するといったことも、集客イベントの開催が難しい現状ではむしろ普通の行為になっていく。また、社会的に副業を認める風潮も高まっている。

 結果、エンジニアは自宅にいながらにして、さまざまな仕事に携わるチャンスが増えていく……というわけだ。

 一方、現場エンジニアと、それを評価する上長が四六時中顔を合わせられない以上は、業務目標の設定や、個人面接が重要である。ただ、顔を合わせないでの評価には、意外なメリットもあったようだ。「いい意味で、余計なものが見えなくなった。例えば『喫煙所ばかり行っている』『職場でYouTubeばっかり見やがって』的なことが、リモートワークでは当然見えない。成果を出しているかどうかだけで判断できるので、ある意味、マネジメントの本質に集中できている」と村瀬氏がこぼすと、周囲の参加者からは笑いが起こっていた。

株式会社ミクシィ取締役CTOの村瀬龍馬氏

「前例のある業務」は自動化し、人間は「前例のないこと」にチャレンジを

 新型コロナウイルス感染症を巡る社会の動きは極めて流動的だ。4~5月の緊急事態宣言下では、IT企業のリモートワークはほぼ必須とも言える状況だったが、7月上旬にもなるとその雰囲気がだいぶ緩和された感がある。しかし同じ7月でも下旬になると、感染者の急増で旗色が変わってきた。このような不確実な社会環境に、エンジニアはどう向き合い、チャレンジしていくべきなのだろうか。

 矢上氏は、コロナ禍だからという極端な構えはとる必要はないとしつつも「前例のないことにチャレンジして欲しい」と訴える。「機械学習に代表される技術を使えば、『前例のある業務』をほぼほぼ自動でできるようになるはず。だからこそ、人間には『前例のないこと』が求められていくだろう」(矢上氏)。

 小林氏は、リモート中心の働き方と、オープンソースソフトウェア(OSS)開発の近似性について触れた。OSS開発にあたっては、居住国すら異なる開発者がオンラインで集い、非同期で1つのソフトウェア開発・改善に取り組む。それでいて、万人に利用されるソフトという明確な成果を着実に生み出している。エンジニアにとって、OSS開発への参加は学ぶところが大きいと述べた。

 「Work from home(在宅勤務)は一般化したが、個人的にはWork from Anywhere――どこからでも働くということがすでにできていると思う。その可能性を信じ、さまざまなことに挑戦して欲しい」(小林氏)。

対談のモデレーターを務めた、GMOペパボ株式会社取締役CTOの栗林健太郎氏