イベントレポート

BIT VALLEY 2020

ビットバレーの次なる投資先は「空」――渋谷にドローンを飛ばすためのアイデアとは

宮坂学・東京都副知事、長谷部健・渋谷区長、DRONE FUND千葉功太郎氏が「BIT VALLEY WEEK」で対談

 9月9日から12日までの4日間にわたり、カンファレンスイベント「BIT VALLEY WEEK」が開催されている。その初日に配信されたオープニング基調講演には、元ヤフー株式会社代表取締役会長で東京都副知事の宮坂学氏ら4人が参加。渋谷、そして東京の将来像について語り合った。

基調講演の模様(画像提供:BIT VALLEY運営事務局)

 GMOインターネット株式会社、株式会社サイバーエージェント、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)、株式会社ミクシィの4社共催による「BIT VALLEY」は今年で3回目。例年、東京・渋谷エリアのイベント施設に学生や若手社会人らを招いて開催していたが、2020年は新型コロナウイルスの影響により、全てのセッション動画をZoomやYouTubeで配信するスタイルで開催された。

 オープニング基調講演は、東京都副知事の宮坂学氏、渋谷区長の長谷部健氏、DRONE FUND創業者/代表パートナーの千葉功太郎氏(慶應義塾大学SFC特別招聘教授)が、イベントに特別協力する青山学院大学の講堂に集まり、これをGMOインターネットグループ・グループ代表の熊谷正寿氏がリモートでモデレートするという、まさに「ニューノーマル」「Withコロナ」を体現するかたちでの実施となった。

講演の模様はオンライン配信、かつ一部参加者はリモートで(画像提供:BIT VALLEY運営事務局)

「データ重視の区政」を目指して

 講演は、渋谷区長の長谷部氏によるプレゼンテーションからスタートした。渋谷区はロンドンやバルセロナといった海外事例を参考にしつつも、独自の観点で「スマートシティ」化を目指している。5月には外部からスマートシティシティ推進担当課長を登用。スタートアップ企業支援プログラム「SmartCityX」にも区としてのオブザーバー参加を決めている。

渋谷区長の長谷部健氏(画像提供:BIT VALLEY運営事務局)

 「これまでの区の行政は、経験によるところが大きかった。これからはデータによるしっかりとした裏付けをもとに、区民サービスを充実させていく必要があるのではないか。」(長谷部氏)

 また、社会課題解決のためのイノベーションを渋谷から起こそうという一般社団法人渋谷未来デザインには出資も行った。そこには、民間企業とコンソーシアムを組むことで、スマートシティ化を単なる構想・実証実験レベルに終わらせず、現実的なものとして実装したいという願いがある。直近では、バーチャルなハロウィーンのイベントを5Gで実施できないかなど、さまざまな検討が行われているという。

 スタートアップ企業の立ち上げ支援も大きな目標に掲げている。「海外投資家が渋谷のスタートアップに投資したくても、制度的に難点があったり、また、海外の人材が渋谷でスタートアップを立ち上げようとしても、国籍がないと手続きが大変面倒だったりと、多くの課題がある。国と一緒になって、規制緩和にも取り組んでいきたい。」(長谷部氏)

渋谷区のスタートアップ支援策

 教育のIT化については、1つの成果が出ようとしている。2018年9月からは「渋谷区モデル」と呼ばれる事業がスタートし、これに前後するかたちで区内の学生1人に対し1台のタブレットを提供することとなった。

 各所との調整を巡る困難もあったが、約2年に渡る運用とその評価結果をもとに2020年9月からは新システムが稼働。あわせて、区内の公立校に通う小中学生全員に、Surface Go 2を1台ずつ配布した。

 教育現場でのIT導入を巡っては、不登校者の支援を効果的に行えるなど、さまざまな恩恵があったという。また、教師側の指導内容はデータとして蓄積されるため、確かな統計に基づいた教育内容の改善などにも繋げたいという。

都政の現場で「デジタルを当たり前」に

 宮坂氏は今でこそ東京都の副知事として知られるが、前職はヤフー株式会社の代表取締役会長。その知見を生かし、デジタルをフルに利活用する東京の実現を目指している。

東京都副知事の宮坂学氏(画像提供:BIT VALLEY運営事務局)

 その中核となっているのが「スマート東京実施戦略」で、具体的には3つの柱がある。1つめは、モバイルインターネットに欠かせない電波環境の充実。宮坂氏は「都や区が道を整備するのと同じように、“電波の道”を整備しないとIT企業がそもそも勝負できる環境にならない」と力説する。

 2つめが公共施設や都民サービスのデジタルシフト。例えば上野動物園では、コロナ禍を受けて入場整理券の発行をオンラインで行うようになったが、民間サービスと比べてデジタル対応は遅れているのが実情であり、解消に努めていきたいという。

 3つめが行政そのもののデジタルシフト。宮坂氏によれば、都庁で使われているデジタルツールは古く、更新されていないものが多い。民間で広く一般に使われている製品レベルへの刷新もまた重要だとした。

「スマート東京実施戦略」3つの柱

 8月末に打ち出した「バーチャル都庁」のプランは、まさに行政のデジタルシフト策の一環。当面はペーパーレスなどに取り組みつつも、東京・西新宿にある実際の都庁とほぼ同等の機能・サービスをバーチャル空間でも実現しようという壮大なプランだ。

 一方、都としてスタートアップ企業の支援は進めている中で、宮坂氏は「都市のプラットフォーム化」の萌芽を感じているという。

 「iPhoneが2007年に登場して以降、アプリの配信プラットフォームがIT企業の主戦場になっていった。しかしいまは、自動運転、マイクロモビリティ、ドローンに代表されるように、都市空間の上でどうサービスを動かすかにシフトしてきている。つまりは都市自体がプラットフォームになっているのではないか。」(宮坂氏)

 日本国内では東京への一極集中に懸念が集まるが、国際的な都市比較で見れば東京は盤石な地位を確保しているとはいえない。スタートアップ企業がその創業地を選ぶにあたっては、サンフランシスコ、上海、シンガポールなど候補が数多ある。その中でどう東京を選んでもらうのか。東京としては普段の努力が求められる。

渋谷上空をドローンが行き交う日

 DRONE FUNDの千葉氏は、かつて株式会社コロプラの副社長を務めたことで知られる。現在は投資家としての活動がメインで、特にドローンに注力している。

DRONE FUND創業者/代表パートナーの千葉功太郎氏(画像提供:BIT VALLEY運営事務局)

 千葉氏は2018年12月、小型ジェット機「ホンダジェット」の国内第1号オーナーになった後、今年6月には自家用操縦士の資格を取得。空を“最後のフロンティア”と捉え、インキュベーション活動を展開中だ。

 千葉氏が描く未来図では、子どもの忘れ物をドローンで届けたり、犬の散歩をドローンが行うなど、ごく日常的にドローンが使われることを想定。また、ビルの空きフロアにドローン基地を設けてこれを貸し出したり、ドローンを遠隔操縦するためのパイロットセンターの設置であったりと、働き方にも大きな影響を与えるとした。

 直近の動きとしては、ドローンによる災害対応も始まった。2019年10月、台風19号で大きな被害が出た東京都奥多摩町の集落へ、救援物資をドローンで輸送した例がすでにある。

災害対応にドローンが用いられた

 そして、国内のドローン産業を考える上でマイルストーンになりそうなのが2022年だ。「レベル4と呼ばれる、都市部でのドローン自動運転が2022年に認可されることが閣議決定されている。」(千葉氏)

 DRONE FUNDの出資先であるSkyDriveでは、有人ドローンのメディア向けお披露目フライトも済ませた。そして2023年には、有人ドローンによるモビリティ事業もスタートする見込みで、千葉氏は「想像以上に早く“絵に描いた餅”が実現することになりそう」と期待を示す。

渋谷でドローンを飛ばすため、こんなアイデアも

 統計によれば、東京・神奈川・千葉・埼玉からなる「東京都市圏」の人口は3700万人で、これは世界でも1位のレベル。他の国際都市と比較しても、見劣りしないレベルにあると千葉氏は指摘する。しかし2030年には、インドのデリー都市圏にその座が奪われるとの予想もある。

 この座を維持するためにも、産業的はまだ手つかずの空に投資し、有効活用すべきだというのが千葉氏の持論だ。

 具体的なアイデアはある。東京都市部の高層ビル屋上には、「H」マークが大きく書かれた、ヘリコプター着陸スペースが設けられていることが多い。しかし騒音などの影響で大半が常用不可。現実には東京・木場のただ1つだけに限られている。

 「H」マークとは異なる、「R」マークが屋上に用意されている高層ビルはさらに多い。この「R」はレスキューを意味し、ヘリコプターの着陸はできないが、ホバリングによる人命救助はできる。

高速ビル屋上の「H」「R」マークが有人ドローンの乗り場になるかも?

 少なくとも渋谷周辺だけで「R」マーク付きのビルは現時点で11棟ある。有人ドローンの時代には、こうした「R」マークのスペースを言わば「都心部にある空の玄関口」にしたいという。既存施設を利用するので、投資額も軽減できる。

 GMOインターネットグループの熊谷氏も、空のビジネスへの関心を示す1人だ。「都内にはHマーク、Rマークがいまでも山のようにある。建物の構造体的耐久性の面でも、RマークをHマークへと変えても問題はないはずだ。しかし航空法上の規則がとにかく厳しい。」(熊谷氏)

 Hマークのヘリポートの運用にあたっては、進入方向500mの住民に対して公聴会を行い、全員からの同意を集めなければならない。これがヘリポート運用の大きなハードルとなっていると熊谷氏は説明する。

GMOインターネットグループ・グループ代表の熊谷正寿氏(画像提供:BIT VALLEY運営事務局)が、リモートでモデレーターを務めた

 こうした規制の緩和は短期的に難しいが、長谷部氏は一例として、区内の木造住宅密集地域で災害対策を進める際に、ドローン活用の道がありそうだと述べた。

 千葉氏が披露したもう1つのアイデアは、渋谷から羽田空港への“空の道”。ヘリポート周辺の住民同意問題と同様、ドローンもその運航にあたっては地上地権者の協力が欠かせない。そこで、鉄道(線路)、高圧電線、河川の上空に限ってドローンを運航すれば、国や鉄道会社などごく少数の関係団体から同意を得るだけで、運行が可能になるのだという。

 宮坂氏は、有人ドローンによって移動範囲が拡大し、人の往来が簡単になることで、東京都市圏を拡張させる効果があるのではないかと述べた。千葉氏によれば、ドローンの速度や航続距離を考えると、群馬や栃木、箱根なども東京都市圏に含めることが十分可能。また、地価に対する価値観が変わり、鉄道駅ではなく有人ドローンにアクセスしやすい場所の人気が高まるといった変化も期待される。

 なお、東京都はドローン関連の施策として、河川上空ルートでの荷物運搬の事業性を検討すべく、実験を行う予定。熊谷氏はドローン運用の法的ルール整備にあたっては、海外都市に遅れをとらないよう、いち早い整備をしてほしいと長谷部氏・宮坂氏に要望を送っていた。

 新型コロナウイルス問題は多くの人々に苦難を与えたが、デジタルトランスフォーメーションを一気に進めるためのチャンスでもある――熊谷氏は最後にそう提言し、講演を締めくくった。