イベントレポート
海のアバターの社会実装を進める会
水中ロボットに水中無線…、「海のアバター」はどう社会実装されるのか?
福島で「第3回 海のアバターの社会実装を進める会」が開催
2021年12月27日 07:55
2021年12月10日~11日、水中ドローンや水中ロボットに関するイベント「第3回 海のアバターの社会実装を進める会」が開催された。
12月10日にはシンポジウムが、12月11日には水中ロボット操縦体験・デモンストレーションが行われた。シンポジウムは、福島ロボットテストフィールド(以下、福島RTF)のカンファレンスホール、操縦体験やデモンストレーションは、福島RTF 屋内水槽試験棟および福島の請戸漁港、長崎の島原港で開催され、それぞれオンラインでもリアルタイム配信が行われた。
ここではまず、12月10日に行われたシンポジウムの内容をレポートする。シンポジウムのテーマは、「水中ロボットを中心とした海洋産業の『今』と『未来』」であり、全部で8つの講演が行われた。
以下、そのレポートをお届けしよう。
海のアバターの社会実装を進める会への期待
最初に、福島RTF 副所長の秋本修氏が「福島ロボットテストフィールドの紹介と海のアバターの社会実装を進める会への期待」と題した開会挨拶を行った。その概要は以下の通りだ。
福島RTFは、国家プロジェクトである福島イノベーション・コースト構想の中で、ロボット分野を牽引するものとして位置づけられており、「空の産業革命」の実現に向けて、国内の他のテストサイト「NICTワイヤレスネットワーク総合研究センター」および「大分県産業科学技術センター 先端技術センター 先端技術イノベーションラボ」との連携協定が締結された。
福島RTFで期待されていることの一つが「水素社会」と「空飛ぶクルマ」の融合、もう一つが、「水素社会」と「次世代船舶」の融合である。例えば、水素を利用した燃料電池を電動ヘリコプターの電源として使うといったアイデアが出ている。
海のアバターの社会実装を進める会は、少子高齢化が進み、職業ダイバーが激減したこと、水中や海中のインフラは数多くあり、維持管理作業が必要だということで設立された。
水中ロボットは大きなポテンシャルを秘めているが、教育や国民理解が進んでいないといったことが問題であると考え、イベントを通じて、潜在的な利用者や学生に対して水中ロボットの有効性をしっていただく体験である。
「海の産業革命」のコンセプト。低価格水中ドローンの技術を海洋ドローンへ適用できれば、海洋ロボットの市場を牽引し、新たな市場の創生とロボットの社会実装が可能になる。また、浅海域遠洋産業プラットフォーム構築によっても、「海の産業革命」が推進される。
福島の復興・創生の実現に向けて
次に、復興庁 統括官 由良英雄氏による「福島の復興・創生の実現に向けて」と題した基調講演が行われた。その概要は以下の通りだ。
震災によって壊滅的被害を受けた新地町の駅は、震災から5年半以上経過した2016年12月13日に復元が完了した。他にも福島県の多くの場所が震災の被害に遭ったが、現在ではほぼ全てが復興した。
また、2015年4月、震災からの復興を担う人材育成を目指す福島県立高校として、広野町にふたば未来学園高等学校が開校。2019年4月には併設中学校が開設された。さらに、2020年8月1日に浪江町交流・情報発信拠点施設として「道の駅なみえ」が一部開業、2021年3月20日に全面開業した。
福島イノベーション・コースト構想は、2016年6月に震災によって壊滅状態となった浜通り地域などに新たな産業基盤の構築を目指す構想として提案された国家プロジェクトである。福島ロボットテストフィールドは、その構想の中核の一つで、2020年3月末に全面開所した。そのほか、福島県が運営する東日本大震災・原子力災害伝承館が2020年9月に開館した。今後、福島が国際教育研究拠点となり、「科学技術立国・日本」の再興を牽引する。
また、福島県の農林水産物は出荷前に徹底したモニタリング検査を行っており、近年は基準値を超えるものはほとんどなく、安心して食べて欲しいとのことだ。
南相馬市の企業による水中ロボット開発に関する講演
続いて、南相馬市の企業であるタカワ精密 取締役 渡邉光貴氏による「モノづくりで社会貢献 - 南相馬発の水中ロボット「ラドほたる」 -」と題した講演が行われた。この中で紹介されている「ラドほたるⅡ」は、翌日のデモンストレーションでも登場していた。
タカワ精密はFA設備や金型、ロボット開発などを行っている企業で、これまでに水中ロボットやクローラロボットなどを開発してきた。タカワ精密は2013年から水中ロボットの開発を開始した。震災による死者の90%以上が溺死であり、被害を減らすためにも水中ロボットは重要である。
タカワ精密はまず、福島大や他の市内企業と共同で、採泥機能を備えた水中ロボットを開発。次に、JAEAと福島高専、他の県内企業と共同で、狭隘部調査機能を備えた水中ロボットを開発。さらに、その改良型として超小型・軽量で高い放射性耐性を実現した狭隘部調査機能を備えた水中ロボットを開発した。
タカワ精密が開発した最新水中ロボットシステムが「ラドほたるⅡ」であり、LEDマーカーを使った半自律制御が可能なことが特徴だ。
洋上風力発電の新工法や水中ロボットの活用について
次に、東洋建設株式会社 土木事業本部 洋上風力部 部長 北畑貴史氏が「洋上風力発電における低コスト技術開発と水中ロボットの活用」と題した講演を行った。
東洋建設は、洋上風力発電の基礎工法として、サクションバケット基礎工法を開発中である。サクションバケット基礎工法は、現在主流のモノパイル基礎工法に比べて、薄い堆積層でも利用でき、騒音・振動などの環境への負荷が小さいといった利点がある。
また、TLP(Tension Leg Platform)型浮体式基礎も開発中だ。TLP型はこれまで国内では実証実績がないが、海域占用面積を大幅に削減できることが利点だ。
サクションバケット基礎工法やTLP型浮体式基礎の施工においては水中ロボットが大いに活躍する。
ITを活用した「持続可能な水産養殖」とは?
休憩を挟んで、ウミトロン株式会社 マネージャー 浅野由佳理氏による「テクノロジーで実現する持続可能な水産養殖の実装を目指して」と題した招待講演が行われた。その概要は以下の通りだ。
養殖業のニーズは増加しているが、少子高齢化や環境に与える影響なども考慮しながら持続的な産業として発展する必要がある。ウミトロンは成長を続ける水産養殖にテクノロジーを用いることで、将来人類が直面する食料問題と環境問題の解決に取り組むスタートアップであり、SDGsとウミトロンが目指すところは一致している。
ウミトロンメンバーの専門は宇宙工学や情報工学、水産、養殖、海洋科学、機械/電気工学など、多岐に渡っており、生産から消費まで一気通貫したサービスを提供し、持続可能な水産養殖を実現する。
ウミトロンの未来の海を守るシーフードアクションは、フードバリューチェーン上の各段階のプレイヤーを巻き込んで活動の輪を広げるというものだ。
その持続可能な養殖の実現を目指すパートナーシップの例として、マダイとして世界初のASC認証を取得したことが挙げられる。養殖に係る代表的な課題としては、給餌、精算・出荷管理、海洋環境データの情報収集といったものがある。
給餌に関する課題の一つが、金銭的コストであり、餌代が漁労コストの約7割を占める。その原料の魚粉価格はピーク時の2015年には10年間で3倍近くまで高騰し、現在も高止まりが続いている。二つ目の課題が、時間・労働力のコストである。給餌頻度を増やすための長時間滞在は非現実的であり、理想的な給餌頻度や給餌量が実現できない。三つ目の課題が、無駄餌による環境負荷で、食べ残した餌が水質を悪化させてしまう。
それらの課題解決のための方法として、AIを使った自動給餌を開発した。これは水中の画像を取得し、魚の食欲分析(FAI)を実現したものだ。FAIを搭載したスマート給餌機「UMITRON CELL」が実際に出荷されており、UMITRON CELLを利用することで、生育期間を4ヶ月短縮することができた。
生産・出荷管理に関する課題は、いけすの中の成長度合い(バイオマス)の把握であり、従来の実測作業では、作業にかかる時間コストや、品質低下のリスクがある。そこで、ウミトロンは非接触で魚のサイズを測定するシステム「UMTITRON LENS」を開発した。
さらに、海洋環境データの情報収集についての課題を解決するために、海洋環境データサービス「UMITRON PULSE」を開発。衛星リモートセンシング技術によって海洋環境データを高解像度で提供できるサービスだ。「UMITRON PULSE」は、PCまたはスマートフォンから利用でき、8種類の海洋情報を取得できる。「UMITRON PULSE」の使用事例の一つが、日本のマダイ養殖業者であり、釧路海流の水温を測定し、養殖場と農場の将来の水温変化を予測し、給餌量のコントロールに利用している。
ウミトロンの「UMITRON PULSE」「UMITRON FAI」「UMITRON CELL」「UMITRON LENS」の4つの技術がサイクルとなって、魚の生育を自動化する。
持続可能な養殖の実現に向けたロードマップは、まず、生産者の課題を解決し、バリューチェーンの課題を解決する。そして最終的には地球規模の課題を解決する。地球規模の課題を解決するアイデアとして、無魚粉・低魚粉飼料の推進、ブルーカーボン、洋上風力×沖合養殖が考えられる。
人支援ロボットの開発と人材育成について
続いて、福島大学 共生システム理工学類 教授 高橋隆行氏による「人支援ロボットの開発と人材育成」と題した講演が行われた。
高橋氏が開発した人支援ロボット「i-Pentar」は、倒立振り子型機構を持ったロボットであり、倒れることで発生する力も活用することが特徴だ。
8自由度のマニピュレータを搭載しているが、制御方法にも特徴がある。従来はタスクごとに別の制御系を用意していたが、タスクが増えてくると極端に信頼性が低下するという問題があり、「i-Pentar」ではバランス制御以外はすべて「外乱」として扱う新しいコンセプトを採用している。「i-Pentar」が実行できるタスクとしては、モノの持ち上げや段差登り、腕の操作などがある。
また、下肢障害者が廃用症候群になることを防ぐためのFESサイクリングチェアを開発した。
FESサイクリングチェアの開発コンセプトは、脚で漕ぐ車いすを作るという、一見矛盾したものだ。FESとは、外部から与える電気刺激によって筋肉を収縮させることで、心臓ペースメーカーなどもFESを利用している。FESサイクリングチェアを実際に下肢を自分の意志である程度動かせる患者でテストしたところ、良好な結果が得られた。
また、1990年に仙台で始まったロボット競技会「知能ロボットコンテスト」は、日本では古参のロボット競技会の一つだが、完全自律型のロボットによる競技会であり、カラーボールや空き缶、水入りペットボトルなどを指定されたゴールまで運ぶことが目的だ。このロボットコンテストの教育効果は高く、知能ロボットコンテスト出身者がさまざまなところで活躍している。
水中無線技術の基礎から最新動向まで
次に、電子情報通信学会 通信ソサエティ 水中無線技術研究会委員長 吉田弘氏が「海のワイヤレス技術」と題した講演を行った。その概要は以下の通りだ。
水中無線技術は、私たちの未来の暮らしを作る技術であり、水中無線技術研究会は2004年から海中電磁場の計測を開始し、低周波電磁場や光無線の研究も行っている。
日本の漁業・養殖業の生産額は1982年をピークに右肩下がりだが、養殖は年10%で上昇している。世界の漁業の市場規模は10~12兆円である。また、日本の海底資源の一つ熱水鉱床には700兆円規模の価値があるが、低コストで取り出す技術は確立していない。
具体的な海底産業の実装については、オイルやガスといった既存の海外市場に参入する障壁は非常に高い。また、海底鉱物資源や海洋エネルギーといった新規市場の開拓は、事業化に15年ほど必要になる。それに対し、漁業や養殖などの既存の国内市場の生産性向上なら、新技術導入で2~3年後から増収が可能である。
日本の水域ロボットサービス市場規模は年間約2兆円で、一番大きな割合を占めているのが河川・港湾設備の点検である。
また、日本の食料自給率は、昭和40年以降、食料自給率は下がり続けており、カロリーベースの食料自給率は37%まで低下している。この低い食料自給率で本当に大丈夫なのか? 今後、温暖化などの気候変動で世界の食物の収穫が低下する可能性もある。
関東から北海道は漁業が中心で、関西から九州では養殖が盛んであり、養殖をより増やしていくことが重要になる。
今後、建築後50年を経過する道路橋やトンネル、河川管理施設などのインフラが増えるため、保守・点検需要が増える。衛星からの電波を受信し測位した情報を海中ロボットに伝えることで海中でも測位が可能になる。音響モデムと電磁モデム。音波で信号を伝える音響モデムは、すでに市販されており、Water Linked社の「M64 Acoustic Modem」は31万円という低価格で販売されており、到達距離も200mあるが、通信速度は64bpsと低速だ。実際には出荷されてない製品だが、現在の技術で電磁モデムを開発するとしたら、到達距離30m、通信速度100bps、価格10万円を実現できる。
音、光、電波の海中利用にはそれぞれ利点と欠点があり、音は遠くに届くが浅い海に弱く、空と海の境界を越えることはできない。光は高速で低価格だが、濁りに弱く、光軸合わせが必要なことが弱点だ。電波は耐環境性が高いが、短距離しか届かず低速である。
したがって、音を補間するように、うまく光と低周波電磁波を利用することがポイントだ。
最近の海中音響技術の動向だが、要素技術研究としてはMIMO通信や空間多重通信など、システム開発・市場利用としては海底ネットワークや魚個体数と重量推定などが最近の話題となっている。また、海中電磁気のトピックとして、海の導電率はエリアによって大きく変わることが分かった。
物理的なポイントだが、海水中の電磁界の伝達は海水を「場」と「分子とイオン」の2つに分けて考えることが重要である。
「福島を他人事と思えない」長崎の取り組み
最後に、長崎県産業労働部 参事監 長崎大学研究開発推進機構 機構長特別補佐 森田孝明氏が「産・学・官の連携による海洋産業創出を目指して」と題した講演を行った。
長崎大学福島未来創造支援研究センターは、震災並びに原発事故に遭遇した福島県に対する健康、医療、福祉、教育などの支援と協力を行い、福島県の未来を創造するために設置された。
長崎大学福島未来創造支援研究センターは、業務支援部門、復興支援部門、教育支援部門の3つの部門から構成されており、さらにそれぞれの部門が国際機関や他の大学などと連携をとっている。
長崎は原爆の被害を受けた地であり、3.11の被害を受けた福島は長崎の人間にとって他人事ではなくなった。長崎大学の初期支援活動は全国の中でも際立っていた。
2021年12月3日~19日に、福島の現状を伝える「長崎特別展」が、長崎市の国立長崎原爆死没者追悼平和記念館で開催され、多くの人が見学に来た。
昨年行われた「第2回海のアバターの社会実装を進める会」でも長崎が協力。日本の商用による本格的な海洋開発は、洋上風力から始まり、一般海域での海洋開発や漁業密度の高いアジアの海では、海域特性の把握や漁業との共生がとても重要である。このような海洋の新たな開発において、水中ロボットやドローンの活躍の場面がさらに広がっていき、国内外と連携した実海域の実証フィールドと事業化海域を持つ長崎と、福島RTFを持つ福島との連携は、いよいよ重要になる。
海洋立国日本の目指すべき姿は、「国際協調と国際社会への貢献」「海洋の開発・利用による富と繁栄」「『海に守られた国』から『海を守る国』へ」「未踏のフロンティアへの挑戦」の4つが柱となる。
2014年7月に国によって実証フィールドが6海域選定されたが、そのうち3海域が長崎県である。現在は6県8海域が選定されているが、そのうち3海域が長崎県である。その3海域は、「西海市江島平島沖」「五島市久賀島沖」「五島市椛島沖」である。また、国指定の地域活性化総合特区として「ながさき海洋・環境産業拠点特区」が制定され、さまざまな課題に取り組んでいる。
知識基盤型社会では新たなクラスターが競争に大きな役割を果たすため、産学官連携によるクラスターの形成を目指している。
そのクラスター形成に大きな役割を果たすのが、2016年3月23日、長崎大学、長崎総合科学大学、NPO法人長崎海洋産業クラスター形成推進協議会、長崎県の4者によって締結された海洋エネルギー関連分野における連携協力だ。
長崎海洋産業拠点を形成する想定ロードマップは、「イノベーション環境の改善」→「企業の集積→アンカー企業の出現」→「起業環境の改善」→「評判の確立」という段階を経る。現在は、起業環境の改善フェーズである。