インタビュー
Googleを長野県に! グッドパッチの土屋尚史社長が提案する「長野マウンテンビュー化戦略」の狙い
『信州ITバレー構想』キーパーソンに聞く<2>
2020年2月27日 12:00
UI/UXデザインによる企業の戦略支援を手掛け、日本だけでなく世界各地に拠点を置く株式会社グッドパッチの土屋尚史代表取締役社長/CEOは、長野県佐久市出身、同県が掲げる「信州ITバレー構想」のアンバサダーの1人。信州にIT人材・IT産業を集積させるという同構想について、起業家の目から見た課題などを聞いた。
母校“野北”の先輩、LINEの出澤さんに誘われて……
――まず、「信州ITバレー構想」のアンバサダーを引き受けられた経緯を教えてください。
僕の母校は野沢北高校で、長野県佐久市にあるんですが、その卒業生にはIT起業家が数名います。有名なのは僕より10歳上になるLINEの出澤剛社長と、さらに少し上のファンコミュニケーションズの柳澤安慶さん。世代が違っても同じIT業界人ですので、親しくさせていただいています。アンバサダーになったのは、その出澤さんの紹介です。まあ、先輩に誘われたら、断わることはできません(笑)。
グローバルブランド企業の誘致を起爆剤に
――信州ITバレーには、どんな提案をされたのですか?
今日、僕が県知事に提案したのは、Googleを誘致しましょうということです。
Googleは今、東京の渋谷にオフィスがありますが、猛暑の夏場に東京で働くのはつらいですよね。脱出したいと思っている外国人も多いと思いますので、避暑地として最適な長野にGoogleキャンパスを作っていただけたら快適に働けると思いますし、冬は白馬でスキーやスノボなどアクティビティが楽しめます。Googleがあるというだけで、日本中、世界中から長野に注目が集まり、大学生もどんどん入って来て絶大な影響があるはずです。
日本の地方は、各地でサテライトオフィスを作ると言いながら、人集めに苦労しています。日本のIT企業が来たところで人は集まらない。もし、グローバルで最強のブランド企業が来たなら、起爆剤になるでしょう。その中でも、なぜGoogleかというと、技術思想としても企業カルチャーとしても、他を受け入れるオープン性があるからです。Appleの工場が出来てもクローズドで入れないけど、Googleなら一部を開放したり、イベントの開催などをしてくれるでしょう。
それにGoogle本社のあるシリコンバレーのマウンテンビューも、もともと何もなかったところです。長野は日本のマウンテンビューと言っていいかもしれない(笑)。
多国籍な人が集まるIT集積地に
――土屋さんご自身は、2011年からシリコンバレーに行かれています。それは何がきっかけだったのですか?
僕が起業を決意したのは27歳のときです。当時、僕はウェブ制作会社で働いていましたが、祖母の遺産の500万円が急に入ってきて、これを元手に起業しようと決めたんです。ただ、ウェブ制作会社で働いた人はだいたい同じ仕事で独立する。僕はそれが嫌で、何か別の事業を興したいと考えていました。いろいろな起業家のセミナーを聞きに行き、その中の1つに、DeNAの南場智子さんの話を聞く機会がありました。
南場さんは当時、「ngmoco」というサンフランシスコのソーシャルゲーム会社を買収していて、月の半分をシリコンバレーで過ごしていました。そのときに気が付いたのは、シリコンバレーはアメリカにあっても、純粋なアメリカ人だけで会社を作ってはいないということ。中国人もいるしインド人もいる。いろいろな国の人たちが集まって1つのサービスなりプロダクトなりを考えていく。だからこそ、自然に世界のマーケットに意識が向くのだと。
一方、日本のベンチャーはまず日本人だけで集まって、日本で成功することから考える。それがうまくいったら3~5年後に世界に出ていこうという段階的な意思決定を行う。そのタイムライン感覚では、シリコンバレーの企業に絶対に敵わない。だから、南場さんには「あなたたちは最初から多国籍軍を作りなさい」と言われました。
その話を聞いた次の日に、僕はもうシリコンバレーに行くと決めていました。出発したのは2011年3月10日。東日本大震災の前日です。1日でもずれていたら成田空港が閉鎖されて行けなかったと思います。2011年は、UberやInstagramがリリースからまだ数カ月でしたが、Airbnbもすでにありました。プレイヤーの変わる激動を間近で見たことは、僕にとって今でも財産になっています。
住みやすさが勝負の鍵
――その後、帰国されて起業されました。今はベルリンやミュンヘンなどヨーロッパにも進出され、国内でもフルリモートのデザイン組織を作ってネットワークを拡大されています。それでお聞きしたいのですが、こんなにインフラが均質になった今でも、なぜ東京への集中は止まらないのでしょうか?
東京に企業が集中するのは、“予算”があるからでしょうね。お金を動かす意思決定機関が東京に集中しているので、そこで営業活動をしたほうが効率がいい。でも、ドイツだと都市ごとに産業が分かれています。金融はフランクフルト、製造はミュンヘンやデュッセルドルフ、ITだとベルリン。日本はやっぱり一極集中で、それが効率的ではあるんですが、人が集中しすぎてしまっている弊害はあると思います。
ポジショニングは大事で、僕らがヨーロッパに進出したのは、たまたま、そういう企業が日本になかったからです。サンフランシスコは、僕がいたころはまだ土地が安くてワンベッドルームで当時、1カ月1400ドルぐらいで借りられました。それが3年後になると、3倍になったんです。
そうなると、安易に進出できない地域になってしまいます。ドイツに関しては、生活コストもすごく安い。ベルリンは英語が通じるので進出しやすかったというのはありますね。
結局、そこに住みたいかどうかはとても重要で、住みたいと思わせる土地の魅力とブランドをどう作るかという勝負になります。それで言うと、長野は日本の中で、一番ポテンシャルがあると思います。都道府県の中でも住みたいランキング1位ですから。
――行政の観点では何ができますか?
社会課題の解決策を提案するのも新しいやり方です。
例えば、母子家庭の貧困率が高いことは知られています。これに対して、長野県内のある地域に特区を作り、ITで仕事ができるようにする教育や子育ての支援環境を提供する。働き方の自由度では、ネットがあればできるITの仕事が一番いいと思います。子育ての環境として長野は最高だと思いますから、そこで学びの支援をするのです。日本全体でとなると難しい課題でも、1つの地域であれば、行政は力を分散せず、集中的に支援していくことができるはずです。こういった社会課題への集中的な取り組みも、地域のブランドにつながっていくと考えます。
大学は、時代に合ったブランド戦略をとるべき
――人材戦略についてはどうですか?
結局、シリコンバレーに優秀な人材が集まるのは、スタンフォード大学があることも大きな理由の1つです。日本でこれに匹敵する大学があるかというと思い浮かばないのですが、人材を集めるのに教育機関との連携は必須だと思います。
グッドパッチは過去に長野高専の卒業生を3人採用したことがありますが、全員めちゃくちゃ優秀でした。これはぜひアピールしておきたい。また、長野ではないのですが、はこだて未来大学の出身者も優秀です。まだ設立20年ぐらいの新しい大学ですが、IT系の人材を育てるために設立されたので、東京の人が函館に移って進学して来ることもあるそうです。「未来大学」というネーミングも新しくていいですね。
理系も文系も関係なく多くの学生にデザインを学ぶことを勧めたいのですが、この領域で学ぶべきことは急速に変化しており、必要なことを教えてくれる教育機関は、日本にはまだありません。美大も、教授陣や学部・学科がデジタル時代に合うかたちに転換されないと、イノベーションに寄与しなくなってきます。そろそろ大学はデザインや戦略を見直す時期に来ていると思います。
ビジョンのあとの行動が大事
――信州ITバレー構想を進める上で、課題はたくさんありますね……。
ビジョンを掲げることは重要で、掲げないと何も始まらないと思うんです。ただ、掲げたあとは、どう行動したかが問われます。
シリコンバレーのようなIT集積地を作ろうとしている県はいくつもありますが、そう言って地域がブランド化された事例はまだありません。福岡市はがんばっているけど、東京に近い長野はそれより地理的優位性があり、なんといっても住みやすさが評価されています。そうすると、ITバレー構想をきちんと実行できれば、今後はいい未来が待っていると思うんですね。
ただ、「信州ITバレー」という名前は変えたほうがいい。「信州」は日本人には分かるけど、世界には通用しない地名です。「Nagano」だったら、オリンピック開催地として海外でも知られています。なのに、なぜ「信州」にしたんだろう、と。やっぱりGoogleを呼ぶのにも、もう一度、グローバルを見据えてブランディングを考え直したほうがいいのではないでしょうか。僕にできることがあれば、コミットしていきたいと思っています。
――ありがとうございました。