ニュース

自治体のDX、組織の都合ではななく徹底したユーザー志向を

長野県佐久市が「リモート市役所」開設のオンラインイベント

株式会社ファンコミュニケーションズ代表取締役社長の柳澤安慶氏(左上)、株式会社オズマピーアールの登坂泰斗氏(右上)、佐久市長の栁田清二氏(左下)、内閣官房IT総合戦略室の森麻理子氏(右下)

 長野県佐久市は、同市が開設したSlackによる移住のオンラインサロン「リモート市役所」をテーマとしたオンラインイベント「デジタル・ガバメントの実現した未来をSlackを活用したシティプロモーションから考える」を1月25日に開催した。

 同イベントは、リモート市役所の認知拡大を目的として行われるキックオフイベントの第1弾で、内閣官房IT総合戦略室の森麻理子氏をゲストに迎えて、佐久市出身の起業家である株式会社ファンコミュニケーションズ代表取締役社長の柳澤安慶氏と、佐久市長の栁田清二氏の3者で、行政・民間の立場からクロストークを展開した。司会はリモート市役所のシステム運用を担当している株式会社オズマピーアールの登坂泰斗氏(戦略コミュニケーション部部長)が務めた。

 オンラインで行われるキックオフイベントは計4回の開催を予定しており、第1回となる今回は「地方におけるデジタル推進」というテーマについて、森氏からは国の視点から、栁田市長からは地方自治体の視点から、柳澤氏は民間の視点から、という役割で議論が進められた。

リモート市役所

民間のツールを活用して、住民へのサービスを向上

 最初のテーマは「地方のDX化推進の展望と課題」で、冒頭で森氏が昨年12月25日に閣議決定された「デジタル・ガバメント実行計画」の概要を紹介した。森氏は内閣官房のIT総合戦略室において地方自治体のDXを担当しており、住民の手続きのオンライン化や、自治体職員が業務で使うバックオフィスのシステムの標準化などを担当している。

内閣官房IT総合戦略室の森麻理子氏

 この実行計画は、デジタル庁の設置を見据えて、デジタル社会の実現に向けてた国の方針をまとめた内容となっている。この中で地方自治体の取り組みとして掲げられているのが、「地方公共団体の行政手続きのオンライン化を推進」と「住民基本台帳や税のシステムなど、自治体の業務システムの標準化・共通化」の2つ。このほかに、AIの活用やRPAの推進なども盛り込まれている。

 森氏によると、自治体の約9割は何らかの手続きを電子申請化しており、残りの1割についても、できるだけ電子申請システムの整備に取り組んでもらいたいと国としては考えている。そこで、子育てや介護などの行政手続きの検索やオンライン申請をしたり、行政からお知らせを受け取ったりすることができる「マイナポータル」を可能な限り使ってもらいたいと考えており、例えば新潟県三条市はマイナポータルを積極的に使っており、さまざまな分野でオンライン申請を可能にしているという。

 一方、民間のサービスを活用して住民へのサービス向上を図っている事例もあり、例えば福岡市では、LINE公式アカウントを活用した粗大ゴミ収集申し込みチャットボットを提供しており、処理手数料はLINE Payによる支払が可能となっている。「このようなサービスは自治体のみなさんに創意工夫していただいて、やりやすい方法で進めていただければと思います」(森氏)。

 登坂氏は森氏の話を受けて、「現在、民間のツールがいろいろ出てきて、独自のツールを作るのは厳しい時代だと思います。リモート市役所でもSlackを使っていますが、用途に応じて使い分けるのが重要な時代になってくるのではないかと感じています」と語った。

 栁田市長はこのような地方自治体のDXへの取り組みに対して、「これから挑戦していかなければいけない」と決意表明した上で、「LINE Payで支払えたり、マイナンバーカードで便利に手続きしたりできることに対して、市民の皆様が『便利だ』と感じていただければ、それが広がっていくと思います」と語った。一方で、小さい規模の市町村の場合は企画担当者が1人しかいないケースもあり、規模の大きい自治体との取り組みのスピードの差が課題になると問題提起した。

 これに対して森氏は、国としては、できるだけツールなどを用意してそれを使ってもらうとともに、内閣官房のIT総合戦略室や総務省が連携して、小さい自治体に向けて専門人材を送り込んだり、人材のシェアを行ったりといった支援を検討していると語った。

 このほか、自治体の外部の力を活用するだけでなく、内部の力を使うことも重要であると語った。システムに詳しい人材を育成することも大事だが、今後はシステム担当ではない一般の職員でも、「もう少しデジタル化したら良くなるのではないか」とデジタル前提で物事を考えられる人材を育成することが必要だと語った。

デジタル化に必要なのは、徹底したユーザー志向

 栁田市長は、佐久市が2019年5月にエストニアのSAKU市と姉妹都市協定の調印を行ったことを紹介し、「エストニアのみなさんとお話すると、DXの社会に頑張って入っていったというよりは、必要に迫られていたというのを大きく感じました。国土の大きさに対して人口が少なく、デジタル化を進めていかないと国民の不満が大きくなるわけで、その中で国民的な同意が進んでいったように思います。ある意味、“遠隔地”や“地方”であることのほうが、DXのプラス面は大きいと思います」と語った。

 その上で、システムの標準化・共通化を行う際に、それによってもたらされるサービスの利便性向上の事例を紹介すると受け入れられやすいのではないか、と提案した。

 一方、佐久市出身の起業家である柳澤氏は、コロナ禍によってここ1年の間にさまざまなことが急激に進み、DX化にはチャンスであると語った。

株式会社ファンコミュニケーションズ代表取締役社長の柳澤安慶氏

 「会社としては利益を出すためにデジタル化による生産性の向上は不可欠であり、私は会社を作ってから20年間、規模に応じてずっと取り組んできました。そのときに一番課題だと感じたのは、組織というのは一度作って、それをデジタル化しようとすると、組織の都合が優先されてしまうということです。デジタル化を推進している組織自体が、自分たちの組織をいかに存続させるかという発想で取り組むので、無駄なものや余計なものをたくさん作ってしまう。自分たちの存在をアピールするためにデジタル化する、ということが往々にして起きやすいので、組織というのはそのように動くことを前提にした上で、ユーザーを見ながらシステム化していかなければいけない、ということをいつも自分に言い聞かせています。システムありき、ツールありきではなく、ユーザー側が利便性を感じる、そういうところからDX化をスタートさせることを意識しなければならないと思います。」(柳澤氏)

 柳澤氏は、どんなデジタル化であっても、身近なこと、そして必要なことから始めなければ広がっていかないと語る。LINEがコミュニケーションツールとして広がったのも、極めて生活の中で身近なツールであり、例えば高齢者がLINEを使って孫の写真を送ってもらうなど、そういうところからデジタルのありがたさがユーザーに浸透していったとして、「徹底的にユーザー志向であることが必要で、そのユーザー志向からどうやってシステムを作るのか、デジタル化を進めるのか、ということを考えていただければありがたいです」と語った。

 さらに柳澤氏は、自治体における民間の人材活用は積極的に進めていくべきだとした上で、社員の副業に対しての考え方についても語った。

 「当社の場合は、社員が自分の育った自治体や、現在、生活している自治体を支援するのであれば、『副業としてぜひやってください』と呼び掛けたいと思いますが、仕組みとして副業をどのように認めたらいいかということになると、現実にはなかなか前に進まないので、早くそういうところを崩して、みんなが持っている技術力を自治体の基盤作りに使えるようにしてもらいたいな、というのが希望です」と語った。

「リモート市役所」を通じて、佐久市の暮らしやすさを伝えていく

 続いて議論のテーマは、佐久市が開設した移住のオンラインサロン「リモート市役所」の話に移った。同サロンは佐久市への移住希望者が気軽に質問するためのオープンな場で、自治体としては初めてSlackを活用したオンラインサロンとなっている。同サロンで体験できるのは、佐久市のくらしに関するコミュニケーションや移住に関するコミュニケーションで、悩み事を解決するためのアイディアディスカッションなども行われる。12月からのテスト運用の段階では、70名以上の人が参加しているという。

佐久市長の栁田清二氏

 栁田市長は、リモート市役所は佐久市にいろいろな関心を持ってもらうチャンスだとした上で、「このチャンスをどのように生かしていくかが問われていると思いますし、その中で私たちが持っている暮らしやすさを伝えられるといいな、と思っています。リモート市役所の使い方を全庁に広げていきたいという思いを強くしています」と語った。

 柳澤氏も、Slackを使うことで、匿名性を高めて使いやすく、コミュニケーションを取りやすくしたことを高く評価した。「どうしても実名だと、名前が出ることを意識して、表面的な話になりがちなので。当社も社内のコミュニケーションツールはSlackを使っています。やはりこういう自治体からのPRのツールとなると、どうしてもいい話しか情報として出てこないので、せっかくの双方向のツールですから、どんどん悪いところを聞いてもらって、本当にそこで生活できるのか、仕事できるのか、ということを深く考えていただけるような機会にしてもらえるといいのではないかと思います」と語った。

 登坂氏はリモート市役所に現在さまざまな意見を投稿されていることを紹介した上で、「その熱量を見ていると、民間同士、個人同士で解決できることって実は多いのではないかと思います。そういったことが今回、リモート市役所で推進されればいいなと思っています。そこに一芸に秀でた人がたくさん集まるとで、かなり解決できることがあるのではないかと思います」と語った。

 これに対して栁田市長は、「そういう社会が望ましい」と賛同。「現在、私たちは違う分野で市民活動サポートセンターというのをやっているのですが、困窮などの問題を全て行政で解決するのではなくて、思いのほか、社会の中には善意を持っている方が多くいらっしゃいます。そういう方が困窮されている方とつながる、Slackにかかわらず、そういう社会が望ましいと思います。また、こういうツールでは、多くの人は黙って見ているわけで、その人たちに対して納得できる説明ができると良いものになり、参加者が多くなっていくと思います。ですから、このリモート市役所には、佐久市への移住を考えている方だけでなく、佐久市民のみなさまも関わりを多く持っていただける可能性があると思います」と語った。

 さらに栁田市長は、市民から寄せられた意見を1対1で対応するよりも、多くの人から意見を得ることで課題を一般化して、それを政策立案に活かしていける可能性があると語った。

オンラインの先に「対面で出会う機会を作ること」の大切さ

 一方、柳澤氏はオンラインだけでなく、オフラインで会う機会を作ることの大切さについても語った。

 「オンラインのツールは、対面のコミュニケーションの代替えではないと思います。オンラインを利用することで、対面でコミュニケーションするときの価値が上がるので、対面で出会う機会をオンラインの先に作らなければいけない。リモート市役所がうまく活性化していったら、コロナ禍の終息後に、リアルで対面できるような場を設けていけば、良い企画になるでのはないかと思います。」

 栁田市長はリモート市役所の可能性について、以下のように語った。

 「リモート市役所は、ある意味、土俵が広がるということなので、いろいろな情報が出ていった場合に、大きく地域間競争に負ける可能性もあります。しかし、良いものであれば非常に可能性が広がり、地域間競争に優位性を持つということもあるかもしれない。こういったリモート市役所というのは道具なので、これらを活用しながら、本当の部分での施策を、もっと広い視野を持ってやっていかなければいけない。目の前の市民からご要望をいただくというのも重要なことではありますが、ほかの地域で提供されているサービスにもアンテナを張っていくという意識が大事で、私たちにとっては可能性も感じますが、それぞれの施策において、自分たちの特徴を研ぎ澄ましていく作業も同時にやらないといけない」と語った。

 今回行われたイベントはキックオフイベントの第1弾で、ほかにも3月までに計3回のイベントが予定されている。第2弾は2月11日19~21時に開催予定で、株式会社ゼロワンブースターの合田ジョージ氏、ジャーナリストの佐々木俊尚氏、株式会社MoSAKUの柳澤拓道氏の3名が登壇し、「これからの地方で働くとは」というテーマで行われる予定だ。