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安野貴博氏をアドバイザーに迎えたGovTech東京、内製開発する「デジタル公共財」で他自治体をリードしていく

GovTech東京アドバイザーの安野貴博氏(左)と、業務執行理事兼CTOの井原正博氏(右)

 企業のデジタルトランスフォーメーション(DX、事業のデジタル変革)では、自社のニーズや問題点を素早く把握してサービスを頻繁に変更していくために、内製開発の必要性がしばしば言われる。

 自治体である東京都も、東京都や都内市区町村のDXを推進している。そして、「一般財団法人GovTech東京」がそのための内製開発に取り組んでいる。

 このGovTech東京の内製開発や、AI活用、オープンソースへの取り組みなどについて、報道陣に紹介する場が12月20日に設けられた。

GovTech東京のオフィスのエントランス部分。ITスタートアップなどのイマドキのオフィス風に作られている

 GovTech東京は、東京都の100%出資によって2023年に設立された組織でありながら、民間のIT企業のようにサービス開発などにスピーディーに取り組むことを目指している。東京都の中のデジタルサービス局と二人三脚のコンビを組み、デジタルサービス局が政策面、GovTech東京が技術的な面を担当している。

 11月には、AIエンジニアの安野貴博氏がGovTech東京のアドバイザーに就任したことも発表された。それとともに、SNSなどで意見を集めてAIによる“ブロードリスニング”の手法で分析する「シン東京2050(仮称)策定に向けたご意見大募集 ~みんなでつくる『シン東京2050』プロジェクト~」も実施されている。

 本稿では、12月20日に実施されたGovTech東京の取り組みに関する勉強会の内容を紹介する。本イベントは二部構成で実施され、第一部では、安野氏とGovTech東京のエンジニアによる座談会を内部向けに開催し、その一部分が報道陣にも公開された。

 そして第二部では、あらためて、GovTech東京の取り組み内容の解説が、報道陣に向けに行われた。

安野貴博氏をまじえ、GovTech東京の内製開発の意義と経験について話しあう

 第一部の座談会は、GovTech東京の業務執行理事兼CTOの井原正博氏と、アドバイザーの安野貴博氏を中心に行われた。

機能改善スピードが、月単位から3日に

 公開されたパートのうち、1つめのテーマは「プロジェクトを通じて得た学びと感想」だ。

 安野氏は、「うまくいくかどうか想像がつかないところからスタートしたが、ここまでの感触としては、意外とうまくいった」と答えた。その要因として、行政側としてエンジニアの担当者が入ったことで、スピード感あって取り組めたことを指摘。たとえば定例ミーティングで機能改善案が出たときに、過去の行政との経験では「検討するので1カ月待ってください」というスピード感だったのが、3日後ぐらいにTeamsで「できました」と連絡が来るようなスピードになったと語った。

 これについて井原氏も、外部に委託していると業者と2~3カ月かかって調整してからやっと予算がつくという状況なのに対し、GovTech東京は中にいるので、すぐできた、と内製開発の利点を挙げた。

 GovTech東京のテクノロジー本部長の亀山鉄生氏は、「最初からけっこう早くできた。自分たちの持っているデータからこういうことができるというのが単純にうれしかった」と回答。それがみんなとディスカッションして、修正したり広がったりしていくスピード感がよかった、と語った。

 またGovTech東京のテクニカルグループの小林啓維氏も、要件がどんどん変わる中で、迅速に対応することができたと語った。

1つめのテーマ「プロジェクトを通じて得た学びと感想」
GovTech東京テクニカルグループの小林啓維氏(左)と、テクノロジー本部長の亀山鉄生氏(右)

内製開発したものをオープンソースの「デジタル公共財」に

 2つめのテーマは「行政における内製開発の意義」だ。

 まず安野氏は、不確実性の高いソフトウェアを作るノウハウを行政が持っていなかったことを指摘した。行政では年度予算ベースの開発になるのに対し、民間だと1日に何十回も変更するようなスピード感で、それを解決するために行政が内製チームを作るのが有効だと思うと語った。

 また井原氏は、自分たちで著作権を持っているため、好きに配布できることも内製開発のメリットとして挙げた。

 これについて安野氏は「デジタル公共財」の言葉を用いて説明した。デジタルは特殊な財で、コピーがほぼ無料でできる。そこで、民間が収益を上げるのが難しいような分野のソフトウェアなどを、東京のように財政状況のいい自治体が作り、オープンソースにして全国の自治体に使ってもらうことで、デジタル化の波及効果を起こせる、というわけだ。「GovTech東京は、それをできる立ち位置にいる」(安野氏)。

 それを受けて井原氏も、「東京モデルを作ろうとは思っていない。ジャパンモデル、ワールドモデルを、東京から発信していけると思っている」と語った。

 井原氏はさらに、GovTech東京の市町村DXグループの橋本淳一氏が取り組んでいる生成AIを使った仕組みも、区市町村や他県などに提供できるのではないかと話を振った。それに対し橋本氏は「(生成AIの)ノウハウだけでなく、ソフトウェアとしてみんなに共有できるのがOSSのいいところだと思う」と答えた。

 ちなみに、橋本氏が自費でさまざまなAIツールを使っていることを井原氏が紹介すると、AIモデルの利用料金の話へと話題が発展した。各種AIモデルが値上げされると言われることについて、貧富の差がAI格差になるのではないかという懸念が挙げられると、安野氏は「オープンモデルもクローズドモデルに近づいており、半年から1年ぐらいのラグで追いついている」と述べた。そしてコンパクトカーと高級自動車のように棲み分けるのではないかという意見も出た。

 さらにそこから、国家が外国に頼らないLLMを持つべきという論があることや、データ主権・システム主権・運用主権を確保するソブリンクラウドが求められる国もあることなどに話題が及んだ。

2つめのテーマ「行政における内製開発の意義」
GovTech東京の市町村DXグループの橋本淳一氏(左)と、テクニカルグループの斉藤大明氏(右)

ブロードリスニングによる意見分析や保活ワンストップサービスなど、GovTech東京の活動を紹介

 第二部では、改めてGovTech東京についての説明と、取り組み内容が紹介された。

GovTech東京のデジタル人材は61人に拡充、自治体への人材マッチングも提供

 GovTech東京が設立された背景としては、都のデジタル化に関する都民の利用率・満足度がまだまだ低調であることと、行政職員の数が大幅に減少するという予見の中で良いサービスを提供することの2つがあったという。

 その中で、開発組織を都の外部に作った理由としては、官民を問わずデジタル人材の獲得競争が激しい中で、給与制度・水準や、勤務時間、働きやすさ、副業可など、人材に来てもらえる条件にするためだという。

GovTech東京が設立された背景

 GovTech東京が実際に取り組む内容は6つ。中でも主となるのが、都庁各局のDX推進と、区市町村のDX推進の2つだ。それに関連して、デジタル基盤強化・共通化、デジタル人材確保・育成、データ利活用推進、官民共創・新サービス創出の4つの取り組みがある。

GovTech東京が実際に取り組む6つ

 設立から1年間の歩みも紹介された。中でも、GovTech東京の中でデジタル人材が、設立当初の13人から、2024年9月時点で61人に拡充し、いろいろなバックグラウンドを持った人材が集まったという。

 また、人材の共同活用として、GovTech東京パートナーズ制度を設けており、登録者が2024年8月に310人となった。副業として都内区市町村に貢献したい民間の人と、DX推進に関する課題を抱える都内区市町村とのマッチングを支援する人材紹介サービスだ。GovTech東京では、各自治体の中まで入り込んでニーズを把握して人材の要件定義をし、マッチングしているという。さらに、民間の人がいきなり行政に入っても仕事の進め方がわからないため、法律や作法などを研修して、早期から活躍できるように補助しているとのことだった。

設立から1年の歩み

 東京都とGovTech東京による成果の1つとして、「こどもDXプロジェクト」も紹介された。今の子育て世代はデジタルと親和性が高く課題も多い、という仮説のもとに、支援するサービスを実現するものだ。ちょうど12月に会議で進捗を発表したところだという。

 一例としては、「保活ワンストップサービス」がある。たとえば保育園に見学の予約をしようとすると、保育園ごとに情報が掲載されていて、保護者はあちこちの情報を見に行く必要がある。これをワンストップ化するプラットフォームを作り、試験的に運用している。

 こうした取り組みを、さまざまな自治体に広げるとともに、作った成果を防災などほかの領域にも展開したいとのことだった。

こどもDXプロジェクトの進捗発表

ガイドラインや教育カリキュラムなども内製開発し、デジタル公共財として共有

 GovTech東京の内製開発への取り組みについては、方針についてGovTech東京の業務執行理事兼CTOの井原正博氏が、実例についてテクノロジー本部長の亀山鉄生氏が説明した。

 GovTech東京が2023年9月に発表した中期計画では、「サービス品質の変革」「持続可能な経営基盤の確立」とともに、「内製開発力の開発」が挙げられているという。

 これまでの行政では、開発を外部に委託しており、複数ベンダーに発注して、企画提案や要件定義、デザイン、開発などさまざまな工程を任せるものだった。それに対してGovTech東京では、企画立案、要件定義、デザイン、開発、運用、などを自分たちで行う内製開発を行っている。

 この内製は、ソフトウェアだけでなく、たとえばデザインなどのガイドラインやセキュリティポリシー、教育カリキュラムなどにも及んでいるという。これらは全国の自治体で同じように必要なものだが、これまではそれぞれが考える必要があった。

「1個考えたら、それをデジタル公共財として使いまわせばいいじゃないか、さらにみんなで改善していけばいいじゃないか、というのがやりたいこととしてある。デジタルはコピーが無料で、同じものと保証でき、とても早く再現できるのがよさだが、そのよさを今まで生かしきれていなかった」(井原氏)。

 ガイドラインもこれまで外部に委託していたが、それによってソフトウェアと同様に、修正に長い時間がかかる。内製で作ることで、自分たちで直せ、いますぐ困っている人の声に応えられる、と井原氏は語った。

GovTech東京の業務執行理事兼CTOの井原正博氏
内製開発の方針
ガイドラインなどもデジタル公共財として共有

SNSなどで募集した「シン東京2050」への声を、ブロードリスニングでリアルタイム分析

 内製開発の実例としては、“ブロードリスニング”の手法を使った「シン東京2050(仮称)策定に向けたご意見大募集 ~みんなでつくる「シン東京2050」プロジェクト~」について、亀山氏が紹介した。

 ブロードリスニングとは、ネット上の大量の意見を、AIを使って類似度を判定してグループ化し、可視化したりそれぞれのグループの意見をAIで要約したりすることで、全体を把握できるようにする手法だ。これにより、さまざまな意見を一度に把握でき、たとえば極端な意見や組織票なども、そういうグループとして分析されることになる。

 東京都とGovTech東京は「2050年代の東京」のアイデアを、通常のパブリックコメント方式のほか、X(Twitter)のハッシュタグやYouTubeのコメントでも募集。11月22日から12月13日まで意見を集め、安野氏の東京都知事選挙でも使われた「Talk to the City」というOSSを使ってブロードリスニングで分析した。

 分析結果は、分析に使ったAIプロンプトも含めてウェブで公開されている。GovTech東京では、意見が集まっていく中で、AIプロンプトを少しずつ修正しながらリアルタイムに分析し結果を公開していった。

 ブロードリスニングをやってみた亀山氏自身の感想を尋ねると、自身も行政に入る前はわざわざパブリックコメントを書くほどのモチベーションはなかったが、Xなどの身近なツールで意見を届けられるのは良かったと思うと答えた。

 また分析するにあたっても、大量の意見をExcelなどに入れて順に見ていくのは非現実的な時間がかかるが、それをAIが分析してくれるツールとして仕上がっているのがすばらしいとして、「Talk to the Cityを作ってくれた人に感謝している」と亀山氏は語った。

GovTech東京のテクノロジー本部長の亀山鉄生氏
集まった大量の意見をブロードリスニングで可視化。各グループの分析も見られる