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VRで”能動的に”飛行すると、高所恐怖症が低減される。「行動ベースの予測」をNICTが実験

徐々に恐怖心を低減する曝露療法よりも効率的に恐怖軽減できる

 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)は、仮想現実(VR)で飛ぶ体験をした人は高所恐怖が低減されることを明らかにしたと発表した。「行動ベースの予測」により恐怖反応を低減できる可能性を示し、繰り返し曝露を必要としない新しい恐怖消去の方法につながる成果とし、VRを用いた実際の治療や支援への応用が期待されるとしている。

 人間が恐怖を克服するための従来の手法は、受動的に恐怖を引き起こす状況を繰り返し体験して「この状況は危険ではない」という記憶を学習していく「曝露療法」が主流だった。その一方で、「自分が行動すれば安全な状態に移行できる」という予測ができるようになることでも、恐怖を和らげる手段になる可能性があることから、VRで能動的に飛行する経験することで、前述の「自分が行動すれば安全な状態に移行できる」という予測(これを「行動ベースの予測」と呼んでいる)の成立と効果を確認する実験を実施した。

 実験の参加者は、高所恐怖症傾向のある人。まず、参加者はVRの感覚に慣れるためのタスク後、VRで地上300mの高さにある板の上を歩く「高所歩行タスク」を行った。

 その後、コントローラー操作しながらVE空間を7分間飛行する「飛行群」と飛行群のVR映像を視聴する「コントロール群」にランダムに分けられ、それぞれタスクを行った。タスク後、再び高所歩行タスクを行った。

 恐怖感情の生理的・主観的な反応の変化を検証するため、参加者が高所歩行タスクを行う際、生理的恐怖反応は参加者の指に貼付した電極から得られる発汗の量を皮膚電気抵抗(SCR)として計測。主観的恐怖反応は、参加者が回答した11段階の恐怖レベルの主観的恐怖スコア(SFS)として計測した。

 実験の結果、生理的恐怖反応が分かるSCRについて、高所歩行タスク1回目と2回目のSCRの差を解析した結果、両群とも1回目より2回目のスコアは下がったものの、飛行群はコントロール群に比べ2度目のSCRの低下が大きいことが分かった。

 続いて、主観的恐怖反応が分かるSFSについて、両群とも1回目より2回目のスコアは下がりましたが、飛行群ではコントロール群に比べ2回目のSFSの低下が大きかった。

事後アンケートのスコアと生理的恐怖の減少量の関係を見た解析結果

 さらに、実験後に行ったアンケートのスコアを用いて生理的恐怖の減少量の回帰分析を行ったところ、「『自分は飛行できるので落下しても危険ではない』と2回目の高所歩行タスク時に感じた程度」(安全予測スコア)が、飛行群の恐怖反応の低下(SCR減少量)に関わることが明らかになった。

 NICTはこの結果を踏まえ、「自分の行動により安全な状態に移行できるという予測」が、恐怖を消去する新たなメカニズムとなる可能性が示されたとした。これは、恐怖消去(恐怖を繰り返し安全に曝露されることで、恐怖反応が徐々に弱まるプロセス)とは異なる、「行動ベースの予測」に基づく恐怖消去として、今後の発展につながるとしている。