天国へのプロトコル
第28回
万が一に備えて家族に残すパスワード、どう隠すのがベスト? さまざまな紙や修正テープで比較した
パスワードの防御と見える化をできるだけ手軽に、そして美しく実現する
2025年12月5日 06:30
紙は伝える力が強く、隠すのが苦手
自分の身に万が一のことが起きたとき、家族に伝えるべきパスワードを何個持っていますか?
スマホやPCのパスワードのほか、人によってはマンションやロッカーの電子ロックキー、クレジットカードの暗証番号、SNSやブログのIDとパスワード、それにマイナンバーカードの暗証番号も伝えておきたいということもあるかもしれません。
現在はデジタル回りでパスキーの仕組みが急速に普及していますし、2025年10月にNIST(米国国立標準技術研究所)がサービスの運営元に向けて推奨するパスワードのガイドラインを更新したので、近いうちにパスワードを取り巻く常識は変わっていくでしょう。しかし、一人ひとりが自分にとって重要な文字列をきちんと管理する姿勢が求められるところは当分変わらないはずです。そうした背景もあって、ここ数年はパスワード管理を専門とするアプリや手帳がコンスタントにリリースされています。
とりわけ筆者が勧めたいのは、紙によるパスワード管理です。アプリや表計算ソフトによる管理は更新が容易で便利ですが、自分が突然動けなくなったときの伝わりやすさは紙に分があります。電源も家族のデジタルスキルもいらず、見つかれば確実に伝わるのが何よりの強みです。
ただし、伝わりやすさは諸刃の剣。緊急時以外はプライバシーを守るために、金庫にしまっておいたり、重要な情報だけ隠したりといった工夫も必要です。そこを意識して、スクラッチシールを同梱するパスワード管理ノートや、緊急用情報だけ分離して保管できるエンディングノートなども売られています。
この連載でも「スマホのスペアキー」と称して、たびたびスマホのパスワードを紙で残そうとお伝えしていますが、そのメモに修正テープをかけることでマスキングする方法を推奨しています。いざというときはコインなどで修正テープを削ってもらってパスワードを読み取ってもらうのです。修正テープなら、どこでも入手できますし、ものの1分もあれば実践できるのが強みです。国民生活センターでもこの方法をデジタル終活の有効な手立てとして紹介しています。
しかし、紙と修正テープの組み合わせによっては上手く削れないという声をしばしば聞きますし、「削ったあとが汚くなるのが嫌。もっとも綺麗な仕組みがほしい」と言われたこともあります。
そもそものところに立ち返ってみると、修正テープの本来の用途はマスキングであって、削るものではありません。紙の表面加工や修正テープのタイプによってはうまく削れない場合もありますし、ペンの種類のよってはせっかく書いたメモまで削り取られてしまうこともありそうです。しかし、緊急時に削ってみたら「上手くいかなかった」ではシャレになりません。
そこで今回は、用紙・ペン・修正テープを複数種類用意して実験し、ベストな組み合わせを探してみることにしました。加えて、修正テープ以外の方法も視野に入れて、スマホのスペアキーの実用性を検証します。
153通りで検証――マスキングとしての修正テープの最適解
まずは修正テープを使ったマスキングの流れをおさらいしましょう。パスワードを紙に書いて、そこに修正テープを貼り付け、コインで削って露出させるのが基本の流れになります。ペンと紙、修正テープのうちどの組み合わせなら、「貼り付け」できちんとパスワードが隠せて、「削り」の後にきちんと露出できるのか。そこをチェックしていきます。
実験で使うのは下記のとおり、ペンと紙は3タイプずつ、修正テープはリアルとネットの文房具店から調達した17製品です。組み合わせは3×3×17=153通りとなります。
- ペン・・・油性サインペン、油性ボールペン、HB鉛筆の3種類
- 紙・・・大学ノート(非加工、上質紙)、名刺用厚紙(加工、マット紙)、コピー用紙(非加工、普通紙)の3種類
- 修正テープ・・・国内で現在入手可能な9メーカー17製品
- コイン・・・摩耗が少なめの10円玉
結果は下の表のとおりでした。◎もしくは○の組み合わせなら実用に耐えるという解釈です。△は意図どおりにいかないリスクがあり、×は率直に「使えない」と判断した際につけました。
なお、修正テープは記入した部分を白く戻し、上から書き込めるようにするのが本来の使い方です。今回は横道に逸れた実験になるため、優位な結果を示した一部を除いて、製品名は伏せます。
修正テープの本来の機能といえる「貼り付け」は、当然ながら、全体的に十分な性能を持つものがほとんどでした。ただ、修正テープ自体の品質と紙面に固定する装置の違いから、どの環境でもしっかり貼れるものから、剥がれやすいものまで体感にははっきりとした違いを感じたのも事実です。1枚だけでは油性ペンが透ける製品も少なからずあり、予想以上に品質差があるのだと感じました。
どの紙、どのペンでも安定して貼り付けられたのは、トンボ鉛筆(T系)やぺんてる(P系)などの国内のメジャーな文具メーカー品が多く、ロルバーン製品(R系)も隙がなくて好印象でした。
保証外の領域といえる「削り」となると、環境に依らずに好結果を残す製品は見当たりませんでした。
ノートやコピー用紙は強く削りすぎると紙が破れるリスクも高いため、微妙な力加減で慎重に削る必要があります。それでもどの修正テープでも擦った跡は多少なりとも残るので、霞がかった先の文字を判読することになります。ノートやコピー用紙などの非加工紙は、鉛筆はもちろん油性ボールペンでも読み取りが困難でした。
ここはやはり油性サインペンが必須と捉えるのがよいと思います。ただし、紙が薄いと裏写りしやすいリスクもあるので、裏側もマスキングしたり、厚紙を使ったりするほうが良いでしょう。コインで削る媒体としても、多少粗く削っても表面が守られている加工紙の厚紙は優秀でした。
修正テープ別に振り返ると、しっかり貼れるタイプほど削るのに力を要しました。貼り付けの際に「条件によっては少し剥がれやすいかな」と感じたもののほうが削りやすかったのは確かです。そのなかで「貼り付け」と「削り」の双方で好成績を挙げたのがぺんてるの「XZT515-W」でした。「貼り付け」の良さはテープ自体の接着性というより、紙面にテープを固定する先端の抑え構造による貢献が大きく、それゆえに「削り」においても負担を感じにくかったのだと思われます。
総じてみると、緊急時に意図通りにパスワードを露出させるなら下記の点を意識するのが良いでしょう。これまでは油性サインペンと表面加工のある厚紙の組み合わせを推奨してきましたが、油性ボールペンやノートを使っても良さそうです。ただし、組み合わせの幅は修正テープの貼り付けやすさや削りやすさに依存するので、ひとまずは事前に手持ちの修正テープの特性をチェックしておくことを推奨します。
修正テープによるパスワードメモの要点
- できるだけ油性サインペンを使う。油性ボールペンでもいいが、鉛筆書きは避けたい
- 用紙は加工紙の厚紙がベター。薄い紙は破れや裏写りに注意
- 修正テープはメジャーブランドなら問題なしという印象。製品差があるので事前に試用するのが理想
削った後の美しさも求めるなら透明テープ&マスキングテープ
修正テープを削る方法では、パスワードの周辺にはどうしても汚れが残ります。痕跡が残るのは防犯の観点からは強みといえますが、前述のとおりに「削ったあとが汚くなるのが嫌。もっとも綺麗な仕組みがほしい」という声もありました。
その方向にぴったりなのはスクラッチシールです。丁寧に削れば痕跡がほとんど残りませんし、透明シールの上に削れる素材を乗せた構造なので、削っている最中も元の紙面を傷付けません。それでいて、シワなく丁寧に貼り付ければ、誰かに剥がされて元に戻されても痕跡が残るので、一定の安全性も確保できます。
20枚ほどのスクラッチシールを同梱する管理ノートもありますし、大型の文具店やネットショップで単品の扱いがあります。価格は20×60mmシールの100枚セットなら1000円弱程度です。調達できれば持ってこいですが、修正テープよりも高額になりますし、入手性は下がります。
もっと安価で身近に売っているものを考えると、マスキングテープがちょうど良さそうです。文具店や土産店、コンビニなどに1個100円程度から置かれているので、修正テープと同程度で揃えられます。
パスワードに直接貼っても良いですが、夏季などに粘着性が変化するおそれもあります。メンディングテープなどの透明テープが手元にあれば、まずはそちらでパスワード部分を保護し、その上からマスキングテープを貼るほうが長い目で見て安全といえます。
なお、マスキングテープも明るい色のタイプは文字が透けることが多いので、2枚を重ね貼りすることをお勧めします。このあたりの特性も修正テープと似ているところです。
マスキングテープの幅もハサミやカッターで調整すれば、文字の大きさにあわせられますし、好みのデザインを選べば自分らしい仕上がりを追求することもできます。仕上がりの完成度が高ければ、盗み見したあとで元通りに戻すことが困難になります。セキュリティ面が引き上げられるのは、換えが利かない重要な利点といえるでしょう。
マスキングテープによるパスワードメモの要点
- 長期的に文字を保護するために、まずはメンディングテープなどを貼るのがベター
- そのうえで透けないようにマスキングテープを重ね貼りする
- 文字幅にあわせたり、柄を整えたりして作り込むほど安全性も高まる
重要なパスワードは紙に書いて残しておくのが最善、という考え方はやはり変わりません。安全性の観点からアウトプット自体を残さないように勧める向きもありますが、緊急時にパスワードが分からずに苦しむ遺族は後を絶ちませんし、その際に効率的なサポートが存在しないことしばしばあります。緊急時に遺族に余計な負担を強いないため、あるいは託すべきものを確実に託すためにも、自己責任であってもとれる対策はとっておくべきでしょう。
そのうえで、元気なうちの隠し方は好みに委ねるのが良いと思います。名刺大の厚紙や管理ノートなどに油性のサインペンでパスワードを書いたうえで、
①極力手間をかけないなら、修正テープでパスワードを覆っておく。
②綺麗に整えるなら、マスキングテープでパスワードを覆っておく。
この二択を選べばよいでしょう。そのうえで、緊急時に家族に見つけてもらえるように、他の貴重品や重要書類と一緒に保管しておくことをお勧めします。
| 今回のまとめ |
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故人がこの世に置いていった資産や思い出を残された側が引き継ぐ、あるいはきちんと片付けるためには適切な手続き(=プロトコル)が必要です。デジタル遺品のプロトコルはまだまだ整備途上。だからこそ、残す側も残される側も現状と対策を掴んでおく必要があります。何をどうすればいいのか。デジタル遺品について長年取材を続けている筆者が最新の事実をお届けします。







