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日本版フェアユース再考のすすめ ~「著作権法50周年に諸外国に学ぶデジタル時代への対応」出版にあたり

国際大学GLOCOMが2020年9月に開催した公開コロキウム「著作権法50周年に諸外国の改正動向を考える ~デジタルアーカイブ、拡大集中許諾制度、孤児著作物対策~」を書籍化した「著作権法50周年に諸外国に学ぶデジタル時代への対応」が株式会社インプレスR&Dから発行された。執筆者の一人で、米国での弁護士経験を持つ城所岩生氏が、欧米のデジタル覇権戦争について解説するとともに、日本版フェアユースの再考を提案した同書第5章の概要を紹介する。

1兆円の損害よりもイノベーションを優先させた米最高裁

 2021年4月、GoogleとOracleのソフトウェアの著作権をめぐる訴訟で、米最高裁はGoogleに総額90億ドルの損害賠償を求めていたOracleの主張を退けた。2005年、Googleはスマートフォン向けOS(基本ソフト)「Android」を開発する際、Oracleの所有するプログラミング言語Javaのコード1万1500行(全体の0.4%)をコピーした。Oracleは著作権侵害で訴えたが、Googleはフェアユースであると主張した。フェアユースは利用目的が公正(フェア)であれば、著作者の許可がなくても著作物を利用できる米著作権法の規定。

 Googleは地裁レベルで2度勝訴したが、いずれも控訴裁判所で覆されたため、その判断に注目が集まっていた最高裁は、6対2の評決でフェアユースを認めた。日本円にすると1兆円近い損害賠償よりもイノベーションを優先させる判決を可能にするフェアユースの威力をあらためて見せつけた。

 同じく10年越しの訴訟となった書籍検索サービスでもGoogleはフェアユースが認められた。こちらは最高裁が上訴を受理しなかったため、控訴裁判所の判決が確定したが、途中で和解案が示されたためGoogleの勝訴確定までに11年を要した。社運をかけるような消耗戦に連勝したGoogleはフェアユース規定の最大の受益者といえる。

 書籍検索サービスをめぐる訴訟については、3月に出版した城所岩生編著、山田太郎、福井健策ほか著「著作権法50周年に諸外国に学ぶデジタル時代への対応」(以下「近著」)で紹介した。近著は国際大学GLOCOMが2020年9月に開催した公開コロキウム「著作権法50周年に諸外国の改正動向を考える ~デジタルアーカイブ、拡大集中許諾制度、孤児著作物対策~」を書籍化した。

 1970年に制定された現行著作権法は2020年に50周年を迎えた。この50年間の著作権法を取り巻く最大の環境変化はデジタル化の進展だった。公開コロキウムでは著作権法に一番詳しい国会議員(山田太郎参議院議員)と弁護士(福井健策氏)に基調講演をお願いし、欧米や韓国の著作権法に詳しい研究者をパネリストに迎えた。出版にあたっては発表者に必要な加筆修正を加えてもらった。

 デジタル化の進展がもたらす著作権法上の課題の1つに博物館・美術館・図書館などが所蔵する資料のデジタルアーカイブ化の問題がある。デジタルアーカイブ化する際の大きな障害が孤児著作物(Orphan Works)問題。デジタル化するには著作権者の許諾を得なければならないが、著作権者が分からなくては許諾も取れない。年月とともに劣化する収蔵品をデジタル化によって保存できないと、貴重な文化資産が消滅する危機に瀕することになる。このデジタルアーカイブ化の問題をめぐっては、欧米が激しいデジタル覇権戦争を展開している。きっかけを作ったのはGoogleだった。

 欧米のデジタル覇権戦争について、筆者は近著の第5章「フェアユース規定の解釈で対応した孤児著作物対策先進国・米国」で紹介した。孤児著作物問題の解決策として、欧米は対照的な解決を試みた。立法による解決を試みた欧州に対し、米国は司法で解決した。司法での解決を可能にしたのがフェアユース規定である。

 第5章では孤児著作物対策として、日本版フェアユースおよび日本版拡大集中許諾制度の導入を提案した。後者については近著の付録1「『日本版拡大集中許諾制度』試論」で紹介したが、本稿では、欧米のデジタル覇権戦争について紹介するとともに、日本版フェアユースの再考を提案した第5章の概要を紹介する。フェアユースは有効な孤児著作物対策であると同時に、強力なイノベーション促進策でもあるからである。

デジタル覇権戦争を仕掛けたGoogle

 著作権はべルヌ条約により権利の発生に登録などの様式行為を必要としない無方式主義を採用している。長らく方式主義を貫いた米国も1989年のベルヌ条約加盟時に無方式主義に転換した。1998年には保護期間を著作権者の死後50年から欧州並みの死後70年に延長した。この2つの法改正が孤児著作物を大幅に増やした反省から、2000年代に2度にわたって孤児著作物を利用しやすくする法案が議会に提案されたが陽の目を見なかった。

 その間隙を突いたのが私企業のGoogleだった。2004年、Googleは図書館や出版社から提供してもらった書籍をデジタル化し、全文を検索して、利用者の興味にあった書籍を見つけ出すサービスを開始した。「Google ブックス」と呼ばれるこのサービスに対しては早速訴訟も提起されたが、後述するとおりフェアユースが認められた。

ただちに応戦した欧州

 米国の一民間企業が立ち上げた電子図書館構想は、“Googleショック”と呼ばれたように全世界の著作権者を震撼とさせた。フランス国立図書館長のジャン-ノエル・ジャンヌネー氏は、2005年1月、ルモンド紙に寄稿し、Google ブックスが持つ公共財の商業的利用や英語資料優先の電子化が行われることに対する懸念を表明。これが当時のシラク仏大統領の目にとまり、大統領は文化相と国立図書館長に、フランスを含むヨーロッパの図書館蔵書が、より広くかつより迅速にネットで公開できるようにする施策の検討を命じた。

 これを受けて欧州委員会は2005年、各国の文化遺産をオンラインで提供する欧州デジタル図書館計画を発表、2008年には書籍だけでなく新聞・雑誌の記事、写真、博物館の所蔵品やアーカイブ文書、録音物まで含む壮大なデジタル図書館プロジェクト「ヨーロピアーナ」を発表した。ヨーロピアーナには欧州35カ国、3700以上の図書館・美術館・博物館・文書館等が参加、5800万点以上の文化資源のデジタルアーカイブが一括で横断検索できる。

 法制面でもEUは2度にわたって孤児著作物を利用しやすくする指令を発令した。2008年の「孤児著作物指令」と2019年の「デジタル単一市場における著作権指令」である。後者はデジタルコンテンツが域内で国境を越えて自由に流通する「デジタル単一市場」を目指して、加盟国間の著作権制度の差異をなくし、オンラインコンテンツへのより広いアクセスを可能にする指令。

 「デジタル単一市場における著作権指令」は拡大集中許諾制度を採用した。集中許諾制度は権利集中管理団体が著作権者に代わって著作権を管理する制度で、団体のメンバーのみが対象だが、これをノンメンバーにも拡大するのが拡大集中許諾制度。

 日本では多くの音楽家が著作権の管理をJASRACに委託しているが、管理を委託していないノンメンバーの楽曲についても、JASRACが権利者に代わって管理できるようにする制度。ノンメンバーには当然、集中管理を望まない著作権者もいるはず。そういう権利者には対象から外してもらうオプトアウトの道を用意する。その代わりにオプトアウトしない作品の利用を集中管理団体が利用者に認める制度である。

 利用者にとっては権利者を探し出す手間が省けるので、孤児著作物問題の有効な解決策にもなる。もともと北欧諸国が1960年代から放送関係で採用していたが、Google ブックス訴訟をきっかけに有力な孤児著作物対策である点に注目が集まり、2010代に仏・独・英も相次いで導入した。

フェアユースで対応した米国

 Google ブックスに対する訴訟の過程では一時和解が試みられた。和解案は裁判所が認めなかったため陽の目を見なかったが、拡大集中許諾制度の考え方にヒントを得ていた。和解案が裁判所に認められなかったため、復活した裁判ではGoogleのフェアユースが認められたが、和解案が採用した拡大集中許諾制度には議会図書館著作権局も着目した。

 孤児著作物対策でGoogleに先行され、“官の失敗”という批判まで浴びた著作権局が、2015年に「孤児著作物と大規模デジタル化」と題する報告書を発表。報告書は拡大集中許諾制度を創設するパイロットプログラムを提案し、パブコメを募集。結果は反対が賛成の5倍近くに上り、反対の半数がフェアユースで対応できることなどを理由に挙げたため、著作権局は立法を断念した。

デジタル化に積極的に取り組む韓国と周回遅れの日本

 制定当時、日本法の影響を受けたとされる著作権法を持つ韓国は、デジタル化への対応に関しては日本に先行していて、2011年の改正ではフェアユース規定を導入。2021年1月には拡大集中許諾制度の導入を含む著作権法の全面改正案が国会に提案された。

 第三者機関が権利者に代わって利用を認める制度としては、拡大集中許諾制度のほかに強制許諾制度もある。日本の裁定制度も採用している強制許諾制度の拡大集中許諾制度との相違は、使用料や使用条件を決めるのは強制許諾制度では政府だが、拡大集中許諾制度では利用者と集中管理団体である点。

 1970年の現行著作権法制定時に導入された裁定制度は2018年度までの約50年間に許諾した著作物の累計は36万点にすぎず、5800万点を超えるヨーロピアーナのような大規模デジタル化対策には向かない制度であることが判明する。

 米国の「孤児著作物および大規模デジタル化」報告書も強制許諾制度について検討。著作権局は2006年にもこの制度を検討したが、高度に非効率であると結論付け、今回もこの結論を踏襲した。欧州も2008年の孤児著作物指令採択時に強制許諾制度についても検討。政府がお墨付きを与える制度なので、法的安定性は高いが非効率であるとして採用しなかった。

 Google ブックスで筆者の名前を検索すると、国会図書館の蔵書検索データベース「NDL-OPAC」で検索した場合の数十倍の件数がヒットする。日本語の書籍ですら母国語の国立図書館の検索サービスが、米国の一民間企業のサービスに劣るという事態は国の文化政策上も問題である。

2度の改正を経ても道半ばの日本版フェアユース

 日本でも「知的財推進計画」の提案を受けて、日本版フェアユースが検討された。図表1のとおり、米国のフェアユース規定が権利制限規定の最初に登場するのと異なり、日本版フェアユースは権利制限規定の最後に「以上の他、やむを得ないと認める場合は許諾なしの利用を認める」という受け皿規定を置く方式。

 著作権法は著作物の保護と利用のバランスを図ることを目的としている。著作物の利用には著作権者の許諾を要求して保護する一方、許諾がなくても利用できる権利制限規定を設けて利用に配意している。わが国の著作権法はこの権利制限規定を私的使用、引用など個別具体的に列挙しているが、米国は権利制限の一般規定としてフェアユース規定を置いている。1976年の著作権法改正で導入した規定で、フェアな利用であるかどうかは、図表1のとおり諸要素を総合的に考慮して、判定する。

 日本版フェアユースは「利用行為の性質、態様」については、権利制限規定の最後に「以上の他、やむを得ないと認める場合は許諾なしの利用を認める」という受け皿規定を置く提案。この規定の導入を検討した末、2度にわたる著作権法改正が行われたが、2度目の2018年改正でやっと実現したのが、一番右の「著作物の表現を享受しない利用」。これによって、AIに著作物を読み込ませるのは可能になったが、人が著作物の表現を享受するような利用まではカバーしないため、パロディなども未だに認められていない。

図表1:権利制限の柔軟性の選択肢
(出典:知的財産戦略本部次世代知財システム検討委員会報告書、2016年4月、14ページ)

日本版フェアユース再考のすすめ

 米国ではフェアユースはベンチャー企業の資本金と呼ばれるほど、GoogleをはじめとしたIT企業の躍進に貢献している。このため、今世紀に入って導入する国が急増している。 図表2はフェアユース導入国の経済成長率。全て日本よりも高くなっている。一番右側に担当官庁を記載しているが、米国、韓国以外は、著作権法だけでなく、産業財産権を含めた知的財産権を同一の官庁が所管している。

図表2:フェアユース導入国のGDP成長率・著作権法担官庁
(GDP成長率の出典:「世界経済のネタ帳」)

 近著の第5章では日本版フェアユースの具体的条文案についても紹介したので、参照されたい。

 第5章の紹介は以上だが、Google ブックス訴訟判決については拙稿「改正著作権法はAI・IoT時代に対応できるのか? ―米国の新技術関連フェアユース判決を題材として―」(2018年、以下「拙稿」)で詳しく紹介した。

 拙稿ではGoogle ブックス訴訟判決以外の新技術・新サービス関連サービスのフェアユース判決も紹介した。一連の判決を表にした拙稿の図表に今回のGoogle vs Oracle判決を加えたのが図表3である。この図表から判明するのは、個別規定方式では権利制限規定が設けられて合法化されるまではサービスが提供できないのに対して、一般規定方式ではフェアユースが認められると判断すれば、見切り発車でサービスを開始できるため、下表のとおり、先行企業はフェアユース判決が確定する約10年前にはサービスを開始している。

 今回、GoogleもOracleとライセンス交渉したが、条件が折り合わなかったため見切り発車して、OSの開発に踏み切った。フェアユースがなければ、今やiPhone以外のほとんど全てのスマホに使われているAndroidの成功もなかったことになる。フェアユースがベンチャー企業の資本金と呼ばれる所以でもある。ちなみにGoogleは1998年に誕生したので、Androidの開発に取り掛かった2005年ごろはまさにベンチャー企業だった。

 フェアユースを武器に先行する米国勢に日本市場まで草刈り場にされてしまうサービスは検索サービスにとどまらない。論文剽窃検証サービスでも小保方事件発生時に日本の大学や研究機関は一斉に米社のサービスに走った。こうした悲劇を繰り返さないためにも日本版フェアユースの導入を急ぐべきである。

図表3:新技術・新サービス関連サービス合法化の日米比較
サービス名米国でのサービス開始米国でのフェアユース判決日本での合法化(施行年)=サービス可能化
リバース・エンジニアリング1970年代 *1992年2019年
画像検索サービス1990年代 *2003年2010年
文書検索サービス1990年2006年2010年
論文剽窃検証サービス1998年2009年2019年
書籍検索サービス2004年2016年2019年
スマホ用OS2005年2021年未定
*裁判例から推定した。

「著作権法50周年に諸外国に学ぶデジタル時代への対応」の執筆者

 最後に近著の目次と執筆者を紹介する。

  • 第1章 デジタル時代に与党自民党がとらえる著作権の課題:山田太郎(参議院議員、自由民主党 知的財産戦略調査会 デジタル社会実現に向けての知財活用小委員会 事務局長)
  • 第2章 デジタルアーカイブ・配信と「権利の壁」:福井健策(日本国・ニューヨーク州弁護士・骨董通り法律事務所、日本大学芸術学部・神戸大学大学院 客員教授)
  • 第3章 EUデジタル単一市場著作権指令とデジタルアーカイブの推進:2003-2019:生貝直人(東洋大学経済学部総合政策学科准教授)
  • 第4章 イギリスの著作物の利用円滑化対策と日本法への示唆:今村哲也(明治大学情報コミュニケーション学部教授)
  • 第5章 フェアユース規定の解釈で対応した孤児著作物対策先進国・米国:城所岩生(国際大学GLOCOM客員教授、ニューヨーク州・ワシントンDC弁護士)
  • 第6章 韓国における孤児著作物利用促進と拡大集中許諾制度導入の議論:張睿暎(獨協大学法学部教授)
  • 第7章 パネルディスカッション:モデレーター、渡辺 智暁(国際大学GLOCOM主幹研究員・教授)
  • 付録1 「日本版拡大集中許諾制度」試論:城所岩生
  • 付録2 デジタル時代の文化の豊かさから考える著作権制度の未来:渡辺智暁

城所 岩生(きどころ いわお)

 国際大学GLOCOM客員教授、ニューヨーク州・ワシントンDC弁護士。東京大学法学部卒業、ニューヨーク大学修士号取得(経営学・法学)。NTTアメリカ上席副社長、成蹊大学法学部教授、成蹊大学法科大学院非常勤講師、サンタクララ大学客員研究員などを歴任。情報通信法に精通した国際IT弁護士として活躍。主な著書に『米国通信改革法解説』(木鐸社)、『著作権法がソーシャルメディアを殺す』(PHP研究所)、『フェアユースは経済を救う~デジタル覇権戦争に負けない著作権法』(インプレスR&D)。『音楽はどこへ消えたか?~2019改正著作権法で見えたJASRACと音楽教室問題』(みらいパブリッシング)、編著に『これでいいのか!2018年著作権法改正~ほど遠い「日本版フェアユース」確立への道』(インプレスR&D)がある。