INTERNET Watch 30周年
【1996年のINTERNET Watch】覚えていますか「ブラウザー戦争」に「テレホーダイ」、普及初期の激動を報じた創刊年
1995年、日本のインターネット利用率は約1%
2026年2月2日 06:30
1995〜1996年の出来事
1995年11月23日に、インターネットに簡単に接続できる機能を備えた日本語版「Windows 95」が発売され、インターネットの普及に弾みがつく。そうした中でINTERNET Watchは有料メールマガジンとして12月1日にプレ創刊。翌1996年2月1日に正式創刊した。
阪神・淡路大震災、オウム事件など、歴史に残る大事件の多かった1995年だが、「インターネット」は同年の新語・流行語大賞トップテンにも選出されている。大賞は、この年東京都知事選で当選した青島幸男氏、および大阪府知事選で当選した横山ノック氏を表した「無党派」、および「NOMO」「がんばろうKOBE」。
翌1996年はスポーツの話題が目立った年で、アトランタ五輪女子マラソンで銅メダルを獲得した有森裕子選手の「自分で自分をほめたい」、プロ野球セ・リーグで、大逆転優勝を遂げた読売ジャイアンツの長嶋茂雄監督による「メークドラマ」が印象深い言葉として、新語・流行語大賞にもなっている。そのほかの出来事では、O-157による食中毒事件、薬害エイズ裁判で菅直人首相やミドリ十字が原告被害者に謝罪、ペルー日本大使公邸占拠事件などがあった。
当時のインターネット利用状況については、「インターネット白書」の第1号である「インターネット白書1996」に記述がある。「日本のインターネット、インターネットこの1年の動き」の中で、インターネットユーザー数について「95年はざっと125万人」と推計されている。同年の日本の人口は約1億2557万人で、1%程度のインターネット利用率となる。
2026年2月に30周年を迎えたINTERNET Watchは、1996年2月に有料メールマガジンとして創刊し、1997年1月にウェブサイトを開設した。ここでは、プレ創刊した1995年12月および1996年のメールマガジンバックナンバーの記事を、2026年の視点で10本取り上げ、当時を振り返る。
1. NN vs. IEの 「ブラウザー戦争」勃発
▶Internet Explorer 3.0とNavigator 3.0、どっちのWWWブラウザーが優秀か? NetscapeとMicrosoftが、ホームページで互いの製品を名指しで比較検証
現在ではインターネット利用の中心はアプリになっているが、当時は、インターネットといえばPCでウェブブラウザーを使っての「ネットサーフィン」が中心になりつつある状況だった。そのような中、後に「ブラウザー戦争」と呼ばれるようになるウェブブラウザーのシェア争いが起こる。
当時、圧倒的なシェアを誇っていたウェブブラウザー「Netscape Navigator」(NN)に対抗し、Microsoftは「Internet Explorer」(IE)をWindows 95にバンドルし、最大シェアを持つOSの標準機能とした。このニュースは、NNと同等の機能をうたう「Internet Explorer 3.0」の公開直後に、両社が火花を散らしたというニュース。
余談だが、当時はウェブのことを「World Wide Web」の略で「WWW」と表記することが多く(読むときは「ダブダブダブ」と発声するケースもあった)、本誌でもこの表記を採用していた。そのため、当時のウェブ関連ニュースは、後年の絵文字文化を経た感覚だと「大草原」(あるいは背の高い草原)を想起させる文字面となっている。
2. ヤフー株式会社設立、1996年4月に「Yahoo! JAPAN」公開
▶あのYahoo!が日本上陸。ソフトバンクと合弁で「ヤフー株式会社」を設立 日本語に対応したwww.yahoo.co.jpを4月より一般ユーザーに提供
「Yahoo! JAPAN」は1996年4月1日にサービスを開始している。このニュースは、米Yahooと合弁でヤフー株式会社を設立する合意がなされたことを報じるもので、当時は、現在のようなキーワードによるウェブ検索はまだ定着しきっておらず、カテゴリーごとに分類された一覧の中からウェブサイトを探す「ディレクトリサービス」もよく使われていた状況で、米国の「Yahoo!」もディレクトリサービス大手として知られていた。
記事中にあるTim Koogle氏とJerry Yang氏のインタビューはこちら。
3. 1995年に坂本龍一氏のコンサート生中継
▶M-BoneとStreamWorksで坂本龍一のコンサートを生中継 ライブを見逃した人もRealAudioでコンサートが2時間聴ける
1995年12月1日、INTERNET Watchプレ創刊号の1本目のニュース。11月30日に坂本龍一氏が日本武道館で行った「三菱電機スーパーセレクション 坂本龍一ツアー'95D&L With Daizaburo Harada」のライブ中継が行われたことを報じており、編集部では128kbpsの専用線とダイヤルアップ接続で視聴を試みたが、かなり厳しい状況であったことが記されている。
4. オンラインイベントに合わせ、国内に「45Mbps」のバックボーンが引かれる
▶インターネット1996ワールドエキスポジションが4月16日にグランドオープン
インターネット上(仮想空間上)で開催されたイベント「インターネット1996ワールドエキスポジション」のため、国内に「45Mbps」のバックボーンが引かれたというニュース。同年末の振り返り記事ではこのことを「国内バックボーンにも45Mbps回線が使われ、今年はインターネットのキャパシティが大幅に増えた年といえる」としており、隔世の感がある。
なお、「インターネット1996ワールドエキスポジション」の内容については、インターネット白書1997」に詳細なレポートがある。
5. 検索サービス「ODIN」「NTT DIRECTORY」などが登場
▶超強力サーチエンジン登場! 日本中のWWWサーバーの全文を対象に検索できる
こちらもINTERNET Watchプレ創刊号より。東京大学のサーバーで試験運用されたいた「ODIN」(Open Documentary Information Navigator)は、「jpドメインのWWWドキュメントの全文を対象」としてロボットがデータを収集し、日本語による検索ができると紹介しており、「これはまさに日本のサーチエンジンの決定版だ」としている。
Yahoo! JAPANの項目でも紹介したように、当時、ウェブサイトを探す方法には検索だけでなくディレクトリサービスもあったが、ディレクトリサービスでは手動でのメンテナンス(新しく公開されたウェブサイトの追加など)や目視で探すことが難しくなっていく。そうした中でキーワードによる検索サービスも登場していたが、日本語で使いやすいサービスが待たれていた。
1995年12月13日には、NTTが「NTT DIRECTORY」を公開。当時、NTTは毎日新しいウェブサイトを紹介する「日本の新着情報」を運営していたが、これをベースにキーワード検索とディレクトリサービスを提供するものだった。さらに、12月21日にはDECのAltaVistaを紹介しており、米国のサービスだが「日本のサーバーを検索すると、説明の中の一部の日本語は、文字化けせずにきちんと表示される」としている。
6. 主要政党がウェブサイト開設、現社民党は党名募集も
1995年12月20日に、日本社会党(当時)がインターネットで新党名を募集しているとの記事。当時は自由民主党・日本社会党・新党さきがけによる「自社さ連立政権」の時代で、社会党はこの後、1996年1月に「社会民主党」となった。
1996年1月1日に自由民主党がウェブサイト開設とのニュースもあり、こちらでは「6月に新党さきがけが開設したのをはじめ、7月に社会党、新進党が同時に開設し、今回の自民党開設で主要4党が全てホームページを持ったことになる」としている。
7. インターネット普及初期の詐欺事件
1996年4月の、「インターネットを使ってパソコン購入者を募集しながら、商品を発送せずに代金をだまし取っていたとして、詐欺の疑いで新聞販売員(25)を逮捕した」とのニュース。インターネットの利用が広がるにつれて犯罪も増え、本件は、INTERNET Watchが初めて報じたネット詐欺のニュースとなる。
インターネット上の犯罪による逮捕としては、同年1月にあった、わいせつ画像提供による逮捕が、国内初とみられる。同年末の振り返り記事では、これらについて「警察・国家によるインターネットへの介入」と題し、「逮捕の基準が明確でなく、法律の整備もされていないため、各省庁では研究会などを設けて、対応をはかっている」と述べている。
8. 懐かしの「テレホーダイ」に関するトラブル
今では「常時接続」という言葉も使われないほど、インターネットに常時接続し、いつでも利用できるのが当たり前だが、一般家庭向けの常時接続サービス「フレッツ・ISDN」が登場するのは2000年のことで、1996年当時は、インターネットを使いたいときにISP指定の電話番号に(モデムと呼ばれる接続用の装置から)電話をかけるダイヤルアップ接続が主流で、接続時間に応じて通話料金がかかっていた。特定の電話番号に対して23時~翌8時の間だけ定額で利用できる「テレホーダイ」というサービスがあり、長時間インターネットを利用したい人は、これを利用していた。
ここで紹介されているのは、ISPが電話回線増強を行ったところ、NTTの都合で電話番号が変更されてしまった(しかも、当初変更される予定の番号とは違う番号になってしまった)、これに対応するにはテレホーダイの対象の電話番号を変更しなければならないが、テレホーダイの電話番号の変更は1カ月単位でしか受け付けされない、という事件。当時のインターネット利用急増に、システムが追いついていけなかったトラブルの一例と言える。なお、テレホーダイは2023年まで提供されていた。
9. 世界初となるIPv6広域ネットワーク運用実験、WIDEプロジェクトが実施
▶WIDEプロジェクトが世界初のIPv6広域ネットワーク運用実験開始
WIDEプロジェクトが、1996年6月9日に、世界で初めて専用回線を使ったIPv6の広域ネットワークを構築し、米仏およびデンマークの仮想的なIPv6ネットワークとも接続。世界規模の実験用IPv6ネットワーク「6bone」に参加した。
それまでのIPv4アドレスでは世界でIPアドレスが不足することなどから検討が始まったIPv6は、1995年末に最初のRFC(RFC 1883など)が策定されたところ。当時の議論などはインターネット白書1997の「新しいインターネットプロトコルIPv6への移行」にも掲載されている。
10. 「窓の杜」公開、「PC Watch」も創刊
▶Windows用オンラインソフト情報が満載! 最新情報も、FTPサービスもある「窓の杜」が10月15日正式オープン
東北大学のサーバーでひぐちたかし氏が運営していたオンラインソフト配布サイト「秋保窓」(あきうまど)を、1996年10月に「窓の杜」として公開した、というニュース。当時の経緯などは、2001年公開の窓の杜の記事に詳しい。なお、INTERNET Watchでは同年5月に東北大学サーバー上の秋保窓が停止したというニュースも報じている。
この年、7月には「PC Watch」が創刊している。

