確定申告 意外に知らない○○の話

第3回:Suicaの記帳方法の話

交通費はSuicaのチャージだけ記帳すればOK?

 先日、知り合いのライターさんがFacebookでSuicaの交通費の記帳方法についてコメントをしていた。その人と友人とのやりとりを見ると「チャージだけ記帳したら楽になった」「知り合いの個人事業主も税理士からチャージを記帳すればOKと言われた」……。はたして「交通費の記帳はSuicaのチャージだけでOK」なのかを考えてみたい。住む地域によって交通系カードは異なるが、共通する部分もあるのでSuica以外を利用されている人も参考になるだろう。

「INTERNET Watch」ではこのほかにも、サラリーマンと個人事業主がぜひ読んでおきたい税金に関する記事を多数掲載しています。まとめページ『サラリーマンと個人事業主の税金の話』よりご参照ください。

 Suica=旅費交通費の記帳は面倒くさい。筆者の場合、同じ交通費であるETCと比べても、Suicaは履歴件数がはるかに多い。高速道路を1日に10回使った記憶はないが、神奈川県在住の筆者が東京都内を電車移動すると、私鉄、JR、東京メトロ、都営地下鉄など1日に10回以上乗車することは珍しくない。

Suicaは同じ日に何度も利用するので履歴が数が多い

 筆者は引きこもりなので、電車を利用した外出は多くないが、それでもSuicaの履歴は年間数百件となる。頻繁に電車移動をしている人は年間の利用件数が1000超えると思われ、それを経費として記帳するのはかなりの労力だ。仮に電車賃を平均200円、1回のチャージを1万円とすると、チャージだけ記帳してOKなら入力件数は50分の1となる。劇的に作業量を減らすことができるのは間違いない。まずはチャージだけ記帳する方法の問題点を確認してみよう。

問題点1:私的な支払いの混在

 経費にできるのは事業に必要な支出。これが基本だ。Suicaは電車、バスなどの交通費の支払いが主な用途ではあるが、現在ではコンビニ、スーパー、飲食店など様々なところで支払いに利用できる。

 チャージした金額を全額交通費とする場合の1つ目の問題点は、支払った中に交通費以外の経費にならない支出が含まれる可能性があることだ。駅のコンビニでおにぎりを買った、近所のスーパーで食料品を買ったなど、経費にならない支出がある人はチャージを全額経費として記帳することはできない。

物販が混在すると交通費としてチャージを記帳できない

問題点2:交通費の明細がない

 コンビニや飲食店での支払いはなく、交通費専用でSuicaを使用すればチャージした全額を経費にできそうな気もするが、チャージには「渋谷→新宿」といった明細がないので、どこに行くための交通費なのか不明だ。プライベートで箱根に行った、江ノ島に行ったなど私的交通費が経費に紛れ込む可能性がある。チャージだけ記帳して交通費とするには、事業用のSuicaと個人用のSuicaを使い分けるなど、使い方に考慮が必要となる。

モバイルSuicaとカード式Suicaを事業用、個人用で使い分ける

 問題点1と2はサラリーマンが交通費を精算するときも同じだ。会社のルールは様々だと思うが、チャージの領収書だけで交通費が精算できる会社は少ないと思われる。「コンビニで買い物していないか?」「休日にお出掛けしていないか?」と疑うのは、会社も税務署も当然のことだろう。

問題点3:期首・期末の残高のズレ

 Suicaは交通費専用で使い、私的な支払いがないとしよう。問題点の3つ目は、期首と期末のSuica残高のズレだ。個人事業主は1月1日から12月31日の1年間の売り上げ、経費を集計して所得を算出する。交通費も1年間に利用した分が経費の対象となる。

 仮に期首である1月1日のSuica残高が500円。仕事始めに1万円をチャージし、およそ2カ月に1回のペースで1万円をチャージ。1月から11月で6回、計6万円をチャージ。年末のあいさつ回りの途中で残高が減ったのでさらに1万円をチャージ。期末である12月末の残高は1万500円となったとしよう。

 チャージの回数は年間で7回、計7万円を交通費として記帳した。期首のSuica残高が500円で、期末の残高が1万500円なら実際の交通費は6万円だ。経費が1万円多くなってしまう。チャージ分を全額交通費として記帳する方法では、意図的に年末にチャージを行って経費の水増しができることになる。

 もしどうしてもチャージ分で記帳を済ませたいなら、期首と期末の残高のズレを別途精算する記帳が必要だろう。

実際にチャージだけ記帳したらどうなる?

 実際にチャージした全額をその年の交通費として記帳したらどうなるか……何も起きないだろう。確定申告で個々の領収書やSuicaの履歴を提出することはないので、決算書や収支報告書に記載された交通費が法外な金額でないかぎり、税務署から問い合わせが来ることはないと思われる。税務調査が行われると問題点を指摘される可能性はあるが、そもそも税務調査が来る可能性は極めて低い。

 実際に税務調査が来る確率は1%ほど。平たく全ての申告者に税務調査をするなら100人に1人、同じ人に税務調査が来る確率は100年に1度だ。加えて国税庁が昨年11月に発表した「平成29事務年度における所得税及び消費税調査等の状況について」を見ると、調査件数は7万2953件(法人・個人)。そのうち6万338件(83%)に申告漏れなどがあり、申告漏れ所得金額は5894億円、追徴税額は947億円となっている。

 ピンと来ない数字をザックリ説明すると、申告漏れのあった6万件の平均申告漏れ所得金額は977万円。法人が中心と思われるが、申告漏れした所得の平均が977万円というのはすごい金額で、税務署が狙うのは法人にせよ個人にせよ、かなり稼いでいるとか、相当怪しいとか、相応の理由があるはずだ。よって売り上げが数百万円の個人事業主が税務調査を受ける確率は極めて低い。と言いつつ筆者はこの平成29年に税務調査を受けたので6万人の1人だ。追徴税額947億円のうち、筆者が納めたのは約1万7000円だった。

 税務調査の確率は低いが、筆者自身「税務調査が来ることはない」と思っていたのに来たので、その確率はゼロではない。税務署の人は税務調査に来た理由を教えてくれないが、筆者は台湾のNASメーカーの仕事で消費税の免税売上が発生し、消費税の還付申告をしたことが理由だと思っている。だが、数人の知人から「奥川さん、税金の記事を書いているから目を付けられている」と言われた。筆者は1人でも多くの人に税の正しい知識を届けようと、啓蒙活動のつもりで書いているので、それはないだろうと思っている。まあダーツの旅のように、たまたま矢が刺さって、筆者の元に税務調査が来たのかもしれない。

 多くの個人事業主は「自分のところに税務調査は来ない」と思いつつ、「来たらどうしよう」「自分の申告内容は正しいのか」「あの領収書は経費として認められるのか」など、何となく不安を感じている人もいると思われる。

 実際にインターネットで検索をすると「チャージを記帳すればOK」と書かれた記事もあるが、ダーツの矢が刺さって、万が一税務署から指摘をされた際に「インターネットにチャージのみ記帳すればOKと書いてあった」と主張しても説得力はない。チャージのみ記帳して「交通費専用であること」「私的な外出に使用していないこと」「期首と期末の残高にズレがないこと」3つの問題点をクリアにするには、最低限履歴を残しておくようにしたい。

Suicaの具体的な記帳方法を考える

 Suicaの交通費の記帳は、カード式SuicaとモバイルSuicaに分けて考える必要がある。筆者自身、起業した2006年はカード式Suicaを使用していて、2016年のiPhone 7の発売後にモバイルSuicaに切り替えた。カード式Suicaを使用していたころは確定申告の際のSuicaの記帳は悩みの種で試行錯誤をしたことが思い出される。

カード式Suicaの履歴を残す

 カード式Suicaの利用履歴はインターネットバンキングやクレジットカード会社のサイトのように、サクッとデータをダウンロードすることはできない。履歴を残す方法の1つ目は、駅の券売機で履歴を印字して保管する。2つ目は「非接触ICカードリーダー/ライターPaSoRi(パソリ)」を利用して、カード式Suicaに保存された利用履歴を確認、CSVファイルに保存する方法だ。

非接触ICカードリーダー/ライター PaSoRi(パソリ)RC-S380

 ただし、カード内に保存されている履歴は20件。こまめに保存しないと履歴が途切れてしまう。起業した翌年、2007年にPaSoRiを導入したが、名古屋から東京へ2泊3日で出張すると20件には収まらず使用を断念し、しばらくは駅の券売機の印字をExcelに手入力していた。OCRによる読み取りも試してみたが、精度的に満足できるレベルではなかった。

 2013年に川崎にオフィス兼住居を借りてからPaSoRiが復活。都内を回って帰宅したら毎回PaSoRiでデータを保存するようになった。たまに保存を忘れて数件の履歴を保存できなかったり、PaSoRiの上にSuicaを置きっぱなしで外出して、その日は現金で切符を買って移動したりと、筆者自身の問題はあったが、そこそこ短時間で記帳できるようになった。

2015年当時、PaSoRiで利用履歴を取り込んだ画面

 PaSoRiを導入すればSuicaの利用履歴を取り込むことができるので、チャージだけ記帳という手法は必要がなくなる。PaSoRiを導入したくない人は券売機で印字した履歴を黙々と記帳するか、Excelで作成した旅費精算書などに入力して1月分交通費、2019年分交通費などの名目で記帳する。お勧めはしないが、どうしてもチャージだけ記帳したい人は3つの問題点をクリアしてチャージを記帳、印字した履歴を保存しておこう。

PaSoRi導入以前、平成24年(2012年)は券売機で印字した履歴を保存。手入力で旅費精算書を作成していた

モバイルSuicaの履歴は取り込みできる

 モバイルSuicaの利用履歴は会計ソフトに直接取り込むことができる。筆者が使用している「やよいの青色申告 19」はもちろん、「やよいの青色申告 オンライン」「やよいの白色申告 オンライン」「マネーフォワード クラウド確定申告」「freee」などアグリゲーション機能に対応した会計ソフトなら、500件でも1000件でも、わずかな時間で記帳が完了する。当然、チャージだけ記帳することなど考える必要はない。

「やよいの青色申告 オンライン」に取り込まれたモバイルSuicaの履歴。あっと言う間に数百件の履歴を取り込むことができる

 スマホアプリを利用すればモバイルSuicaの利用履歴をCSVファイルでダウンロードできる。筆者が使用している「Zaim」や「Moneytree」は履歴を取り込み、画面で確認するだけなら無料。月額数百円の有料サービスでCSVファイルのダウンロードが可能となる。データをExcelで加工して旅費精算書を作成すれば大幅な時短となる。

「Moneytree」に取り込んだモバイルSuicaの履歴
CSV、Excel形式でダウンロードできる(有料)

 また、モバイルSuica「会員メニュー」でも履歴を確認することができる。履歴はPDFファイルでダウンロードが標準機能だが、画面の表組みをドラッグしてコピー(Ctrl+c)、Excelに貼り付ければデータとして加工も容易となる。

モバイルSuica「会員メニュー」ページ
履歴はPDFで印刷できる。表をドラッグしてコピー、Excelに貼り付けることも可能

 モバイルSuicaはいくつもの方法でデータを取り込むことができる。アグリゲーション機能に対応していない会計ソフトを使用している人や、サラリーマンで旅費精算の時間を短縮したい人も利用価値がある。Suicaの利用履歴を必要とする人はカード式SuicaからモバイルSuicaに切り替えれば、劇的な事務作業の短縮になるし、問題点を気にしながら「Suicaの記帳はチャージだけでOK?」と悩む必要はなくなるはずだ。

「INTERNET Watch」ではこのほかにも、サラリーマンと個人事業主がぜひ読んでおきたい税金に関する記事を多数掲載しています。まとめページ『サラリーマンと個人事業主の税金の話』よりご参照ください。