地図と位置情報
電電公社時代の通信インフラ設備管理から始まった地図作り:NTT空間情報株式会社
片岡義明のぶらりジオ企業探訪<1>
2017年11月30日 06:00
片岡義明のぶらりジオ企業探訪
GIS(地理情報システム)や位置情報ソリューション、デジタル地図など、地理空間情報技術(Geospatial Technology)を手掛ける“ジオ企業”を、片岡義明氏がぶらりと訪問。いったいどんな製品/サービスを提供している企業なのか探ります。
- <1>電電公社時代の通信インフラ設備管理から始まった地図作り:NTT空間情報株式会社(この記事)
- <2>次世代型119番通報+SOS発信アプリ「Coaido119」で“Fast Aid Anywhere”:Coaido株式会社
- <3>五輪直前・1962年の東京へ、地図でタイムワープ:株式会社地理情報開発“古地図の描き起こし”プロジェクト
今日訪れたのは北緯35度42分34秒347、東経139度47分36秒340(世界測地系)の地点。浅草・雷門から歩いて5分ほど、浅草通りに面した8階建てのビルの中にあるNTT空間情報株式会社だ。
電子地図の制作や航空写真、衛星画像販売を行っている同社は2011年設立。地図会社としてはかなりの新参と言えるが、実はそのルーツはなんと40年以上前にもさかのぼるという。
社名からも分かるように、NTT空間情報はNTTグループの企業であり、同社が入居している「ネクストサイト浅草ビル」もNTTグループが所有しているビルだ。NTTグループが地図会社をやっている経緯なども含め、同社はいったいどんな会社なのか、今から訪問していろいろ探ってみたい。
40年以上前にスタートしたNTTの地図制作
――まずはNTT空間情報がどのような製品やサービスを提供しているのか聞いてみた。
小堀さん:
当社が提供する製品は大まかに分けて、電子地図データや航空写真・衛星画像などのデータ(コンテンツ)、地図データや航空写真データをインターネット経由で提供する「クラウド配信サービス」、ウェブから地図情報へ手軽にアクセスできる「ASPサービス」の3つに分けられます。
オフィスはここ東京本社のほかには、大阪市に西日本の営業拠点となる「西日本営業グループ」、熊本市に「プロダクト事業部」があります。東京オフィスでは製品開発や営業などの部隊がおりますが、地図を作る“工場”はここにはなく、熊本のオフィスにあります。
これらの製品の大本となる「地図データ」の制作は熊本オフィスに集約されており、熊本で作成されたデータをさまざまな形にして販売するのが、ここ東京本社の役割です。
――地図データをはじめ幅広い空間情報コンテンツを提供しているNTT空間情報。それにしても、いったいなぜ、NTTグループは地図を作り始めたのだろうか。
小堀さん:
当社の前身は、株式会社エヌ・ティ・ティ エムイーと株式会社エヌ・ティ・ティ ネオメイトです。両社で空間情報ビジネスを行っており、その事業を分社・統合して2011年にNTT空間情報が生まれました。
さらにそれ以前にさかのぼると、実はNTTグループにおける地図作りの歴史はかなり古く、1975年に電電公社時代の研究所においてGISの研究がスタートしたのがルーツなんです。電話会社がなぜGIS?と疑問に思われるかもしれませんが、その理由は、NTTが通信インフラ設備を整備するため、電柱やマンホールの位置などを管理する必要があったからです。
栗山さん:
日本には、例えば電柱なら約1210万本以上、マンホールは約68万個、地下トンネルの長さは約670km、ケーブルは地球4周半分の長さと、いずれも膨大な量の通信インフラがあります。しかも都心部から過疎地域まで、電話線が通っている場所はすべて維持管理する必要があります。また、電柱やマンホールは道路に沿って存在することが多いですが、一部の設備は民地にもあるため、道路の地図だけでいいかというとそうではなく、管路や電柱からどのオフィスビルや一般家屋に通信ケーブルなどの設備が入っているかを管理するために、精緻な建物の形も必要となります。
1975年当時、電電公社は全国各地のすべての電柱やマンホールを管理するための背景地図を外部調達していましたが、その調達のために多大なコストをかけていました。そのため、自社製造に切り替えたほうが将来的なトータルコストは安くなるのではないかということで、研究所において設備台帳の自動認識技術の研究を開始したのです。
その後、1980年には、高機能CADおよび図形が扱えるデータベースシステムの研究開発が始まり、民営化してNTTとなった1985年に、地上・地下設備管理のGISシステムが導入開始されました。
――自社開発の背景に、そんな経緯があったとは驚きだ。では、一体どのように地図を整備しているのだろう?
安永さん:
地図作りのベースとなったのは、国土地理院が提供する基盤地図情報や自治体が提供する都市計画図、森林基本図などで、そこに電話線に関するさまざまな情報を付加しました。とにかく電話線があるところはくまなく地図を作ろうということで、地方部は5000分の1、都市部は2500分の1の縮尺で作り始めて現在に至っています。
栗山さん:
2500分の1の縮尺というとかなりの大縮尺ですが、電話線が通じているエリアであれば全国くまなくすべてのエリアを整備するという方針は今日までずっと続いており、建物がほとんどないような山間部までも、建物の形が描かれている詳細地図が用意されている点が最大の強みです。
――なるほど、NTT空間情報の地図をよく見ると、山間部でも家形が細かく描かれているのが分かる。これなら普通の地図とは違ったさまざまな使い方ができそうだ。
小堀さん:
このような特長を生かして、災害対策用の地図として使用されることも少なくありません。電力会社など、ほかのインフラ会社もこのような地図を整備しているかとは思いますが、更新頻度という面では弊社も負けていません。詳細地図のカバーエリアの広さは災害対策にも有効で、例えば伊豆大島で台風による土石流が発生したときや、広島で土砂崩れが起きたときなどには、被災する前の建物の情報がないということで、詳細な家形が入った地図を提供し、復興に役立てていただきました。災害のときには行政等に地図を提供するようにしています。
公共測量に準じた航空写真
――山間部や過疎地でも詳細な家形が描かれているNTT空間情報の地図。では、その品質についてはどうだろうか。
小堀さん:
もう1つの強みは、地図そのものの精度の高さです。NTT空間情報では、初期整備の際には国土地理院や自治体が提供する地図をスキャンして、その画像をもとに道路や家形をトレースして地図を作っているのですが、その後の更新作業は高精度な航空写真で修正しています。
航空写真の撮影頻度は、東京・名古屋・大阪の主要都市については毎年、政令・中核都市は2年に1回で、その他の地方都市は4年に1回です。この航空写真は、国土地理院で定められた公共測量に準じています。
森林の中にある施設など、山間部や過疎地については衛星写真を補完的に使用する場合もありますが、基本的にはこのように国土地理院が定める公共成果物に準じた航空写真を使用することで、高精度な地図作りを実現しているのです。
目指しているのは、国土地理院が提供している地形図の“民間版”。とにかく位置精度を追求して作るというのが当社のポリシーです。先日、準天頂衛星「みちびき」が打ち上げられましたが、みちびきによってセンチメートル級の高精度な測位が可能になれば、当社の地図の正確さが分かるのではないでしょうか。
土地の筆界まで表示できる「地番地図」
――高精度な航空写真を撮影したら、次はこれをもとに地図を作ることになる。この作業は地図の“工場”である熊本オフィスで行われる。
渋井さん:
熊本オフィスでは航空写真をもとにトレース作業を行い、品質チェックを経て地図を更新します。熊本オフィスで地図制作を行うスタッフは約30人で、このほかにテレワークで約30人のスタッフが全国に散らばって作業しており、VPNで作業しています。
社内のサーバーにはすべての大本となるベクトル形式のデータがあり、このベクトル地図の中から必要な情報を抽出して製品として提供しているほか、ラスター化してクラウド配信したり、ベクトルの素材を部品として提供したりもしています。
また、航空写真や衛星写真もアーカイブとして提供しており、例えば「Yahoo!地図」の航空写真にはNTT空間情報の航空写真が使われています。
さらに、航空写真をもとに作成した3Dデータも提供しています。3Dデータは、オルソ化する前の航空写真を使って3次元モデリングソフトで処理して制作します。低層棟と高層棟で高さ情報を分けて表現することが可能で、高さ±1.5m以下の誤差を実現しています。2D地図と同様、精度の高さが特徴で、日照や浸水のシミュレーションなど、幅広い用途に活用されています。
――もともと通信インフラ設備の管理用だった地図制作が、40年を経て3Dデータにまで進化したというのは驚きだ。その一方で、同社ならではのユニークなコンテンツも見逃せない。
小堀さん:
当社ならではの製品としては、地図上で建物の地番(土地の一筆ごとに登記所が付与している番号)を地図上で調べられる「ちばんMAP」があります。住所と地番は付与されている番号だけでなく、区切られている場所も異なり、同じ住所でも端のほうか真ん中にあるかで地番が異なるというケースも少なくないのです。「ちばんMAP」では土地の筆界までも地図に描いているため、それぞれの地番がどの建物や敷地に紐付いているかを確認できるし、地図上で住所と地番の情報を重ね合わせることもできます。
――土地の筆界までも確認できるサービスは、業界におけるNTT空間情報の強みであるとのことだ。
小堀さん:
住居表示エリアでは、土地の利用者を特定する場合には、筆界情報から地番情報を検索することができます。
当社ではこれらの情報を「ちばんMAP」として提供しています。不動産会社や金融会社にとっては、登記情報などを確認するのに便利なサービスだと思います。
このほか、最近提供し始めたサービスとして、地図や航空写真を使用したアプリケーションを開発できるAPIサービス「GEOSPACE API」があります。ルート検索や多言語地図表示、マーカーやポップアップ表示などさまざまな機能を実装しており、流通や観光、交通、建設などさまざまな分野で利用可能です。
地図業界の同業者と提携して更新情報を共有
――高精度な詳細地図を全国くまなく広範囲に用意しているのがNTT空間情報の強みだが、最近では、同業である地図会社のインクリメント・ピー株式会社と提携して、地図データの更新情報を共有する取り組みも行っているという。
小堀さん:
住所の情報や新しい施設情報などは協同で調達することで、コストを下げる取り組みを行っています。当社の独自部分は中で作業し、共通するところは外部と連携するということですね。
コスト削減の方法としては、このほかに、ディープラーニングを活用して衛星・航空写真から図形を自動抽出する研究も行っています。従来の地図は航空写真を手動でなぞることで建物の外形や道路縁などのデータを作成していましたが、これをAIによって自動化することで省力化を図ることを目指しています。
ディープラーニングのエンジンはNTTグループの研究所が開発したAIの技術を使用しています。NTT研究所の技術を活用できるのも、当社の強みの1つではないかと思っています。
――NTTグループならではの強みを生かしながら地図の品質向上と低コスト化を追求するNTT空間情報。そこで働く人たちは、自身の仕事についてどのような思いを抱いているのだろうか。5年前にNTT東日本からの出向で入社したという小堀さんに聞いてみた。
小堀さん:
会社に入る前は、NTTグループ内の企業に地図を提供するのがメインというイメージを持っていたのですが、いざ入ってみると、グループ以外への営業活動からは、よりさまざまな反応がお客様から返ってきます。当社の場合、扱っている製品に特徴があるので、営業活動はやりやすいほうだと思いますね。地図というのは短期間で頻繁に変えるものでもないので、他社から切り替えてもらうのはなかなか大変で、紹介だけで終わってしまうケースもよくありますが。ただ、当社は地図会社としては後発なので、提供方法や価格設定は他社より柔軟な対応ができる場合が少なくありません。
今後の方針としては、地図の精度だけでなく、販売の仕組みについても改良していきたいと考えています。例えば最近は、イニシャルコストは低く抑えて、稼いだ分の一定割合をいただくという料金体系にすると、良い返事をいただけるケースが増えてきました。地図そのものも大切ですが、今後はお客さまが利用しやすい料金体系のやり方も重要になってくると思いますので、これについても特徴の1つにしていきたいと思います。あとは、知名度がまだまだ低いので、ビジネス市場向けの地図販売を中心としていますが、コンシューマー向けのPRも行っていきたいですね。
通信事業者であるNTTのグループになぜ地図会社があるのか以前から不思議だったが、実はそのルーツは日本全国すみずみまで行き渡る通信網のインフラ管理にあったと知って納得した。都市部だけでなく地方もくまなく詳細な地図を提供するというその姿勢は、最新の技術を駆使して高精度なデータ制作・提供を行っている今でも変わらない。このような強みを生かして、「ちばんMAP」などのユニークなサービスも提供している同社が今後どのように進化していくのか注目したい。
本連載「地図と位置情報」では、INTERNET Watchの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」からの派生シリーズとして、暮らしやビジネスあるいは災害対策をはじめとした公共サービスなどにおけるGISや位置情報技術の利活用事例、それらを支えるGPS/GNSSやビーコン、Wi-Fi、音波や地磁気による測位技術の最新動向など、「地図と位置情報」をテーマにした記事を不定期掲載でお届けしています。